自転車部

2016.08.30

全日本大学対抗選手権 8月25~28日 静岡・日本CSC5キロメートルサーキット

快挙! ルーキー中川がインカレロード3位

 「入学する前から8月終わりにピークをもってこられるように練習していた」。全日本大学対抗選手権(インカレ)を控えた8月上旬、中川拳(スポ1=北海道・帯広三条)はこう語った――。4日間にわたるインカレ最終日、男子個人ロードレースで中川は3位に入賞した。186名が出走し完走したのはわずか40名。数字がその過酷さを物語るレースで、1年生にして見事表彰台に。まさにその言葉通りの結果となった。しかし、個人とはいうもののチームの連携が不可欠なのがロードレース。中川が3着でフィニッシュした時、それはエース、アシスト全員の努力が結実した瞬間だった。中川の3位は、ワセダの3位でもある。

3位でゴールラインを越える中川

 小雨の降る中、4時間を超える140キロの戦いが始まった。ワセダは金子智哉(商4=神奈川・相模原)、孫崎大樹(スポ2=京都・北桑田)、中川の3人がエース、他の選手はアシストというプランで臨んだ。レースは序盤から逃げが発生、納家一樹(スポ1=東京・八王子桑志)が逃げに入り他大のレースコントロールをけん制する。途中納家が機材トラブルにより落車してしまうが、伊藤和輝(スポ4=東京・昭和第一学園)が同じタイミングで加わる。プラン通りの連携でレースは進むかに思われた。しかし、日本CSC5キロメートルサーキットは激坂の連続だ。最大標高差100メートル超のコース、恐れていた落車が2周目に起った。金子、田中英祐(人2=宮城・東北学院)が巻き込まれ、金子の自転車は大きく損壊してしまう。金子は田中の自転車に乗り換えレースに復帰。「ずっと一緒に練習してくださった方なので、強い思いを込めて自転車を渡しました」。初めてのインカレ出場となった田中はそこでDNFとなった。ところが、田中の自転車も落車時にサドルが曲がっていた。落車しなかった塩田航平(スポ3=埼玉・栄北)が自分の自転車をピットで金子に渡し、塩田もレースを終えた。金子は3台目の自転車で懸命にメイン集団を追うが、7周回目を前にタイムアウトとなってしまう。「何も考えられなくて。自分が走っていたはずのレースを見ているのもつらかった」。リタイア直後を金子はこう振り返った。エースを一人失ったワセダ。しかしその頃伊藤が逃げを追い、5周回目には集団は再び一つに。その後も伊藤は孫崎、中川と共にメイン集団を走った。

山本綾香マネージャー(スポ2=東京・普連土学園)から補給を受け取る金子

 7周目に冨尾大地(鹿屋体大)が飛び出し、追った片桐善也(日大)、浅井創(法大)の三人の逃げが発生。この逃げには他大も含め乗ることができず、メイン集団は離されていく。15周回終了時、メイン集団と先頭三人のタイムギャップは3分20秒。「先頭集団にワセダが誰もいなかったので積極的に追わないといけない場面だった」と孫崎がメイン集団前方に移動し集団を引いた。16周回、山本大喜(鹿屋体大)ら3名がメイン集団を飛び出しブリッジに成功。18周回で先頭集団は6名になり、追うメイン集団はペースを上げその差を1分20秒に縮めた。その後活性化したメイン集団と先頭との差はわずかとなる。残り2周回、中盤はメイン集団後方にいた中川がストレートコースで草場啓吾(日大)、馬渡伸弥(鹿屋体大)につづき飛び出した。「僕は加速が遅いので(上りでは)遅れてしまうかなと思い先に逃げました」と振り返る。草場、馬渡を追う中川だったが、最終周回の上りで野本空(明大)がアタック。これには誰も追い付くことができず、野本がそのまま1位でフィニッシュ。中川は最後の力を振り絞り馬渡を抜き去ると、3位でチームメイトのいるゴール地点に帰って来た。孫崎15位、伊藤20位で完走者全員が大学対抗得点を獲得。ワセダは男子ロード総合成績4位でインカレを終えた。

レース後、中川を囲む部員たち

 伊藤、金子が大学対抗のロードレースに出場するのはインカレが最後だった。今大会、ワセダ最多の4種目に出場した伊藤。専門のトラック競技では本来の力を発揮しきれなかった。「最後ロードで何かしなければならないというか、チームのために少しでも貢献したかった」。アシストとしてエースを助けるばかりでなく、20位でチームに得点をもたらした。エースを一人失ったにもかかわらず、3人が得点するという当初の目標を達成できたのはまぎれもなく伊藤の力だ。そして、ワセダの大本命と目されていた金子。不運にもラストイヤーのインカレでDNFとなってしまった。実力があっても、調子が良くても、運には抗えないのが自転車競技。それでも金子は競技を始めて良かったと言う。「僕の大学生活は自転車だけです。商学部というよりも、自転車部学部と言えるくらい、自分の生活の中心でした」。インカレの幕が下り、森浩輔主将(スポ4=神奈川・横浜)も主将の座を退く。強いワセダになるために何が必要かを問われ「日頃の生活、小さい積み重ねが大事になってくる」と答えた森。4年生の意志は後輩に受け継がれた。らいねんのインカレは、表彰台の一番高いところにきっとワセダがいるはずだ。

(記事 曽祢真衣、写真 大庭開、久野映)

表彰式での中川

結果

▽男子ロードレース

中川拳 3位

孫崎大樹 15位

伊藤和輝 20位

金子智哉 DNF

納家一樹 DNF

塩田航平 DNF

田中英祐 DNF

▽男子ロード総合

早大 4位 13ポイント

▽男子総合

早大 6位 35ポイント

▽女子ロードレース

池田ゆめこ DNF

▽女子総合

早大 6位 3ポイント

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【連載】インカレ直前特集『Wを胸に』 第2回 伊藤和輝×中川拳×納家一樹(8/22)

コメント

森浩輔主将(スポ4=神奈川・横浜)

――本日のロードでは、1年生の中川選手が3位に食い込む活躍を見せました

中川は良く頑張ってくれました。4番目で上がってきて、最後まくって抜いていったところを見て、本当に感動しました。

――主将の目線から見て、ロード部門のレースはどのように映りましたか

中川だけでなくて、孫崎と伊藤も得点圏内まで入ってきてくれたので、うれしかったです。それ以外では、金子と納家が落車で、実力を出すことができなかったことに、こっちとしても辛いところがありました。

――大学対抗総合6位という結果についてはいかがでしょうか

順位というより目標としていた得点数に届かなかったのは、やはりみんな悔しさがあると思うんですけど、でも順位が昨日から落ちなかったことは評価していいと思いますし、全員じゃないですけど力を出せたインカレだったと思います。

――インカレの結果を受けて、今後ワセダが発展していくにはどのようなことが必要だと思いますか

やはり日頃の生活、そういった小さい積み重ねが大事になってくると思います。些細なことでも修正点があると思うので、食事から睡眠のことも練習メニューと合わせて気づかっていけばもう少し良くなるんじゃないかなと思います。

――インカレは本日で終了しましたか、どのような大会でしたか

一生の思い出となる大会でした。

――最後に一言お願いします

自転車競技をやってきてよかったですし、ワセダの自転車部にも入って良かったです。ありがとうございました。

伊藤和輝(スポ4=東京・昭和第一学園)

――序盤、アシストとして積極的に集団を引っ張る姿が見受けられました

レース前半はポイントを取る人のために積極的に逃げを潰したり逃げに入ったりして、しっかりワセダが1人逃げにいるという状況を作っていかなければいけませんでした。前にいなければ話にならないので。そこで前に行った時に、自分がチェックしていた逃げに元々納家くんが入っていたのですが、落車のトラブルで後ろに下がることになってしまって、その代わりに自分が逃げに入ることができました。レース前半、5周くらいですけど、チームのために1つ仕事ができたかなと思います。その点は良かったです。

――ポイント取る人というのは、どの選手だったのですか

その時は金子もまだいましたし、チームとしては自分と塩田と納家がしっかり仕事をして、前半はエースのためにアシストをして逃げのチェックをする予定でした。その時は金子と中川と孫崎のためにという感じでした。

――中盤に中川選手と何か話していましたが、どのようなことを話したのですか

補給で中川が後ろに下がっていて、自分が後ろから勢いがあったので、「大丈夫?」というちょっとした声かけをしました。

――インカレでの完走は初めてですね

当初インカレは厳しいレースになるなと思っていましたし、特にこのコースは上りと下りしかないので、完走できるか分からないなと思っていました。でも、走り始めたら調子が良かったので完走いけるんじゃないかと思ったのですが、やはり完走狙いになってしまってはチームのためにならないので。今回は結果的に1ポイントですけどポイントを取ることができたので良かったのですが、完走狙いだとチームのためにならないので前半は仕事をするという気持ちで臨みました。前半はみんな体力があるので集団の動きが活性化して、ペースのアップダウンがあるときついんですよ。そこで逃げではあったのですが、前の少ない集団で一定のペースで走ることができたので、それが良かったのかなと。それのおかげで後半に脚が残っていて、完走できた要因かなと思います。

――このインカレは節目の大会だと思います。4年間を振り返っていかがですか

大学に入って1回目のインカレでトラックの4キロ(4キロメートルインディビジュアル・パーシュート)で2位を取ったのですが、それっきりあまりいい成績がなくて。今回は4年目の節目として最後だったので、(前日までのトラック競技の)4キロも12位、スクラッチも7位で終わってしまった中で、やはり最後ロードで何かしなければならないというか、チームのために少しでも貢献できればなと思っていました。最後の最後でなんとか1ポイント取ることができましたし、インカレの結果が来年のツール・ド・北海道の選考のポイントにもなってくるので、20位圏内で完走できたことで4年目の区切りとしてなんとか貢献できたのかなとは思います。でも、やはり自分はトラックがメインで、そっちの成績がかなり悪かったので、その点は詰めが甘かったなというところですね。

――今後大会に出場する予定はありますか

来週末に京都で行われる、けいはんなサイクルレース(全日本学生RCS第6戦・けいはんなサイクルレース)に出場する予定です。その後のRCSに関してはまだ決めていません。10月の始めにある国民体育大会にはロードとスクラッチと団体追い抜きに出場します。ワセダとしてではなく東京都としてなのですが、次の大きな大会は国体になります。

金子智哉(商4=神奈川・相模原)

――7周目でリタイアという結果でした。今の率直な気持ちを教えてください

今回は最後のインカレでしたし、少なくとも表彰台に上がる、という目標でやってきました。自転車競技というのはこういうものだとも思うんですけど、運悪く落車に巻き込まれてしまって。一緒に落車した田中の自転車を使って復帰したんですけど、その自転車もサドルが曲がってしまっていました。その後に塩田の自転車を借りたりしていたんですけど、そうこうしているうちに集団とはどんどん離されてしまいました。結果はDNFになってしまって…。何回悔しいと言っても足りないくらい、本当に悔しいです。ただ、インカレはチーム戦で、中川と孫崎と伊藤がしっかり得点してくれました。その中でも、中川は僕の目標でもあった表彰台までいってくれて、自分も救われましたね。しかも、中川はまだ1年生なのでこれからのロード班もしっかり戦っていけるんじゃないかと思えました。そのことは自分としてもすごくうれしい結果でした。

――インカレに照準を合わせているとのことでした。準備はずっとしていたのでしょうか

そうですね。練習もインカレのために全部やってきましたし、きょうのために1週間くらい前から調整もしてきました。そのおかげもあって、きょうのレースで走り始めてからも、これはいける、と思えるくらい足が軽かったです。そういった状況での落車だったので、余計に悔しくてたまらないですね。

――落車はいつごろ起きたのでしょうか

3周目に入るあたりだったと思います。3周目に入るホームストレート前の下りコーナーで巻き込まれました。

――レース後は、コースの外でぼう然としていましたね

直後は悔しくて悔しくて、泣くとかというよりも、ぼう然としてしまいました。何も考えられなくて。自分が走っていたはずのレースを見ているのもつらかったです。なので、とりあえずそこからは逃げていました。

――チームとしてのレースプランはありましたか

俺と中川と孫崎が絶対に得点をするというのを目標にしていました。その三人は、集団で休みつつ、マークすべき選手が飛び出したら、それにしっかりと反応していこうと言っていました。あと、納家くんや伊藤とかは、それ以外の逃げ、逃げ切ることを目的としていないような逃げについていって、ワセダの誰かしらが逃げに入っているという状態をつくろうとしていました。それと、ワセダは基本的に集団の前に位置していって、集団にプレッシャーを与えたり、他の選手のアタックにすぐ反応できるような態勢をつくる、ということが作戦でした。

――そのプランの実際の出来としてはいかがでしたか

自分も含めて、集団の前の方にいるということがすごく難しかったです。なので、集団の前の方をワセダで固めるということはなかなかできなかったです。それでも、自分が落車した後のレースを見ていた印象としては、しっかりチームとして連携して動けていたかなと。だからこそ中川が3位に入れたと思いますね。

――中川選手の3位は金子選手にとってもうれしかったのですね

そうですね。中川は特に頑張っていましたし、そういう選手が3位に入ったということは自分としてもうれしかったです。

――ワセダの一員として臨む試合はこのインカレが最後なのでしょうか

はい、そうなると思います。ワセダのユニホームを着て走る試合は今後ないと思いますね。でも、ジャパンプロツアー等のレースを他のチームで走る予定はあるので、そっちのほうを頑張っていきたいと思います。

――ワセダでの四年間はいかがでしたか

大学から競技を始めたので、自転車とかも全く持っていない状態からのスタートでした。そんな自分が自転車部に入るなんて、先輩たちにもめんどくさいと思われていたと思います。それでも、そんな自分を受け入れてくれて、一から教えてくれて、自転車も安く譲ってくれたりして。思い切って自転車部に入って、本当に良かったなと思います。他の大学の友達もたくさんできましたし、一生の付き合いになるであろう人もたくさんできました。なので、自転車部に入ったことは間違っていなかったなと思います。人間としても成長できましたし、僕の大学生活は自転車だけです。商学部というよりも、自転車部学部と言えるくらい、自分の生活の中心でした。

――卒業後も競技は続けていくのでしょうか

社会人になってからは少し厳しいとは思うんですけど、来月からレースに出てみたりして、続けられそうなら休日にレースに出たりしたいですね。それでも、本格的には難しいと思いますし、インカレが一番思い入れのあるレースなので、ここで一旦息抜きというか、リラックスしたいと思います。

塩田航平(スポ3=埼玉栄)

――本日は学生最高峰のレースであるインカレということで、いつもとは違った心持だったと思います

学校対抗っていう大きな目標をもってみんながやっている大会なので、僕としてもやはり学校に1点でも多く取れるように、気持ちだけは持ってきたと思うんですけど、ちょっと結果が…って感じです。

――個人としての目標はありましたか

団抜きとロードだったんですけど、団抜きは20秒切りをみんなで目指すこと、あとはみんなの足を引っ張らないように、逆にみんなのことを引っ張っていけるようにするっていう目標がありました。ロードは後半まで持たないので、チーム戦として少しでも役に立てるように、序盤のアタックなどをやっていこうと思っていました。

――レース内での各選手の役割を教えて下さい

エースは孫崎、中川、金子さんで、かねてから決めていたレースプランは、鹿屋などの有名どころがアタックした場合は、その3人のエースがついていくんですけど、そうでない場合は納家くんや僕が積極的に逃げを潰したり、逃げたり、出遅れないようにするっていう作戦を立てていました。

――落車があったということですが

一昨年と同じ場所だったので、恐れていたことが起こったなと。金子さんと田中が巻き込まれてしまって、金子さんの自転車が走行不能なまでに壊れてしまったので、僕のレースはまだ終わっていなかったんですけど、それを見たときは胸に来るものがありました。

――塩田選手の自転車を金子選手に貸したということでした

そうですね。金子さんは田中の自転車を使っていたんですけど、田中の自転車はサドルが曲がっていて座れない状態だったので、他の自転車に乗らなければいけなくて、僕が降りて自転車をピットまで持って行って、乗り換えてもらいました。

――金子選手は自転車が壊れた後、まず田中選手の自転車に乗って、それも壊れていたから次に塩田選手の自転車に乗ったということですね

はい。田中のもちょっと壊れていたので、直してもらうっていう作業があったので、金子さんは相当大変だったと思います。

――インカレで収穫はありましたか

団抜きに関しては、一昨年よりも1秒くらい早いタイムで、僕としても去年の団抜きよりも走れているのかなっていう感じはしたので、その点に関しては少し成長を感じるんですけど、ロードレースに関しては、体重が増えたせいか本当に上れなくなっているので、少しでもダイエットしないとなという感じですね。後期は、最初はアジア大学選手権があるのですが、JICFとして出るということで、無様な様は見せられないので、入賞とは言わないですけど、ちゃんとアジアを感じられるくらいには走りたいです。

孫崎大樹(スポ2=京都・北桑田)

――本日のロード種目にはどのような意気込みで臨みましたか

もちろん優勝を狙っていました。

――実際のレースを振り返っていかがですか

ほんとに作戦通りというか、レース展開の予想をみんなでして作戦を立てていたんですけれど本当にその通りになって、チームで動くというのも形としては成功したのかなと思います。ただ中を見ると形だけで中身が機能したかというと微妙な部分もあります。でも最後は僕と中川が話し合いつつレースを進めて中川がいい感じに動いてくれて3位に入ってよかったですね。あとは僕が集団の最後でゴールしてしまったんで、やはり上位に入れないと今後も厳しいのでそこを詰められたらよかったなと思います。

――具体的にどのような展開でしたか

最近ではどこの大学にも走れる選手がいて、その大学にはたいてい出場者が3、4人はいて、人数が多い大学が確実に逃げを決めるという流れを展開して、中心となってレースを組み立てるという感じです。鹿屋体大を中心に集団コントロールが行われるので逃げに僕らの一人は確実に入れることを意識しました。というのも序盤にできる逃げは主力選手を入れていない大学が多くそこまで力のある集団ではないことが多いので、できるだけ体力を消耗することなく逃げをつぶせるように逃げに選手を送り込むという対策をとりました。後半のラスト10周くらいからペースが上がって逃げている鹿屋体大を捕まえにいく流れになって、最後6周では個々の力のぶつけ合いという展開になると絶対思っていたので、自分もそこでしっかり参加できるようにしました。

――中盤、先頭集団とメイン集団の差が開いた場面がありました

メイン集団がかなり抑え気味で、3分ならまだしもそれ以上差が広がってしまうと厳しいしあまりにも遅すぎたので、自分は全然余裕があったので軽くペースアップのきっかけを作れたらと思っていました。要所要所で引きつつあまり体力を使いすぎずに抑えるように心がけました。あとは先頭集団にワセダの誰もいなかったので積極的に追わないといけない場面でもあったので。

――前半は伊藤選手が引いていた印象がありました

まずは納家が指示通りに動いてくれていい展開でスタートできて、それで納家が落車してしまったのとちょうど同じタイミングで追走集団に伊藤さんが入って下さったので前半戦は落ち着いて楽に集団内にいられたので、ワセダとしては理想的な展開でした。完ぺきでしたね。

――レース中に選手同士でコミュニケーションを取っていましたか

他大の選手とこれからのレース展開について話したり、中川は高校生の時一人で練習していたんでチームとしての戦いに不慣れな部分もあったのでいろいろ話しかけて作戦を伝えたりしていました。他大の有力選手もレース展開の予想はだいたい同じだったので終盤に激しい競り合いが起こることが予想できました。

――インカレ全体を振り返っていかがですか

自分はしっかりと調子を上げてこられて、また万全なサポート体制のままやってこられて環境は良かったです。それでトラックではまずまずの成績だったんですけれど、ロードでは最後自分の弱い部分が出てしまいました。伊藤さんは4種目も出ているのに最後ポイントを取れる圏内に入って下さって、中川も3位に入賞して、自分だけが最後弱かったので。自分が最後粘り切ってもっといい順位でゴールしていれば総合順位ももっと上を狙えたかもしれないと思うと、自分の弱さが出てしまってあまりいい終わり方ではなかったと思います。その部分はまたらいねん頑張りたいです。

――インカレという大きな大会が終わりましたが今後の目標は

そうですね、来年のインカレは狙っているのもありますけどやっぱり最終的な目標は世界なので、オフ期にしっかり乗り込んで春先のナショナルチームの活動も充実させていけたらと思います。

田中英祐(人2=宮城・東北学院)

――本日は学生最高峰のレースであるインカレということで、いつもとは違った心持ちだったと思います

自分は大学から競技を始めて、きょねんは出られず、ことしようやく出られた初めてのインカレだったので、とても緊張しました。

――非常にレベルの高いレースでした

自分はチームのオーダーで最初から集団の先頭でワセダが固まって走るっていうことになっていたので、かなり前の方で走らせてもらったんですけど、上りに入ってからの先頭集団の速さに驚きました。速い!って感じで(笑)。 これが全国なんだなって。全国のレベルを感じた瞬間でした。

――落車があったということでしたが

速度の出るところのコーナーで、車も自転車も山積みのところだったので、回避は難しかったです。でも、自分がいたことで金子さんが少しでも走ることができたので、良くはないんですけど、少しでもチームの手助けになったかなと思います。

――どのようなお気持ちで金子選手に自転車を渡したのでしょうか

頑張ってくださいって。1年半ですけど、金子さんには本当にお世話になって、ずっと一緒に練習してくださった方なので、強い思いを込めて自転車を渡しました。

――後輩の中川選手が3位に入賞しました。チームメイトの活躍を受けていかがでしょうか

半年間みんなで練習してきて、その中から表彰台に上ってくれる選手がいると、自分のことのようにうれしいです。

――この大会で得たものはありましたか

全国最高峰のレベルを少しでも体感できたっていうのは、これから自転車競技を続ける上で大きなものになるかと思います。

中川拳(スポ1=北海道・帯広三条)

――3位入賞おめどとうございます。今の率直な気持ちを聞かせてください

ことしの目標がナショナルチーム入りすることだったのでナショナルチーム入りの条件の一つにインカレ3位以内というのがあって。その3位以内の3位に入れたことがひとまずほっとしていますが、やはり優勝が目の前に見えていたのでそれが取れなかったことは悔やまれます。レース内容もちょっと消極的なレース内容だったと思います。孫崎さんが積極的に動いてくれて僕は消極的なレースをしてしまって。その代わり後半は僕が動け、3位を取らせていただくというかたちになりました。もっと僕が動けていたらもっといい結果に、孫崎さんと二人でワンツーとかもっといい順位に二人で入れたのかもしれないと思って。そういうところは反省点です。

――きょうはどのようなレースプランでワセダは臨んだのでしょうか

先週までやっていた合宿では僕、金子さん孫崎さんの3人でポイントの取れる20位以内に入るというのがオーダーでした。基本的に前半はエース級の選手ではない選手たちで逃げを作ってという展開になることが多いのでそのために塩田さんや同期の納家くんが逃げに乗って、その逃げに乗っていれば僕たちが特別動く必要もないので、後半の勝負所になったら僕たち三人が動くというプランでした。

――中盤、メイン集団で伊藤選手と並んで走るシーンもありましたが何か話しましたか

特別話したわけではないですが、中盤になって少し疲労感が出てきたので後半に備え脚を軽くする走りを意識していました。その時も孫崎さんはしっかり動いていたのでそこはやはり実力の差を感じました。

――金子選手がタイムアウトとなりエースが2人になってしまいました

三人でポイントを取るプランだったので僕と孫崎さんで取らなければならないかと思ったんですが、伊藤さんに残っていただいて。結果的には3人でポイントを取るという目標は達成できたのでそこはすごく良かったと思います。

――終盤、集団にどのような動きがあって中川選手は3位になったのですか

ここのストレートで最後の周に2位だった日大の草場さん、5位だった馬渡さんが飛び出していったので僕はそれに同調して。最後の上りに入ってから僕はアタックしても僕は加速が遅いので遅れてしまうかなと思い先に逃げておこうとそれに乗って、速いペースで走ってうまく集団から抜け出すことに成功して、という感じです。

――明大の野本選手が出てきたのはどの辺りですか

最後上りに入る辺りで後ろから来て、そのままアタックされて行かれてしまいました。

――野本選手のアタックには誰も反応できなかったのですか

2位だった草場さん、5位だった馬渡さんも行ったのですがちょっと遅れて。馬渡さんが射程圏内にいたので最後力を振り絞ってまくり、3位になりました。

――この後の予定を教えてください

3日空いてツールド北海道なので、うまく体調を整えてまたしっかりいい走りをしたいと思います。台風が近づいているのでまず北海道にたどり着けるか、台風の影響で開催されるかも不安です。開催されるとは思いますが、僕は心配症なので(笑)。

納家一樹(スポ1=東京・八王子桑志)

――今回のインカレはどういった目標を持って臨みましたか

今回はアシストとして部に貢献して、なおかつ自分でポイントも取れれば良いという感じで臨みました。

――きょうのご自身のコンディションはいかがでしたか

走るまでは調子が良いのか悪いのか分からなかったのですが、走り始めてからは思った以上に走ることができたので良かったと思います。

――アップダウンの激しいコースでしたが、走ってみていかがでしたか

自分は東京都の出身なのですが東京都の大会は結構この会場で行われるので、自分にとっては慣れたコースで走ることができました。

――このコースに対して特にプランを立てるということはありませんでしたか

そうですね。自分はいつもどおりに走るようにしていました。ただ部のプランとして、逃げがあればそれに対してチェックをかけていっしょに逃げて、そこで何かあれば遅くしたり速くしたりというのをやろう決めていました。

――他に部としての作戦は何かありましたか

勝ち逃げではない逃げは僕たちがチェックに入って、金子さん、孫崎さん、中川が勝ち逃げに乗れるよう、そしてその3人が勝てるようにというのが今回の部のプランでした。

――今回は序盤でのリタイアとなってしまいましたが、どういった点がうまくいかなかったのでしょうか

今回は落車してしまったのですが、その原因が新しいタイヤの皮むきがきちんとできていなくて完全にグリップを失ってしまったためなので、レースが始まる前から負けていたというか意識が足りなかったなと反省しています。

――初めてのインカレの舞台でしたが振り返っていかがですか

どの選手もみんなここに懸けてきているのですごく盛り上がっていて、最後にゴールした時はどこの学校も感動するような場面があってやはりインカレは凄いなと感じましたし、次回はこの舞台で活躍したいと思いました。

――同学年の中川選手が3位に入りましたが、やはり刺激はうけましたか

鳥肌が立つぐらい凄くびっくりして、本当におめでとうというのが一番ですが、中川に近づけるよう、来年は追い越すまでとは行かなくてもアシストできるくらいの選手になりたいと思いました。

――今後のシーズンへの意気込みをお願いします

この後、欧州遠征が控えているのでそこで学べるものは学んで帰ってきて、今後の国内のレースではそこで学んだことを生かして頑張っていきたいと思います。