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準硬式野球部

2019.11.12

関東地区大学・社会人王座決定戦 11月10日 東京・ダイワハウススタジアム八王子

一番の思い出は「人との出会い」(山口副将)/引退コメント集 野手・主務編

準優勝盾を受け取る山口副将

吉田龍平主将(スポ4=東京・小山台)

――今のお気持ちを教えてください

やり切ったなという思いが一番です。

――きょうの試合を振り返っていかがですか

1回に点を取られて中央すごいなという印象がついたと思いますが、その後同点に追い付いて、「やれる」という思いでした。その中でチャンスというチャンスはつくれなかったので仕方ないなという思いはあります。

――きょうの投手陣の調子はいかがでしたか

良かったですね。清水(佑樹、スポ2=早稲田佐賀)は打たれましたが、その後少し修正してゼロを並べてくれました。前田(直輝副将、スポ4=熊本)はピンチを抑えてくれましたし、杉山(周平、教4=神奈川・山手学院)は今季あんなに長い回を投げたことはなかったのですが、粘って投げてくれたので本当にピッチャー陣はよく投げてくれたと思います。

――きょうの打撃面を振り返っていかがですか

チームでは前半、よく塁に出ていたので良かったなと思います。ですが後半ではずっと同じピッチャーだったのにもかかわらず、なかなかチャンスをつくれなかったので苦しかったです。個人では、インコース、アウトコースの投げ分けのできるいいピッチャーにやられたなというのはあります。

――延長に入ってからはチームの雰囲気はいかがでしたか

表をしっかり抑えて点を取ればいいという雰囲気で試合をしていました。

――試合後のミーティングでは何を話されましたか

全日(全日本大学選手権)と春、秋のリーグ戦(東京六大学リーグ戦)優勝できて本当にいい一年間でしたという感謝の思いですね。あとは後輩にも頑張ってほしいですし、優勝の瞬間は本当にいいものなので、それを味わってほしいと思って全日で優勝してほしいと伝えました。

――秋季リーグ戦から野球を楽しむことをモットーにされてきましたが、大学野球最後の試合を楽しめましたか

そうですね。展開的に緊迫していた試合でしたが、こういう経験ができるのも最後だなという思いで最後までやり切れたかなと思います。

――大学四年間を振り返っていかがですか

下級生の頃から試合に出させていただいて、勝っていい思いをするというのがあまり経験できませんでした。ですが勝つことの厳しさというのを知れましたし、後半二年は優勝を経験できたので、いろいろ経験できた四年間だったなと思います。

――その中で一番の思い出は何ですか

やっぱり自分の代で、全日で優勝できたことですね。負けた記憶というのは多くありますが、自分がキャプテンをさせていただいて四年生みんなが苦労してつかみ取った優勝でした。僕たちの中で最も大きな舞台ですし、そこで勝てたのが一番の思い出です。

――主将に就任されてから今までどのようなことを意識されていましたか

一番は周りを見ることができるようになりました。下級生の頃は打てなかったら少しイライラした態度を出したり、まだまだな部分が多くありました。キャプテンになってからは、僕がそういう態度を取るとチームにそれが伝染すると思いますし、試合でも練習でも自分の悪いところを見せないように意識していました。

――主将としての一年間を振り返っていかがですか

最初は地獄でしたね(笑)。関東大会でコールド負けして同期で話す機会もあったのですが、なかなかメンタルにくるようなところもあったので、辞めたいなと思った時もありました。そのような思いもありましたが、副キャプテンの前田、山口(永路副将、社4=早稲田佐賀)と一緒に春はまた頑張ろうと言っていて。春からは幹部として本当にいい思いをさせてもらいました。

――以前、主将に就任して始めの頃は重圧を感じて苦しかったこともあったが、全ては関東大会が変えてくれたとおっしゃっていましたが、どう変わりましたか

他の人に頼るようになったというのが一番で、(それまでは)キャプテンになって全部自分でやらないといけないという思いがありました。そこでいっぱいいっぱいになって周りが見えなくなって、辛いという感情を出しながら部活をやっていました。そこからは同期に相談することもありましたし、もちろん前田、山口にも頼ることになりました。そういった意味で変わったかなと思います。

――吉田龍主将にとって早大準硬式野球部はどのような存在でしたか

一言で表せませんが、やっぱり生活の一部というか。授業が終われば東伏見のグラウンドへ練習に向かいますし、グラウンドに来ればみんながいて楽しく野球をやれるという環境だったので、本当に準硬に入って良かったなと思います。引退してあのグラウンドで練習できないというのは寂しいなという思いはあります。

――四年間共に戦ってきた仲間への思いを

関東大会で負けた後言いたいことを言ってくれて、その後自分の視野が広がって本当に頼りになる同期でした。何よりみんな野球が好きで勝ちたいという思いが強いとてもいい代だったと思うので、この同期だったからこそリーグ戦も全日も優勝できたのかなと思います。

――後輩に残したいご自身の姿やポリシーはありますか

キャプテンの目線からしてもやっぱりやるときはやるという思いで、準硬はそんなに練習を毎日長くやるわけではありませんし、せっかく四年間大学で部活をやっているので、部活の時間をしっかり大切に過ごさないともったいないと思うので、最後僕たちみたいに引退したときにやり切ったと思えるように部活に取り組んでほしいなと思います。

――最後に後輩に向けてメッセージをお願いします

少し全体でも言ったのですが、優勝してマウンドで集まったり閉会式後にみんなで胴上げしたりとか、優勝の瞬間というのは3回経験させてもらいましたけれど、何回やっても良いものなので後輩には今年以上に経験してもらって、今年以上にいいチームだったと言えるような一年間のシーズンにしてもらいたいなと思います。

山口永路副将(社4=早稲田佐賀)

――きょうの試合を振り返っていかがですか

最後の試合ということで臨んで、結果は負けてしまいましたし、勝って終われれば一番良かったのですが、やり切ったなというのが一番です。

――きのうは打席に向かわれました

自分の中ではきのうの打席が最後という気持ちで臨みました。スタンドのみんなも盛り上げてくれたし、自分がやってきたことを出すだけというのと、その姿を後輩達に見せて次につなげることができたらと思っていました。

――きのうの打席を振り返っていかがですか

結果は打てなかったのですが、しっかり自分のスイングをして食らいつくことができました。結果よりは自分に回してくれたチームメイトに感謝したいです。

――一年間副将を務められていかがでしたか

正直、副将という立場でチームに貢献できたかはわからないのですが、主将の龍平と副将の前田と、幹部に近いかたちで杉山も一緒にやってくれたおかげで、これだけの結果を残すことができたと思います。自分としてはこの1年間、野球に対する姿勢だったりはみんなの見本になろうと思っていたので、そのような点では副将になれて良かったと思います。

――早稲田はどのようなチームでしたか

チーム一体となるというのが正直よくわかっていなかったのですが、今年のチームは比較的4年生以外でも下級生が試合に出ている中で、下級生が4年生と同じくらいの気持ちでプレーしてくれたと思います。そのようなところが、競った場面で、負けたら終わりという場面で勝ってきたことにつながっていると思います。

――ご自身の四年間を振り返っていかがですか

もともとピッチャーとして入部して、他の人とは違う特殊なパターンだったのですが、自分がやれるだけの練習を悔いなくやってこられました。最後の1年でこれだけの結果を残せましたし、こんなことは野球人生の中で一度もなかったので、やり切ったという思いが強いです。

――一番の思い出は何ですか

人との出会いですね。準硬の良さは縦のつながりが強いことです。考え方を変えてくれるような先輩もいましたし、同期も個性ありますし、九州から出てきて、本当にいろいろな考え方を学びましたし、成長につながったと思います。そう思うと人との出会いが一番ですね。

――後輩達へメッセージをお願いします

今年は三冠というかたちで終わって、後輩達も予想以上の結果を残せたので、プレッシャーにはなると思うのですが、結果どうこうを考えずに、自分達らしい野球をやってほしいです。一番は一人一人が悔いなく準硬生活を送ってほしいなと。悔いなくやった結果がこうして返ってくると思うので、みんなが準硬に入って良かったという生活を送ってほしいです。

全日で得点を喜ぶ江上主務(中央奥)

江上太悟郎主務(教4=東京・早実)

――きょうの試合を振り返っていかがですか

メンバー全員が力を振り絞った結果惜しくも負けてしまったのですが、四年間の集大成が見られたなと思います。

――これで引退となりましたが、四年間を振り返っていかがですか

最初自分は選手としてこの部活に入って、途中から「主務やってくれないか」と言われて、自分から立候補して始めたのですが、すごく苦しいことの方が多かったです。そんな中で仲間に支えられて、自分がこうやって四年間やってこられたのも仲間のおかげだなと思っているので、やり切った気持ちは大きいのですが、仲間あってこそのこの四年間だったなと思います。

――その中で一番うれしかったことと一番苦しかったことは何でしょうか

一番うれしかったのは、新人戦で選手として活躍した上でみんなで優勝を経験できたことですかね。全日優勝ももちろんですが。苦しかったことはこの一年間ですね。もちろん副務の田中優()にすごく支えてもらいながらだったのですが、主務という一番上の立場に立って、OBとのいろいろなやり取りとか、チームを良くするために考えて動くのが。自分はプラスと思って動いても選手にとってはマイナスだったこともあって、そうやって動くのはすごく苦しかったです。

――最後に後輩たちへ向けて一言お願いします

自分たちは春と全国と秋と3つ制覇して、『五冠』を目指していたのですが関東一を決める2大会、始めと終わりがうまく締まりませんでした。後輩たちには『五冠』という夢を託して、引退するのですがこれからも支えていこうと思うので、いつでも頼ってもらえたらなと思います。

石田直惇(人4=広島城北)

――四年間を振り返っていかがですか

実際3年生までは最上級生でもなかったので特別思い入れがあるというわけではないのですが、最上級生になってからはスタートがスタートだったのでいろいろ大変だったなという思いが強いですね。最後はベンチに入っていませんでしたが、大変だったけどその分やり切ったかなと思います。

――一番の思い出は何でしょうか

春季リーグ戦の優勝は自分がベンチに入っていたというのもあって思い入れは強いですね。春勝っていなければ全日にも出られないというところで、関東大会であんな負け方をした後でもあったので一番思い出深いですね。もちろん全日の優勝もうれしかったですが、春季リーグ戦優勝が個人的には一番印象に残っています。

――後輩たちに向けてメッセージをお願いします

なにかと比べられると思うんですよね。監督にも「あの代は~」って。でもそれぞれの代に個性というものがあるので、僕らと比べるのではなくて『どういうチームにしたいか』、『どういう野球をしたいか』というのを決めてそれをしっかり目指していけばおのずと結果は付いてくると思います。

加藤大(人4=大分上野丘)

――きょうの試合を振り返っていかがですか

あまり覚えていないのですが、終盤から延長線にかけて杉山が抑えてくれたのに、点を取れずにタイブレークに持っていってしまったのが敗因だと思います。でも、楽しかったです。

――ご自身の打撃を振り返っていかがですか

久しぶりに打席に立って打てたのは良かったのですが、最後のタイブレークの場面で(点を)取り切りたかったというのが一番のところです。でも四年間練習してきて取れなかったので、後悔はないです。

――ご自身の四年間を振り返っていかがですか

すぐ経ってしまったというのが正直なところです。僕は結構メンバーに入ってベンチに入っていたのですが、最初の三年間は清瀬杯(清瀬杯全日本大学選抜大会)に優勝したとはいえ、苦しいことが多くて。気持ちを入れて臨んだ関東大会ではコールド負けをしてしまって、すごく辛い気持ちが多かった4年間ではあったのですが、毎日の練習で考えて考えて、先輩たちが培ったものを引き継いで、最後にこうして結果を残せたので、幸せな代だったのかなと思います。

――後輩たちにメッセージをお願いします

レギュラーとして出ている後輩もいるので、そういう部分ではこれから強くなっていくチームだと思うのですが、野球以外の部分でまだ甘さがあると思います。僕らの代は龍平(吉田)がしっかりしていてできていたというのがあるので、それが勝因の一つだと思っています。後輩はチームのまとまりという部分で、キャプテンを中心にチーム一体となれば、今年の全国優勝だけではなくて、目指している『五冠』を達成できると思っています。

鈴木涼馬(商4=東京・早実)

――きょうの試合を振り返っていかがですか

このチームでできる最後の試合だったので、本当は勝ちたかったですけど、いい試合でした。

――ご自身の打撃振り返っていかがですか

結果どうこうよりも勝つことを考えていました。内容はあまりよくなかったのですが、最後に三振で終わって気持ち良かったです。

――早稲田はどのようなチームでしたか

実力的には日本一ではなかったと思うのですが、技術をカバーするチーム力が日本一になれた要因かなと思います。

――ご自身の4年間を振り返っていかがですか

この1年間がスタメンで出ていたメインの年でした。今ままでは打撃で出させてもらっていたのが、今年は守備や走塁でも成長ができたかなと思います。

――一番の思い出は何ですか

3冠したことはもちろんなのですが、日頃の練習でみんなとわいわいしていたのが一番の思い出です。

――同期への思いを聞かせてください

大好きです。

――後輩達へメッセージをお願いします

これだけ結果を残したので、越えることは難しいと思うのですが、勝つことはもちろん、楽しむことを一番に頑張ってほしいです。

全日の決勝で適時打を放った竹下

竹下直輝(スポ4=東京・小山台)

――今の気持ちを教えてください

悔しいことの方が多い4年間で、思い描いていた大学野球ではありませんでしたが、最後の1年頑張ってきて全日本も優勝できました。後輩たちの力も借りながら勝つことができたので悔いはないです。

――大学4年間を振り返っていかがですか

高校の頃から試合に出させてもらえる立場で、そのせいか人一倍試合に出たいと思って練習も誰よりも頑張ってきたつもりでやってきました。ですがなかなか思うような結果が出なくて、肘の手術もあったりした中で同級生の活躍を見ていて悔しいと思う方が多かった四年間でした。試合に出るようになって改めて結果を出す難しさや野球の難しさを分かりましたし、逆にチームで勝って一緒に喜べることの素晴らしさも分かりました。個人タイトルはありませんでしたが、無駄な四年間ではなかったなと思います。

――四年間の中で一番の思い出は何ですか

全日の決勝です。緊張もしましたが、初めて試合に出させてもらう中で目指していた全日に出ることもできましたし、少しばかり活躍もさせてもらって優勝もできてすごく印象に残っています。

――竹下選手にとって早大準硬式野球部はどのような存在でしたか

ありきたりな表現になるかもしれませんが、家族に近いのかなと思います。四年間で本当に一回腐りそうになったときもありましたが、この同期でなかったらここまで頑張れていませんでしたし、この後輩たちでなかったらここまで楽しんで野球をできていなかったと思います。吉田(龍)とも7年間頑張ってきましたし、吉田がいなかったらこんなに野球に頑張って取り組めなかったと思うので、野球を続けさせて、最後まで楽しませてくれたのでかけがえのない存在かなと思います。

――吉田龍主将に支えられた部分は大きかったですか

そうですね。元々入部したのは僕の方が先だったのですが、気づいたら向こうは1年生の頃から試合に出ていて高校のときもそのような感じでした。龍平の活躍をバネに自分も頑張らないとなと思っていました。本人には直接言えませんでしたが、あいつがいたから頑張れたというのは間違いなくあります。キャプテンとして大変な中で結果を残していてすごいなという思いはあったので、吉田なしでは高校、大学と野球できなかったなと思います。

――四年間ともに戦ってきた仲間への思いを

楽しいときは楽しさが何倍にもなりましたし、自分が辛いときはその辛さを分けてくれた存在でした。たくさん声を掛けてくれましたし、野球以外の面でもみんなにお世話になった部分はありました。ありがとう以上のものは言えないかなと思います。

――最後に後輩のみなさんに向けてメッセージをお願いします

今年のチームに関してメインは後輩に支えられた部分が多かったです。要所で後輩たちに助けられたからこそ、ここまで自分たちは勝てたと思うので、その分プレッシャーになってしまうことはあると思いますが、吉田がこの秋最後まで言っていた『楽しむ』ということが根底にはあると思うので、結果を求めながらもこうやって集まれた仲間と野球を楽しむことを忘れないで頑張ってほしいなと思います。

中西壮登(政経4=東京・早大学院)

――きょうの試合を振り返っていかがでしたか

負けたことは悔しいです、やはり最後優勝で終わりたいというのはチームとしてあったので。ただうちのベストのメンバーで、ベストのの戦い方をして負けたので悔いはないです。

――四年間を振り返っていかがでしたか

最初の三年間は特に辛いことばかりで辞めたいなと思うこともあったのですが、同期や後輩や先輩に支えられてここまで来て、最後の一年は本当にいい思い出ができたので頑張ってよかったなと思っています。

――4年間で一番印象に残っていることは何ですか

印象に残っているのは、きょうかもしれないです。負けましたが、自分たちの信頼するピッチャー、バッター、野手で戦って出し切って、最後負けたあと4年生みんな「仕方ない、やり切った」と爽やかな顔で言っていたなという印象で。そういう同期とここまでやって来れてこういうかたちで終われてよかったと思っているので、きょうが一番印象に残っています。

――具体的に印象に残っているシーンはありますか

やはりミーティングで円陣を組んで最後吉田が真ん中で喋ったときかなと思います。ずっと一年間あいつについて行ってこのような結果を残せて、最後吉田がやり切ったなという言葉を口にしていたのが僕としては一番印象に残っています。本当にこの同期で四年間やってきてよかったなと思いました。

――後輩へ一言お願いします

僕は三年間メンバー外だったのですが、最後頑張れば報われるということを学んだというのが四年間の印象で。今は試合に出ていない後輩もたくさんいますが、最後まで諦めずに自分の役割を取りにいきながら悔いのない四年間を送ってほしいと思います。

森川弘康(創理4=三重・鈴鹿)

――本日をもって引退となりましたが、四年間を振り返っていかがでしょうか

あっという間でした。ずっと四年間試合に出たくて、出られなくて悔しかったのですが、学年が上がるにつれて試合に出なくても自分に何が出来るか考え続けて、応援も頑張ってきました。最後リーグ戦春秋連覇して、全日も優勝して関東王座(関東地区大学・社会人王座決定戦)まで行けて、試合に出なくても本当に良かったなと思います。この部に入部してここまで続けられて良かったです。

――一番の思い出はなんですか

全日で優勝できた時ですかね。新チームが始まって、全日で優勝というのは最大の目標にしてきたのでその目標を達成できて、本当に良かったと思います。

――後輩の皆さんに一言お願いします

試合に出たいという気持ちだけを強く持ち続けて欲しいと思っています。仮に試合に出られなくても途中で腐ることなく努力し続けて欲しいなと思います。

全日優勝後の4年生の集合写真

(取材・編集 池田有輝、新井万里奈、鬼頭遥南、小山亜美、西山綾乃)

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