ラグビー部

2018.02.26

追い出し試合 2月25日  早大上井草グラウンド

『荒ぶる』は次の世代へ

 きょうの早大上井草グラウンドは、終始笑い声であふれていた。早大4年対早大選抜の和気あいあいとした試合の後、学年ごとに4年生との最後の時間を楽しんだ。引退試合となった昨年の全国大学選手権では悔し涙を流したが、きょうは4年生全員が赤黒のユニフォームに身を包み、誰もが晴れやかな笑顔を浮かべていた。

 早大選抜のキックオフから始まった早大4年対早大選抜の試合。互いにターンオーバーし合う展開の中、早大4年は早大選抜の先制トライを許してしまう。しかしその後フッカー齋藤大貴(法4=北海道・函館ラサール)のターンオーバーからSH吉岡航太郎(スポ4=国学院栃木)のトライで同点に持ち込んだ。最後の30秒では、スクラムで早大4年が押す場面やフランカー埜田啓太(基理4=東京・早実)の華麗なタックルも見られるなど、4年生が活躍を見せるたびに観客席からは大きな歓声が上がった。

恵まれた体格を生かしてゲインを図る齋藤大

 その後は学年ごとに4年生との交流が行われた。無礼講とばかりに下級生が各自思い思いの言葉を4年生にぶつけ、甘んじてタックルを受けた。2年生との試合ではボールを持ってヒットしにいった細川真守(基理4=神奈川・湘南学園)を2年生全員が担ぎ上げてトライを挙げる場面もあり、絶えず笑いと歓声に包まれた空間となった。

2年生全員に担がれてインゴールへ向かう細川

 毎年『荒ぶる』を掲げて戦っている早大ラグビー部。昨年は関東大学対抗戦で4位に沈み、全国大学選手権は初戦で東海大に敗北を喫し、大学日本一はおろか年越しさえ叶わなかった。「経験したことないことを目指すのは難しいことだと思いますし、偉そうなことは何も言えないんですけど、その道を模索して、どうにか現状を打開して欲しい」(中野厳、社4=東京・早大学院)。ラグビー部は新たに相良南海夫新監督(平4政経卒=東京・早大学院)を迎え、組織の刷新を図る。創部100周年の節目に、ことしこそ『荒ぶる』を――。去りゆく4年生の思いを胸に、新体制が動き出す。

全員での記念撮影

(記事 石塚ひなの、写真 池田春花、石名遥)

加藤広人主将(スポ4=秋田工)

――主将に任命されたときのお気持ち

しっかりやっていかないといけないなという気持ちになりました。

――今シーズンを振り返って

春シーズンは自分自身が怪我をしてしまって、試合に出れないことが続きました。毎試合ごとに自分が外から見て思ったことを伝えていました。心配していたことはあまりなかったです。ラグビーは結果がすべてなので、大学選手権初戦敗退という結果では後輩に残せたものは何もなかったかなと思います。ただ、僕自身今シーズンやってきたことに後悔はないです。

――ラグビーとはあなたにとってどのようなものでしたか

昔はただ楽しいものでしたが、今は色々と難しいものになりました。

――1番印象に残ったことはなんですか

1年生の時の夏合宿ですね。練習が終わったあとにウエイトトレーニングなどを付きっきりで前監督の後藤さん(禎和、平2社卒=東京・日比谷)に見ていただいたこととか色々と充実した時間を過ごしたことが印象に残っています。とてもきつくて逃げ出したいと思っていました(笑)

――後輩に向けて『荒ぶる』を掴み取るためには何が必要だと思いますか

フィジカルなどラグビーの王道の部分は少しずつ基礎のベースは出来上がってきたので、決して勝てない相手ではないと思うので来年以降がんばってほしいと思います。勝ち切る部分にこだわってほしいと思います。

――早稲田大学ラグビー蹴球部とはあなたにとってどんな場でしたか

僕は本当に成長させてもらえた場だったかなと思います。もう少しプレーしたかったです。

黒木健人副将(教4=宮崎・高鍋)

――4年間の大学生活の中で、ラグビー部というのはどのような存在でしたか

大学生活の9割5分がラグビーでしたね。あとは学校で単位とるだけみたいな(笑)。家もずっと寮だったので。ラグビーができて、いつでも自分と向き合えるいい場所じゃないですかね。

――4年間を振り返って、同期の存在はどのようなものでしたか

おととしとか去年の最初の方とかは、あまり同期と試合に出ることがなくて。特にバックスだと少なかったんですけど、試合中に同期がいると頼もしいというか。厳(中野、社4=東京・早大学院)とか、最後に野口(祐樹、人4=群馬・太田)も頑張ってくれましたし、ヨコ(横山陽介、スポ4=神奈川・桐蔭学園)も春頑張ってくれたんですけど怪我しちゃって。同期と試合ができている時は楽しかったですね。

――日常生活ではどのような存在でしたか

僕らはあまりまとまりがないんで(笑)。仲が悪いわけではないんですけど、自分がしたいことをそれぞれやるって感じだったので。程よい距離感、いい具合でしたね。

――卒業後はチャレンジリーグでプレーするとのことですが、ラグビーを続けようという選択をしたのはなぜですか

ここまでやって来たからには最後までやってみようというのが一番ですかね。

――なぜチャレンジリーグでプレーすることを選んだのですか

ラグビーを続けるなら、僕は九州でやろうと思っていたんですよ。ワセダにいた時は日本一っていう目標があったからやってこられたんですけど、社会人になっても日本一はもちろん目指せるならそれがいいけど、それを目指すよりは僕自身今までお世話になった宮崎のチームだったり人だったりに還元できた方がいいんじゃないかなっていう。そっちの道を選んで九州電力キューデンヴォルテクスを選びました。

――人生で、ラグビーというのはどのようなものですか

そうですね、ずっとやって来たので(笑)。たまに、今の時期みたいに、ラグビーをやってないと楽しいんですけどやってないとやりたくなる。なんですかね・・・楽しいものですかね。

――これからの目標を聞かせてください

高鍋高校の人がワセダを目指したり、九州に帰って来たいっていう人がワセダにいればその人の手助けができるようにっていうのをやっていきたいなと思います。

大藤伊織主務(スポ4=東京・学芸大付属国際)

――追い出し試合では、新旧主務のぶつかり合いがありました。いかがでしたか

小柴(大和、法3=北海道・函館ラサール)とは1年間、楽しいことも嬉しいことも、苦しいこと、つらいことも、全て共にしてきた仲間なので、こういう形で終われたのは良かったです。

――ラグビー部での4年間を振り返ると、プレーヤーからスタッフへの転身ということがありました

そうですね。難しいことも多くありました。監督も3年生の時に代わり、環境が大きく変わる中で、自分が代わるタイミングもちょうど同じでした。大変なことも多くありましたが、とてもやりがいのある最後の2年間でした。総じて、充実した4年間だったと思っています。

――主務の仕事の中で、どのような点が難しかったですか

『日本一』という大きな目標に関しては、この部は絶対に変わらないのですが、そこに向かうプロセスは監督によって変わってきます。全てが、その人の思っている正しい道であって、そのトップについていくために、今までの価値観を変えることも多くありました。そういう点では大変でしたが、そのおかげで自分の考え方の幅も広がったし、人間として成長できたと思っています。この4年間は、感謝しかないですね。

――主務のやりがいを感じた時は、どのような時ですか

試合に勝った時が、自分が試合に出ていた時よりも嬉しかったですね。4年の時の早慶戦で、後半までビハインドの中で逆転して勝った時などで、自分が試合に出ていた時以上の喜びを感じられたのは、スタッフだったから、主務だったからだと思います。あとは、同期が、下のチームから這い上がってくれて。厳(中野厳、社4=東京・早大学院)、野口(祐樹、人4=群馬・太田)とか。同じタイミングでけがをして、苦楽を共にした埜田啓太(基理4=東京・早実)が、赤黒を着て成蹊大戦のリザーブに入ったというのは、本当に自分のことのように嬉しかったですね。そういうことを感じられたのは、大きなやりがいだったと思います。

――後輩に向けてメッセージをお願いします

自分たちは、結果は何も残せていません。後輩たちは、自分たちの姿を見て「こうすればもっと良くなる」ということを一人ひとりが思っていると思います。それを持って、自分たちのレベルを超えていってほしいなと。自分たちを目標にするのではなく、通過点にしてもらうことによって、日本一という大きな目標に届くのかなと思います。一人ひとりが、できる部員、スタッフなので、僕はやってくれると信じています。

――最後に、早大ラグビー部への『愛』を語っていただきたいです

まだ引退して間もないのですが、ここにいた4年間で大きく成長させてもらえました。そういう組織、チームは数えるほどしかないと思います。追い出し試合という非公式なイベントに関しても、これだけのファンや保護者の方が来てくださるというのは、本当にありがたいことだと思います。そうした支えの中でやれたことは、誇りに思います。そんな環境をこれからも作っていけるように、OBとしてやれること、現役部員をサポートできることがあれば、サポートしていくことが僕らの役目だと思います。それが、僕らができる早大ラグビー部への恩返しなのかなと思います。

山本将悟(教4=東京・早実)

――追い出し試合を終えていかがですか

最後にみんなでラグビーできてよかったと思います。最初のタックルは相手がやっぱり実力者なので倒せなかったんですけど、2回目は手加減してくれて倒せたのでよかったです。

――同期に向けてのメッセージをお願いします。

みんなこれからバラバラでやっていくと思うんですけど、たまにまた集まってみんなでわいわいやれればと思います。

――では後輩に向けて一言お願いします

僕は帝京大を倒すのはワセダしかいないと思ってるので、頑張ってほしいです。

――来年はついに創部100周年を迎えます

そうですね、応援してます。

――4年間を通して何か学んだことなどはありましたか

僕は分析だったんですけど、これから社会に出ていくにあたって、いろいろと厳しい経験を積めてよかったと思います。

――最後に早大での4年間を振り返っていかがですか

4年間年越しできなくてすごい悔しくて、それはずっと言われると思うんですけど反骨心もって頑張れたと思っています。

吉満真吾学生コーチ(人4=東京・本郷)

――追い出し試合を振り返っていかがですか

自分は夏から学生コーチとしなっていたので、久しぶりの実戦形式だったんですけど、久しぶりにみんなとラグビーができたのが一番良かったです。

―早大での4年間を振り返ってみていかがですか

結果が日本一に届かなかったので結果だけで言えば悔しい部分は残るんですけど、ここまでやってきた練習やコーチとしての4カ月も無駄ではなかったなと思います。ただ、結果が出ないと周囲の方々や、早大ラグビー部は日本一にならなければならないという伝統があるので、自分たちの想いを託す訳では無いんですが、後輩達には結果を出して最後は笑って終わってほしいなと思います。

――コーチの期間中苦労したことなどはありましたか

コーチの考えていることと学生の考えていることにギャップがあったことですね。コーチは勝たせるために考えているんですけど、そこは学生なのでコーチの意図や思いが伝わらなかったことが多かったです。Aチームの選手たちにはうまく話すことが出来たんですけど、下のチームになるとうまく噛み合わない部分があったので、チーム一体となることの難しさを感じました。

――同期の皆さんに一言お願いします

今の同期がいたから最後は学生コーチとしてラグビーをすることが出来たので、感謝の気持ちでいっぱいです。

――後輩の皆さんにも一言お願いします

先程も言ったように日本一にならないといけないのが早大ラグビー部なので、1人1人が赤黒を着て日本一になる気持ちをもっていけば大丈夫だと思うので、ずっと応援しているので頑張って欲しいです。

鶴川達彦(文構4=神奈川・桐蔭学園中教校)

――加藤組はどのようなチームだったと思いますか

学年としてはまとまりあったと思うんですけど、あんまりベタベタはしなくて。そういう意味では下級生も結構やりやすかったんじゃないかなと思ってます。ただ、まとめるとこでまとめるという部分では4年生がもっと下級生をまとめることができればもっといいチームになってたんじゃないかなと思いました。試合中とかもっと一丸となれたかなともっと伸びしろがあったかなと。

――加藤キャプテンに伝えたいことはありますか

本当に夏のひどいチーム状況からチームを引っ張ってくれて本当に感謝しています

――後輩に残しておきたいものはありますか

そうですね。やっぱり春シーズンは秋の練習だと思わないで、春シーズンから全部勝ちに行くつもりでやっていかないと。僕たちも夏でストップしてしまったので、そこをやっぱり春から100%でやってほしいかなと思います。

――一番大変だと感じたことは何ですか

ポジション転向した中で自分の体重、体格の変化だったり、プレーのスクラムとかに対応していくことが大変でしたね。

――一番楽しかったことは何ですか

9割くらいキツかったですけど、試合に勝った時はやっぱり楽しかったですね。

――4年間を終えられて得たものは何ですか

高校の時は弱いチームで、大学のトップレベルの選手はもう雲の上の存在という感じだったんですけど、努力次第でなれるんだなということは学びましたね。

――鶴川選手にとってワセダラグビーとは何でしょうか

9割キツくて1割楽しいというものでしたね。

柴田雄基(文4=愛知・千種)

――きょうの追い出し試合を振り返っていかがですか

久しぶりにラグビーをしたんですけど、疲れましたね。でも後輩たちと触れ合うというか、久々に会ってすごく楽しかったです。

――ワセダでの4年間を振り返っていかがですか

浪人してワセダに憧れて入ってきて、理想と現実のギャップもあって苦しい4年間ではあったんですけど、やっぱり浪人してきただけの価値というか、最高の仲間にも会えましたし、すごく充実した4年間だったと思います。

――同期に向けて一言お願いします

シンプルに「4年間ありがとう」ですかね。「これからもよろしく」って感じですかね。

――後輩に向けて一言お願いします

4年間、僕たちは1回も正月を越えてないんですけど、やっぱりワセダのラグビーは勝ってこそだと思うので、頑張ってほしいですね。どれだけ頑張っても負けたら後悔はするので、「絶対に勝ってほしいのですごく頑張ってください」という感じですね。

――4年間で成長したところはどういった点ですか

難しいですね。それはいま僕も考えている最中なんです。より仲間とのコミュニケーションというか人と本音で接する大切さを学べたことが成長かなと思います。

埜田啓太(基理4=東京・早実)

――きょうの追い出し試合を振り返っていかがですか

終わったかなっていう感じはしてるといえばしてるんですけど、まだ実感はしてない感じですね。まだこれからも練習に来るような感じがして、だんだんと練習が減っていってそんな中でやっとワセダラクビーが終わったなって感じがすると思うんですけど、僕自身としては悔しいというかやり残したことがまだありますね。

――タックルが決まりましたね

そうですね、ただ1本決められたのでどっちもどっちかなと。でも1本を決められたのはこの4年間の集大成だったのかなと思います。

――3年生時にフランカーへ転向しました

僕自身、あれはチャレンジというかあれをしないと試合には出れなかったのでそれを勧めてくれたことには感謝しなくちゃいけないし、そのおかげで試合にも出れて活躍できたと思っています。

――では同期への思いをお願いします

うちの代は個性的なやつが多いのでなかなか1つにまとまったりとかっていうのはなかったんですけど、そこはいいところでもあり悪いところでもあったかなと。まあ楽しくできたのでよかったと思います。

――後輩に向けても一言お願いします

僕自身あまり後輩に向けて言えるようなことはないんですが、まあ諦めちゃいけないってことは諦めてはだめだと思うので、諦めなければどこかしらチャンスはあるっていうのを後輩たちには伝えたいですね。

――部活を通して学んだことはありますか

僕自身3年生の時とか本当に苦しくて、何度かやめようと思ったこともあったんですけど、そこで残れたのは同期のおかげでもあるし、僕がラグビーが好きだっていうこともあったので、やっぱり学んだことは諦めない心とか、何かをやり続けることの大切さだとかはラグビーで学んだと思いますね。

――では最後に4年間を振り返って

今すぐに言えることはあまりないんですけど、僕はワセダクラブのときからずっとやってきてて、このグラウンドでやってきて苦しいこともあった中でも、自分のやらなきゃいけないことはやってこれたと思うので、本当に悔いはないです。

吉岡航太郎(スポ4=国学院栃木)

――きょうの追い出し試合を終えての感想を教えてください

めちゃめちゃきつかったです。久し振りに動いたので肺にきました。

――早大ラグビー蹴球部での4年間を振り返っていかがですか

スポーツ推薦で入学したので、試合に出るのが義務だったんだと思うのですが、試合にあまり出ることができず結果的にチームに貢献できなかったことが悔しいし、申し訳ないです。試合に出れなければ価値はないと思うので。

――4年間で成長した点はありますか

スキルというよりは精神面での成長が大きいですね。高校時代は試合に出るのが当たり前だったんですけど、大学で試合に出れなくなりました。けど、試合に出れない人間にもチームのために出来ることがあります。BチームとしてAチームのいい練習相手になるとか、そのためにスキルを磨くとか、影で主力を支える力がついたと思います。

――同じポジションである齋藤直人(スポ2=神奈川・桐蔭学園)へ一言ありますか

2年間であいつのすごさというのは思い知りました。あいつのスキルは努力の裏付けがあるし、気持ちの面でも立派なアスリートなので特に言うことはないです。

――同期へ一言お願いします

4年間ともに過ごして、今後の人生でも付き合っていく生涯の友達になりました。そういった友達ができたのも幸せですし、引退後も会っていきたいなと思います。

高橋吾郎(スポ4=福岡・修猷館)

――追い出し試合を振り返っていかがでしたか

久しぶりできつかったです(笑)

―早大での4年間を振り返っていかがですか

きつかった思い出も楽しかった思い出も沢山ありました。ただ、勝てなかったのでそういう意味では何も残せなかったと思うんですけど、ここで過ごした時間はかけがえのないものですし、ここで得た経験を今後に活かしていきたいと思います。

――特に思い出に残ってることはありますか

試合には出られなかったんですけど、早慶戦、早明戦の秩父宮の歓声はとても記憶に残っていますね。

――同期の皆さんに一言お願いします

個性豊かな仲間が揃っていて、仲が悪いと言われますがとても楽しかったです。ありがとうございました。

――後輩の皆さんにも一言お願いします

強くなると思いますし、創部100周年なので結果出して頑張って欲しいなと思います。

横山陽介(スポ4=神奈川・桐蔭学園)

――追い出し試合は楽しめましたか

はい。久しぶりに会った人も多かったので、楽しめました。

――卒業、引退という実感はありますか

まだ、あまりないかもしれないですね。

――4年間で、最も印象に残る試合はどの試合ですか

1年生の時の早明戦ですね。10番を着て、スタメンで試合に出て、観客席を見た時に「ああ、こういう雰囲気なんだ」という。大学ラグビーの雰囲気を感じることができました。

――けがに苦しんだシーズンもありました

そうですね、ケガもあり、いろいろなことがあったのですが、仲間、後輩たち、先輩たちからいろいろなことを教えてもらったし、総じて言えば本当にいい4年間だったと思っています。

――感謝を伝えたい人はいますか

齋藤直人(スポ2=神奈川・桐蔭学園)ですね。高校の時から仲が良くて、大学でも一緒にできたので。けがをした時も、いろいろな面でサポートしてくれたので、感謝しなきゃいけないなと思います。

――今後もラグビーを続けられるということですが、目標はありますか

そうですね。ずっと自分が成長できるように、自分を高め続けたいと思います。

――横山選手は、チームの雰囲気を明るく盛り上げる場面が多かったように映りました。意識されていた点はありますか

僕が1、2年生の頃は、4年生が、年下がやりやすいような雰囲気を作ってくれていました。その雰囲気を、僕も作っていけたらなと思っていました。雰囲気を盛り上げようと意識していたわけではないのですが、結果的にそうなったくらいだと思います。ちゃんと言うことも言わなきゃいけないですし。後輩たちがやりやすいようにと思って、結果的にそうなったという感じですね。

――最後に、後輩たちへのメッセージをお願いします

ワセダにはいろいろな人がいますが、その中でも自分を高め続けてほしいです。赤黒を着るのが目標ではなく、最後に『勝つ』ということを目標にして、その目標を最後までぶらさずにやってほしいと思います。

中野厳(社4=東京・早大学院)

――追い出し試合を終えた今の率直な気持ちをお聞かせください

今リフレッシュしてちょっと間が空いて、リレーして来てるんですけど、結局負けたことに対しての後悔がすごく大きいので、後輩にはそういう思いはして欲しくないなとという気持ちです。

――きょうの試合を振り返っていかがですか

僕はすぐ代わっちゃったんですけど、みんな生き生きとラグビーが出来ていて、楽しそうにやっていたので、やっぱりラグビーは楽しむのが一番大事だなと思いました。

――この1年はAチームでも活躍されましたが振り返っていかがですか

僕がAチームに出れたというのはすごく幸運で、そういう機会をいっぱい与えていただいたのはとても幸せだったと思うんですけど、結果が全てだと思うので、Aチームに出るからには勝たなければいけなくて、その責任を果たせなかった後悔の気持ちと半々ですね。

――早大での4年間を振り返っていかがですか

僕はワセダでラグビーがやりたくて入ってきたので、本当に色々ありましたけど、ワセダでラグビーが出来た4年間は幸せだったなと思います。

――最も印象に残った試合を教えてください

やっぱり秩父宮での早慶戦に出れて、勝った時にあのピッチに立てたのが一番印象に残ってますかね。あの場に立てたということは言葉でうまく表せないんですけど、とても幸せで熱くなるものがありました。

――4年間を共にした同期へ向けて何か伝えたいことはありますか

みんなそれぞれに色があって、マイペースな人が多いんですけど、僕はそのいい距離感が結構好きでした(笑)。4年も一緒にいて、友達ともちょっと違うような特別な関係なので、大学ラグビーとしての結果は良くなかったですけど、それぞれがこの経験をどこかで活かして頑張っていきたいですね。

――最後に後輩へ向けてメッセージをお願いします

日本一になって欲しくて、僕らは正月も超えたことがなくて、経験したことないことを目指すのは難しいことだと思いますし、偉そうなことは何も言えないんですけど、その道を模索して、どうにか現状を打開して欲しいですね。最後に追い出し試合で心の底から笑えるように、本当に頑張って欲しくて、心の底から応援しています。

野口祐樹(人4=群馬・太田)

――今日の試合振り返っていかがでしたか。

今日はちょっと怪我で出られなかったんですけど、出ている4年生が体を張って、思った以上にすごくて、見れて嬉しかったです。

――4年間を振り返っていかがでしたか

2年入部っていう変わった形で入って、色々最初は試合出れなくて苦労したんですけど、最終的にはAで試合に出れたので、結果は残念だったんですけど、自分の中では後悔はないです。

――今日の試合を見てもチームの雰囲気がとてもよく感じました。今年のチームはどのようなチームでしたか

もしかしたら、他の代と比べたらちょっとそんな仲良くないって言われてるかもしれないんですけど、でも、やるときは真剣にやるし、楽しむときは楽しむ良い代。自分に合った代だったなっていうのは凄く感じています。

――Aチームの試合にも出られましたが、それはいかがでしたか

監督が代わるまでは正直Aチームには出られないような状態だったんですけど、監督が代わって出れる選手の方針というところに、たまたまフィットできたところがあって、運が良かったっていえばそうなんですけど、自分も努力っていうのは一応してきて、その努力が最終的に報われたのは良かったと思います。

――四年間の経験は今後どのように生かしていきますか

4年間で学んだことっていうのは、最初は全然ダメだったけど、やっぱり努力して結果が出せるっていうことは学べましたね。粘り強さとか逆境に負けないとかそういうところは学べたのかなと。これから社会人になって苦しい場面でも我慢して努力し続けられるような人間になりたいと思います。

――最後に後輩の方々に向けてエールをお願いします

みんな、能力の高い後輩たちもいれば、まだまだ努力をしなければいけない人がいる中で、能力の高い人たちはもちろん頑張ってほしいし、ジュニアとかの選手にも努力を続けて、あきらめることなくシーズン戦ってほしいと思います。