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2024.01.04

第100回東京箱根間往復大学駅伝 1月2・3日 東京・大手町読売新聞東京本社前⇔神奈川・箱根町芦ノ湖駐車場入口

選手コメント集/箱根駅伝復路

 2日の往路を5位で終え、2年連続のシード権獲得にむけて好スタートを切った早大。花田勝彦駅伝監督(平6人卒=滋賀・彦根東)は「今回はシード権を目標にする」と、往路の結果を受けて目標を修正し、復路に臨んだ。6区で順位を落とし、7区終了時点で9位と、シード権争いに巻き込まれる可能性もあったが、8区の伊福陽太(政経3=京都・洛南)が悪い流れを断ち切るレースを展開。その後も順位を一つ上げ、7位で大手町のゴールテープを切った。ここでは、復路を走った選手のコメントをお届けする。

 
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 主力を欠くも「チーム全員でまとまって戦えた結果」(菖蒲) 7位で箱根を終える/箱根駅伝復路

 

結果

第100回東京箱根間往復大学駅伝競走 復路・総合成績
区間 距離 名前 記録 区間順位/総合成績
6区 20・8キロ 栁本匡哉 1時間1分2秒 20/8
7区 21・3キロ 諸冨湧 1時間4分30秒 14/9
8区 21・4キロ 伊福陽太 1時間4分56秒 5/8
9区 23・1キロ 菖蒲敦司駅伝主将 1時間10分22秒 11/7
10区 23・0キロ 菅野雄太 1時間9分45秒 5/7
早大 復路 5時間30分35秒 10位
早大 総合 10時間56分40秒 7位
 
6区

栁本匡哉(スポ4=愛知・豊川)

――コンディションはいかがでしたか

 状態は良かったです。ここまでの準備もしっかりできており、自信を持ってスタートラインに立てました。ですが思ったよりも体が冷えており、思うように体が動かなかったです。

――花田勝彦駅伝監督(平6人卒=滋賀・彦根東)から、レース前にどのようなお話がありましたか

 これまでやってきたことを信じて10キロまで行けば大丈夫だと言われました。

――6区の出走が決まったのはいつでしたか

 約1週間前です。お前でいくと監督から言われていたわけではなかったのですが、北村(光、スポ4=群馬・樹徳)が体調を崩したと言うことを聞き、自分の番が来るなと思いました。

――北村選手から何かアドバイスなどはありましたか

 「最初2〜3キロよりも3〜4キロを頑張った方が良い、5〜6キロは休んで6キロ以降から切り替えた方がいい」、というアドバイスをもらいました。

――スタート時は、どのような気持ちでスタートしましたか

 トップとの差は考えずに順位はキープしたい、あわよくば東洋との差を縮めたいと思いスタートしました。

――レースプランなどはありましたか

 最初5キロは落ち着いて、6キロ以降から切り替え、後半は耐えるというプランで考えていました。

――9キロ地点、12キロ地点で国学院大、法大に抜かれてしまいましたが、その時はどのような気持ちでしたか

  抜かれてから國學院とはあまり差が開かなかったので、追いつきたいという思いで必死に前を追いました。

――2年時の経験は生かされましたか

 どこが重要なポイントかは把握していたのですが、タイムは前回より大幅に落ちてしまいました。

――ご自身の走りを全体的に振り返ってみていかがですか

 前半から体が冷えて思うように動きませんでした。下りに入ってから少しずつ良くなりましたが、最後まで自分のイメージとは違った走りになってしまいました。

――率直な今のお気持ちを教えてください

 せっかくのチャンスをものにできなかったのは悔しいですが、駅伝シーズンずっと不調が続く中、こうして最後箱根駅伝を走らせてもらえたことに感謝しています。また、前回と変わり、応援も制限が無くなり、終始多くの方々から応援してもらえたことが非常に力になりました。期待に応える走りはできませんでしたが、応援があったからこそ気持ちを切らさず最後まで走り切れたと思います。応援ありがとうございました。

 

7区

諸冨湧(文3=京都・洛南)

――3年ぶりの出走となりましたが、レース前の心境はいかがでしたか

 これが現役最後のレースだったので、わくわくしてました。

――7区出走が決まったのはいつですか

 1月2日の18時45分です(笑)。

――今回のレースプランを教えてください

 9キロ以降のアップダウンを粘って、最後の下りと平坦で切り替えようと思っていました。

――監督からの指示はどのようなものでしたか

 「落ち着いて自分の走りをしよう」と言われました。

――コンディションはいかがでしたか

 良かったです。

――東海大の石原選手に追いつかれた際の心境はいかがでしたか

 抜かれる時、思ったよりスピード感がなかったので、ピッタリ着いていこうと思いました。

――最後は集団から抜け出しました。どのような心境でしたか

 中盤少し休みすぎたので、脚は残っていました。もうこれほどきついことは一生ないと思って、振り絞りました。

――全体的にご自身の走りを振り返って、いかがですか

 耐えの走りではありましたが、やり切りました。よく頑張った自分という感じです。

――最後に、来年以降後輩たちに期待することを教えてください

 直前でアクシデントが起こってしまう早稲田。まずはこれから脱却して、万全の状態で駅伝に臨んでほしいですね(笑)。そうしたら本当に強いと思うので、箱根優勝期待してます!

 

8区

伊福陽太(政経3=京都・洛南)

――レース前のコンディションはいかがでしたか

 コンディションは良い方であったとは思っていますが、万全の状態という訳でもありませんでした。若干腰に違和感があり、少々過敏になっていたのかもしれませんが疲労が抜けきっているのかは微妙だと感じていました。

――前後のチームと差がない中でタスキを受け取る形になりました

 全日本(全日本大学駅伝対校選手権)の時と状況が非常に似ているなと感じていました。前後のチームとあまり差がなかったのに加えて、シードラインも割と迫っていたので。さらに言うならば、復路一斉スタート組の大学がたくさんいる状況だったのでタスキを受け取った位置は難しかったのかなと思います。

――同じ洛南高校出身の諸冨湧選手(文3=京都・洛南)からのタスキリレーとなりました。何か声はかけられましたか

 「楽しめよ!」と一言と共に背中を叩いてもらい、気合が入りました。どちらかというと諸冨さんに最後楽しんで欲しかったんですけど、笑ってタスキを渡してくれたので本人も最後やり切ったのかなと思います。諸冨さんが1年の時に箱根を走っている姿を見て早稲田に行くと決めたので最後タスキを繋いで終われたのでよかったです。

――レースプランはどのようなものを想定して入りましたか

 去年も走った区間ということで、前半は抑えて後半勝負ということを考えていました。一方で昨年は抑え過ぎた感じもあったので、前半も少し速く入ろうとは考えていました。

――3キロ手前くらいで、明大の選手と、その後は帝京大の選手と集団で走るかたちとなりました。集団ではどのようなことを考えて走っていましたか

 すぐ後ろで明治の選手がスタートしてくる状況で、かつ明治の綾君(一輝)も一年生とはいえ力のある選手のため、追い付かれて後ろにつかれるだろうとは考えていました。そこで一旦後ろに下がるという選択肢もあったのですが、シード権の安全圏にチームを戻すことと6区・7区と流れが悪い中でチームを立て直すことを考えた時、自分が後ろに下がって牽制し合ってペースが遅くなるのだけは避けたかったので、自分が利用されることは承知のうえでペースを作ろうと思っていました。帝京大が加わってからも考えは同じでした。

――日野斗馬選手(商3=愛媛・松山東)からの給水では、どんな声かけがありましたか

 主にはタイム差などを伝えてもらいました。日野も一緒にこれまで3年間一緒に頑張ってきた同期なので、これから遊行寺の坂が待ち受ける手前で声掛けしてくれて嬉しかったですし力になりました。

――遊行寺の坂でやや苦しそうな表情もありましたが、上ってる時はどのような心境でしたか

 皆さんご存じの通り、上り坂が大の苦手のためきつかったです。ひたすら前の選手のリズムを意識して上りました。

――最後は集団がばらけました。どのようなことを考えて走っていましたか

 集団がばらけたのは本当にラストの2キロからですので、振り絞るだけでした。遊行寺の坂で若干腰がやられてしまったのとその影響でハムや背中がつりそうになっていたのでどうにか早く菖蒲さん(菖蒲敦司駅伝主将、スポ4=山口・西京)のもとに行こうと思っていました。最後手にあまり力が入らなくてタスキを外すときに引っかかってしまい落としてしまって数秒ロスしたことは悔やんでいます。

――菖蒲選手にタスキを渡す際は何か声はかけましたか

 菖蒲さんにも最後は楽しんで欲しかったので「最後楽しんで」と声をかけました。トラックでは圧倒的な強さを発揮していた一方で、駅伝では苦しい走りが続いていたので、最後の箱根はのびのび楽しんで走って欲しかったです。そのために少しでもシードラインとは余裕を作ろうと思っていました。

――区間5位という結果に関してはどう捉えていますか

 区間順位は合格点ではあるのかなと思います。しかしあくまで合格点であって満足はしていません。区間5位から3位が目標であった中での最低ラインなので。区間賞とも1分弱あいてしまっていますしね。

――自身の走りを全体的に振り返っていかがですか

 後半あまり伸びなかったのが課題だと思います。一方で、全日本と酷似した状況の中で同じ失敗をせず、復路の流れを少し変えることができたことは良かったかなと思います。タスキを落としてしまったために早稲田記録を逃してしまったことは悔しいですが、これは来年も早稲田記録ではなく区間賞を目指してしっかりこの区間を走れということなのかなと思います。去年と今年、2回8区を走ったことで来年も走りたいという思いは強くなりました。上り坂が苦手な中でこのコースを攻略するのは楽しいです。また1年しっかり力をつけて、来年はこの区間で区間賞クラスの走りをしてやろうと思います。

 

9区

菖蒲敦司駅伝主将(スポ4=山口・西京)

――ご自身のコンディションはいかがでしたか

 悪くなかったです。ここに向けて後悔しないように生活してきました。

――レース全体を振り返っていかがですか

 前半攻めきれず流れが作れなかったので、全体的にあまりまとめきることが出来なかったと感じています。

――タイム設定やレースプランについて何か考えていたものはありましたか

 前回走ったくらいのタイムでいきたいなとは思ってました。

――花田駅伝監督からの指示はどのようなものでしたか

 「(駅伝)主将として頼むよ」といったお言葉をいただきました。

――前後のチームが見えていた中でのタスキリレーでした

 早い段階で明治に追いついて一緒に行きたかったです。ですが、追いつけずに離される形となってしまいました。

――並走や集団走が続いた中では、どのようなことを考えていましたか

 絶対にこの集団には負けないという思いで走ってました。

――最後にスパートをかけて順位も7位に浮上しました

 ラスト8キロで足がつってしまい、動かすのに必死でしたが何とか気持ちでおすことが出来ました。

――昨年と同様、単独走の場面が少なく、集団走や並走が続きました。昨年走った経験はどのように生きましたか

 8キロ過ぎた辺りからスイッチをいれようと思って走りました。うまく切り替えることができたのですが、思ったより伸びなかったです。

――今回の箱根を駅伝主将という立場から振り返っていかがですか

 今できることはできたと思います。アクシデントがありながらもチーム全員でまとまって戦えた結果だと思います。

――来年のチームに期待することを教えてください

 箱根だけで言えば3番以内を狙えるチームになれるはずです。しかし箱根に限らず個人でシニアのレベルで勝負できる選手が出てきてほしいと思っています。特に山口(智規、スポ2=福島・学法石川)には期待してます。

 

10区

菅野雄太(教3=埼玉・西武学園文理)

――2年連続の10区となりましたが、出走が決まった時の心境を教えてください

 経験のある区間だったので、昨年よりもさらに成長した姿を見せたいと感じました。

――出走が決まったのはいつですか

 12月27日頃です。もともと7、9、10区を想定していましたが、北村さん(北村光、スポ4=群馬・樹徳)と大志(伊藤大志、スポ3=長野・佐久長聖)の体調不良があり展開が読めなくなったので、後半区間は経験者でつなぐことになったのかなと思います。

――当日の菅野選手自身の調子はいかがでしたか

 調子は良かったです。調整期間でうまく疲労を抜くことができたかなと思います。12月の練習も順調に詰めていたので自信もありました。

――レース前に花田駅伝監督からはどのような指示を受けましたか

 「創価大とほぼ同時に来て7位争いになると思う。いつも通り落ち着いていき、後半に法大や国学院大が落ちてきたら捉えよう。」といった指示を受けました。

――17秒前に明大、10秒後ろには創価大など、前後の近くに選手がいる中でスタートしましたが、どのようなことを考えていましたか

 7位争いになるとは聞いていましたが、正直後ろの創価大は意識していませんでした。ひとつでも順位を上げたかったので、前の明大は法大を捉えるまでのステップと考え、なるべく早く追いつこうと考えていました。

――5キロ付近で明大に追いつき、その後帝京大に追いつきました。レース前半の走りを振り返っていかがですか

 完全な単独走ではありませんが、ある程度自分で押していく必要のある展開にしては速めに入ったかなと思います。法大との差が1分弱と事前に伝えられており、この差は後半のビルドアップだけではカバーしきれないかなと考え、速めに入る覚悟を決めていました。

――帝京大を離してからは単独走が続いたと思いますが、そこの走りを振り返っていかがですか

 (18キロすぎの)御成門付近までは順調で、キロ3分でそこまでは押せました。12キロで帝京に追いついてから(13・5キロの)新八ツ山橋前の登りまで後ろについて少し回復できたのが大きかったと思います。しかし、前半速めに入ったこともあって、18キロ以降は乳酸で完全に脚が止まってしまい、ラップタイムも大幅に落ちてしまいました。そのあたりはまだまだ実力不足だったと感じます。

――法大との見えない差というのは意識していましたか

 先程申し上げたようにかなり意識していました。実際、終盤脚が止まっていたものの、残り約3キロの馬場先門であと11秒と伝えられてから、動かないなりに振り絞れたと思います。ラスト1キロで5秒差程だったのですが、目標物が無い中で絞り出すのは難しく、結局詰められずに終わってしまったのは悔しかったです。

――タイム、区間順位ともに昨年を上回りました。それについてはいかがですか

 成長を実感できました。特に区間順位に関しては、僕や伊福といった一般組が5位以内で走れたので、来年につながる部分だったかなと思います。来年に向けて、往路でも通用する走力を身に着けて、より層に厚みを出せればと思いました。

――7位でゴールされました。チームの総合結果についてどう感じていますか

 主力を多く欠く中ではうまくまとめられたと思います。一方で、他の大学でもアクシデントは少なからずあったと思うので、それに助けられた部分もあると思います。もし早稲田だけが主力を欠くという状況であれば通用したかどうか定かではありません。やはり多少のアクシデントにも対応できるだけの層の厚さというものは来年に向けて課題になると感じます。