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競走部

2022.01.03

第98回東京箱根間往復大学駅伝 1月2・3日 東京・大手町読売新聞東京本社前⇔神奈川・箱根町芦ノ湖駐車場入口

「ショックで言葉が見つからない」(中谷)/箱根コメント集

 青学大の総合優勝で幕を閉じた第98回東京箱根間往復大学駅伝(箱根)。早大は優勝という目標を掲げながらも、まさかの13位に終わりシード権を逃した。千明龍之佑駅伝主将(スポ4=群馬・東農大二)ら4年生にとっては最後の『エンジ』。箱根路を駆け抜けた選手、監督に、レース直後の心境を伺った。

「(流れが)悪くなったときに立て直す力はなかった」相楽豊駅伝監督(平15人卒=福島・安積)

――今回の箱根は、どんな二日間だったと振り返りますか

ずっと苦しいレースが1区から続いていましたので、我慢を強いられる二日間だったと思います。

――どこからが想定外でしたか

1区ですね。当然メンバーによってハイペースもスローペースも想定していましたが、吉居(大和、中大)くんが区間記録を超えるペースで入って、全体が最初かなり速い入りをしたので想定を上回っていたと思います。その辺りから少しずつ崩れていったのかなと思います。

――1区井川龍人(スポ3=熊本・九州学院)選手は本人のコメントからも、万全ではなかったということでした

井川の準備としては『間に合った』という感じでした。他の区間での起用も想定していましたが、スローでのペースの上げ下げがある可能性を踏まえると、現在のチーム状況では彼の経験値が一番通用するかと思いました。その中でも(実際の展開が)ハイペースで、しかも序盤吉居くんについていっていました。中盤に我慢する練習が不足していたところもあり、ハイペースで入った分、中盤以降の失速につながったのだと思います。

――全体として、思うような結果にならなかった要因は

11月の全日本後、集中練習を始める段階のミーティングでも言っていましたが、体調不良やケガ明けの選手が非常に多く「この状態で今箱根があったら確実にシード落ちするよ」というのが1カ月前の状態でした。そこから年末に向けて調子も右肩上がりできていて、徐々に戦う準備が整いつつあったのは間違いないのですが、集中練習にしても実際にメニューをしているのが16人中の半分程度でした。それは私もこのチームに携わっている中で初めてでした。

その中で、やはり今回のようなレベルの高いレースになった場合に対応する準備が不足していたので、そういう意味では冷静になって振り返ると、スタート前の準備から足りていないところはあったのだと思います。

――今季ケガや体調不良が多かった要因は分かるものなのでしょうか

故障している部位や症状も人によってバラバラなので、一概にいうのは難しいですが、厚底、カーボンシューズの影響の可能性もゼロではなかったかなと思います。

――走った10人の状態は

集中練習がしっかりできたのは4区石塚陽士(教1=東京・早実)、5区伊藤大志(スポ1=長野・佐久長聖)、9区佐藤航希(スポ2=宮崎日大)、10区山口賢助(文4=鹿児島・鶴丸)の4名です。

あとは基本別メニューで回っていまして、例えば3区太田直希(スポ4=静岡・浜松日体)や8区千明龍之佑駅伝主将(スポ4=群馬・東農大二)は故障から立ち上げてやってきて、レース当日の指示も「ハイペースで突っ込んで」というよりは、「イーブン(ペース)で余裕があったら後半上げる」という指示になってしまいました。そこで区間中位まで持ってきたのはもちろんさすがだと言いつつ、仕上がりは8、9割だったので、彼ら本来のパフォーマンスが出せる状態ではなかったとは思います。

――中谷雄飛(スポ4=長野・佐久長聖)選手も別メニューだったのでしょうか

12月の日体大(日体大長距離競技会)に出た関係もあるので、みんなと同じというよりは別でやっていました。調子はそんなに悪いわけではなかったのですが、やはり悪い順位でもらったときに、それをくつがえすだけの力はまだなかったのだと思います。

――不安要素としてはどこが一番大きかったですか

全体的に薄くずっとありました。ただ、流れに乗ればついていけるだけの準備はしていたと思います。しかし1区でつまずいてしまったときに、『流れを変える』だけの準備をしている選手が非常に少なかったと思います。

全日本後のミーティングでは中谷、井川、鈴木創士(スポ3=静岡・浜松日体)の3名をポイントゲッターとして挙げたのですが、やはりうまく機能できる状態ではなかったことから、先ほど述べたように流れに乗れば走れるチームであったのかもしれないですが、悪くなったときに立て直す力はなかったのだと思います。

――今後に向けて、また、読者に伝えたいことはありますか

今回の結果については、ゴール後はかなりショックを受けましたが、冷静に分析してみると準備が間に合っていなかったと明らかになっています。それをどう改善するかはやはり日々の練習や生活の中にしか答えはないだろうと思いますので、3年生以下の新チームと、その辺りをどう見直していくかが一つです。

一方では、大変ご期待いただいている方もいらしたと想像しますが、トラックの成果がある程度出ていたこともその要因の一つとしてあると思います。トラックでのスピード強化、得意種目で個性を伸ばすところはある程度うまくいっていたのではないかと評価していますので、やはりこうした結果となり全て否定されてしまうこともありますが、昨年一年間の中でできていたことと、できていなくて見直さなければならないことをしっかり分析して、この後の改革に生かしていって。非常につらい、厳しいシーズンになると思いますが、それを乗り越えて強いチームに生まれ変わって帰ってきたいと思います。

※1月6日に追記しました

「結果を見てみれば練習が積めていなかった」

1区・井川龍人(スポ3=熊本・九州学院)

――一晩たちましたが、改めてレースを振り返っていかがですか

1区の仕事としては何も果たせなかったなと思っています。

――1区での出走が決まったのはいつですか

結構直前で決まりました。

――事前取材の際にあまり調子が上がっていないという話がありましたが、レース前の調子はいかがでしたか

いろいろ言うと言い訳っぽくなってしまうのですが、事前取材の時に調子が上がっていないと話したように、練習ができていなかったです。1週間前くらいから調子が上がり出して、いけるとは思っていたのですが、結果を見てみればやはり練習が積めていなかったというところで、20キロ走ることができなかったのだなと思いました。

――後半はスタミナが足りなかった感じですか

スタミナもだし、体が走れる状態ではなかったという感じです。

――スタートラインに立った時点で、体の調子や準備といった面での不安は感じていましたか

不安はあってもスタート前は不安だと感じないようにはしていました。

――レースプランはありましたか

普通に走れたら吉居(大和、中大)にも付いていけたと思うし、留学生が来るかもしれないという話があって、先頭に付いていくつもりではあったのですが、いざ走ってみると全然思うように動かず、思い描いていたレースはできなかったです。

――序盤に吉居選手が引っ張っていた時のペースはどのように感じていましたか

最初5キロくらいは余裕で付けていたのですが、そこから先はキツくなってきて、このまま付いていったらダメだなと感じて、ペースを落としました。

――その後吉居選手が飛び出して2位以下が大きな集団になったときの動きはいかがでしたか

前半飛び出してしまった分、できるだけ力を使わないように温存させようと思って走っていたのですが、10キロ手前くらいからキツくなったりキツくならなかったりの波が激しく、後半集団がばらけた時に付いていけなかったです。

――タスキ渡しの時に中谷選手からどのような声かけがありましたか

あったとは思うのですが、キツくて何も覚えていないです。

――総合13位という結果については今どう感じていますか

良い成績だった人は正直いないと思っているのですが、集中練習の段階で一つになれていなかったことなどから、こうなってしまうのも仕方ないと思いました。やはり準備が大事だなと感じました。

――今年の経験はどのように来年につなげていきたいですか

すごく悔しい思いをしたので、来年以降こういった思いを、自分たちもだし、後輩たちもしないように、今ゆるくなってしまっている早稲田を、自分にも厳しくチームにも厳しく、これまでとは違うチームを作り上げていきたいなと思っています。

「ショックで言葉が見つからない」

2区・中谷雄飛(スポ4=長野・佐久長聖)

――今の率直なお気持ちをお願いします

少し状況が飲み込めてないといいますか、ショックで言葉が見つからない感じです。

――それはチームの順位、個人の走り両方ですか

半分半分です。僕自身も、難しい順位の中でレースを進めましたが、チームに勢いをつけられる走りができなかったので、申し訳ないですし、チームとしてもまさかシード落ちまでいくと思っていなかったので。その両方の面で、ダメージというか、ショックを受けました。

――16位でスタートしましたが、どのような思いでしたか

正直、正確な順番は分かっていなかったので、とにかく一つでも前にいこうと走りました。ですが、前を追った時に視界に入ったのが、2人ぐらいで。その選手をひたすら追い抜こうと走りましたが、なかなか1人でずっと走っていくのはしんどかったです。

――プランとしては

2区は後半勝負だと思っていたので、突っ込みすぎず、遅すぎずのペースで入りました。ほぼ一定で刻んでいきました。最後の坂はただただしんどかったです。

――ご自身の走りはどのように評価していますか

非常に難しい状況でしたが、記録を見た時に、目指しているものからかなりかけ離れていてショックというか、申し訳ない気持ちでいっぱいです。

――調子については

箱根前の2週間は、かなり練習量を積んできたので、疲労で苦しい時もありました。ですが、本番の週はできることをしっかりやって、いい状態で箱根という舞台に臨めたとは思っています。

「大会前は走れるのか不安だった」

3区・太田直希(スポ4=静岡・浜松日体)

――今、どのような気持ちが一番大きいですか

情けないなということと、何がいけなかったんだろうというところですかね。

――悔しさよりもやるせなさの方が大きいのですか

そうですね、悔しさはもちろんあるにはあるんですが、誰も力を残して終わった選手はいないと思いますし、全員頑張った上でのこういう結果なので、本当に何が原因なんだろう、どうしてこうなっちゃったんだろうというのが一番ですね。

――個人の走りを振り返って、当日の調子はいかがでしたか

走ってみないと分からないような感じでした。自分の調子はあまり分からなくて、レース前は結構走れるのかなという不安が大きかったです。

――調子を合わせられている感覚はありましたか

直前の練習などであまり自分の走っている感覚がよくなかったので、調子が上がっているのかどうなんだろうという感じで。大会前は本当に走れるのかが一番不安でした。

――1、2区が苦しい展開となりましたが、どんな気持ちでスタートしましたか

予想以上に苦しい展開で、監督(相楽豊駅伝監督、平15人卒=福島・安積)からは「自分のペースで、自分のリズムで刻んでいこう」という指示をもらっていたので、まずは突っ込んだりせず冷静にという思いで走り出しました。

――実際に走り始めて、神奈川大や順大と並走するシーンもありました。展開を振り返っていかがですか

5キロを14分15秒で入って、神奈川にどんどん追いついているのが分かったので、悪くないなと思ったんですが、順大の伊豫田(達弥)が予想以上に速くて。7キロくらいで追いつかれたんですが、そこは冷静にと思って、給水の10キロくらいまではついていました。でもそこからはきつくなったというか、リズムに対応しきれなくなって、そこで一回離れてしまったという感じですね。

――離れてしまったのは自身の調子が悪かったのか、相手の調子がよさそうだったのかどちらでしょうか

結構速いペースだったので、自分がそこで本当についていけばもっといい記録が出たんでしょうけど、その10キロくらいの地点で、ついていったらやばいかなとネガティブになってしまって。そこで一度引いてしまったところがありました。

――その後は単独走になりましたか

そうですね。海岸線はほぼ単独走でした。

――ご自身の走りを振り返って、どのように評価しますか

ケガで全日本(全日本大学駅伝対校選手権)を欠場してそこから1カ月半くらいで練習してきたわけですが、その中で少しは粘りを見せられたかなと思います。でもやっぱり展開として、伊豫田と一緒に行っていれば創価大と一緒に渡せて、(4区の)石塚が嶋津(雄大、創価大)と一緒に走るという展開が見えていたので、そこで一歩引いてしまった自分が弱かったなと思います。

――総合結果を改めて振り返っていかがでしたか

実際のところ、まさか自分たちの代でシードを取りこぼすと思っていなかったですし、こんな結果になってしまって、後輩たちには申し訳ないと思います。

「全体的にまとめられたレースだった」


4区・石塚陽士(教1=東京・早実)

――初めての箱根でした。個人として率直な感想は

かなり悔しい結果になってしまって、まだ気持ちの整理がついていないかなという感じです。

――レース前の調子は

調子に関しては、集中練習も100パーセントできていてかなりいい状態で臨めたのではないかなと感じています。

――4区での出走となりました。監督の指示やレースプランは

4区のコース柄、アップダウンがあり難しいということもあるので、前半は前に付こうか後ろから追いついてこられようが、最初はある程度自分のペースを保って後半に上げていこうという指示をもらいました。

――区間6位、順位も三つ上げてシード圏内の10位まで押し上げました。ご自身の走りを振り返って

監督の指示通り、比較的抑えて入って後半上げられたのはよかったと思うのですが、やはり区間順位を見ると少し抑えすぎた、もう少し突っ込んで入った上で後半上げていくというレース展開ができればよかったのかなとも思います。

――その抑えた前半のペースは

1キロ3分切るくらい、2分57、58秒のイメージです。

――終盤5キロで2人を抜きましたが、ペース自体を上げたのでしょうか

ペース自体はイーブンで1キロ2分57秒くらいでしたが、コースも難しくなってくるので相対的に速くなる、という感覚です。

――20キロ超のレースは初めてだったと思いますが、その点に関して

だいぶ集中練習の出来もよかったので自信を持って臨めました。11月のハーフ(21キロタイムトライアル)に比べると後半の失速もなくて全体的にまとめられたレースだったのかなと思います。

――チームとしては総合13位でシード権を失うというかたちになりました

うーん、やはり悔しいといいますか…。走る前は優勝を目指していくというふうにやってきたチームだったので、シード落ちという結果になってしまってまだ全然気持ちの整理がついていなくて。コメントも見つかっていないです。切り替えるしかないというのは分かっていて、来年の箱根に出るためには予選会を通過しないといけないので、そこに合わせてやっていく必要があると思います。

――オフを挟んでまた新しいシーズンが始まります。そこに向けた意気込みを

まず3月からはトラックシーズンが始まるのでそこでしっかりスピードをつけて、競り合いに生きるような力をつけたいです。シーズン後半にかけてはより距離を走り込んで、将来的には2区を走っていけるようにならないといけないなと思います。箱根のエース区間を任せられても対応できるような走力を、これからつけていこうと思います。

「自分の想定以上のタイムで走れたが、順位が伴わなかった」


5区・伊藤大志(スポ1=長野・佐久長聖)

――まず、どのようなレースプランを考えていましたか

5区に行くことが決まった時から、駒野さん(亮太長距離コーチ、平20教卒=東京・早実)や前回大会で走った諸冨さん(湧、文1=京都・洛南)からアドバイスをもらっていました。箱根湯本駅までの平坦な前半3キロは、できるだけ足を温存し、上り始めの箱根湯本駅を過ぎたあたりから、ギアを上げていくイメージでした。一番傾斜のきつくなる宮ノ下から上りきるまで、足を残し、ラストは粘っていくレースプランを考えていました。

――自分の走りを振り返って、いかがでしたか

後ろからスタートした東洋大学の宮下(隼人)さんは実力者なので、早く追いつかれるのかなと思い、予定通り3キロは足をためてゆっくり行って、もし追いつかれてもリズムを崩さず差は最小限に抑えることを考えていました。しかし、宮下さんが追いつくのが想定よりも遅く、離せたと感じていました。結果的に宮ノ下の一番傾斜がきつくなるところまでうまく自分のリズムで行けて、そこから粘るという当初のプラン通りに行けました。テレビでは映ってはいませんでしたが、宮下さんに追いつかれても粘って、追い抜いたり、並走したりできました。そこは評価できる点かなと思います。

――レース前の体調や緊張の度合いはいかがでしたか

体調自体はすごく良かったです。集中練習も全てこなせて、直前の体の状態も上がっていたので、その面では不安なく臨めました。精神面では、初めての箱根駅伝、20キロという未知の距離だったので、かなり緊張していました。当日の朝も、付き添いの先輩や同期と話している中でもすごく緊張しているなという気持ちはありました。ですが、出雲のように緊張して体が動かなくなることを一番避けなければいけないと考えていたので、練習やアップではリラックスすることを意識していました。

――今回の区間順位やタイムをどのように捉えていますか

想定以上に走れたのでタイムとしては合格点かなと思っています。しかしタイム以上に順位を削り出すことができませんでした。自分の想定以上のタイムで走った中で順位が伴わなかったことは、弱さの表れというか、勝負できなかったところが、僕と順位を上げた選手との総合力の差だなと感じています。

――初めての箱根出走はいかがでしたか

箱根は陸上を始める前から見ていて、箱根といえば5区というくらい重要な区間を走っている感動というか、フワフワした感覚がありました。走っている最中は必死で、死ぬ気で走っていたので、考える余裕はなかったのですが、走り終わって倒れこんでしまった時に、初めての箱根駅伝が終わったなというフワフワした感じが少しありました。

――初めてということで、感情的になったということですか

初めて走ることができて、走っている中で冷静に対処する部分、宮下さんに追いつかれたらどうしようとか、前が見えない中でどうやって自分のタイムを刻んでいくのかを冷静に考えている自分がいました。その反面、走れている喜びを持ち合わせており、不思議な感覚でした。

――箱根での収穫と課題は何ですか

箱根駅伝の距離や上りの適性などは、順位を見ると僕に残り3年間安心して5区を任せてもらえるものではないかなと思っています。「これからも箱根で5区を目指して頑張りたい」、「5区を任せろ」と大口をたたけるわけではありません。その中でも抜かれてから抜き返すというか、抜かれてからできるだけ差を縮めて渡そうと考えて走れたのが一番の収穫かなと思っています。強さを求める上で大切にしなければならないことを、少し見ることができたことが今回の良かった点です。

 箱根の上りの重要度を重々承知はしていたのですが、やはり最後に差されてしまった東海大の吉田(響)選手や僕より前でゴールした選手を見ると、5区の重要さを改めて感じ、専門的な練習で適正を磨いていく必要があると思いました。自分の最善以上の走りはできましたが、それでも敵わなかった地力の差を感じているので、平坦と上りにかかわらず今後課題になってくると思います。大学に入ってから求めている強さというものを感じた5区でした。

「自分の力不足を感じた」


6区・栁本匡哉(スポ2=愛知・豊川)

――初の箱根を走ってみていかがでしたか

箱根デビューとなりましたが、昨日はかなり緊張しました。今日は覚悟を決めてスタートを切りました。上った後に思ったよりも体が動かず、後続の選手に追い抜かれていく展開になってしまったのが悔しいです。20キロという長い距離を走るうえで自分の力不足を感じました。 

――6区の出走はいつ決まりましたか

昨日、旅館に着いた後の17時ぐらいです。相楽監督から1人ずつ呼び出されて、そこで決まりました。

――調子はいかがでしたか

調子自体は集中練習も別メニューではありましたが、しっかりと練習を積めていたので上り調子ではありました。自分の中で、はまれば走れるという感覚はありました。

――往路の展開はどう捉えていましたか

予想していたよりも残念な結果ではあったので、自分が流れを変えないといけないと思いました。

――具体的なレースプランや監督からの指示はありましたか

東海大学の選手が1秒前でスタートするかたちで、なおかつ昨年に6区を走った経験がある選手だったので、上りだけでもしっかりと並走して、下りは自分のペースで走るように意識しました。監督からは並走しすぎるのではなく、自分の強みを出していこうというお話だったので、下りで強みを出せるようにしたいなと思いました。

――今日のご自身の走りを振り返っていかがですか

区間順位は伸びませんでしたし、チームの流れも変えることができずに終わってしまいました。自分自身納得のいく走りはできていません。この悔しさを生かして、今後のトラックや駅伝に向けて強い選手になりたいです。

「(今後は)強さを追い求めて頑張る」


7区・鈴木創士(スポ3=静岡・浜松日体)

――12月の取材以降、調子は上がってきていましたか

調子はよかったです。今回は今ある力を出し切ったと思います。練習不足を痛感しました。

――14位でタスキを受け取り、どのような思いで走り出しましたか

とにかく前にいるチームを抜こうと突っ込みました。

――チームの結果についてどう捉えていますか

今でも信じられないです。今年は優勝すると思っていたので…。今年は僕中心の代になるので、強さを追い求めて頑張ります。

――最後に、ご自身の走りはどのように振り返りますか

悔しいの一言に尽きます。僕がシード権まで持っていっていればと思うと、流れを変えることができなかったと思います。また、タイムも1年生の頃より1分も遅いのでダメでしたね。

「本当に申し訳ない気持ちでいっぱい」


8区・千明龍之佑駅伝主将(スポ4=群馬・東農大二)

――今の率直な気持ちは

まだ整理はできていないですが、シードを獲得できなくて相楽さん、駒野さん、後輩たちに本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。

――往路の展開はどう見ていましたか

流れに乗り切れない場面が多くあり、そこがやっぱり上位に食い込めなかった要因かなと思うのですが、本当にみんな全力で走ってくれました。最後の伊藤大志の粘りは本当にチームを勇気づける走りだったので、復路のメンバーは本当に諦めていなくて。絶対に巻き返す気持ちで往路を見ていました。

――復路に向けて、チームで話していたことはありますか

絶対に巻き返すという話をして、みんなで盛り上げていました。

――ご自身の出走はいつ確定しましたか

確定したのは前日でした。それまでも走るつもりではいたのですが、相楽さんは最後まで迷っていたんだと思います。

――それは状態が万全ではなかったからでしょうか

練習は問題なくできていたのですが、他にも調子のいい選手はいて、どちらを使うかと決めかねていたのだと思います。

――走ることが決まり、自信はありましたか

昨年と比べると少し自信はなかったのですが、最後だしやるしかないと思ってスタートラインに立ちました。そうしたら創士も前を詰めて来てくれて、最後(タスキを)渡すときに、「覚悟見せてください、意地見せてください」と言ってくれました。そこで「もう前を追うしかない」と覚悟を決めて走り出しました。

――ご自身の走りを振り返っていかがですか

10キロまで抑えて走って遊行寺から追い上げるという、昨年と同じプランではあったのですが、昨年同様お腹に痛みが出てしまいました。前半10キロを昨年と同じようなペースで通過して、藤沢までもあまり上げられなくて。本当に苦しかったのですが、それでも遊行寺からはもう気持ちで上げていくことができました。最後法大にまで追いつけたのは、本当に最低限の走りしかできなかったとは思うのですが、後半で少し巻き返せたのはよかったかなと思います。

「(調子は)良いわけでも悪いわけでもなかった」


9区・佐藤航希(スポ2=宮崎日大)

――初めての箱根駅伝を終えた率直な感想をお願いします

自分がずっと夢見ていた箱根駅伝を走っているという実感はなかったのですが、うれしさもありつつ、自分が順位を落としてシード権の争いに絡めなかったことへの悔しさがあります。

――調子はいかがでしたか

いつも通りというのが、言葉の中で一番合っていると思います。いつも通りだからこそ、良いわけでも悪いわけでもなかったので、スタートしてからの体の動きを見て、レース展開を組み立てようかなと思っていました。

――仲が良く今回出走できなかった菖蒲敦司選手(スポ2=山口・西京)からは何か声をかけられましたか

菖蒲は別の区間を争っていてメンバーを外れるかどうか、というところでした。(菖蒲選手は)昨日まで外れるかどうかわからなかったのですが、LINEで「外れたから後は頼む」と言われました。

――往路も含めて8区までの展開をどのように見ていましたか

流れになかなか乗り切れていないというのは感じていて、優勝が遠のいていく中でもシード権は絶対に死守していきたかったです。そこにみんなで目標を切り替えて、最低限シード権、それ以上の結果というところにみんなで意識を持っていった中で、最後のチャンスをつぶしてしまったのは悔しいですし、申し訳ないなと思っています。

――千明主将が10位との差を44秒まで詰める走りを見せました。どのような気持ちでタスキを受け取りましたか

すぐ後ろからも法大が来ていて、おそらくすぐ追いついてくるだろうと準備はできていました。ある程度前半は自分のリズムで入って、追いつかれてからはペースを上げて追っていこうというような感じだったので、2人で前を追っていこうとしました。

――そのようなプランだったのですか

結構前との差が開いていたので、1人で追っていくよりも2人でペースを作って追っていった方が(いいだろう)という気持ちがお互いにありました。

――三浦励央奈選手(スポ3=神奈川・法政二)からの給水ではどんな言葉をかけられましたか

どうにか覚悟を見せろと言われたと思うのですが、その時点でかなりいっぱいいっぱいでした。前を追っていく中で、きつかったのですが、その言葉でもうひと頑張りできました。

――法大に抜かれた時の走りはいかがでしたか

並走していたのですが、どんどん前を追っていくのがキャパ的にも超えるような場面があって、このまま行くとちょっと自分のキャパを超えてしまうなと思って、少し後ろに下がった時に、あまりリズムがつかめず、本来の走りから遠ざかってしまいました。そこで一旦離れて結構差が開いて、そこからラップもかなり落ちたのですが、そこからまた呼吸や体のリズムを整えて、作り直してから前を追っていこうと考えていました。

――今回の結果を受けて、今後への目標や課題を教えてください

昨年は1年を通して、自分の思う以上の結果、大学3年や4年で達成したかったことや出たかった試合にも出させてもらいました。今回も箱根は初めてで、失敗してしまったのですが、強くなるためにはそういった経験も大事になってくると思います。来年以降も自分たち後輩はまだ試合があるので、そこで今年の経験が必ず生きてくると思います。悔しさを忘れてはいけないと思いますが、マイナスなことばかり考えずに、今日の経験を生かしていきたいです。

「心の底から悔しい気持ち」


10区・山口賢助(文4=鹿児島・鶴丸)

――13位でのゴールとなりましたが、今の率直な感想をお願いします

最後まで応援してくださった方々、そして箱根シードがなく出雲もない中で来シーズンを迎えることになる後輩たちに本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。

――体のコンディションはいかがでしたか

(集中練習で)一回調子を落として練習を外してしまったのですが、その次の練習はすごくいい感じに走れて、それを境に箱根までは順調に状態を上げてくることができました。

――10区を走ることはいつごろ決まりましたか

1週間前の時点では駒野コーチから1区でいくと話がありました。一応準備していたのは1区、7区、10区なのですが、自分の中では1区でいくと思って準備を進めていました。井川の状態が良くなかったのですが、状態が上がってきたのでもう一度10区に、本来走るべき区間に戻るかたちになりました。

――1区と10区ではかなり異なる点が多いと思います。どのように調整されましたか

10区で準備して1区に回ると難しいと思いますが、その逆は正直今までの経験もあるので、自分の中では影響はなかったです。(10区起用を)はっきりと言われたのは最後のポイント(練習)が終わってからでしたが、任せられた区間はどこでも行くつもりでしたし、しっかり準備はできていたと思います。

――12位でタスキが渡りましたが、どのような心境でスタートしましたか

前の法政と帝京を抜いて、シードを取ることだけしか考えていなかったです。気持ちでは自分なりにずっと攻めて行っていました。ただ終わってみて感じたのですが、イメージしていてもそれに見合うだけの力がなかったと感じました。

――以前から課題に挙げていた単独走が続きましたが、中盤以降の走りについては

なかなか法政との距離も縮まらず、気持ちが先走って体とうまくかみ合わず空回りしていたと思いましたし、終わってから相楽監督と半澤(黎斗、スポ4=福島・学法石川)にスタート前の様子が気合が入りすぎて力みがあったと言われました。でもそんなことより自分の力がなかったことに尽きると思うので、後輩に申し訳ない気持ちとこれからの競技人生で強い選手にならないとだめだ、という思いがあります。

――終盤は神奈川大に追い上げを許しました。その時の状況を教えてください

ラスト3キロくらいで神奈川大に追いつかれたのですが、正直自分は前しか追っていないし前しか見ていなかったので、後ろから来られた時は少し動揺や「自分は何をやっているんだろう」という気持ちはありました。差を詰めるどころか後ろに追いつかれたので。

――最後の箱根駅伝を振り返って

総合優勝を4年間ずっと目標にしてきて、それとは程遠い結果で終わってしまいました。自分の走りにシードが懸かっていて、シードを取ることだけが自分に課された役割だと思っていたのですが、4年生としてアンカーを任せてもらったのに果たせなくて、心の底から悔しい気持ちと申し訳ない気持ちでいっぱいです。

 

(取材・編集 布村果暖、青山隼之介、朝岡里奈、杉﨑智哉、高橋優輔、名倉由夏、山崎航平、横澤輝、及川知世、森田健介、湯口賢人、川上りり、戸祭華子)