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競走部

2019.01.03

第95回東京箱根間往復大学駅伝 1月2・3日 東京・大手町読売新聞東京本社前⇔神奈川・箱根町芦ノ湖駐車場入口

意地を見せるも一歩及ばず。13年ぶりにシード権を逃す

 2日の往路で15位と大苦戦した早大は、シード権獲得を目指して復路に臨んだ。6区の渕田拓臣(スポ2=京都・桂)が3人をかわし流れをつくると、その後の区間でもじりじりと前との差を詰めていく。最終10区では小澤直人(スポ4=滋賀・草津東)が猛追するもあと一歩及ばず、総合12位のまま13年ぶりにシード権を逃す結果となった。

 10位と2分34秒差でスタートした復路、6区は2年連続の山下りとなる渕田が出走した。前半は少し離されたが得意の下りで前との差を縮めると後半に3人を抜き去り、12位で小田原中継所へ。すると7区からは最大8チームからなる集団の中で前を追う展開に。7区・真柄光佑(スポ3=埼玉・西武学園文理)は後ろから来た集団に付きレースを進める。ペースが遅かったためシード権との差が開いてしまったが、後半でビルドアップ。さらに差を縮め、平塚中継所では10位との差が2分を切った。8区の太田直希(スポ1=静岡・浜松日体)も集団の中で順位を保ち、9区へつないだ。

初の箱根で前を追う積極的なレースを見せた新迫

 9区の新迫志希(スポ3=広島・世羅)は9キロ手前で一度集団から離されかけるもすぐさま追い付く。その後は集団を引っ張る攻めの走りを披露。2年からずっと不調だった男の追走で10位まで1分12秒差に詰め寄り、シード権獲得に望みをつないだ。そして10区にはこれが最初で最後の東京箱根間往復大学駅伝(箱根)となる小澤が出走。6キロ地点で11位の明大をかわし、さらにハイペースで前を追った。しかしシード権は遠く、さらには中継所から後ろに付かれていた中大に抜け出される。そしてシード落ちが確定して迎えた大手町の最後の直線。小澤は魂のラストスパートで中大に追い付く。その後、中大の選手もスパートをかけ、2人は並んでフィニッシュ。同タイムながら数センチの差で中大に軍配が上がったが、最後まで諦めない姿は人々の心を打った。

ラストスパートをかけるも中大に追い付けなかった小澤

 7、8区の追いたい場面で集団走という難しい展開となった。そのため復路の後半区間まで思うようにシードとの差を詰められなかった。9区から約2分の差を縮めるのは厳しいものがあっただろう。目標の『総合3位以内』はおろか、シード権も逃してしまった。「悔しい」、「情けない」。ゴール後の取材で選手らからは次々に実力のなさを悔やむ言葉や自らを責める言葉が聞かれた。13年ぶりのシード落ちで、非常に悔しい結果であることは間違いない。相楽豊駅伝監督(平15人卒=福島・安積)は「これまでと同じような常識では今回のような痛い思いをすると感じました」と語り、既存のやり方などを見直す必要性もあることを示唆した。次の箱根は予選会から。13年ぶりに立川からのスタートとなる。早大復活には決死の覚悟でこのどん底からはい上がるほかない。
 しかし、ところどころでエンジの意地が見られたのもまた事実である。特に4区で区間3位と好走した清水歓太駅伝主将(スポ4=群馬・中央中教校)、魂のラストスパートを見せた小澤。この4年生2人の走りから後輩たちが感じたものは決して少なくないだろう。次の駅伝主将である太田智樹(スポ3=静岡・浜松日体)など今回悔しい思いをした次の4年生を筆頭に、再起を果たせるか。来季への戦いは、きょうこの日から始まっている。

(記事 池田有輝、写真 町田華子、岡田静穂)

第95回東京箱根間往復大学駅伝競走(復路成績)
区間 距離 名前 記録 区間順位
6区 20.8キロ 渕田拓臣 59分57秒 11位
7区 21.3キロ 真柄光佑 1時間04分56秒 13位
8区 21.4キロ 太田直希 1時間06分42秒 10位
9区 23.1キロ 新迫志希 1時間11分00秒 9位
10区 23.0キロ 小澤直人 1時間11分58秒 7位
早大 復路  5時間34分33秒  第7位
総合 11時間10分39秒 第12位
直前インタビュー

区間エントリー発表!/第95回東京箱根間往復大学駅伝(12/29)

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コメント

相楽豊駅伝監督(平15人卒=福島・安積)※囲み取材より抜粋

――往路を終えて、シード権獲得までどういったプランを立てられましたか

6、7区が重要で、ここで追い上げてということを想定していました。6区についてはレベルが上がっているので大きなジャンプアップは期待できないということで6、7区セットで見えるところまで追い付いて、8、9、10区についてはそこから追えると考えていました。6区で区間順位を上げてきてくれましたが、7区スタート時に集団状態でそこから抜け出す力と勇気が無くて。8区も同じことを繰り返して、やっと9区で追い始めたのでシードまで届かなかったということです。ビハインドは大きかったですが、復路のやり方次第では上位に行くこともあり得ると思ってました。他校も含めてレベルが上がっていることに関しては自分の考えが及ばず、甘かったと思っています。

――きょうの復路では集団になってしまう場面が多かったですが、指示というのはありましたか

スタート前にもそういったことは言っていたんですが、11位と12位が空いてしまっていたので、なかなか前半から追いきることができなくて後半から追い始めました。8区は1年生なので自分で集団のペースを作ることはできませんでした。

――永山博基選手(スポ4=鹿児島実)の起用については

復路の起用も考えていて、コーチが昨日の調整を見て判断しました。練習も十分ではなく、往路の太田(智樹、スポ3=静岡・浜松日体)を見てごまかせる距離ではないと感じたので、練習が充実しているメンバーを選びました。

――今回の結果を受けてチームづくりに関して感じたことは

今回の大会は全体のレベルが上がっていて、これまでと同じような常識では今回のような痛い思いをすると感じました。そういう意味でこれをきっかけにこれまでのチームでやってきたところを変えなければいけないところを考えて、新しい早大をつくっていきたいと思います。読みの甘さもあって、いろんな情報やトレーニングもあって、いろんなものが進んでいますので、そこは取り入れるものは取り入れて、伝統的なものは活かすものは残すということを、やってきてはいましたが、それが時代のスピードについていけないものになったと思います。

駒野亮太長距離コーチ(平20教卒=東京・早実)

――この結果に関して率直にいかがですか

率直に力がないから負けたのだと思います。

――往路では太田智樹選手(スポ3=静岡・浜松日体)がブレーキになってしまいましたが

2区は私と監督と彼の経験と彼が持っているポテンシャルにかけたんですけど、本当にどっちに転ぶかわからない中で送り出してしまいました。結果的に悪い方に転んでしまったので、2区は博打というか一か八かでいける区間ではないのだと、本人はもちろん我々も痛感させられました。

――監督にお話を伺って、スローペースを想定されていて出場させたとお聞きしたのですが

思い描いていたプランはもう少し中谷(雄飛、スポ1=長野・佐久長聖)で飛び出して、トップやトップが見える位置で後ろに差を付けた状態で渡して、本人としてはゆっくり入って追いかけてきた大学をうまく使って上げていくような感じを想定していました。ただ思いのほかもらった位置が混戦だったので、結果的に突っ込まざるを得なくなってしまって、練習の積み上げの足らなさが出てしまったという感じです。

――その後清水選手が区間3位で好走されましたが、そこに関しては

何とか千明(龍之佑、スポ1=群馬・東農大二)が流れを戻そうとしてくれて頑張ってくれたので、キャプテンとしてその1年生の思いも含めて何とかしてやろうという気構えが走りからも伝わってきて、やっぱり彼がキャプテンで本当によかったなと思いますし、キャプテンらしい走りを見せてくれたなと思います。

――山に関してはアクシデントもありましたが、大木皓太選手(スポ3=千葉・成田)の走りに関してはいかがですか

吉田(匠、スポ2=京都・洛南)のアクシデントがあって、元々準備はしておいてくださいと言っていたので急きょというほど急きょではないんですが、その中でも本人も練習はできていたけど今年は5区に行かないかもしれないと半分は気持ちが準備できていない部分はあったと思います。やっぱり5区も2区と一緒で年間通してコンスタントに結果を残せている選手じゃないと太刀打ちできないと思いました。法大の青木(涼真)くんとか、ああいったトラックや全日本(全日本大学駅伝対校選手権)の平地区間でも結果を残せる力がないと走力的に及ばないので、単純にこれも走力不足ですね。

――その後の復路に関しては永山博基選手(スポ4=鹿児島実)の起用も視野に入っていたのではないかと思いますが、どういった経緯で今回のオーダーを組まれましたか

永山に関して言えば本当にちょっとずつ状態は上がってきていたのでもちろん10区でという選択肢もあったのですが、最後の仕上げ練習、実践的な練習ができていない状態でちょっと一か八かで使っていくよりは、当然シード権争いになるだろうと思っていたので、小澤(直人、スポ4=滋賀・草津東)でいこうときのう決めました。

――復路全体を振り返っていかがですか

復路のメンバーは比較的全体として頑張ったと思います。もちろん彼らのポテンシャルとか期待していたタイムとかに比べると物足りなさはありますけど、非常にもらった位置も難しくて、前も追わなきゃいけないけど中途半端なペースで行ってしまうと使われて終わってしまう。そこで前が見えないかつ集団がたくさんいる中で難しいレースだったと思いますけど、その中でしっかりやってくれたと思います。

清水歓太駅伝主将(スポ4=群馬・中央中教校)

――総合12位という結果を受けて、今どういった気持ちが一番強いですか

悔しいですけど、個人的には箱根(東京箱根間往復大学駅伝競走)にここまで僕の中で120パーセントの準備をして臨んだので、悔いはないです。

――最後ゴールする小澤直人選手(スポ4=滋賀・草津東)を迎える時、どのような気持ちでしたか

かなり悔しかったですし、小澤がラスト中大を抜こうとしているのを見て、最後1秒まで諦めない気持ちを見せてくれたことにありがとうと言いたいです。

――全体的に厳しい戦いになりましたが、今敗因と言えるものはありますか

チーム力というか、個人個人のこの駅伝に対する気持ちであったり、どれだけチームのためにと思えたかというところかなと思います。

――ご自身の走りについてお伺いしたいのですが、まず4区というのはいつ決まったのですか

エントリー29日の前日の28日です。

――負担のある区間を走りたいと事前取材の際におっしゃっていましたが、4区と決まってどう感じましたか

ある程度区間が決まっていく中で、準備時間が短い智樹(太田、スポ3=静岡・浜松日体)が2区に行くとわかっていて、そこのコースはやっぱりごまかせないのである程度抜かれることもわかっていたので、3区の千明(龍之佑、スポ1=群馬・東農大二)と4区の僕でできるだけ抜こうと思っていました。後ろでもらうことは覚悟していました。

――事前にどういったアドバイスを受けたりプランを立てたりされましたか

アップダウンが結構激しかったので、上ったら下るのでとりあえず上りは頑張って、下りは余裕をもってという感じでした。きつくなったからといって諦めずに、きつくなってもまた休むところがあるので、うまくリズムを取って。後半3キロの上りは大学最後だと思って気合いでやりました。

――千明選手からタスキを受け取った際はやり取りはされましたか

あんまり覚えてないですけど、「お願いします」「任せろ」みたいな感じだったと思います。

――ご自身の走りを順番に振り返っていただいて、どうやって前の選手を拾っていったか教えていただけますか

5キロ付近で中央学院大と日大に追いついて、そこから3人で国士舘大や神奈川大を抜いていったという感じです。

――その時はどういったことを考えていましたか

ほんとうは人を使って前に行きたかったんですけど、人の後ろについて休んでいる暇もなかったので、どんどん前に行こうと思っていました。

――監督から声をかけられたことで印象的なものはありますか

「Never give up」です(笑)。「Never give upが今年のテーマだ」と言っていたので、「それ絶対運営管理車から言ってください」と事前に言っていて。で言ってくれたので、そこは印象的でした。

――ちなみにそれはどのあたりですか

17キロあたりですね。

――ご自身の区間3位という結果についてはどう捉えていますか

少し後半落ち込んでしまって、もう少し上を狙えたとは思うのでそこは悔しいですけど、今持っている力は出したと思っています。

――レースを終えてチームに対して思うことはありますか

後輩に関しては、予選会からというかたちで最悪な置き土産をしてしまったんですが、いい意味でプラスに捉えて、4年生はもう何もできないので3年生以下で悔しさをバネにして強いチームをつくってほしいと思います。同期には、4年間みんな何かしらあった同期だったので、本当にありがとうとお疲れ様を伝えたいです。

小澤直人(スポ4=滋賀・草津東)

――今の率直な気持ちを教えてください

10位まで押し上げられなくて、悔しいというよりチームに申し訳ないという気持ちでいっぱいです。

――きょうのレースプランは

もらった時に拓大まで1分ちょっとだったので、前半を押さえても仕方ないと思って、前だけをみて必死に追ったという感じです。

――蒲田で集団を引っ張っていたときには表情に余裕があるようにみえました

きょうは調子もよかったので、半分を過ぎるくらいまでは余裕がありました。15キロを過ぎてからが勝負と思っていたんですけど、後半かなりの向かい風にやられてしまったのと自分の力不足で追いきれませんでした。

――中大の選手と競っていた場面について

かなり利用されてずっと後ろを付かれていていたので、向こうは余力があったので、ラスト5キロぐらいで出られた後はなかなかついて行くことができませんでした。ずっと(中大が)10メートル先ぐらいにいるところで粘っていて、何とかラスト抜いてやろうと思ったんですけど、かわされてしまいました。

――往路の結果はどのように受け止めていましたか

2区と5区という主要区間でやられてしまったのは大きかったと思います。15位でしたけど、まだまだ上位とは5分くらいでしたし、僕たちは復路も強みにしていたので上位は狙えるということで最後まで諦めないという気持ちで上を目指していました。

――4区では清水歓太駅伝主将(スポ4=群馬・中央中教校)が意地の走りを見せました

4年間苦楽を共にしてきた歓太が最後に意地を見せてくれて、僕自身もかなり刺激を受けました。それだけではなくて、男祭りの西田(稜、政経4=東京・早大学院)の走りにも刺激を受けましたし、自分も最後絶対やってやるという気持ちで臨みました。

――10区での出走が決まったのはいつ頃でしょうか

6、9、10とは言われてたんですけど、体調不良などがあったらどこでもいくというポジションにいて最後までどこを走るかわからなかったんですけど、正式に決まったのはきのうの昼でした。

――同期の永山博基選手(スポ4=鹿児島実)は出走なりませんでした

彼もケガがあってこの箱根へ向けて一生懸命戻してきてくれたと思うんですけど、欲を言えば最後一緒にタスキをつなぎたかったですけど、彼も彼なりに頑張ってくれたのでそこには感謝しています。

――競技生活最後のレースとなりましたが、どんなことを考えながら走っていましたか

4年間本当につらいことばかりだったんですけど、苦しくなっても4年間のそういう経験を思い出しながら、最後ということで必死に走りました。

――競技人生を振り返っていかがですか

陸上競技を通して人として成長させてもらいましたし、特にこの4年間はこういう強い関東の大学にきて、強い人たちに揉まれながら競技ができて、本当に幸せな時間を過ごさせてもらいました。

永山博基(スポ4=鹿児島実)

――最後の箱根(東京箱根間往復大学駅伝競走)だったと思いますが、どのような気持ちで見ていましたか

走る準備は最大限にして、自分のやれることは尽くしてここまできました。

――出走しないことはいつ決まったのですか

本当に確実に決まったのは直前です。

――どういった理由だとお考えですか

10人に入るだけの力がなかったというか、万全で臨めなかったというのが一番です。

――今後の競技人生での目標はありますか

在学中は苦しいことが多くて不完全燃焼ではあったんですけど、これから先はしっかりもっともっと大きくなれるように努力していきたいと思っています。

――チームの皆に伝えたいことはありますか

最上級生として最後に役割を果たせなくて申し訳なかったというのと、後輩にはすごく期待している部分があるので、何かしらの形でこれからも関わっていけたらなと思っています。

井上翔太マネジャー(スポ4=愛知・千種)

――この結果についてどう受け止めますか

悔しい結果ですし、シードを落としたのも2006年とかなので、悪い方に歴史を残してしまったという気持ちはあります。ぼくたち4年は悔しいまま終わったんですが、後輩は悪い手土産ですが、這い上がるチャンスは大いにあってメンバーもそろってますし。チームとしてみた時、マイナスではありますがこれから何年か先を考えてプラスの材料になると思います。

――往路と復路の間の雰囲気は

往路の順位が順位だったので、復路のメンバーとも連絡は取っていて、それぞれ自信は持っていたし、展開もあって自分がやるしかないという気持ちは持っていました。7,8区は集団走となって難しかったですが、全体的に復路順位は往路よりも良かったので、攻めた結果は出してくれました。

――4年生の走りはどうご覧になりましたか

チームの状況からして4年生が2人しか走れてないんですが、自分たちがやるしかないという気持ちが歓太(清水駅伝主将、スポ4=群馬・中央中教校)と小澤(直人、スポ4=滋賀・草津東)には強く思っていたと思うので、その形が走りにも表れたと思います。

――これからのチームに対してどういう思いがありますか

後輩には申し訳ないという気持ちしかないんですが、実際に予選会から優勝という前例もあるし、逆に4年生が2人しか走ってなくて、経験者が増えた状態でスタートできるので、責任は感じていますが、下ばかりを見ないで這い上がってほしいと思います。

大木皓太(スポ3=千葉・成田)

――初めての5区山上りとなりましたが、調子はいかがでしたか

集中練習も全て完璧にこなせていて、自分の中でも過去一番で調子が良かったので、自信はありました。

――山上りの率直な感想は

前半から気が焦っていて、前を抜かなきゃいけないという気持ちで突っ込んで行きました。その結果脚が止まってしまって後半も崩れてしまった。最初の気持ちだけが先に行ってしまっていました。

――焦りはどこから生まれてしまったのでしょうか

前半の出遅れを自分でカバーしようという気持ちでスタートに臨んだので、それが逆に裏目に出たという結果になってしまいました。

――自身の走りを振り返るといかがですか

調子が良かっただけに、走れなかったことが悔しいという気持ちです。

――順位を一つ落としてしまいました

自分で前を何人も抜いていこうという気持ちでしたが、結果的に抜かれて一つ順位を下げてしまって本当にチームに申し訳ない気持ちです。

――チームの総合12位について今思うことはありますか

率直に悔しいです。上級生としてとても責任を感じています。

太田智樹(スポ3=静岡・浜松日体)

――今の心境をお聞かせください

この順位になってしまったのは全て自分のせいで、自分がしっかり走っていればこんなことにはならなかったと思います。シードを落としてしまったのも自分の責任だとすごく感じています。

――2区の出走が決まった経緯を教えていただけますか

そんなに話したわけではないのであまり詳しくはわからないんですけど、去年走っている経験と、ある程度練習はできていたので、その状態を見て監督(相楽豊駅伝監督、平15人卒=福島・安積)が決めたという感じです。

――当日も膝に痛み止めの注射を打っての出走だったのでしょうか

そうですね。

――きのうのレース展開を振り返っていかがでしょうか

もともと突っ込むような練習はしていなかったので、監督と話して落ち着いて入りたかったんですけど、周りが思ったよりハイペースでいってしまって。それに付いていこうか付いていかないかすごく迷った部分があったのがよくなかったのかなと思います。

――個人の結果に関してどのように受け止めていらっしゃいますか

去年くらいで走っていればよかったんですけど、思っていたよりも悪かったし、本当にチームに申し訳ないという気持ちが強かったです。

――チームとしてはシード権を逃すという結果に終わってしまいました。その点に関して今思うことはありますか

シードを落としてしまったのは全て自分の責任だと思っているので、後半の選手はよく走ってくれたんですけど、そういうところを見ても自分がしっかり走れていたらなという思いがすごく強いです。

新迫志希(スポ3=広島・世羅)

――今の心境は

悔しいです。

――コンディションはいかがでしたか

この日に合わせてきたので、コンディションは良かったです。

――レースプランはどのように立てていましたか

きょうの展開のようなレースプランを立てていて、その通りになったので良かったです。

――得意の集団走となりました

引っ張る形になったので、あまり自分の持ち味を生かせなかったです。

――納得のいくレースとなりましたか

また反省してきょうの結果をどう受け止めるかにもよるんですけど、一応納得はしています。

――13年ぶりにシードを逃したという結果をどう受け止めていますか

出雲、全日本とあの結果で、きょうの結果もしょうがないと言ったらしょうがないです。今年どう挽回できるか、しっかりまたチャレンジして、今度は箱根で頑張れるようにやっていきたいと思っています。

真柄光佑(スポ3=埼玉・西武学園文理)

――箱根には万全の状態で臨めたのでしょうか

万全の状態だったんですけど、走ってみて思ったより調子が悪かったです。

――レースプランを教えてください

10キロぐらいまでは楽に行って、そこからペースを作っていってあげていくというものでした。

――最初の10キロは予定通りということでしょうか

始めの10キロは余裕を持って入れたんですけど、そこから思ったよりあげることができなかったです。

――集団走になったのはいつ頃からでしたか

結構序盤で、3キロくらいからでした。

――集団での位置どりはうまくいったのでしょうか

位置どりは後ろで付いていっただけなので、悪くはなかったです

――レース中に監督車から指示はありましたか

後半ビルドアップしていくぞという指示がありました。

――後半ではシード権まで1分43秒まで迫りましたが

前があまりいい走りではなかったので、振り返ったらもっと詰められたんじゃないかなという気持ちです。

――初の箱根となりましたが、実際に走ってみていかがでしたか

実力通りの走りを出す難しさを痛感させられたので、次の駅伝では練習していきたいと思います。

――区間順位に関してはいかがでしょうか

実力通りに走れば区間一桁は堅かったので、悔しい気持ちしかないです。

――最後に2日間を振り返っていかがでしょうか

シード権を落としてしまって、上級生として責任を感じているんですけど、前を向いて、一からやっていくしかないなという気持ちです。

渕田拓臣(スポ2=京都・桂)

――きょうの調子はいかがでしたか

ここまですごく状態良く来れていたので、結局自信もあったのですが、不甲斐なかったのかな、という感じですね。

――トップと9分35秒差の15位という位置からのスタートとなりました。シード権まで2分以上差がある状況でしたが、いかがでしたか

僕が次の真柄さんに渡す時までにシード(10位)の見える位置で渡そう、6区7区でシード権内にいこうと二人で話していたので、そこに全然及ばなかったのはすごく悔しいですね。

――きょうのレースを振り返っていかがでしたか

最初が思っていたよりも動かなくて。去年よりもだいぶ走れている実感はあったので、時計を見てちょっと予想外というか。そこで固まってしまって。下りに入ってからは自分らしさというものを出せたと思うのですが、最初の5キロと終盤の3キロで遅れてしまい、去年とほとんど同じというか、似たようなレースになってしまいました。やはりそこはこのままでは駄目だと思うので、改善が必要かな、と思います。

――目標としていた59分半以内、区間5位以内共に届きませんでした

今年は去年と比べるとすごくレベルが高かったということもあって、区間5番(58分44秒。昨年の区間5位は59分31秒)には全く歯が立たなかったのですが、そういうのを抜きにしても、自分の目標としていたタイムで走れなかったということが一番悔しいですね。

――チームとしては13年振りのシード権落ちとなりました。この結果についていかがでしょうか

今まで先輩たちが築き上げてきたものを、自分たちで少しつまづいてしまうような形にはなってしまったのですが、やはりここで終われないというか、来季も1からやり直して、強いワセダというのを取り戻していけるように。自分がもっと強くなってチームに貢献できるようにして行きたいと思います。

太田直希(スポ1=静岡・浜松日体)

――今日の調子はいかがでしたか

まあまあという感じでした。

――出走が決まったのはいつでしたか

1週間くらい前でした。

――任された理由をどのように考えてますか

集中練習がうまくできたのがあったかなと思います。

――今日のレースプランや監督からの指示は

事前には、ひとりでいいペースで押して遊行寺から我慢するっていう走りのプランだったんですけど、かなり集団で来たので、集団の力を借りて遊行寺からペースアップするレースプランに変更しました。

――シード権(10位)から1分43秒差の集団でタスキを受けました。前に出ないのはプラン通りだったということでしょうか

そうですね。思った以上に集団のペースが遅かったんですけど、向かい風もあって自分の力も無くて、ペースメーカーに使われてしまうのが嫌だと感じてしまって。そこで集団からうまく抜け出すことができなかったっていうのが、自分の力がなかったと思います。

――どこかで抜け出そうと思ってましたか

最初から突っ込んだ選手は遊行寺できつくなると思っていて、自分は最初突っ込まなかったので、遊行寺から切り替えていこうと思ってました。

――前に出た時の気持ちは

ここでペースアップしないと追いつけないと思ったので、残りの距離も少しありましたけど、行くしかないと思って抜けました。

――どの辺で抜け出しましたか

1回遊行寺登りきったくらいで出て、でも集団に追いつかれたんで、1回貯めて残り2キロくらいでもう1回出たんですけど、あまり自分のペースが上がらなかったんで、ラスト勝負というか、ラストまで集団になってしまいました。

――中谷選手から給水を受けましたが、何か声かけはありましたか

ここから登りだからピッチ上げていこうというような言葉をかけてくれました。

――区間10位という個人の結果に関しては

集団の中から抜け出せなかったのは自分の力不足ですし、シード権との差をつけられてしまったのも自分の力のなさだと思っているので、根本的にもっと力をつけていかないといけないなというふうに思いました。

――具体的にどんな力が足りなかったと思いますか

1キロ3分で押す力と、集団の前に出て集団を引くっていう度胸がなかったと思います。

――今後の練習に生かせる課題はありましたか

今年1年自分の中でついていけばいいっていう年になってしまったので、これからはついて行くんじゃなくて競争を生んでいかないと個々のレベルもチームのレベルも上がらないのかなと思います。

――チームの12位という結果について

今年1年は自分たちは1年生という立場だったので、上級生の先輩方に任せっきりというか、チーム状況を1年生から良くしようっていう感じにあまりなれなかったので、来年は2年生でまだ下級生ですけど、2年生からどんどん発信できればと思います。

千明龍之佑(スポ1=群馬・東農大二)

――どういったレースプランや目標を設定していましたか

光延(誠、平30スポ卒=現・九電工)さんのペースで行くというのは相楽さん(豊駅伝監督、平15人卒=福島・安積)と話していました。それ以上のラップタイムでいける自信はあったので、光延さんのタイムを参考にレースプランは考えていました。前の明大が非常に速いペースで走り始めて僕自身もそれを追ったんですけど、離されてしまって。僕自身も余裕のあるペースで、なおかつ設定よりも速いペースで10キロをいっていたので、55秒前の中央学院大にも追いつけましたし、海岸沿いに出てからが勝負だと思っていたので、当初のプランだと15キロから上げていく予定でしたが、15キロ過ぎから中央学院大と並走しているときに体がきつくなってきて。前の大学も2、3個見えていたんですけど、思ったよりも上げることができなくて。ラップタイムもずるずる落ちたので、そこの15キロから20キロの5、6キロを耐えられる走りができればシード権との差も縮めることができたと思います。最初の10キロを良いペース(手元のタイムでは29分15秒ほど)でいっただけに、もったいない走りをしてしまったと思います。

――タスキをもらった時に焦りはありましたか

そこまで焦りはなかったですがシード圏内との差を縮めることが最低条件だったので、焦らずに21キロ長い距離なので後半にかけてシード権との差を縮めることに集中してました。

――シード権を落としてしまったことに関しては

一人一人が全力を出したんですが、一人一人がその区間で力を発揮しているので、悔しいですがシードを落とすだけ弱いチームだったと思います。

――今後どうやってリベンジしていきますか

後は這い上がるだけなので、何も失うものは無いし、1回負けているチームなので、負けているチームなのでプライドを捨てて、一からやっていきたいと思います。

中谷雄飛(スポ1=長野・佐久長聖)

――序盤から前方でレースを進めた意図は

23.1キロというハーフマラソンよりも長い距離のレースで、正直、どのように戦えば良いかということがわからなかったのでスタートしてから手探りのような状態でした。とりあえずは、どの選手がいつ仕掛けても反応できるようにしたかったので、前方でレースを進めるようにしました。

――前半は東国大の留学生選手が先頭を走りペースの上下があったと思います

そうですね、前半はペースが遅かったので多くの選手が集団でついていてどのような動きをするのか気になっていました。タイタス・モグス選手(東国大)が出た時に自分ひとりが付いて行って抜け出すことができればいいのかなとも思ったのですが集団の他の選手たちも付いてきたので、タイタス選手についたのですがまたペースを落としたので、そこでこの選手は最後まで1人で先を行く選手ではないと判断して、そこから少しずつペースが上がっていたので、そのまま自分のペースでいこうと思うようになりました。残り3キロで誰かの仕掛けが来るだろうなという想いもありましたが、誰かが行かないと駄目だという想いもありましたし、ここで速いペースに持ち込まなければ多くのチームが混戦で中継してしまう展開になると思ったので、思い切って自分のペースで走りました。

――他の選手の様子を伺う場面が何度も見られました

力のある選手が集団のどの位置にいるのか、ということであったり、周りの選手の表情を見て、余裕度を見極めようと思っていました。決して遅いペースではなかったと思うのですが他の選手も僕と同じように余裕を持って前半走っている選手も多いように感じました。その中で、ずっと自分が引っ張っているのはストレスになる部分もあり、そこでメンタル的に少しキツいところはありました。

――前半は表情にも余裕が見えましたが苦しくなってきたのはどこからでしたか

16.7キロを越えたあたりから少し苦しくなってきました。それまでは15キロまで行ければ後は何とかなると思っていたので、残り3キロでレースが大きく動いた時にペースが一気に上がったということや、キツい局面だったということもあり瞬時に反応することができずジリジリと離されてしまい結局混戦の中で中継という形になってしまったという感じが強いです。

――1区出走にあたって監督からどのような指示がありましたか

しっかり自分の持ち味を出すように、と言われていましたが具体的にどういうレースの進め方をしなさいという指示よりも、しっかりと自分自身がレースを見極めて組み立てていくというか、レースの展開によって出れる場面があれば積極的に前に行こうとも思っていました。

――初めての箱根駅伝(東京箱根間往復大学駅伝競走)はいかがでしたか

思ったよりも僕個人としては、もっとしんどくなるかと思ったのですが、21キロを62分42秒というタイムで走ることができたのでまずは良かったというところが、正直な気持ちです。自分自身、ここまでこの距離をこれくらいのタイムというか、区間賞とも僅差で走り切れるとも正直思っていなかったので、今持っている力は全て出せたのかなと思います。でもやはりその中でも先頭との差7秒はその秒差以上に大きな力の差を感じました。