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2018.02.01

【連載】箱根事後特集『臙脂』の意地 第1回 渕田拓臣

 今回の東京箱根間往復大学駅伝(箱根)に1年生から唯一出走したのは渕田拓臣(スポ1=京都・桂)だ。下りに自信を持って臨んだ6区だったが、下り終わってからのラスト3キロの平地に苦しめられ、区間11位。悔しさが残る学生三大駅伝デビューとなった。レースから約1週間たった今、レースの内容や今後について伺った。

※この取材は1月10日に行われたものです。

「自分の力を出すことだけ考えていました」

しっかりとした口調で語った渕田

――箱根が終わってからどのような練習をされましたか

 箱根が終わってから結構ダメージがあったので、帰省中はのんびり過ごしました。きょうから練習再開ということで軽めにジョグをしました。

――6区は足へのダメージがかなり大きいとお聞きしていますが

 走り終わった後は一歩も歩きたくないというのが正直なところで、ちょっとゆっくりしてから歩いて応援に行きました。ただその日は大丈夫なんですけど、1回寝てしまうと次の日は固まってしまって起きるものきつかったですね。

――次の日のほうがつらいものなのでしょうか

 そうですね。寝てしまうと筋肉が固まって、カチカチになってしまうので次の日が1番きつかったですね。

――応援はどの区間に行かれましたか

 走り終わってから、8区の大木さん(皓太、スポ2=千葉・成田)のところに行きました。

――ゴールには間に合いましたか

 はい。8区に行ってからそのまま大手町に行きました。

――帰省中は何をされましたか

 まずは高校の監督とお話しして、今の現状を報告して、お話をいただきました。あとは中学校や高校の友達と遊んで、リフレッシュできた帰省でした。

――ご家族やご友人から箱根について何か言葉をかけられましたか

 そうですね。自分以上に周りがすごく喜んでくれていて、「よかったね」というふうに言ってもらえました。

――29日のエントリー発表で6区にエントリーされましたが、出走が決まったのはいつですか。

 前日に「お前で行く」というふうに相楽豊駅伝監督(平15年卒=福島・安積)から言われてですね。それまで僕か小澤さん(直人、スポ3=滋賀・草津東)という感じだったのですが、自分で行くというのを知らされたのは前日でした。

――その時に相楽監督から理由は言われましたか

 理由は特には言われませんでしたが、その時に小澤さんの足の状態が悪かったというのもあると思います。

――往路のメンバーの走りはご覧になりましたか

 往路のスタートはテレビで見ていて、途中で練習に行って帰ってきたら3区の光延さん(誠、スポ4=佐賀・鳥栖工)が3位に上がるところでした。自分自身も刺激を受けたと言ったらあれなんですけど、気持ちが上がって自分も頑張ろうというふうに思いました。

――3区からは最後まで見られましたか

 3区から5区の始めらへんまで見て、そこから移動しました。携帯でチームメイトからの情報を見ていました。

――移動されてからはどのように過ごされましたか

 移動して夕食を食べて、6区だと朝が早いので8時過ぎには寝ました。本当に夕食を食べて、お風呂に入って、30分くらいゆっくりして寝るという感じだったので、そんなに考える暇もないというか、それが逆に良かったのかもしれません。

――当日は良く眠れましたか

 そうですね。1週間くらい前からそういうリズムで自分なりに考えて寝て起きてというふうにしていたので。

――朝は何時ぐらいに起きましたか

 だいたい1週間前くらいから3時半くらいに起きて、そこからだんだん起きる時間を早めていきました。当日が3時起きなので一気に早くするときつくなってしまうので、徐々に慣らしていきました。

――先頭と1分56秒差、後続と2分40秒差ということでしたが、この差についてはどのように考えていましたか

 青学大の小野田選手(勇次)が速いというのはわかっていたので、普段通りじゃないですけど、自分の力を出せれば、前には追い付けなくても後ろから追いつかれて抜かされることはないと思っていました。1年目ということで過度な緊張もせずに、自分なりに落ち着いて走れたかなと思います。

   

――周りは気にしすぎずということでしょうか

 そうですね。僕自身周りを考えすぎても意味がないじゃないですけど、あの位置だとどれだけ自分の走りに集中できるかになってくるので、自分の力を出すことだけ考えていました。

――当日のコンディションはいかがでしたか

 こっちよりも寒くて、朝は手首とか手が冷えたのですが、アップも入念にしていい状態で臨めたかなとは思います。

――事前に相楽監督から指示はありましたか

 走り方というか、(最初の)登り方であったり、下りの大まかな設定タイムがあって、そういう指示はありました。

――前回6区を走られた石田康幸選手(商4=静岡・浜松日体)からは何かアドバイスはありましたか

 そうですね。前日にお電話いただいて、「走り方をもう一度確認して、頑張れよ」というふうに言っていただきました。

――付き添いの選手からは何か言葉をかけられましたか

 僕に付いてくれていたのが、1年生の武士(文哉、文1=群馬・高崎)で1週間くらい前から一緒に生活じゃないですけど、一緒に行動していて、武士のおかげでリラックスして過ごすことができました。

――往路を走った選手から何か言葉をかけられましたか

 個人的に安井(雄一駅伝主将、スポ4=千葉・市船橋)さんは宿舎が同じだったので、走り終わった後に会ってお話しさせていただいたときに「頑張れよ」と言っていただきました。

――レースプランや6区のポイントがあったら教えてください

 最初の登りでできるだけ脚を使わず、下りでがんがん攻めていって、最後の平坦に入ってからは根性というふうに言われていたので、そこは1秒でも速くという感じでしたね。

「今までで1番苦しくて、楽しかったですね」

区間11位で苦い学生三大駅伝デビューとなった

――単独走となりましたが

 最初の登りは脚を使わないのはそうなんですけど、やっぱり登っているのでしんどかったですが、下りに入ってからは結構リズムよく下れました。ただそれまですごいスピードで走っていて、そこから平坦になって今まで走ったレースで1番きつかったというくらい最後の平坦は苦しかったです。

――脚もなかなか動かずという感じでしょうか

 気持ちは前に行こうとしているんですけど、脚が付いてこなくてもがいていたというか。そこが走力不足を感じたところですね。

――6区では監督車が付きませんが、他大学との差は意識されていましたか

 チームメイトの先輩方が応援で沿道からタイム差を読み上げていただいて、周りの大学の状況はなんとなく把握していました。

――永山選手(博基、スポ3=鹿児島実)とのタスキリレーでは何か言葉を掛けられましたか

 掛けられたんですけど、しんどすぎて覚えていないですね。

――かなり苦しかったんですね

 そうですね。言われたんですけど、耳に入ってこなかったという感じです。

――区間11位という結果については

 区間順位もそうなんですけど、自分なりに59分台で走るというのが目標で、それくらいで走ったら区間順位もついてくるかなと思っていました。平坦に入ってから時間がかかってしまって、途中までは区間7番くらいで走っていたようなんですが、もう1つ頑張っていたら後ろの区間の人に負担をかけずに済んだのかなというふうに思うので11番というのを聞いたときは素直に悔しかったです。

――設定タイムはどれくらいでしたか

 59分59秒でいったら100点というふうに言われていて、自分自身で設定した目標もそのぐらいだったので。

――初めての箱根でしたが、いかがでしたか

 今までで1番苦しくて楽しかったですね。

――楽しかったというと

 やっぱり沿道からの応援がすごくて。僕自身、京都出身で高校2年生の時に全国高等学校駅伝を走らせていただいて、地元開催なのですごく応援をいただいたんですが、それよりもはるかに大学名と自分の名前を沿道から言っていただいて、本当に背中を押されたというか、楽しんで走れたなというふうに思います。

――1年生からは渕田選手お1人の出走となりました

 僕自身、出雲全日本大学選抜駅伝(出雲)、全日本大学駅伝対校選手権(全日本)とメンバーに入れず、全日本では同学年の吉田(匠、スポ1=京都・洛南)と宍倉(健浩、スポ1=東京・早実)が走っているのをテレビで見ていて、「うらやましいな、悔しいな」と思っていたので、箱根では自分が走ろうと思っていました。今回は僕1人になりましたが、それはことしに生かしていけることだと思うので、1年生でもお互い切磋琢磨(せっさたくま)していきたいなと思います。

――総合3位という結果については

 やっぱりチームとして総合優勝という目標を掲げていたので、素直に悔しいですが、1つのかたちとして3位という結果を残せたと思います。周りの先輩方に助けていただいた3位だったので、来年の箱根は自分がしっかり主力じゃないですけど、チームの戦力となれるように頑張っていきたいと思います。

――ゴールの瞬間はどのように感じましたが

 4年生の谷口さん(耕一郎、スポ4=福岡大大濠)がゴールテープを切ったときにいいチームに入ったなというか、ワセダに入れてよかったなと思いました。駅伝でチームとして結果を出すことというのが高校ではなかなかなかったので。

――チーム内で印象に残る走りをされた選手は誰ですか

 やっぱり谷口さんですかね。5位になるかというときに後ろの日体大を引き離して、前の東海大に追いついて、追い越してというので、4年生の意地というか、4年生の偉大さというのを感じました。

――他大学ではどうですか

 他大学ではやっぱり小野田さんですね。自分自身、下りは自信を持っているじゃないですけど、いけるというふうに思っていて、それでもやっぱり離されてしまうので。最初の5キロと最後の平坦が大きいですけど、それでも下りでは負けないというふうに思っていたので、自分の力不足を感じました。

――来年の箱根でも6区を走りたいですか

 はい、そうですね。僕は1万メートルで全然記録を残せていないので、学年が上がったら往路を入ってみたいという気持ちもあるんですけど、今は6区でリベンジしたいという気持ちがあります。

――下りのスペシャリストにということでしょうか

 はい。

――4年生が引退されて新チームとなりましたが、雰囲気はいかがですか

 きょう新チームとしてのミーティングから練習が始まって、これからの方針を確認して、去年のチームより強いチームを作っていこうという話もされたので、しっかりそういうところを目指しながらしっかり練習をしていこうと思います。

――今後の予定は決まっていますか

 1月は脚を休めてじゃないですけど、2月で強化して、3月の日本学生ハーフマラソン選手権に出場させていただく予定なので、そこへ向けて今は練習していこうという感じです。

――どういった練習をされますか

 僕自身はまだ本調子ではないので、1月は脚を休めて、2月から強化期間というか本格的な練習を積んで、3月の頭に合わせていきたいと思います。

――トラックと駅伝の目標を聞かせてください

 トラックは関東学生対校選手権の3000メートル障害で入賞するというのが目標で、まだ8分台を出せていないのでそれも目標です。同学年の吉田に負けないようやっていきたいです。駅伝では出雲は難しいかもしれませんが、全日本を走れるくらいの走力をつけて、箱根でも6区を走れるようにやっていきたいです。

――最後に読者の皆さんに一言お願いします

 応援していただきありがとうございました。これからも結果が残せるように頑張っていくので応援よろしくお願いします。

――ありがとうございました!

(取材・編集 佐藤詩織)

◆渕田拓臣(ふちだ・たくみ)

1998(平10)年5月12日生まれ。175センチ、55キロ。京都・桂高出身。スポーツ科学部1年。自己記録:3000メートル障害9分07秒85。5000メートル14分19秒37。2018年箱根駅伝6区1時間0分29秒(区間11位)

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