漕艇部

2014.09.15

第92回全日本選手権 9月11~14日 埼玉・戸田ボートコース

無冠に終わるも、それぞれの集大成示す

 ついに迎えた大会最終日。現体制でのラストレースとなるだけに、それぞれ強い思いを胸に決戦へ挑んだ。決勝の舞台に立った女子部の3艇は銅メダル2個、4位入賞1艇という結果に終わったものの、男子舵手付きペア、女子舵手付きクォドルプルは順位決定戦1位と有終の美を飾った。そんな中、「楽しかった、後悔はない」と晴れ晴れとした表情で最終レースを振り返った4年生たち。結果を残すことはできなかったものの、4年間の漕艇生活を笑顔で締めくくることとなった。

(記事 細矢大帆)

★全力疾漕でワセダの意地見せる(男子部)

 決勝に駒を進められなかった男子部は最終日に残った3艇全てが順位決定戦に回った。最初に出漕したのは舵手付きペア。スタートから遅れたワセダは1500メートル地点まで3位と厳しいレースを強いられる。しかし、ラストスパートで艇に勢いを付けると一本一本のストロークでライバルたちを追い詰める。ラスト250メートルで敵を捉えると最後には抜き去りトップでフィニッシュした。「10年間のボート生活の集大成を見せられた」(田崎佑磨副将、スポ4=茨城・潮来)と語る会心の漕ぎを見せた。次に出場した舵手なしフォアも手に汗握るレースを披露する。500メートル地点で1位の立大に約一艇身半出遅れる。中盤になってもその差を一向に詰められないワセダだったが最後まで試合を諦めない。差し切ることこそかなわなかったもののその差2秒と惜しい敗戦となった。

逆転勝利を演じた舵手付きペア

 エンジの主役であるエイトは最後に登場。序盤は全クルー並漕する展開。最初に抜け出したのは前年度優勝クルー・NTT東日本。ミドルスパートで差を付けられたワセダは大きく離された。前年度王者が動いたことで戦況は動く。ワセダは並漕していた中部電力と接戦を演じることとなった。中部電力に一歩リードを許すが粘りの漕ぎで追漕する。最後には怒涛のラストスパートで中部電力に詰め寄るも一歩及ばず3位。全体7位で終わった。4年間不動の対校メンバーとして活躍した青松載剛主将(スポ4=京都・東舞鶴)は「全日本優勝が夢ではなく目標となるようなクルーをつくってほしい」と後輩たちへ思いを託した。

 3艇共に勝利にこだわる姿勢を見せた男子部。結果は伴わなかったものの、勝負を諦めない4年生の姿は後輩に受け継がれるだろう。新主将に就任した長田敦(スポ3=石川・小松明峰)は来季こそは「勝てるワセダというものを実現したい」と語る。先輩たちの果たせなかった『日本一』を現実のものにするために。チームワセダは新たな船出を迎える。

(記事 辛嶋寛文、写真 加藤千暁)

★結果以上に納得のレースを展開(女子部)

 エース艇の衝撃の敗戦から1日。「いつも通りにやろう」(谷川早紀、スポ4=愛媛・今治西)と、女子部は気持ち新たに最終日に臨んだ。決勝の先陣を切ったのは女子舵手なしペア。辛島瑞加女子主将(スポ4=東京・富士見)が「勢いをワセダに、女子部に残せるように」と意気込み臨んだレースであったが、インカレでもしのぎを削り合った名古屋大、立命大に先行を許す展開に。中盤以降ピッチを上げ猛追するも2位に約半艇身及ばず3位に終わった。

 続いて登場したのは予選を全体1位で通過したダブルスカル。第2クオーターまでトップに立つも後半やや艇の伸びが落ちる。その隙を突かれインカレ1位の富山国際大、関西電力小浜に屈し3位。目標の金メダルに届かなかったものの最高の舞台での一戦に、「こんなに幸せな終わり方はない」と望月みづほ(スポ4=埼玉・大宮)はすがすがしく語った。急造クルーながら決勝に駒を進めたエイトは苦手の逆風に苦しみ、後半他艇に遅れを取る。結果は4位とメダルに届かなかったものの、堂々とした漕ぎを披露した。

敗戦に天を仰ぐ木野田(左)と望月

 そして順位決定戦へ回った舵手付きクォドルプルは「(決勝も含め)どこよりも速いタイムを出そう」(奥山瑞恵、教4=東京・富士見)と、女王としての威厳を守るべくラストレースに臨んだ。準決勝で大きなミスのあったスタートを克服し、第1クオーターで一気にトップに躍り出る。その後も終始盤石のレース展開を披露しトップフィニッシュ。タイムも優勝した日体大と同じ7分08秒。逆境に立たされた5人であったが、有終の美を飾った。

 無冠に終わった今大会。結果は決して満足できるものではないだろう。それでも選手たちの表情が晴れ晴れとしていたのはやり切った達成感があったからこそ。辛島をはじめとする4年生が抜け、新体制は土屋愛新女子主将(スポ3=新潟・阿賀黎明)がけん引することとなった。再び最高峰の舞台で輝くために――。誇りを受け継いだ精鋭たちの『挑戦者』としての1年がいま、始まろうとしている。

(記事 細矢大帆、写真 三佐川唯)

結果

▽男子部

【舵手付きペア】(順位決定戦)
C:藤川和暉(法2=東京・早稲田)S:田﨑佑磨(スポ4=茨城・潮来)B:角南友基(スポ3=岡山・関西)7分45秒97【1位、全体5位】

【舵手なしフォア】
S:木金孝仁(社2=東京・早実)3:小林大河(国教4=東京・早実)2:藤井英貴(スポ2=東京・本郷)B:和田優希(教3=滋賀・膳所)6分34秒53【2位、全体6位】

【エイト】
C:中村拓(法3=東京・早大学院)S:長田敦(スポ3=石川・小松明峰)7:青松載剛(スポ4=京都・東舞鶴)6:石田良知(スポ1=滋賀・彦根東)5:是澤祐輔(スポ2=愛媛・宇和島東)4:竹内友哉(スポ2=愛媛・今治西)3:正垣克敏(スポ4=熊本学園大付)2:内田達大(スポ1=山梨・吉田)B:石橋広陸(スポ1=愛知・豊田北)6分04秒26【3位、全体7位】

▽女子部

【舵手付きクォドルプル】(順位決定戦)
C:奥山瑞恵(教4=東京・富士見)S:榊原春奈(スポ3=愛知・旭ヶ丘)3:土屋愛(スポ3=新潟・阿賀黎明)2:谷川早紀(スポ4=愛媛・今治西)B:佐藤紫生乃(スポ2=宮城・塩釜)7分08秒92【1位、全体5位】

【舵手なしペア】(以下決勝)
S:土井鈴奈(教2=埼玉・浦和一女)B:辛島瑞加(スポ4=東京・富士見)7分55秒54【3位】

【ダブルスカル】
S:木野田沙帆子(スポ1=青森)、B:望月みづほ(スポ4=埼玉・大宮)7分41秒09【3位】

【エイト】
C:亀本咲季子(人2=埼玉・浦和一女)S:坂内千紘(商4=東京・日比谷)7:辛島瑞加(スポ4=東京・富士見)6:田口えり花(商1=埼玉・浦和一女)5:波多野響子(教2=福岡・東筑)4:土井鈴奈(教2=埼玉・浦和一女)3:石上璃奈(スポ1=長野・下諏訪向陽)2:木下美奈(スポ1=山梨・富士河口湖)B:三上千沙(スポ1=青森)7分12秒79【4位】

コメント

7:青松載剛主将(スポ4=京都・東舞鶴)

――きょうのレースを振り返って

最後のレースは悔いはないです。とにかく楽しかったです。

――レースプランは

レースプランはインカレ(全日本大学選手権)の時から全く変わっていないです。スタート出てコンスタントで伸ばす。プランとしては1500メートル地点でミドルスパートを入れて残り150メートルで一気にいくというものでしたが、実際は第2クオーターや第3クオーターでも中村(拓、法3=東京・早大学院)の足蹴りコールとかで伸ばした部分はありました。でも最後だしいつも通りやるしかないという感じでしたね。

――スパートは決まっていたように見えましたが

第3クオーターが1分35秒かかっている中で第4クオーターは1分29秒だったのでびっくりしました(笑)。6秒上がるなんて普通ありえないので。でもそこは逆に第3クオーターでもっと頑張れたかなというのはありました。スパートは他艇も気にしつつ最後上げることができたのかなと思います。

――準決勝の漕ぎからの修正は

準決勝から修正という点ではいろいろとできたかなという感じはしますが、いつも通りの漕ぎができたという点もありますね。

――ラストレースが順位決定戦となったことについて

クルーの中でも決勝にいこうという目標があって、そこに向けて練習もレースも打ち込んできました。実際はそうもいかなくていろいろ考えたりもしました。全員が負けず嫌いだし、勝ちたいという気持ちは持っているので、いつも通りの漕ぎをして勝とうという気持ちでした。

――ワセダとしての戦いが終わりましたが

全然実感が湧きません。この(全日本選手権後の)オフが明けたらまた練習が始まるかなという感じがあって、自分があしたから引っ越しをして部を離れて、一人暮らしをして何をやっていくんだろうという複雑な気持ちはあります。とにかく実感が湧かないです。

――今後の競技生活は

東レ滋賀で漕ぎます。滋賀でバリバリ漕いでバリバリ仕事して、という感じになると思います。ここからの目標はやはり全日本(全日本選手権)が目先のものにはなると思いますが、いずれはオリンピックに出て優勝してみたいという気持ちはあります。早い段階で出られればもちろんうれしいですが、いまは東京五輪のチャンスが一番大きいので現実的に考えるとそこを見据えたいなと思います。

――これからはワセダが敵となりますが

圧勝してやりたいと思います(笑)。

――下級生に期待したいことは

ことし1、2年生が(エイトに)5人乗ってインカレとかでも結果を残せたので、らいねんはもっともっとインカレにしても全日本にしてもいい順位が取れると思います。エイトも自分と正垣(克敏、スポ4=熊本学園大付)しか4年生は乗っていなくて、この二人の穴を長田(敦、スポ3=石川・小松明峰)の代の選手なりその後輩なりが埋めてほしいです。インカレ優勝、全日本優勝が夢でなくて目標とできるようなクルーになってほしいです。全日本優勝はさせませんけど(笑)。

――部を引っ張っていくことになる3年生にはどのように頑張ってほしいですか

それぞれのキャラクターが濃くて個性も強いのですが、それでバラバラになるわけではなく話し合いもできているので、全然自分たちが抜けても部を支えていくことはできるはずです。強い部にできる人はたくさんいると思います。自分としてはやはり長田、土屋(愛、スポ3=新潟・阿賀黎明)ら幹部が意思を共有してみんなを支えてほしいです。

――主将としての1年間を振り返って

あまりこういうことを言うのは良くないのかもしれませんが、自分はあまり主将に向いていないのかなと思ったりします。自分自身下級生の頃とか高校生の頃は何も考えずに漕いできて、主将になって考えることが増えました。あまり考えるのが得意ではないので…。やはり後半になるにつれて、しんどいなと思うことはありました。

――逆に主将をやって良かったと感じたことは

みんなといろんな関わりを持てたことかなと思います。監督やコーチとも必然的に話す機会も増えましたし、いままでより多くの人と関わるようになりました。いまワセダがどういう方向に向かっているのかとかが良く分かるようになりました。

――ワセダに入って良かったと思うこと、誇りに思うことは

結果が出ても出なくてもいままで1年生の最初から対校に乗り続けて日本一を目指してきたということは、いまの自分の助けになりました。部員にも「いまの4年生で対校に乗り続けてきたのはお前しかいない」と言われたり、「良く頑張ったお前は」と柄にもなくフォローされたりとかしました。「お前が対校に乗ってきたからどんな結果になっても俺はそれでいい」とかそのような言葉を掛けてくれる人がいて、それは本当に良かったです。本当に…。そのように言われて初めて誇らしく思えたかなと思います。

村田翔太朗主務(政経4=東京・早大学院)

――選手をサポートする側として、この数日間どんな思いでレースを見ていましたか

やっぱり最後という思いがありました。自分の同期がそれぞれの船に乗っているんですよね。なので、それぞれの船が一番に戻ってきてほしいという思いで見ていましたね。

――全日本が終わったいま、どのようなお気持ちでいますか

4年生の全日本って、すごい大会だなと1年生の頃から思っていたんですけど、終わってみるとあっけなくて。これでもう最後だという実感がまだないですね。

――4年間を共に過ごした同期はどんな存在ですか

部屋も結構同じだったりして、いろいろうまく繕っても全部見透かされているんですよね。楽しさだけじゃなくて、つらさを共にしてきたという感じです。

――主務としてこれまで大変なことも多かったと思いますが

そうですね。いろいろありますけど、例えばことしは監督が変わってから相模湖で合宿をしたんですけど、そういった合宿所の準備とか、アパートを借りる手配を全部やったりとか。最近ではそういう部分が大変でした。でもそれで感じるのは、マネージャーって自分だけじゃなくて、僕の代は6人いてすごく多いんですけど、1年生から含めると15人。やっぱり彼らなくしてはあり得なかったなと思いますね。同じマネージャーのみんなには本当に感謝しています。

――大変なことも多い中で、どんなところにやりがいを感じていましたか

がっと仕事が押し寄せたときに、それに全部対応していって、コンプリートしていくという自己満足の部分もあったと言えばあったんですけど、その自分のやっていたことが選手たちに伝わって役に立っているというときが一番うれしいですね。

――漕艇部に入ってここまで続けてこられたのはどうしてだと思いますか

漕艇部に入ったのは、早大学院でボートを漕いでいて、大学に入って何をやろうかなと思ったときに結局ボート以外に熱中できる、あれほど夢中になれることが他に見当たらなくて、それでボートを大学でもやってみようかなと。ここまで続けてこられたのは、濃すぎるほどの人間関係があったからだと思いますね。そういういろんな人たちに囲まれていたのが楽しかったです。いろんな人がいていい環境という感じでしたね。

――『One WASEDA』という言葉を、いま改めてどのように受け止めていますか

このスローガンは、それをただ叫んで終わっているだけではないところがすごく良いところだと思います。実際に来るOBも増えましたし。いままではたぶん部の中で学生やコーチなどが少し離れていて、OBもちょっと意見しづらいみたいなところもあったんですけど、それがお互いにウェルカムな関係になっていって、部とOB会というものがだんだん融合していっているなと感じます。せっかくみんなが一つになりつつあるので、今度は『One』の1位という部分を、僕はこれで終わりますけど、下の子たちにつかんでいってもらいたいなと思っています。

S:田﨑佑磨(スポ4=茨城・潮来)

――今大会を振り返っていかがでしたか

本来あってはいけないことですが、予選、敗者復活戦、準決勝と一本一本漕ぐごとに本当の意味で成長したクルーだったなと思います。インカレで第二クオーターで崩して、予選で第3クオーターで崩して負けて、敗者復活戦は後半崩して負けて、きょうは崩さずにむしろスタート出遅れても追い上げて追い上げて勝てた。本当にその成長は10年間のボート生活の集大成のレースだったなと思います。

――順位決定戦ということでしたが気持ちは落ちることなく臨めましたか

そうですね。僕自身インカレも順位決定で1位でした。普通レースはどんなレースでも1位になるとうれしいものです。でも、インカレの時は順位決定戦1位でも全くうれしくありませんでした。そんな中今回出たのですが、きょうはそんなことありませんでした。敗者復活戦では終わった瞬間に後ろ二人が大泣きしていて自分はそれをなだめている状況で。むしろ最後だからなのかスカッとした感じです。もちろん悔しさはあります。ただ、やった結果がこれだと思います。

――きょうのレース展開は第4クオーターで怒涛の追い上げで差し切るということでしたがそれは作戦でしたか

作戦ではありませんがスタート出して射程圏内に他クルーをとどめておく。ちょっと差すのはイメージよりは遅かったですね。ただタイミングは遅れましたけど最後、最高の追い上げで差し切れたので良かったです。

――対校エイト入りを逃しての出場となりましたが気持ちの面は違いましたか

そんなことはありませんね。確かにエイトを見ていて最後グラディウスに乗って9人で一つになることを体感して終わりたいなというのはありました。ただ自分自身本気で日本一を目指したいと思っていたのでさほど感じませんでした。

――田﨑選手は今大会で引退となりますがワセダでの一番の思い出を聞かせてください

本当にいろんなことがありました。ただきょねんが一番ですね。対校から落ちて、勝ちたくてしょうがなくてその日に掲げたクルーの目標は『最低金メダル』でした。何が何でも日大に勝つってずっと言い続けていました。練習からずっと怒鳴っていて怒鳴り損したくないし、勝ちたいってずっと思っていました。自分がやりたいようにやらせてもらいました。正垣克敏(スポ4=熊本学園大付)と中村拓(法3=東京・早大学院)の二人と一緒にクルーをしていて、あの二人じゃなかったら勝てなかったなと本当に思っています。自分がかっとなるのをなだめる正垣とうまくコントロールする中村。この二人と日本一を取れたというのは僕の学生生活の一番の思い出だと思います。

――ボートをここまで続けてきましたがやっててよかったと思う瞬間、やめたいと思う瞬間はありましたか

自分は本当にボートが大好きです。ただ練習は好きではないですね(笑)。水は本当にいろんな変化をする。たたけば固くなるし、ゆっくり入れればやわらかいし、グリップ一センチの差で全く変わってしまいます。本当に繊細です。この水から伝わる感覚が本当に好きで、「進んでるな」とか「だめだな」とか考えることが楽しかったです。これをやる度にボートやってて良かったなと思います。一方でエルゴとかつらい練習はやめたいと思いますよね(笑)。ただ、みんな言うけど本当にやってて良かったなって思います。そして、ことし一年本当に後輩に恵まれました。誕生日プレゼントも同期からだけかなとか思ってたら20個もらっちゃったり、きょねんのインカレでは対校落ちした自分に大泣きしてくれる後輩もいました。「田﨑さんと乗りたかった」って。ことしも敗者復活戦で大泣きしてくれる後輩もいて。本当に後輩と仲間に恵まれたって思えたことがボートやってて良かった瞬間です。

――田﨑選手がワセダに入るにあたって目標にしていたことなどはありましたか

僕は中学校からボートをしていて中学校3年生のときにボートを続けるか進学校に行くかで迷っていました。自分はボートを選択しました。自分の出身校はそこまで頭のいい学校ではありませんでしたが、自分は潮来高校に行ってボートでワセダにいくと言い続けていました。本当にバカにされました。塾の先生にも反対されましたが自分はボートを選んでワセダを目指してきました。自分は日大に入って強豪という決められたレールの上で勝つよりもワセダに入って日本一になるっていう目標を掲げてきました。それをかなえられたのはうれしかったです。

――ワセダを目指した理由はどんなものですか

なぜかは自分でも分かりませんね(笑)。その時の自分に聞いてみたいですね。漠然とワセダに行きたいと思っていました。高校時代は現在日大のコーチをやられている方にもお世話になっていました。ですが漠然とした目標として初めからワセダがありました。それが具現化された要因としては日本一の設備というのはあります。勉強との両立もありますし。ただ、中学校の時に突然ワセダ行きたいと思った理由はわかりませんね(笑)。

――ワセダで心残りになったことはありますか

僕は見ての通り顔が怖いです(笑)。あんま笑う方でもないので仲の良くなる部員とならない部員が二分化されちゃったのが心残りですね。普段から機嫌悪いとかではなくて顔が怖いだけなんですけど(笑)。

――副将をここまで務められてきましたが貢献できたことできなかったことはどんなことですか

見た目が怖いので部をピリッとさせることはできたかなとは思いますがそれ以外はそこまで貢献できてはいないと思います。業務はやりました。監督との調整もやりました。ただ副将として主将を支えることもできなかったし結果も残せませんでした。あまりいい副将にはなれなかったですね。

――自分たちの代で変えることのできたことなどはありましたか

いい意味でも悪い意味でもやわらかい部になったと思います。後輩たちが意見を言って伸び伸びとボートができているのは3年前とは明らかに違います。これはいい意味で部をやわらかくできたと思います。

――漕艇部がこれからどのようになって欲しいというビジョンはありますか

ここに来るOBは熱い方が多いです。本当にすごくて尊敬していますが、過去は誰でも美化されるものです。自分の過去を美化して日本一、世界一を現役に取れって押し付けるのは違うかなって自分は思います。自分はそういうOBにはなりたくないです。もちろん、ワセダに入ったら3時30分起きで早慶レガッタの練習はするし、極寒の中長袖一枚で漕ぎます。ただ、それ以外の遊び、勉強いくらでもやりたいことがあると思います。留学したくなったら行けばいいし。休学してなんかでもいいと思います。遊びたいから休むのはダメですけど、ボートやりながらも自分の好きなことをやるのが一番だと思います。死ぬ気でボートやりたいならやればいいと思います。

――なかなかいい成績を残せなかった本大会ですが後輩へどうしたら結果を残せたかというアドバイスはありますか

本当に副将がもうちょっとしっかりしていればよかったと思います。人間的にもそうですし、ボート選手としてしっかりするべきだったと思います。就活とかに負けて本気で取り組んでいないこともあったので。もっと本気で副将として漕手として精進していればみんなをもっといい結果に導けたんじゃないかなという後悔は自分自身あります。

――後輩へのメッセージ、同期への想いをお願いします

自分は後輩からしたら怖い先輩だと思います。ただ、どんなことでもいいのでボートに限らず、人生相談だったり行き詰まったら頼ってほしいなと思います。同期は最高の仲間でした。この4年間戸田で漕いできて同期は一言で言うとあっけないけど、一緒に涙流したり一晩中話したり、同期がいてうれしかったけど語り合える同期と出会えたのは一生の宝でした。

――最後に田﨑選手にとっての漕艇部での4年間はどんな4年間でしたか

人間として本当に大人にしてくれた4年間でした。

3:正垣克敏(スポ4=熊本学園大付)

――きょうのレースを振り返って

予選、敗復、準決勝と、最初の1、2クオーターで前に出られないという課題がありました。後半巻き返すというところにはあまり期待値を置けなかったので、きょうは前半で出ようと言っていて。スタートをちゃんと決めて、うちはコンスタントで減速気味なんですけど、そこで中村(拓、法3=東京・早大学院)が足蹴りを入れてくれるというのはみんな知っていたし信頼していたので、それにみんなで反応して頭を取ろうと。(きょうのレースは)頭を取るところまで行かずとも、先頭集団に食らいつけて、そこでトヨタ紡織は落ちていって、NTT東日本と中部電力とうちの争いに持ち込めたのは良かったです。でもそこからもうひと踏ん張りないままズルズルと行かれて、そこでの踏ん張りがあれば最後に中部電力は抜けたんじゃないかなと…。そこはちょっと悔やまれるんですが、でも自分個人としては、出し切れたので、すごく楽しかったです。

――前半は想定通りの漕ぎができたということでしょうか

想定通りというわけではないですが、この4日間漕いでいて、一番良いイメージでは入れていたかなという感じですね。

――ラストスパートでは見事な追い上げを見せていましたね

あまりラストスパートは当てにしていなくて、1500メートルで出し切ってもいいから前に出ようという気持ちの方が強かったです。なのであれは、「これで終わりたくない」という俺らなりの意地があったが故のラストスパートだったと思います。みんなたぶん、「これで終わりたくない」、「中部電力が見えているから差したい」という気持ちがあったからこそ最後に力が出たんだと思いますね。

――きのうのレースからの気持ちの切り替えは

きのうが一番悪かったんですよ。インカレでもあんなレースはしなかったし。少し逆風は吹いていたとはいえ、もうバラバラで。なので「もったいないよ」と。(きょうのレースでは)自分たち以外は全部社会人で、いい大人が自分たちを全力で倒しに来てくれるんだから、全力で迎え撃てと言いました。あとは楽しもうとみんなで言っていましたね。

――きのうはバラバラだったということですが、きょうはまとまって漕ぐことができましたか

そうですね。みんな頑張ってくれたと思います。最後追い詰めたということもあるし、やればできるんだという、こいつらまだまだ強くなれるという確信がそこで得られたし、そういうのを全部踏まえて楽しいレースでした。最後レースが終わった後、まあ順位は7位なのでみんな少し下を向いてしまっていたんですけど、「最高に楽しかったぞ!」と大声で言ったら、みんな大声で返してきてくれました。楽しかったというか、満足したというか。ああもう十分だと。みんなが下を向いて悔しがっていたのもすごくうれしかったですね。満足したら満足した時点で終わりな気がして。青松(載剛主将、スポ4=京都・東舞鶴)はまだ(社会人で)続けるし、たぶんあの場で満足しちゃっていいのは自分だけだったと思うので、みんなが満足していないのを見てほっとしました。レースが始まる前から、どんな結果になろうともう満足しちゃっていたので、自分の中ではもう十分だと。何一つ後悔なく自分は卒業できるなと。

――正垣選手にとって、今回のクルーはどんな存在でしたか

自分は対校エイトから2年離れていて、1年生のときも数合わせみたいな感じだったんですよ。それで(1年生のときは)最後の最後まで怒られていて。お前のせいで負けたと言われたりして、それが何よりも申し訳なくて、もう部を辞めてしまいたい、何で青松はあんなにできて俺はできないんだと本当に悩みました。だからこそ1年生のときの俺みたいな存在をつくりたくなくて、今回1年生が3人乗っていたけど、足を引っ張って終わったという印象を少しでも与えたくなかったので、クルーを組んでからは、自分の持っているものを後輩に全て与えようと思いました。少なくとも自分が足を引っ張っているという感覚をなくさせて、この9人の一員として全日本で7位まで来られたことには自分の貢献もあるんだということを思わせたかったですね。誰が駄目とかじゃなくて、全員で一つなので。(クルーは)もう兄弟みたいな感じです。世話の焼ける弟たちができて、すごく充実していました。

――4年間を共にしてきた同期に向けて

同期はそこまで個性が強くないんですけど、結構みんな他人を思いやったりしていて、自分でガンガン行く我の強さはそんなにないんです。それが故に自分の意見を飲み込んじゃったりとか、ミーティングを学年で開いたときにいつも言っていないことが爆発して困惑したりとかはあったんですけど、たぶんこの代じゃないと自分はこうならなかったと思います。部に入ってこの同期と出会っていろいろなことを考えて、考えていくうちにそれが自分の一部になっていきました。同期のおかげでいまの自分があると思いますし、これから先もいまのままの自分でいて良いんだなと思わせてくれたのもいまの同期ですね。たぶん一生感謝すると思います。

――最後に後輩に向けてメッセージをお願いします

毎日の練習が戦いで、朝早い練習とか、その全部が戦い。部員同士での、こいつには負けたくないという思いも戦い。クルー同士での意見のぶつかり合いも戦い。一緒に考えることすらも、楽しい話をすることも、日々の日常全てが戦いで、レースが始まったら、戦うんじゃなくて、純粋に勝利のために突き進む集団であってほしいです。戦うために練習しているんじゃなくて、勝つために練習している。だから、戦いは毎日の練習というか日々。そういう組織になってほしいです。そして、俺たちはあしたから艇庫にはいないけど、俺たちも一緒に戦います。

S:長田敦(スポ3=石川・小松明峰)

――全日本を終えて率直な気持ちを聞かせてください

全日本で4日間漕ぎましたがうまくいかないことの方が多くて、正直悔しい気持ちの方が多いですね。4日目に関してはいつも通りというかベストに近いパフォーマンスができたので、それを予選とか準決勝で発揮できていればとか思いますが、そういうところにワセダの弱さが出たなと思います。

――順位決定戦のレースを振り返って

前日の準決勝で力が入ってオーバーペース気味になっていたので、自分が一番前で漕いでいるということでレースプラン通りというかみんなを引っ張る気持ちで漕いで、結果としてきのうより全然タイムも良くて社会人とも張り合える漕ぎができたのできょうは良かったと思います。

――レースプランはどのようなものでしたか

4日通してレースプラン自体は変わりませんが、少し出られてもいいという気持ちで漕いで、中盤で一気に相手を詰めて離そうというレースプランでした。きょうは中盤にきのうできなかった粘り強く漕ぐことができたので良かったと思います。

――準決勝のレース後に話し合われたことは

全員がきのうのレースには納得していませんでしたが、翌日には最後のレースが控えているということでもう一回気持ちを一つにして、基本というかいままでやってきたことをやろうと話しました。

――どういうモチベーションで順位決定戦に臨みましたか

僕たちがタイムからしても一番遅くてダントツの8位だと分かっていたので、1チームにでも勝とうという気持ちで臨みました。

――準決勝では艇のリズムが全体的に良くありませんでしたが順位決定戦ではいかがでしたか

同じペースで漕ぐ方が疲れないのですが、きょうはいつも狙っている通りの良いリズムで漕げたなと思います。

――7位という結果に関しては満足していますか

インカレですぐそこにいた一橋大とか日大が表彰台まで上っているので、僕たちにももう少しできたのではないかなというのは後になってですが思います。

――インカレと全日本の感想を

インカレの時は僕たちは神奈川県で合宿していて戸田には全然いなくて、練習で相手と競うこともなくて自分の力が本当に通用するのか不安な気持ちもあったのですが、悔しいですが3位になれていままでのワセダにないような漕ぎができました。インカレの時は全日本ではもっといけると思っていて、いざ全日本になると予選から社会人相手に現実を見せられて敗者復活戦でも社会人に負けて、自分たちの力がないとか思っていましたが、最後は気持ち一つになることができました。インカレ、全日本と僕自身もそうですがワセダも成長できたのではないかなと思います。

――今シーズンはどんなシーズンでしたか

僕自身3年目で、年がたつごとにすごく緊張してきて、ことしのインカレも昨年にないくらいすごく緊張して、全日本もすごく緊張しました。ことしは最後の先輩がいる年だったのでどうしても良い結果を残したいとずっと考えていましたが、早慶戦でも負けて軽量級(全日本軽量級選手権)でもうまくいかなくてずるずるきてしまいました。ことしはいままで以上に学ぶことが多かった年かなと思います。

――引退する4年生に対して

結果が出せなかったのは4年生からしたら自分たちのせいだと思うかもしれませんがそんなことはなくて、僕たち後輩の責任もあるので。背中を見てきてすごい先輩だと思うので、引退する時は胸を張って引退してほしいです。

――青松主将(載剛、スポ4=京都・東舞鶴)はどのような主将でしたか

少し口ベタで、やることをちゃんとやって背中で語るような人でした。青松さんとは1年生のころからずっと同じ艇に乗っていて、上からなんですけど成長したなと思います(笑)。

――来季に向けて意気込みをお願いします

僕が引っ張っていかないといけないと思います。いままで自分が入ってから3代の先輩方が引退して、全員締めが悪くて悔しそうな引退の仕方でした。僕も胸を張って引退したいですし、後輩にも僕が言っているのと同じことを言わせたくないので、しっかりチームをつくって勝てるワセダというのを実現したいです。

C:中村拓(法3=東京・早大学院)

――きょうのレースを振り返って

きのうまで、どうしても自分たちの力が出せないで不完全燃焼みたいなかたちだったので、もう一回気持ちを整理して、自分たちの力を出そう、自分たちのやってきたことだとか自分たちの最大限のパフォーマンスを出そうということを狙っていきました。結果、個人的にはもっと力はあると思うんですけど、みんなの気持ちを一つに戦えたと思います。

――きのうのレースの後、クルーの皆さんと話し合われたのでしょうか

はい。毎試合後みんなで話し合って、一人一人意見を言っているんですけど、きのうはみんな同じことを考えていました。自分たちの力が出せていないってみんな感じていたので、そこだけに集中して、あまり新しいことをせずに淡々と漕ぐっていうことをみんなで確認しました。

――話し合いのなかでレースプランなどは決められたのですか

プランというか、スタートから自分たちの力を出せればそれなりの位置にはつけるし、勝負できるのは分かっていたので、特にプランはなかったです。準決勝まで前半離れすぎて後半決め切れないっていう展開が多かったので、そこをクルーのなかで確認して、前半からアグレッシブに、一本一本気持ち込めて、前半から勝負していくというような認識はみんなにあったと思います。

――中盤以降、少しずつNTT東日本に差を広げられてしまいましたが

スタート過ぎの750メートルぐらいまでは良いペースできていたんですけど、その後中盤からの伸びていくところで、自分たちは前半粘って中盤から後半勝負するってイメージがあったんですけど、そこの伸ばしていきたいところでちょっと(ペースを)崩しちゃって、思うように進められなかったので、そこが(差が)開いてしまった原因かなと思います。

――中盤でペースが崩れた原因は何だと思いますか

どこから崩れたというのはないんですけど、サイドの方で押すポイントがずれちゃって、曲がっていくのがすごく大きくて、そういう癖が出てしまいました。中盤粘れている中、もう一歩のところでそこが出てしまったのかなと思います。

――終盤のスパートで中部電力との差を縮めました

タイムを見ても6秒上がりましたし、自分も追い付きたい一心で必死にコールをしていたので、あまりスパートの内容を正確に振り返ることはできないんですけど、一人一人の気持ちがこもってスピードはすごく出ていたと思うので良いスパートだったかなと思います。いつもよりも早いタイミングで(スパートを)仕掛けたんですけど、よく反応してくれて、最後はやっぱり差し切りたかったので、そこは残念でした。

――順位決定戦で出したタイムをどのように捉えていらっしゃいますか

はっきり言って逆風は得意ではなかったので、タイムを意識したことはあまりなかったんですけど、決勝と順位決定戦のタイムを見たときに、決勝のレース3位の一橋大に(タイムで)勝っていたので、初めてタイムを見たときに自分たちの力を出せたと感じたので、もっともっと良いパフォーマンスを出せたのかもしれないんですけど、自分たちの力が最後に総合的に出たのかなという気はします。

――全日本を振り返って

インカレが終わって、もう一回ステップアップを狙っていました。練習ではすごく良いイメージでできていて、あとはそれを(レースで)出すだけだったんですけど、自分たちで力が上がってきているということを感じた上でのレースだったので、インカレと違ってプレッシャーがあったのかなという気がして、若いクルーでもあったので、そこが結果的に本番予選一発目からの自分たちの最大限のパフォーマンスを出すことができないっていうところにつながったのかなという気はしています。練習でやってきたことをそのまま出すっていうのは本当に難しいことで、練習でやってきたことをそのまま出せたら優勝できたかというとそこも分からないんですけど、本番で(実力を)出す練習、緊張感であったり、本番で力を発揮できるクルーを今後つくっていきたいと個人的には思いました。

――4年生は今大会をもって引退されますが、今後ワセダの男子エイトではどういったクルーを目指していきたいですか

エイトだったら(メンバーが)9人いるわけで、その9人の力が合わさって初めて一つのスピードになると思っています。9人の力が合わさるっていうのは、1を9つ足したら単純に9になるというわけではなくて、そのなかには、意見をぶつけ合ったりとかそれぞれが主張して初めて分かることもあるし、一人一人の力を総合的に結集して初めて強いクルーになれると思います。今回は若いクルーで、そこを自分も意識しつつ下級生に話を聞いたりしていて、少しずつみんな意見を言うようにはなっていたんですけど、もっともっと一人一人が自分を出して、もっともっとまとまって9人で戦える、そこの完成度を上げていきたいと思います。

――新しくチーフコックスを務められるそうですが

もっとコックスにしかできないことだとか、コックスだからこその視点があると思うんです。クルーに乗ってそれぞれコックスが言うことはあると思うんですけど、もっと普段からコックスが漕ぎを見てあげたりとか自分から率先して漕手のトレーニングに付き合うとか、もっともっとできることはあると思うので、まずそこの意識改革をコックスの中でして、一人一人がもっと部のためになれるようにコックスとしてやっていきたいです。コックスのなかでもっとコミュニケーションをとって、道具の管理だとか、そこがベースになると思うし、今回もそういうアクシデントがあったので、それが絶対にないように普段から着実に仕事をこなせるようなそういう仕組みをつくっていきたいと思います。

3:小林大河(国教4=東京・早実)

――どのようなレースプランで臨まれましたか

最初から格上の相手だというのは分かっていて、練習試合をやったときに12秒差という普通では考えられないような秒差をつけられていて、客観的に見て明らかに負け試合でした。なので最初から頭押さえて、気持ちでぶつかろうと思っていました。

――試合直前、何か声掛けなどされましたか

ずっと俺のために漕ぐなとは言っていたんですけど、それでもこのクルーで漕ぐのは確実に最後で、他の3人がこの先組むこともないだろうと思うので、最後の最後、このクルーを完結させようと声を掛けましたね。

――きょうの試合を振り返って

さっき、最初出たいって言ったんですけど、最初に向こうに出られてしまって、そういうときのレースはいままでの展開だと一回も勝ったことがなくてジリジリと自滅していって負けてしまっていたんですけど、今回は本当にみんな気持ちを強く持っていました。中盤1000メートル終わったところで、自分は前から2番目の3番(というポジション)で、前には2年生の木金(孝仁、社2=東京・早実)がいたんですけど、彼に「立教いるぞ!」と声を掛けたらすごくスピードを上げてくれて、最後は死ぬ気のスパートで終われてそういう意味だととても気持ち良く終わることができました。何も後悔はありません。

――優勝をかけたレースではありませんでしたが、どのようなモチベーションで臨まれましたか

本当にその通りで、みんなきのう本気でかけていたのに負けてしまって、5位から8位まで決めてどうするんだとも思ったんですけど、さっきも言ったようにこのクルーを完結させること、インカレでも強豪であった立大に勝つことで、気持ち良く終わらせようと思って臨みました。

――試合を終えて

終わった瞬間、俺以外の3人が泣いてしまって俺だけ「気持ちよかった!」という感じで(笑)。本当に何の後悔もなく終わることができました。クルーメンバーはもちろん、自分たち相手に本気でぶつかってきてくれた立大にも感謝したいです。

――エンジョイローイングを目標に掲げられていましたが

そうですね。それができたからいまこうして笑っていられるんだと思います。普段涙もろい自分が、なぜかきのうもきょうも泣けなくて(笑)。いいかたちでエンジョイローイングを完結させることができたかなと思います。

――4年目の今大会、どのような大会となりましたか

自分としては、対校エイトを降りてクルーキャプテンを任されてから初めての大会で、それの結果としてのインカレでの敗北に責任を感じていて、実力のあるクルーなのに自分のリーダーシップ不足のせいだと思っていました。なので、「降ります」と言っていたんですがコーチがこのままでいくと言ってくれて。異論はあったんですけど、自分を信じてくれたコーチとクルーメンバーを信じてみようと開き直って、いくしかないなと覚悟を決めて臨んだ大会になりました。

――いまの率直な気持ちをお聞かせください

ずっと僕は人より練習が嫌いで逃げる口実を考えていたりもしていたんですけど(笑)、それでも最後のここ1週間くらいは何でここにいるのかということを考えていたりして、自分はボートが本当に好きなんだなと思いましたね。

――ワセダの漕艇部員として過ごした4年間はどのような4年間でしたか

充実していました。いま、つらかったことが頭をよぎったんですけど、そういうこともいまの気持ちへの軌跡だったのかな、この瞬間のためにいままでがあったのかなと思います。

――後輩の方へ伝えたいことは

インカレが終わって、このクルーでやることになったんですけど、それ以外にも選択肢はシングルスカルだったりダブルスカルだったりありました。それでもこのクルーでできて良かったと思います。なので、その時に選択した自分を信じてあげること、後悔したとしても自分はその時この選択がベストな選択だったんだと思うこと。毎日悩んで考えて、生きていってほしいと思いますね。

――感謝を贈りたい方はいますか

戸田の全ての人に感謝したいです。ボートはすごくつらい競技で、2000メートルを通して絶対途中で力を抜いたり、負けが決まっているからと諦めちゃう人もいると思うんですよ。でもそういう人が戸田にはいなかった。どんなレースでも、自分に対して全力で戦ってくれた。そういう環境って実はなかなかないんじゃないか、これだけボートに対して熱く真剣に最後まで漕いでくれる仲間とそういう環境をサポートしてくれるマネージャーたち、それを取材してくれる早稲田スポーツ新聞会さん。すべての方に感謝したいです。

――今後どのようなかたちでボートに携わりたいとお考えですか

10年後、20年後よりもいまの自分がボート人としてベストな状況にいると思うので、1ヶ月後の新人戦でコーチや手伝いをして、自分はボートから身を引きたいなと思います。

――これからのワセダに期待することは

一人一人が、ワセダが最高だと思えるような部活になって欲しいですね。

B:辛島瑞加女子主将(スポ4=東京・富士見)

――本日のレースの前の意気込みや各クルーの印象は

最終日ということで4年生に関しては「4年生が後輩を引っ張っていくぞ!」という意気込みでやっていたなと思います。私はペアとエイトに出たのですが両方、優勝することだけを考えて、あとは「できる」と思った人にしか勝利はつかめないと思うので「できる」というふうに思ってやっていました。

――本日のレースプランは

ペアもエイトも最初から攻めて第2、第3クオーターでほぼ200メートルごとかもっと間隔狭く、アタックを、足蹴り10本とか…とにかく攻めたレースを考えていました。

――レースプランを受けて、実際のレースはいかがでしたか

ペアに関してはスタートから600までレートを落とすことなく一気に行って、また600、あと1100も200ずつロングスパート入れて、あとはラストにスパート入れるという感じでした。エイトもペアとほとんど同じ感じで、でも相手が入れたら入れるって感じだったのでエイトの方が足蹴り多かったですかね。

――エイトでは激しい3位争いが繰り広げられました

最初に出たのでもう少し艇身差を生かせたらよかったなと思います。あと、並ばれたところで皆でレートを上げていこうと言っていたんですけど、そこで逆に回すだけになってしまったなというのは思っていて、3位になれてもおかしくはないという感じでした。そこは、勝ち方があるなと思って、1年生が多くてそこがちょっと伝えきれてなかった部分があるので、後輩には勝ち方っていうところをこれから学んでほしいと思います。

――ペアでは3位入賞となりました

やはり優勝を狙ってきたので、それができなくて悔しいって思いはあるんですけど、勝負を仕掛けて、仕掛けて、この順位だったのでやりきることができたと思っています。

――ワセダの選手としての最後のレースが終わりました。率直にいまの感想をお願いします

私は大学からの未経験で本当にこの3年半、迷い込んだ感じだったんですけど、本当にすべてのことに全力で臨めたなと思っています。結構私は「もっとできたんじゃないかな」と思う人で、自分に対して良く頑張ったなと思うことは少ないんですけど、この3年半を振り返ると初めて自分に「良く頑張ったね」という言葉を言ってあげたいなと思いました。すごくいい先輩といい同期、いい後輩に恵まれて、本当にこの部活に入れて幸せだなと思います。

――一般入試、未経験組での初主将でしたがつらかったことは

そうですね、早慶戦の選考に落ちて、自分が引っ張っていかなきゃいけないというのをOBの方々にも示したいときに自分がレースに出ることができないというのがつらかったです。でもそこから自分なりに特色のある代をつくっていきたいという考えが生まれて、ミーティングとかで後輩に自分の熱い思いを伝えたりとかしていたので、本当に一人一人の人間関係を大切にして1年間やってこられたなと思います。

――特色のある代とは、一言で言うとどのような代ですか

うーん、そうですね。つなぐ代になったかな。やっぱり4年生と後輩で組むことが多いクルー構成だったので、そこで後輩にボートに関してもほかの考え方にしても何か伝えられたかなって思います。

――逆にうれしかったことは

主将をやる前はやっぱり、すごい成績を高校時代に残して入ってきた人が多いので、みんな自立していて、結構相手のそういった部分は守りつつという感じで割と関わらない人もいたんですけど、積極的に関わるようになって、そうするとその人の頑張っている部分とか努力していることとか見えて、主将としてその人のそういう部分を支えてあげたいなとか生かしてあげたいなと思っていろいろ関わる中で私が主将でよかったという言葉をかけてもらった時はうれしかったですね。あと、インカレで私の代を成功させたいって後輩が言ってくれて、「ゴールで待っててください」とすごく頼もしい言葉をかけてくれたのはワセダで良かったと思いましたし、この代で主将ができてよかったなと本当に思います。

――後輩に向けての言葉はありますか

まず土井(鈴奈、教2=埼玉・浦和一女)には本当に3カ月間二人きりだったんですけど、「ありがとう」という言葉を伝えたいです。最初はどうなることかなって心配してたんですけど、土井はいつも私のことを考えてくれて、私はラストレースを土井と組めたからこの結果が出せたし、土井とクルーが組めて本当に幸せでした。後輩については、まず3年生。技術はピカイチなので、自分たちの漕ぎで表現して後輩たちを引っ張ってほしいなと思います。1,2年生は元気よく。でも時には自分の意見も先輩に言って、支えていってほしいなと。全体的にはワセ女の堂々たる姿を忘れないでほしいと思いますし、漕艇部にいることに誇りを持ってほしいと思います。

――ワセダの漕艇部ですごした4年間でご自身のターニングポイントは

2年生の軽量級で同期と組んだレースですね。だいたい、入部してから1年目の試合で全日本級2位ということでした。入部当初私は4年生になってからでないと全日本級は出られないと言われていたんですが、もしかしたら自分はやってみたらできるんじゃないかっていう思いが生まれて、そこからは自分で勝手に限界を決めないようになりました。私の競技者としてのターニングポイントですね。主将としては、きょねんのインカレで2週間前にクルーを変えて臨んだ試合だったんですけど、そこで先輩に頼っていないで自分でどうしたら速くなるかを考えてやるようになったのが主将としての第一歩だったと思います。

――競技者としてボートは続けられますか

先輩方とかにはよく、納得ができなかったから卒業後にも続けられる方もいるんですけど、私は続ける気はなくて、本当にお腹いっぱいという感じです。やりきれて本当に満足しています。

――感謝の気持ちを伝えたい方は

うーん、まあ全員なんですけど、中でも同期には特に感謝しています。私たちの代は20人で人数が多いんですけど、男女ともに本当に仲が良くてOFFとかも遊びにいったりしてたんですけど、同期の存在があったからいままで乗り越えられてきたと思います。女子に関しては本当にいっぱい支えてもらって、同期といるといつも笑顔だったので、厳しい環境の中でもすごく毎日楽しく過ごせました。同期には絶対的な信頼を置いているので、一生関わっていきたいです。あとは親です。私は学校から自転車通学できる位置に実家があるんですけど、それなのに一人暮らしを認めてくれたりとか、毎回試合に応援に来てくれたので、親にも本当に感謝しています。

――最後にこれからのワセダについて聞かせてください

新体制に代わって確実に部全体に活気が出ているなというように思います。次の主将は長田敦(スポ3=石川・小松明峰)と土屋愛(スポ3=新潟・阿賀黎明)なんですけど、カリスマ性があるというか、自分で表現して引っ張っていくことができると思うので、らいねんはあの二人を中心に皆がまとまっていくと思います。これからはわたしもOGとなるんですけどずっと後輩のことは見ていたいなと思うので、本当に期待しています。

B:望月みづほ(スポ4=埼玉・大宮)

――きょうのレースを振り返って

朝起きた瞬間から優勝できると思っていたんですけど、やっぱりなかなか甘くないというか。スタートから1000メートルまでのレース運びは悪くなかったかなと思うんですけど、個人的にはそんなにオーバーペースで入ったつもりもなくて、良い感じできているなと思っていました。あとから聞いた沙帆子(木野田、スポ1=青森)はオーバーペース気味だったらしくて、確かに後半結構ばてていたので、私も舞い上がってしまって回しすぎちゃったかなというのはありました。でも3位という結果に終わってしまったんですけど、2000メートルの間すごく楽しくて、応援の声もずっと聞こえて、全日本という最高の舞台で、テレビにも放送されて、こんなに幸せな競技人生の終わり方はないなと思うようなレースでした。

――第2クオーターまでのレース運びについて

たぶんデンソーが一番スタートは速いからスタートは(デンソーに)出られても1艇身以内で付いていって、最終的に競るのは富山国際大なのでその位置もしっかり確認しながら、というのが私の考えていたプランでした。1000メートルの地点でデンソーとは同じくらいだったんですけど、富山国際大からは半艇身ぐらい出ていたので、これなら優勝できると思って漕いでいました。前半でスパートとか足蹴りとか結構入れまくったので、結果的にはちょっと突っ込んだレースになったのかなと思います。

――中盤以降は富山国際大と関西電力小浜に追い上げられましたが、原因は何だと思いますか

一番はミスオールがあったのでそれかなと思うんですけど、ミスオールがあるのはやっぱりさらに深い原因があるわけで。きょうは風の向きが横で、普段慣れない中継放送によるモーターの波がまだ残っていたりして、結構不安定ななかずっと艇を進めていたので、ちょっと気を抜いた途端に若干蛇行して、それを2人で戻そうとしてミスオールがあったので、まっすぐ真後ろに進めるということをインカレが終わってからやってきたつもりだったんですけど、ちょっとしたコンディションの不良でオールを取られてしまうということがまだ改善しきれていなかったのかなと思います。

――インカレで負けた富山国際大を意識していましたか

予選や準決勝のタイムを見ても「(決勝の相手は)富山国際大だな」、「打倒富山国際大」という感じだったので、私は意識をしていて、「やっと(インカレの)リベンジができるね」と沙帆子とも話していました。

――望月選手にとって初めてとなる全日本の決勝レースでしたが、緊張はありましたか

いやもう全然緊張しなくて、とにかく全部最後なので、全部楽しんでやろうという気持ちであとはもう勝てると信じて疑わなかったので、「やっと勝てる」と思ってわくわくしていましたね。

――実際に全日本の決勝レースを漕いでみていかがでしたか

1000メートルまではトップで、息もつかせないような順位がコロコロ入れ替わるレースだったので、もちろんずっと勝つために2000メートル漕いだんですけど、やっぱりボートってすごく楽しいなと。ダブルスカルなので私が全部指示をして艇を動かすので、駆け引きとか相手がどこでスパートを入れてくるかとか、「いまここで離されたら終わる」とか、そういう一挙一動が楽しくて、そういう意味では個人的にはとても幸せなレースだったなと思います。

――漕艇部での4年間を振り返って

私は高校時代は全く振るわない選手で、でも自分の力を高めたいという一心でワセダに入りました。最初は先輩もとても強い方が多くて、思い違いのところに来てしまったという思いが強かったんですけれども、それでも自分なりに課題を見つけて、それをいろいろな人に支えられながら克服して、っていうのを繰り返して、早慶戦であったりとかインカレ、そしてきょうの全日本決勝と本当にたくさんの舞台に立たせてもらって、そのたびに自分を成長させることができました。なかなか語り尽くせないんですけれども、濃い4年間を過ごせたと思います。きょうで終わりって思ったときに、きっともう日本一をこんなに本気で目指す機会なんてないと思うので、こういう当たり前のように日本一を目指す集団に4年間いられたことは本当に幸せで、かけがえのない時間だったなと思います。

2:谷川早紀(スポ4=愛媛・今治西)

――きょうのレースを振り返ってみていかがですか

後輩がとても頑張っていて、中盤でバウの佐藤(紫生乃、スポ2=宮城・塩釜)が私と奥山に「早紀さん奥山さんいこう」と言ってくれたのが1番印象的でしたね。決勝にはいけなかったんですけど、余裕を持ってレースができました。順位決定戦でタイム優勝を狙おうと話していたのですが、いいタイムがでて良かったしいいレースができたと思います。

――予選や準決勝で腹切りをしてしまうアクシデントがあってからの順位決定戦でしたが、どういった意気込みで臨まれましたか

本当にいつも通りにやろうと意識していました。そして予選や準決勝ではいつも通りにやるということがいかに難しいか分かりましたね。順位決定戦では楽しんで、自分たちの漕ぎをしてぶっちぎりで優勝しようと思っていました。

――レース前に話し合われたことはありますか

私とコックスの奥山が引退するので、内田監督(大介、昭53年教卒=長野・岡谷南)と自分たちがいままでやってきたことを全て出してクルーの最終回を完結させようと話し合いました。

――今大会は振り返ってみてどのような大会でしたか

とてもつらかったですね。切り替えろと言われても切り替えられるような感じでもなかったし、いままで自分がクルーリーダーなのにまとめきれてないなと思う部分もありました。そんな中でも後輩が私たち4年生のことを思ってくれていましたね。また予選でも準決勝でも勝負どころはたくさんあったのに、相手に勝てなかったのは練習で試合のイメージを持ってやりきれてなかったからだと思うのでそこは反省しています。

――大学ボート生活の集大成としてのラストレースが終わりましたがいまの率直な気持ちは

本当に終わりっていうものがあるんだなっていう感じです。

――4年間を振り返ってみて、大学ボート生活はどのようなものでしたか

とにかく濃かったですね。入学したときに思い描いていたのは、大会や早慶戦で常に優勝していくということなのですが現実はそう甘くはなく、4年間競技の面ではかなりつらい面が多かったなと思います。2年生の時も優勝はしたのですが、スポーツ推薦で入ったのにも関わらず飛び抜けた戦力になれず、まだやり残したことはあるしもっと強くなれたかなとは思います。あとは同期と過ごした4年間ですね。結構私はわがままなんですけど、それでも見捨てず一緒に楽しくやってくれてとても感謝しています。私はもう関東には残らないので皆にありがとうと言いたいです。卒業後もボートには関わる予定で、全日本にも出るかと思います。

――4年間の中で一番感謝の気持ちを伝えたい方はいらっしゃいますか

正直いままで感謝の気持ちを持って漕ぐということがいまいちピンとこなくて分からなかったのですが、いまこうして終わってみるとたくさんの人に支えられていたんだと思います。決勝にいけなくても支えてくれる皆がいて、決勝にいって活躍しなくても、価値がないとみなさない漕艇部に入れたのが本当に良かったなと思います。先輩も含めOBOG、両親、同期、後輩、監督、コーチ、そしていつも記事に取り上げてくださる早スポの方々全員に感謝したいです。

――後輩、ワセダに今後期待したいことは何ですか

女子は常に女王であり続けてほしいと思います。そしてそれを変なプレッシャーに感じないでほしいです。みんな負けず嫌いだと思うのでへこむことも多いと思うんですけど、皆最後に笑って卒業してくれるのが一番だと思います。男子はずっと勝てと言われ続けてかなりきついとは思うんですけど、男子も自分たちが1番になりたいと思ってるはずです。内田監督になっていい調子になってきて、もう少しで勝利が見えてくると思うのでやっぱり男子も最後は笑顔で終わってほしいなと思います。

C:奥山瑞恵(教4=東京・富士見)

――ラストレースはクォドらしい1着での締めくくりとなりました。感想はいかがですか

やっと私たちらしい漕ぎができたというか全員が気持ちよく2000メートルを漕げたと思います。

――レース前にクルーメンバーと話したことは

予選、準決勝とミスや失敗をやり尽くしたなと思ったので、もうやることはないだろうと(笑)。不安要素をなくして出ようと話していたので、全員で確認してから出ました。

――個人としてはどんな意気込みで臨まれましたか

きのうのレースが終わって決勝にはいけないことが分かって、タイムでは優勝したいと思いました。あとは4年間の集大成として、今まで私が先輩から教わってきて、同期や後輩から学んできたことをこの2000メートルで全て出し切りたいという気持ちでした。

――まずスタートについてはどんな点に気をつけていましたか

スタートは腹を切ったり、曲がってしまったりと失敗を重ねていたので、抜き上げの部分をもっとクリアにするとかいままで練習で気を付けていた点をしっかりもう一度再確認していました。レースアップもその点に気を付けていけたので、きょうのレースはうまくスタートできたと思います。

――レースのポイントとなったのは

前半の第1クオーターでしっかりと軌道にのせるというか、しっかりと頭を取るということがその後の展開に結びついていったかなと思うので、ポイントはスタートから400メートルくらいまででスタートの勢いを持続させてトップに出たところだと思います。

――その後のコンスタントの部分ではどんなコールを掛けていたのですか

きょうは順風だったので、スタートでも高いレートでくるくると回していけてしまうんですが、そうするとコンスタントでばててしまうので、コンスタントに入ってからは一本一本大きく伸ばしていこうというコールを心掛けました。実際にみんなが落ち着いて伸ばしていけたと思います。

――「伸ばして伸ばして」というコールをされるというお話をいままでもよくうかがってきたように感じます。その部分は漕手の方にも貫いてもらいたい点だったのでしょうか

そうですね。みんな手足も長いですし、力強さがあるのでその強みを生かしてほしいなという考えがありました。無意識的に言っていたのかもしれないですが(笑)、口癖になっていたかもしれないですね。

――フィニッシュに向けての心情とは

順位決定戦だったので、たとえ1位でゴールできそうだと感じたとしても、そのあとに控える決勝のどこよりも速いタイムを出したいという気持ちがあったので、ラストに向けてはもっともっとタイムを狙ってトップスピードでゴールするという気持ちでした。ラストスパートにつなげていけましたね。

――そのタイムについて、決勝の1位日体大、2位明治安田生命とほぼ変わらない7分8秒台を記録されました。納得はされていますか

欲を言えばトップのタイムを出したかったのですが、もし決勝で4チームのなかに入っていて競っていたらそのタイムは変えられたかもしれないですし、順位決定戦の中では良いタイムだったと思います。タイムを意識していたと話していましたが、終わった後みんながとても満足した顔をしていて、レースを楽しむことができたので、4年間の中でも一番楽しいレースになりました。なので満足しています。

――引退が決まって、やり切ったという思いが強いのでしょうか

クォドに関しては、最後の一週間でクルーが変わったなという感じが強いです。個人的な話にはなるんですが、私自身が思ったことをストレートに言うことが苦手で、それでお互いを理解するということが少しクルーで足りていない部分もあったと思います。それが最後の1週間でぶつかり合えて、一皮むけたというか、そこで本当にクルーのあるべき姿になれたかなと思います。お互いがどんなことを考えているのかということを受け止めることができたからこそ、このようなかたちで引退することができたと思います。あとはチーフコックスをやらせてもらって、地味なことの積み重ねではありましたが、何か少しでも漕艇部に貢献できたかなと思っています。そういう二つの意味でもやり切った気がします。

――いま漕手の4人に伝えたいことは

ワセダの中でもトップの4人で、体力的にも技術的にもほぼ完成している状態ではあるので、そこからあと一皮むけるためには、自分がやっているからいいやではなくて周りの部員がどのように考えているのか、何に悩んでいるのかというところにも気付いてあげられるようにしてほしいなと思います。なかなか難しいことだとは思いますが、そういうことの日々の積み重ねが強い信頼関係となって、2000メートルの勝負どころで爆発的な力を出すというところにつながってくると思うので、後輩たち3人には本当の意味での絆を強くしてさらに良いチームにしていってもらいたいです。

――漕艇部での4年間を振り返って

女子大生らしいことをあまりせず4年間を過ごして(笑)、犠牲にしてきたことも多いかもしれません。それでもボートという競技に出会えて、ボートの魅力にも気付いて、それ以上にいろんな価値観を持った人と出会うことができて分かり合えたことが一番大きかったです。

――具体的に漕艇の魅力とはどんなところだと感じていますか

対人競技ではないですし、すごくシンプルな動きの連発で、いかにそこを極めていくかということなので忍耐力や集中力も必要です。あとはクルーごとにやっていくので一人の力では勝てないということで、究極のつながりということを感じられるところが一番の魅力だと思います。

――特に印象的なレースや出来事はありますか

一番記憶に新しいんですが、きょうの全日本ですかね。クォドで対校に乗って、みんなと漕げたことがやっぱり印象に残っています。

――今後は漕艇とどのように付き合っていきたいですか

私は1年生のときは漕手をやって、2年からはコックスの立場になって、その一方で裏方の仕事も多くてマネージャーさんやトレーナーさんといったサポートメンバーと漕手をサポートすることも多かったので、その立場も分かります。4年生では幹部としてチームをまとめていくということも分かって、いろんな角度から漕艇部を見ることができたので、あとはOBOGの立場になるということだけですね。これからはOGとして、直接的に関わることは多くないとは思いますが、応援に来たり声を掛けたりして、より良いワセダチームにしていけるようにサポートしていきたいです。

――漕艇部で培ったこととは

たくさんあるんですけど(笑)、チームの中で自分に何ができるのかを考えるようになったので、もっともっと広い意味でも社会の中で自分ができることを考えていく力がついたと思います。

――後輩へメッセージを

あの時こうしておけばよかったとか、こうしていたらとかたらればを言ったらきりがなくて、そのときには戻ることはできません。学生生活は4年間しかないので、その中で常にこれがいまの自分にできるベストだと思えるように、全力を尽くして日々を送っていってほしいです。

――最後に奥山選手にとって漕艇とは

おー(笑)。漕艇とは私を成長させてくれたものであり、(漕艇部は)家族のようにいつでも帰ってこられる場所だと思います。

S:坂内千紘(商4=東京・日比谷)

――きょうのレースを振り返って

きょうは決勝で2レーンということで、逆風も吹いててどうなるかなって思ってたんですけど、やっぱり中盤で風にあおられてしまってそこで一瞬崩れて、そこで立て直せずに最後まで引きずってしまったというレースになりました。でも、最初プランで決めていたスタートを攻めていこうということだったり、後はラスト早めにスパートを入れてどんどん攻めていこうっていうのは本当に後ろから盛り上がりを感じました。メダルが取れなかったのは残念な結果だったのですが、すごく充実したラストレースで、みんなからの支えが感じられる良いレースだったと思います。

――きょうのレースプランは

隣の明大とは予選で当たっていたのですがスタートから出られてしまって、そのあと苦しい展開になってしまったので決勝は絶対にスタートで明大より出るっていうことでスタートスパートの後に明大から出るまでコンスタントに入らないという勢いがあるレースプランでした。途中途中には絶対に抜くポイントをつくって、一番大きなポイントは1100メートルでスパートを一回入れて波に乗って、明大と競っていたとしてもそこで抜いて、そのままラストスパートに入るっていう攻めたプランでした。

――レース前に話し合われたことはありますか

レース前は基本、クルーリーダーの辛島(瑞加女子主将、スポ4=東京・富士見)がしゃべるんですけど、やっぱり辛島がやることやろう、しっかりやって勝ちにいこうって言ってくれて身も引き締まりました。自分自身みんなに4年生の最後のレースというプレッシャーをかけたくなかったので、あまり無駄なことは考えないでしっかりやればできるから、自分が勝ちたいと思えば勝てるからと声を掛けて、緊張がほぐれてくれたらなって思ってそういうことを声掛けしました。

――きょうでラストレースとなりました。今季1年を振り返っていかがでしたか

私自身、今季初めての2000メートルがこの女子エイトだったのですが、きょねんのインカレのペアで全種目優勝を目指していたときに準優勝で自分も不甲斐ない結果で自信もなくて、自分なんかレースに出てはいけないんじゃないかって思う時期もあって。それ以降あんまり主要な大会に出ていなくて。私は後輩と乗るレースが多くて、いまの自分にできることは先輩からいままで教えてもらったことを後輩に伝えていくことかなと思いました。私は未経験だったので直すところが沢山あって色々なことを教えてもらったので、してきたことを全部教えられたらなって大会に臨んできました。でも最後、後輩も多くて、女子主将の辛島とも乗れて不安もあったのですが緊張せず漕げて大満足で締めくくることができました。

――以前から後輩に何か残したいとおっしゃっていたのが印象的でしたが、残すことはできたと思いますか

私は未経験で最初はできないことしかなくて、できることなんてなかったので教えてもらおう、何か盗みにいこう、先輩の漕ぎに近づこうといわばどん欲な感じでここまでやってこれたと思います。そういう姿勢でやってきたからこそ、いろんな人から教えてもらうことができたのかなって思うので、今季は私から教えていこうとちょっとうるさい先輩だったかなって(笑)思うんですけど、そこから何か取ってもらえたらいいと思いますし、後輩には是非他の人から盗もう、自分のものにしてやろうっていうどん欲さでシートを狙っていけたらいいなと思います。何が残せたかというと、私が勝手に置いていったものしかないんですけど忘れずに、今後の漕ぎにつなげられればと思います。

――漕艇部で過ごした4年間を振り返ってどのようなお気持ちでしょうか

私は本当に最初はダメな部員で(笑)、この大学に入ってボートを始めるまでは日本一なんか目指したこともなかったですし初めて全日本級でメダルが取れるかもしれない試合に出たり、先輩と乗ってメダルを取ったり。いままでの人生の中で一番熱い、濃い生活ができたかなって思っています。振り返れば大変なクルーもあって、自分自身悔いの残る試合もあるのですが一つ一つがいまの私を強くしているなって。そういう日々があったからこそいまの私があるなって思えて感謝の気持ちでいっぱいです。

――4年間で最も印象深い出来事はありますか

一番ターニングポイントになったのは大学2年のインカレで対校クォドに乗って優勝したことですね。そこで自分でもワセダの力になれるんだと自信にもなったし、これからも頑張っていこうっていう励みにもなった年でした。

――今後ボートにはどのような形で関わっていきますか

私はあまり口を出さない方がいいと思うので(笑)。でも、勤務先が首都圏なので見にこられる回数は増えると思います。温かく見守ろうかなという感じです。

――特に感謝したい人は

そうですね。沢山いますけど、個人的にすごく感謝しているのは前前主将の原口聖羅(平25スポ卒=長崎・大村)さんですかね。彼女が引退するときに私もエイトに一緒に乗っていたのですが、聖羅さんにメダルをかけてあげたいという思いで乗ってたのですがそれができなくて、4位で終わってしまって、またことしも多分後輩たちはわたしにメダルをかけてあげたいって思ってくれてたんだろうなって思うんですけど4位で。私と同じような気持ちかは分からないんですけどその気持ちが分かって。晴れ晴れした気持ちだったんだろうなって思いますし、聖羅さんには個人的に応援してもらって、聖羅さんはその年のインカレに出られなかったのですが、私がクォドに乗ったときも応援してくれてその時のことが印象的でいまでも大好きな先輩です。あと、特に同期大好きです(笑)!

――後輩に向けて一言お願いします

後輩はみんなポテンシャルが高くて強くて色んなこと考えていて伸びしろがあって、これから新体制が整っていくごとにどんどん飛躍していくと思います。自分たちは強いと信じて勝ってほしいです!応援しに来るので。

――これからに期待したいことは

ワセダはとてもOB、OGの方に応援してもらってノリに乗っていると思うので、私たちもこれからOB、OGになっていくのですけどその中でこれからも周りからどんどん応援して盛り上げて、部員たちが何不自由なく勝ちを狙っていけるようにしていきたいです。『One WASEDA』を自分たちから体現して良いワセダになっていって欲しいなって思います。