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ア式蹴球部

2022.03.25

ア式蹴球部女子卒業記念特集 山下夏季『選手にも負けない勝負への思い 主務が手にした大学日本一』

選手にも負けない勝負への思い 主務が手にした大学日本一

 「選手より勝負に対する思いが強い」。選手からこう形容された学生スタッフが山下夏季主務(スポ4=静岡・浜松北)だ。ア式蹴球部女子(ア女)の企画『ア女日記』では、『このチームで勝ちたい理由』というタイトルでインカレ制覇への気持ちを熱く文字に起こし反響を呼んだ。大学入学時は漕艇部への入部を希望し、サッカーとは縁もゆかりもない人生を歩んできた山下が、なぜア女で誰よりも勝負にこだわる主務になったのか。彼女のマネジャー人生を深掘りする。

 


 ハーフタイム中、練習のサポートをしながら笑顔を見せる山下

 幼少期から水泳や陸上、バスケなど多種多様なスポーツに触れてきた山下は中学からボートを始めた。高校では県内の強豪校に進学し自身の最高成績は県3位。当時の山下は早慶レガッタに憧れるなどボートに熱中した。そして「早稲田でボート(漕艇)部に入るというイメージ」だったと早大に進学。競技生活を続けるか悩んだが、大学では学生スタッフとして漕艇部に貢献したいと考えた。しかし、当時早大漕艇部の女子選手が少なく、その選手経験も買われ監督からはマネジャーになるには最初の半年間を選手として過ごして欲しいとのオファーが。山下は葛藤もありながら漕艇部入部を断念。学生スタッフとして何かしらの部に入りたかった山下は、体験入部での雰囲気が決め手となりア女でマネジャーとして大学生活を送る決意をしたのだった。

 仕事内容がマルチで量も多いのがア女のマネジャーだ。その仕事量に驚かれることも。外部との連絡や遠征の手配、会計などの事務作業はもちろん、練習中のゲームでの副審、動画撮影、水汲みやトレーニングの用具設置など、ピッチ上での役割も多く、挙げだすときりがない。驚くことにミニゲームなどの球出しも山下の担当だ。全くのサッカー未経験者である山下にとって、大学トップレベルの選手たちの要求を満たす球出しは当然ながら容易ではなく、それが一番の苦痛だったという。そして最も多忙だったのは3年生。マネジャーは当時の新入部員、菊池朋香(政経2=早実)と山下のみ。コロナ禍が始まった年でもあり、特に夏は猛暑のなかマスク・手袋を付けてピッチ中を駆け回った。

 


 試合後にはすかさず選手にベンチコートを用意する

 山下は負けん気がとにかく強い。小学生の時には、少し遅れて始めたバスケの練習で周りに後れを取っていると感じると、毎日家の庭でドリブル練習に明け暮れたという。この負けん気や勝負事へのこだわりは裏方として選手をサポートした大学時代も健在だった。それが顕著に表れたのがア女の企画、『ア女日記』だ。インカレ直前の『4年生の想い』というコーナーで山下は、日本一への熱い思いを文字に起こし反響を呼んだ。勝負へのこだわりが大きな代償を払うこともあった。早慶定期戦だ。例年大きいスタジアムで男子と同日開催するビッグイベントは、ア女部員なら誰しもが憧れる舞台。しかしコロナ禍で延期なども繰り返し、日程調整が難しいシーズンとなった今季は慶大の暗いグラウンドで、延期していたリーグ戦との兼用開催で早慶の伝統を絶やさないのが精一杯だった。選択肢の中には男子との共同開催もあったが、インカレ制覇を一丁目一番地に置いたがゆえの苦渋の決断だったのだ。

 振り返ると勝負や日本一へのこだわりは、山下の元々の性分はもちろんだが、ボートの競技生活を終える決断をし、さらには漕艇部の入部も諦めることになった大学入学時に強まったものだろう。それまで支えてくれた親や高校時代の顧問や友達への申し訳なさゆえに「ア女に入ったときにはそれ(漕艇部に入部していた場合)以上の結果を残そうと決めていた」という。また、ボート選手時代にかなわなかった「何かで1番になりたい」という思いもあった。ア女に入部した時の強い覚悟が、山下の日本一への執念を選手のそれをも超える熱量にさせたのだろう。だからこそ、山下にとってインカレの優勝は何にも代えがたい経験になった。その瞬間をベンチで同期の学生スタッフ陣全員で迎えられたこともまた特別だった。「つらかったことの方が多かったけど、普段何気ないことで笑った思い出がぱっと出てくる」と、安住伊代(スポ4=宮城・仙台二)、金城実希(スポ4=沖縄・開邦)との思い出を語った。

 


 同期の学生スタッフ陣(左から安住、山下、金城)

 「新たなことを始めるのは大学生活しかない。でも(何かを)やめることはマイナスにとらえられがち。だけどそれ以上の何かを得られれば(やめたことが)後悔にならない。自分が後悔しない選択をして、それ以上の努力をすることが大事」。山下はア女で学んだことをこう表現した。「自分がやってきたことは間違っていなかった」と、4年間の努力が報われた日本一を噛み締めながら見せた山下の笑顔が絶えることはないだろう。

(記事 前田篤宏、写真 前田篤宏、手代木慶)

◆山下夏季(やました・なつき)

1999(平11)年8月18日生まれ。156センチ。静岡・浜松北高出身。スポーツ科学部4年。山下主務の出身校である浜松北高は県内有数の進学校でもあり、ボートの強豪校でもあります。漕艇部の船木豪太主将(スポ4=静岡・浜松北)とは高校ボート部の同期だったそうです。