メニュー

ERROR

2015.04.01

TBSテレビ60周年特別企画 日曜劇場『天皇の料理番』

【広告】ワセダ×『天皇の料理番』!?

 春は新しいスタートの季節。この早スポホームページを見ている新入生たちも新生活に心を弾ませていることだろう。 春といえばもう一つ。そう、新ドラマの季節だ。この春、注目の新番組・TBS日曜劇場『天皇の料理番』が4月26日からスタート。 片田舎の青年が料理人として大成していく一大人間ドラマは、新入生の心をさらにかき立ててくれるに違いない。今回はその『天皇の料理番』をさらに楽しむための秘密を早スポ読者だけに特別に紹介しよう!

舞台は明治から昭和にわたる激動の時代

 『天皇の料理番』の舞台は明治から昭和にかけての激動の時代。主人公のモデルになった秋山徳蔵が宮内省大膳寮厨司長(後の主厨長)として活躍した大正期は、江戸から明治への移行を経て社会全体に西欧文化が浸透してきていた。作中でも重要な舞台として登場する丸の内ではレンガ造りの建物が立ち並び、東京駅の開業とともに「一丁倫敦」と称される街並みが整備されていった。他方では大衆が文化の担い手となっていく。スポーツでも、東京六大学野球が始まったのが1925年(大正14)とちょうどこの頃。人々の中に新しいエネルギーが溢れていた時代、それが大正なのだ。

数々の料理が本作の大きなキーとして登場する

 さて、当時の早稲田界隈といえば、鶴巻町を中心に一大学生街を形作っており、下宿屋を皮切りに食堂、古本屋、映画館などが軒を連ね、独特な雰囲気を醸し出していた。ところでそんな大正時代の早稲田に、『天皇の料理番』と関わりのある人物がいたことをご存知だろうか。その人物の名前は高畠増太郎。高畠氏は秋山と共に海外へ料理修行に赴き、秋山はフランス、高畠氏はドイツで本場の料理を学ぶ。その後帰国した高畠氏は鶴巻町に「ヨーロッパ軒」を開業。そこで本場ドイツのウスターソースを日本人向けにアレンジして振る舞われたのがソースカツ丼の始まり、そしてカツ丼の先駆けだと言われている。また、カツ丼の発案に関しては早稲田大学高等学院生の中西啓二郎が考案したという話もあり、偶然ではあるがどちらもワセダに関係しているのも面白い。「ヨーロッパ軒」は関東大震災の影響で高畠氏の出身地の福井へ店を移転してしまったが、カツ丼誕生の裏には『天皇の料理番』、そして早稲田と縁の深い人物の存在があったのである。

(記事 高柳龍太郎、写真 TBSテレビ提供)

※この記事は広告です

詳しくはこちらをチェック!

番組公式HP まずはあらすじを確認!

番組公式Twitter 4月26日まで佐藤健がジャック中!

番組公式Youtubeチャンネル ここでしか見られない特別映像が続々公開中!

TBSテレビ60周年記念特別企画『天皇の料理番』