ア式蹴球部

2017.04.12

【ワセダ×マウントドルイットタウン・レンジャーズ】平成29年卒業生特別インタビュー④|佐藤飛天

 『WASEDA the 1st~人として一番であれ~』。1924年の創部以来、ア式蹴球部が掲げ続けてきたチームスローガンである。

 遠く離れた異国の地で、『自分なりの1st』にたどり着くため、新たなスタートを切ったひとりの男がいる。佐藤飛天(平29スポ卒=清水エスパルスユース)。1月に単身オーストラリアへと渡り、現在はスーパーリーグ(3部相当)のマウントドルイットタウン・レンジャーズ(以下レンジャーズ)でプレーする。佐藤はなぜ日本を離れ、新たな挑戦に踏み切ったのか。電話インタビューを通じて浮かび上がってきたのは、苦い記憶を乗り越え、初志を貫徹せんと戦い続ける佐藤の姿だった。

 入学当初からぼんやりと抱き続けてきた「卒業したら海を渡りたい」という思い。4年生になり、実際に進路を決める必要性が出てきた中で、曖昧で漠然としていた理想は、いつしか明瞭な意志へと変化していた。「やっぱり俺は海外に行きたい」。部活動引退後、周囲のサポートにも支えられ、オーストラリアでトライアウトを受けるチャンスを得た。しかし結果は、2クラブ続けての不合格。自らが鮮明に描いた未来予想図は、徐々にその色を失い始めていた。期待を裏切りたくないという重圧。日本を飛び出して以来、始めて『恐怖』という二文字が、脳裏をよぎった。

 大学での4年間を振り返ってみると、決して順風満帆なものではなかった。入部後すぐに大怪我をしたのも、「自分の甘さが引き起こしたものだった」。復帰してからも定位置をつかみ切ることはできず、4年間で公式戦には4試合しか出られなかった。「後悔はたくさんあります。4年間、全くと言っていいほど活躍できなかったし、チームに貢献もできなかった。改めて振り返ると、本当に悔しいです」。電話越しに聞こえる佐藤の、それまでよりもわずかに熱を帯びた声色には、活躍できなかった悔しさが色濃くにじみ出ていた。

 「これでだめなら、サッカーは諦めよう」と背水の陣で臨んだ3度目のトライアウト。念願の合格を果たし、次のステップへの切符をその手に収めた。それは「もう後悔したくはない」という思いがあったからこそ得られた結果だった。

契約を締結した際の佐藤

 加入したレンジャーズは、オーストラリア南東部にあるマウントドルイットという町をホームとしている。佐藤曰く、「静かで落ち着いていて、すごく過ごしやすい町」だそうだ。メンバーは佐藤以外全てオーストラリア人。コミュニケーションに関しては、試行錯誤の毎日が続く。「サッカーに関することであれば、ある程度コミュニケーションは取れます。でも、監督からの戦術的な指示やミーティングではまだまだ分からない部分が多くて。英語に関してはもっと勉強が必要です」。サッカーを続けるかたわら、生計を立てるためにアルバイトもこなす。「日本食レストランの厨房で天ぷらを揚げてます(笑)。日本食はこっちでもけっこう人気があるんですよ」。新たに大きな目標もできた。かつて元日本代表MF小野伸二らもプレーした、オーストラリア1部・Aリーグでプレーすることだ。「可能性は限りなく少ないかもしれないけど、サッカーを続ける以上はそこを目指してやっていきたいと思います」。

 ア式蹴球部で学んだことの中で、一番大切にしていきたいことは何か。そう質問すると、佐藤は迷わずこう答えた。「自分なりの一番を追い求めること。その大切さです。もっと成長して、家族や友達にいい報告ができるようにしたい。自分なりの1stを目指します」。

 ことしの卒業生も一人ひとりが新天地での活躍を誓い、新たな旅路を歩み始めている。4月16日には関東大学リーグ戦が幕を開け、現役部員たちの戦いも新章へと突入する。異国の地で奮闘する佐藤同様、ア式のDNAを持つ者はみな、常に『自分なりの1st』を追い求めている。

(取材=栗村智弘 写真=本人提供)