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wasedasports.com >  陸上競技 the truth of 219.7KM 〜箱根路の真実〜 > 【Vol.7】飯塚淳司選手


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 the truth of 219.7KM 〜箱根路の真実〜  



 【Vol.7】飯塚淳司選手

 2分14秒差のトップでタスキを受けた8区・飯塚淳司(スポ4)。後ろの駒大・深津に徐々に詰められてしまった印象が強いが、結果を見れば区間5位の好走だった。大学で競技人生にピリオドを打つ飯塚に、箱根駅伝や競技人生を振り返ってもらった。

飯塚  ―最近は何をしているのですか
 とりあえず走っています。27日に地元で群馬県100キロ駅伝というのがあるので。しっかりやっておかないと恥さらしになってしまうので…(取材は1月13日)。吾妻地区という地区で出場します。あと昨年卒業されたSUBARUにいる河野(隼人=平19スポ卒)さんも出られますので。

 ―河野さんは箱根後大手町にいらっしゃいましたよね
 そうですね。打ち上げで聞きました。

 ―おいしいお酒を飲みました
 そうですね。結構飲まされる方なので(笑)。

 ―試験は大丈夫ですか
 単位は大丈夫です。卒論と2単位くらい取ればいいですから大丈夫です。

 ―8区では1位を走っていましたし、高校の同級生からの反響は良かったのでは
 それがなかなか会えないんですよね。3日くらいにみんな(大学に)帰るので。自分は山のなかに住んでいるのであまり会えないんですよね(笑)。中学の友達も。親戚回りした程度です。

 ―褒められましたか
 そうですね。結構喜んでもらえました。

 ―テレビに首位ということでずっと映れたことは嬉しかったですか
 そうですね。1位で来ると思っていなかったので、嬉しかったですね、走っていても。石橋(洋三=スポ4)君が頑張ってくれていい位置でタスキをもらえましたので。

 ―2年連続で8区というのはいかがでした
 コースを知っていましたので、走りやすかったですね。区間エントリーまでどこを走るか分からなかったので、「8、9、10どれでもいける準備をしておけ」と言われていました。チームの状態がケガ人が出たりして不安定だったので。8区は去年走ったから良かったのですが、9、10は車で見ましたね。

 ―車で見たのはいつ頃ですか
 24日くらいですね。割とギリギリでしたね。

 ―車で見たときは何か思いました
 まあコースが変わるわけではないので、どこにどのような坂があるのかということを頭に入れますが、特には…。朝早くに行ったので暗かったですし。道空いてますしね。

 ―箱根を走ると最終的に分かったのは
 区間エントリーが終わった段階で一応8区に。でも分からなくて、最終的に「お前行くから」と言われたのは前日の1月2日でした。

 ―昨年は電車のなかで告げられたんですよね
 そうですね。今回は前日に練習したあとくらいに(相楽豊)コーチ(平15人卒)に言われました。

 ―聞かされた瞬間はどうでしたか
 嬉しかったです。緊張感というのはあまりなかったですね。11月中旬まで調子があまり良くなかったのですが、だんだん上がってきていて。ケガ人が何人か出た段階で、自分が行くんだろうなと想像していました。

 ―昨年区間13位のときは反省しなくてはとおっしゃっていましたが、今回は
 去年は最初入りに失敗して、そのままズルズルいってしまったので。今年は最初調子も良かったので、最初動かしておいてあとはリズムでいくようなことを心がけていました。

 ―2回目だということで声援がよく聞こえたなどエピソードはありますか
 昨年は声援が途切れる場所があったんですが、今年はずっと聞こえていましたね。ただ徳光さんは見つからなかったです(笑)。

 ―今年は見つけられなかったんですか
 そうですね。昨年ノボリがあったのですぐ見つかるだろうと思っていましたが、見つからなくて…。日テレの方に聞いたら、今年は徳光さんが持ってくるのを忘れたと。多分どの選手も見つけられなかったんじゃないでしょうか。「徳光さんのせいで見つかりませんでしたと徳光さんに言っておいて下さい」と日テレの方に言っておきました(笑)。

 ―箱根で出雲駅伝(出雲)と全日本大学駅伝(全日本)を走れなかった借りを返したいという気持ちはありましたか
 最後なので、自分の出せる力を出し切れればいいなと思っていました。なのでそういう悔しさなども晴らすために力を出すことができればいいなと思っていました。

 ―出雲と全日本は遠征に帯同しましたか
 いや、両方とも残って練習していました。

 ―それで触発されましたか
 いや、特にないです(笑)。自分は自分なので。慌てて焦っても仕方ないので、最悪箱根までに調子を上げることができればいいなと思っていました。一応頑張ろうとは思いましたけれど、自分が変わったとかあまりないですね。ちょっと冷たいようですが(笑)。

 ―試合後に戦犯であると自分でおっしゃっていましたが、区間5位で総合2位に貢献できたのでは
 やっぱり引っかかるところは引っかかりますね。大差でもらったので応援してくださる方にも総合優勝という期待を持たれた方もいらっしゃったと思うので、そういう方々の期待を裏切ってしまったかなという気持ちはあります。

 ―やはり駒大は強かったですか
 (深津選手は)ハーフの持ちタイムも僕と2分くらい違うので、そういった意味では仕方ないなというのもあるのですが。そこにそれだけの選手を置ける駒澤さんというのは強いですし、逆に言うとコマをそろえられなかったうちに弱いところがあるのかなと。そういった意味でも、総合優勝するためには穴のないベストの布陣で臨まないといけないとだなと思います。下の代は分かっていると思うのですが、来年は油断なくベストのメンバーで総合優勝してもらいたいですね。

 ―故障者が続出していましたが、その経過はどうだったのですか
 朝日(嗣也=教3)の場合は12月に痛いと言っていたのですが、その先に歩くのも痛いと言ってきてちょっと難しいと。10日位の前で本多(浩隆=スポ4)も往路組の練習で遅れまして。全日本の前も同じように調子を崩して外れていたのですが、今回も大丈夫かなと思った矢先に足が痛いと言っていたので、(渡辺康幸)監督(平8人卒)とコーチも悩んでいたみたいです。僕としては4年間頑張ってきていたので残念でした。

 ―本多選手は元は往路で走る予定
 元は3区だったのですが竹澤(健介=スポ3)が3区に回ってきたので、4区を本多と中島(賢士=スポ1)と(高橋)和也(スポ3)で競う形になっていたのですが、1番最初に故障してしまったので。

 ―同級生から見ると悲しい
 チームのことを考えれば仕方ないのですが、そうとは分かっていても同級生としてみると寂しいというかかわいそうだなと。

 ―故障が相次いだからこそチームがまとまったという話も渡辺監督がしていらっしゃいましたが
 ここまでいくとマズイかなという雰囲気もありましたが、特にまとまったと見えたわけではないです…。でも結果を見るとまとまっているんですよね(笑)。分からないんですよね。竹澤が調子悪くて、朝日がダメ、本多がダメとなって。それでみんなで頑張ろうというよりも自分のできることをやればいいや、という感じだったと思うんですけれどね。

 ―箱根前は例年と変わらなかった
 1年のときは結構ピリピリしていたのですが、今年は試合が近づいてきてもリラックスしていたように思います。

 ―昨年シードを獲った余裕があった
 余裕はなかったと思うのですが…うーん、まあ明るい人が多いので。試合でいい感じで自分を盛り上がらせることができたのかなと。

 ―早大で最後に良い結果を残しましたが、振り返ると
 1年のときに地獄を見ているので、シード落ちという。そんな状況からチームが上がってくる過程をずっと見れましたし、最終学年として来年へといいステップとしていい結果を残すことができたので。

 ―もう陸上には未練はない
 もういいかなって感じです(笑)。社会人なっても暇になったらどこかの市民マラソンに出てみようかなとは思っているんですけど。ただ仕事で時間が取れるかどうかは分からないので。

 ―進路先の文化放送でやりたいことは
 制作とかスポーツに行きたいですね。マスコミに行く人のほとんどが現場で働きたいと思っていると思うんですが、僕も同じで。スポーツ部が一番経験を生かせるかなと。

 ―ラジオが好きというのをよくおっしゃられていますが、どのような番組が好きなんですか
 万遍なくですね。テレビが部屋にないので。朝起きるくらいにラジオを設定していますし、朝練から帰って学校行くまでとかもですし、朝から夜までずっと聞いていますね。

 ―ラジオはいつから聞き始めたのですか
 高校のときに聞き始めたのですが、そのときは「ライオンズナイター」という番組が文化放送にあって。ライオンズファンだったので。それで野球のシーズンが終わってどんどん他の番組も聞き始めた感じですね。

 ―西武ファンなんですね。所沢は近いですがよく応援に行くんですか
 たまにですね。時間があるときですね。

 ―好きな選手は
 西口文也選手とか高木浩之選手ですね。

 ―どうして高木選手
 堅実にプレーしていて、子どもたちのお手本というか。少年野球ではお手本ではないですか。でも高木選手は堅実なプレーですし。自分も真似されるようなことはないですし、派手さはないので(笑)。

 ―大学4年間を振り返ると
 大学では絶対やらないと思っていたのですが、4年間続けて良かったなと思えたので。

 ―ワセダでしたかった
 やるならワセダでやりたいなと思っていました。

 ―それはなぜ
 1年のときの主務の中山(陽右=平17人卒)さんと2年のときの主務の柳澤(健人=平18人卒)さんは高崎高校の先輩なので。先輩方からも高校のときに声を掛けていただいて大学ならワセダがいいなと。

 ―では最後にワセダファンに向けて
 たくさんのご支援、ご声援いただきましてありがとうございました。来年は総合優勝してくれると思うのでご支援、ご声援をよろしくお願いいたします。

(取材・編集 山田 豊) 

◆飯塚淳司(いいづか・じゅんじ)
 1985年(昭60)5月22日生まれのA型。174センチ、58キロ。群馬・高崎高出身。
08年箱根駅伝 8区 1時間06分56秒(区間5位)
 自己ベスト 5000m:14分37秒75
      10000m:29分49秒64










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