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2007年度卒業記念特集
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卒業記念特集(26) 兵藤慎剛
「自分で決めた道だから」
「サッカーをやめたい」。
世界との埋めがたい差を痛感した時、兵藤慎剛(スポ)は初めて思った。
平山相太(現J1・FC東京)、中村北斗(現J2・アビスパ福岡)らとともに高校三大タイトルを総なめにした国見高の主将にして、U―20日本代表不動の背番号10。入学前の兵藤は、間違いなくこの世代の先頭を走っていた。 そんな超がつくエリートはJリーグではなく、大学サッカーに身を投じる。「練習のレベルが普通に高かった」こと、同期に鈴木修人、山本脩斗(ともにスポ)らがいたことから「絶対に強くなると思ったし、ワセダを選んで良かった」。その予感は見事に的中。東京都リーグにくすぶっていたワセダは2年で順調に関東1部リーグへステップアップを果たす。
だが、代表の合宿に呼ばれる度にプロとのギャップも感じていた。高校時代、しのぎを削った仲間がプロとして全く違う境遇に立ち、思いもよらない急成長をしている選手もいる。焦りがないわけがなかった。
それでも代表では10番を背負い続け、主将を任されるようにもなる。迎えた初の世界大会である2005年ワールドユース・オランダ大会。開催国・オランダとのオープニングマッチ、選手入場の先頭にキャプテンマークを巻いた兵藤がいた。
ただ皮肉にもこの試合で、それまで積み上げてきたものが音を立てて崩れ去る。スコアこそ1−2と善戦したものの、兵藤自身は強豪国とのガチンコ勝負に「何もできなかった」。それまで大きな挫折を味わったことのないエリートが初めて冒頭のような感情に襲われるほどの衝撃だった。
その後、ともに世界を経験した大学生だった代表のチームメイトが相次いで大学をやめ、プロに転向していく。兵藤自身にも多くのオファーが届いていた。自分もやっぱりプロの世界に移った方がいいのではないか――。
しかし、兵藤はワセダを離れなかった。「自分で決めた道だから、絶対に大学でやり続ける」。そう決心したことで、不安や焦りがなくなり、気持ちが晴れ渡っていった。 4年生で主将を任されるのだが3年生で事実上、ワセダのリーダーに君臨。勝負を決定づける群を抜く技術がありながらも、兵藤は誰よりも懸命に走った。苦しい時には人一倍声を出し、勝ちたいと思い続けた。もう迷いなどなかった。ワセダで勝ちたい。兵藤はチームを気持ちで引っ張り続ける。
その思いはワセダでの最後の大会となったインカレ(全日本大学選手権)でついに実を結んだ。大学日本一。また同時に大会最優秀選手になり、名実ともに大学界最高のプレーヤーに上り詰め、兵藤は大学生活にひとつの答えを出した。
兵藤は数多くのJリーグからのオファーのなかから名門である横浜F・マリノスを選んだ。ビッグクラブで自分の決断の正しさを証明するために。大学サッカーの誇りをかけ、ワセダの至宝が満を持してプロの世界に挑戦状をたたきつける。
(青木現)
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