ヨット部

2013.11.08

第78回全日本学生選手権大会 11月1~4日 兵庫・新西宮ヨットハーバー

王座は遠く、無念の4位

 「この4日間に4年間を懸けてきた」――。そう語った石原裕太主将(文構4=東京・早大学院)の思いは実らなかった。兵庫・新西宮を決戦の舞台とする、第78回全日本学生選手権大会(全日本インカレ)。ワセダは悲願の総合優勝を目指し、チーム一丸となって大会に臨んだ。しかし昨年王者の同大やスナイプ級で躍進した明海大が、第1レースから安定したスコアを取り、選手たちの前に立ちはだかる。ワセダは最後まで独走を続けた同大の背中をつかむことがないまま、902点で4位に終わった。

苦しい走りが続いた山口優(左)、石原主将艇

 初日から微風でのレースが続く中、470級では山口祥世(スポ4=長崎工)・谷口柚香(スポ4=長崎工)艇が2日間で2度1位に輝き、スコアを25点に抑える。山口祥は「難しい海面だったのですが、その中で6艇がしっかりまとまることが勝つためのカギでした」と、自らチームをけん引してエンジのスピネーカー(※)を挙げ続けた。さらに小泉颯作(スポ2=山口・光)・槌谷祥吾(商3=東京・早実)艇も2日目に2レース連続シングル(※2)を取る活躍を見せる。その一方で、山口優(スポ3=佐賀・唐津西)・石原艇はDNF(※3)をたたくなど苦しいレースが続く。山口優・石原艇を含め3艇がまとまるレースを展開できたのは、2日目第4レースのみ。加えて3日目から風に恵まれず、残る3レースでの逆転はならないまま、488点で5位に終わった。

 スナイプ級では、桐岡洋平副将(社4=東京・早大学院)・櫛田佳佑(社3=東京・早大学院)艇が2回のシングルをとってチームを盛り上げる。さらに島本拓哉(スポ2=千葉・磯辺)・花岡航(創理2=京都・洛北)艇も、スコアを大きくたたくことなく、レースを展開した。しかし平川竜也(スポ1=神奈川・逗子開成)・三ツ木駿(スポ4=東京・明学東村山)艇は、第5レースにおいてわずかな差でDNFとなる。スナイプ級も414点で同じく5位。桐岡が、「チームとして自分はなにができるか突き詰めていかなければならなかった」と反省を述べるように、悔しさのみが残る結果となった。

悔しさのあまり涙を流す桐岡副将(左)と櫛田選手(右)

 全日本インカレはヨット部、特に4年生にとって集大成となる大会だ。「最後まで優勝だけを考えました」と谷口柚は振り返る。今大会、ワセダは同大を始めとするライバルに及ばなかった。しかし、全力で戦った4年生の雄姿は、後輩たちに確かな希望を残している。ヨット部を率いる畠山知己監督(平6人卒=現月光)は、「もう一つ何か変化を加えていかなければならない」と次世代以降での課題を挙げた。ワセダが目指すのは選手とサポートが一体となってチームで走ること。その信念の下に、新体制ではらいねんの全日本インカレで雪辱を果たすことが第一目標となる。「総合優勝を絶対に取って欲しい」(三ツ木)。先輩の思いを胸に、エンジのセーラーたちは再び帆を上げていく。

(記事 丸山美帆、写真 細矢大帆)

集合写真

※ メインセール、ジブセールのほか、主に後ろから風を受けて走る場合に張る3枚目の非常に軽い帆のこと。

※2 着順が一桁であること。

※3 先頭艇がコースを帆走してフィニッシュした後20分以内にフィニッシュしない艇

※掲載が遅れてしまい申し訳ございません。

結果

▽470級

早大488点(5位)

▽スナイプ級

早大414点(5位)

▽総合得点

早大902点(4位)

コメント

畠山知己監督(平6人卒=現月光)

――今大会を振り返って

今回は残念な結果になったということが1つあります。同大が総合優勝、さらに470級でも57年ぶり優勝という結果に終わりましたが、勝つための努力を1つ1つされてきたんだなと感じました。同大との定期戦のときはワセダがかろうじて勝ちましたが、そこから差がここまで開いてしまったんだなというのはありますね。

――春に比べると秋シーズンは苦い結果に終わりましたが

春は優勝というかたちで関東インカレ(春季関東学生選手権)が終わりました。そこからの期間、ワセダが足踏みをしたのか、他大が伸びてきたのかという点で分析がしきれていなかったのかなというのはあります。いざ全日本インカレ(全日本学生選手権)に来たときに、実際結果を見れば大差での完敗で、ちょっと考え方を変えなければならないのかなと。もう1つ何か変化を加えていかなければならないのかなと感じました。

――いまのワセダにとって足りなかったものとは

何でしょう。模索しなければいけないかなと。まだちょっと分析しきれていないので、まだこれから見つけていく必要がありますね。

――今大会作戦のようなものは何か存在しましたか

作戦については基本的には自主的に学生たちが決めるということにしています。ただ最終レースだけ、長い時間をかけてミーティングを行いました。470級は有利なサイドに3艇まとめて戦うということで、左のサイドを使いました。結果としてイメージ通りにはいきませんでしたが、自分たちがやると決めたことを徹底して3艇まとまってくることはできたかなと。そこに関しては良かったかなと思います。

――ことしの4年生にはどのような印象をお持ちでしたか

いい意味では突出したメンバーもおらず、仲良くやってきたのかなと。あと1つキーマンとしては三ツ木(駿、スポ4=東京・明学東村山)と桐岡(洋平、社4=東京・早大学院)、そして柚香(谷口、スポ4=長崎工)や祥世(山口、スポ4=長崎工)といったレースに出場していたメンバーは、非常に熱いハートを持っていたということがいえたなと。また控えに回っていた谷口諒介(文構4=東京・桐朋)は今大会は試合に出られなかったけれども最後までムードメーカーとして頑張ってくれました。裏方に入った星(洋輔、スポ4=東京・芝)、杉本(大、商4=神奈川・横須賀)、翔(小槻、政経4=東京・早大学院)、大門(弘和、政経4=東京・早実)は本当に最後まで良くサポートしてくれたなと思います。感謝しかありません。

――石原裕太主将(文構4=東京・早大学院)についてはいかがですか

1つ苦いことを言えば、もう少しリーダーシップが欲しかったかなと。その中でもこの時代の主将として頑張ってくれたと思います。

――来シーズン以降の方針は

実は私は今季で監督を退くというかたちで決めていました。方針は私はもう終わりなので、目標は総合優勝であることに変わりありませんが、改めて新監督に決めていただきたいと思います。

――今大会で引退となる4年生に一言お願いします

4年間お疲れ様でした。結果としては総合優勝という目標を果たせませんでしたが、それを見ていた下級生は必ず結果を残してくれるはずです。自分も4年間一緒にやってこられて感謝しています。本当にありがとうございました!

470級クルー石原裕太主将(文構4=東京・早大学院)

――4年生には最後の全日本インカレでしたが、どのようなお気持ちで臨まれましたか

4年間の部活動の集大成として、この4日間に4年間を懸けてきたので、全力を尽くして戦いました。

――4位という結果についてはどう思われますか

総合優勝を部員全員で目標として活動してきたので、目標に届かなかったという悔しい思いがあります。

――4日間のご自身の走りを振り返って

私は3番艇で試合に出ていました。しかし、1番艇2番艇がうまくまとめる中で、私たちの船が大きくスコアをとってしまって、結果的に失点の多くを占めることになってしまいました。反省すべき箇所は多かったと思います。

――4日間のチーム全体を振り返って

この全日本インカレを、ヨットレースのセオリーを守るレースにしようと話していました。しかし、この舞台でプレッシャーもあり、緊張して、いつも通りのレース展開ができなかったレースが何回かあったなと思います。

――ヨットレースのセオリーとは

専門的な話になりますが、次に吹いている風をつかみに行く、そして進んでいくレースのことです。

――ご自身の4年間のヨット部生活を振り返って

全日本インカレに臨んだチームの雰囲気が、4年間やってきて良かったなと思えるものでした。< /p>

――主将としての1年間を振り返って

私自身はあまり自信がなくて、頼りない主将だったかなと思います。しかし、部員の皆がしっかりついてきてくれて、盛り上げてくれたので、手ごたえのある終わり方ができたと思います。

――これからのヨット部にどのようなチームになって欲しいと思われますか

ことしの負けを生かして、らいねん戦えるようなチームになって欲しいです。ヨット部は1年で代が変わるのですが、毎年毎年の反省を生かし次につなげて、伝統として勝っていける部活になっていってほしいと思います。

――最後に、ヨット部後輩の皆さんへメッセージをお願いします

大学4年間をヨット部に使うというのは、極めて特殊な大学生活になると思います。辛いことは他の大学生よりも多く経験します。しかし、その分終わった後には残るものが大きいと思うので、4年間日本一を目指して戦い続けて欲しいと思います。

スナイプ級スキッパー桐岡洋平副将(社4=東京・早大学院)

――全日本インカレを振り返っていかがですか

悔しいですね。自分たちはチームとしてもう少しできると思っていたので、悔しいの一言につきます。

――桐岡選手自身の個人成績についてはいかがですか

個人成績としては最終的にもよかったです。でも個人で走ったとしても全日本インカレでは全く意味をなさないので。もっと言えば自分が個人1位をとっていればもっと上にいけたかなとも思います。チームとして自分はなにができるか突き詰めていかなければならなかったと反省しています。

――レースが終了した時の心境は

12時の瞬間にAPA旗(レース終了)が上がって、歓喜の雄叫びを聞いている横で涙をこらえることができなかったです。もう1レースやっていれば違ったのかなと。これから1ヶ月くらいは考えるのだろうなと思います。

――桐岡選手にとっては飛躍の1年になりましたが、1年間を振り返っていかがですか

クルーの櫛田(佳佑、社3=東京・早大学院)に感謝しています。きょねんはレギュラーでもなく、個人としても成績を残すことができなかったのですが、ことし始めから櫛田と一緒にレギュラーになって、関東学生個人選手権では5位、全日本学生個人選手権では6位、オリンピックウィークで準優勝という昨年からは想像もできないような成績を残すことができました。感謝したいと思います。来季からは櫛田が主将としてチームを引っ張ってくれると思うので、今後はOBとして支援していきたいと思います。

――同期にはどんな言葉をかけたいですか

同期の中でもレギュラーとして出られなくて、サポート艇に回ってくれた人たちがいるので、まずはみんなにありがとうと言いたいです。サポート艇のみんなには(優勝できなくて)申し訳ない気持ちがあるので、ごめんなさいとありがとうを言いたいですね。

――後輩に向けてエールをお願いします

今季優勝できなかったので、来季に小戸のインカレでこの3年分の屈辱を晴らしてほしいなと思います。らいねんは小戸に行って後輩の姿を見たいと思います。

470級スキッパー山口祥世(スポ4=長崎工)

――4年生として最後の大会ということでしたが、今大会にかける意気込みはいかがでしたか

新しい代になった1年前からこの全日本インカレで総合優勝をするという目標を掲げていたので、全員が(優勝を)最終目標に掲げていた大切な大会でした。

――今大会の全体を振り返っていかがでしたか

< p>西宮は結構(風の)振りが激しかったり強弱があったりして難しい海面だったのですが、その中で6艇がしっかりまとまることが勝つためのカギでした。ですが、その中でもたたいてしまう船がいて、その船の順位を上げることができず、すごく力不足な面を感じました。

――470級リーダーとして今大会中意識されたことはありますか

3艇でターゲットスコアというものを立てていました。15位と25位というのを立てていたので、そのターゲットスコアを3艇でクリアする為にどうしたら良いかというのを心掛けていました。

――4年間お世話になった畠山監督に対してどういった思いがありますか

これまで女子をセレクションで取ることは結構少なくて、私たちは高校からのペアで入学させていただいたのですが、やはり女子をセレクションで取ることはリスクが高いことだったと思うので、そんな中でも私たちを選んでくださった畠山監督には恩返しをしたいという気持ちがありました。

< p>――4年間を振り返ってみていかがでしたか

チームレースというのを初めて大学に入ってやったのですが、個人で戦うことよりもはるかに難しかったです。そしてことしはチームを引っ張る立場で試合に参加して、その難しさというものは感じました。

――後輩に向けて一言お願いします

ことしは部の雰囲気がすごく良かったと私は思っていて、そういう雰囲気を作り出してくれたのは後輩たちだし、1年生もすごく元気にサポートしてくれて感謝の気持ちでいっぱいで、本当に可愛い後輩だと思っています。

スナイプ級クルー三ツ木駿(スポ4=東京・明学東村山)

――今大会の全体を振り返っていかがでしたか

秋の関東インカレ(秋季関東インカレ)と同じようなコンディションで、そこで構想を外の展開に持っていって戦うという反省が挙がっていたのでそれを生かしてレースに臨みました。ですが僕たちの船中心にスタートがなかなか決まらなくて、やはり72艇いるのでそこが決めきれなくて上(かみ)の順位が悪いという結果になってしまったのでその辺りは反省しています。

――スナイプ級リーダーとして大会中意識されたことはありますか

意識していたことはロングと微風だったのでもう風が入らないと思ったら、すぐに1回外に出るようにしていました。それで外の展開が出来るように考えていました。

――4年間お世話になった畠山監督に対してどういった思いがありますか

本当に監督には良くしていただいたなという思いがあります。総合優勝して監督を胴上げしたかったのですが、こういう結果に終わってしまって非常に悔しいです。監督のもとでヨットをすることができて良かったと思っています。

――4年間を振り返ってみていかがでしたか

本当にヨット部はしんどくて自分のイメージしていた部活と違っていて大変なことばかりでしたが、実際いい後輩を持つこともできて、本当にいい部活でした。

――後輩に向けて一言お願いします

総合優勝を絶対に取って欲しいですね。頑張ってください。

470級クルー谷口柚香(スポ4=長崎工)

――全日本インカレ全体を振り返っていかがでしたか

優勝できなくて悔しい気持ちでいっぱいです。この1年間総合優勝することだけを目標に頑張ってきました。きのうの時点で同大と200点差がついていて、きょうどう戦うかというのをきのうのミーティングで話したんですけど、自分たちのベストを出して総合2位・3位を狙うのか、それともなにかリスクを取った走りをしてでも優勝を狙いに行くかという話をして、ほとんどの部員がリスクを取ってでも勝ちたいという意見でした。最後まで優勝だけを考えましたね。きょうは風がない状況で1レースしかできませんでしたが、3艇で下(しも)からまとまって出ました。3番艇の山口優(スポ3=佐賀・唐津西)がスタートを決められていないのが課題だったので、優が出やすいところでスタートをきるという戦法です。結果的に右海面が良くなって内側に返せないという状態になってしまって失敗に終わったんですけど、悔いは残ってないです。悔しいですけどすっきり終わることができますね。

――個人成績についてはいかがですか

山口(祥世、スポ4=長崎工)とは高校のときから乗っていて、いままではずっと女子のインカレだけのペアだったんですけど、最後にこうして全日本インカレで組めるとは思っていなかったので、祥世と一緒に初日・2日目とトップホーンをならせてそれは本当にうれしくて。二人で最後に一緒に出ることができてよかったなと思います。

――祥世さんとの4年間を振り返っていかがですか

私は山口に助けてもらうことが多くて。私は本当に頼りないんで、いつも祥世に支えてもらっていましたね。私生活でもヨットしているときでも、山口の存在があったからこの4年間頑張れたというのがあります。私一人でワセダに入っていたら続いてなかったと思うし、そのくらい山口の存在は私の中で大きいと思います。

――4年間で、最も心に残るレースはなんでしょうか

最後のインカレかもしれないです。一番勝ちたいと思ったし、みんなで優勝したいと思ってやってきたので。4年という立場もあると思うんですけど、最後のインカレが一番印象に残っていますね。

――同期はどんな存在ですか

1年生のときは本当に仲が良くて、先輩からは仲が良すぎて体育会じゃないって言われていました。谷口(諒介、文構4=東京・桐朋)とは、ケンカというか険悪になったり、また仲良くなったりというのが4年間に何度もありました。いま思い出せばそれがいい思い出だったのかなと思います。同期は個性豊かな人が多くて、最初このメンバーでやっていけるのかなって思っていんたんですけど、いまは本当に仲が良いです。ヨット部を引退してもずっと仲が良いと思います。家族より一緒にいる時間が多くて、家族以上かもしれません。本当にいい同期だと思います。

――後輩に対してはどんな思いがありますか

私が1年生のときに全日本インカレ優勝して、その後はずっと負け続けました。私にとって1年生のときに優勝したことが大きくて、勝ちたいってずっと思っていました。それを後輩にも経験してほしかったので今回は本当に優勝したかったんですけど、できなくて悔しいです。きのうのミーティングで、「このチームが大好きでみんなと一緒に勝ちたい」と言ってくれた後輩がいて、そういうふうに思っていてくれた子たちがいたからこそ勝ちたいって気持ちはありましたね。勝たせてあげられなくて申し訳ないです。

――次世代の早大ヨット部に向けてエールを一言お願いします

この1年後輩を見てきて、元気でやる気がすごくて、自分がうまくなるためにどうしたらいいのか努力していた子たちが多いなと思います。新チームになると最初は大変なことが多いと思いますが、団結すればいいチームになると思います。らいねんこそは勝ってほしいです。負けて悔しい思いはしてほしくないです。頑張ってほしいです。