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アーチェリー部

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2023.01.20

【連載】男女主将対談「飛翔」【第1回】柿沼大翔男子主将×髙見愛佳女子主将<前編>

 前編となる今回は一選手としての二人に迫る。高校時代まで遡(さかのぼ)る二人の初対面、尊敬する先輩から自身のライバルまで、普段なかなか話すことのない一面を明かしてもらった。

※この取材は12月10日に行われたものです。

後編はこちら

「二人も大好きな人がいるなら(早大に)行きたい」(髙見)

2021年の全日本ターゲット選手権で行射する髙見

――最初にお互いの他己紹介をお願いします

柿沼 髙見愛佳です。女子主将です。強いです、いろんな面で(笑)。指示を出したり、決断をしたりといったなにか選択をする場面で速いですし、しっかり意見を持っています。芯がしっかり通っているので、その面で強いと思います。アーチェリー的には高校の時から「上手な人だ」とは思っていました。そういう意味でも強いですね。それとコミュニケーション能力が高いです。初対面の人に対しても積極的に話しかけられます。あ!あと気遣いができます。周りをよく見ています

髙見 頑張ってひねり出しています(笑)。

柿沼 いやこれはガチ!(笑)めっちゃよく見てるなというのは感じます。

――髙見選手から見た柿沼選手はいかがですか

髙見 柿沼大翔くん、男子主将です。学院出身なので、ワセダの雰囲気を元々よくわかっている人です。高校の時からよく大学の練習にも参加していたと聞いていて、すごく真面目だったというのは聞きました。今もすごい真面目なのですが、そんな部分もありつつも、後輩から意見を吸い取るだとか、新しいことをやっていきたいという探究心がこの部活の中で1番強いと思います。

柿沼 嬉しい(笑)。

髙見 そして結構おちゃらけです(笑)。彼もコミュニケーション能力が高くて、男女、学年問わず話しかけているなという印象です。また、自分に厳しい方なので、練習の面でもそうですし、授業など、私生活の部分でもストイックだと思います。

――アーチェリーを始めたきっかけを教えてください

柿沼 高校に入って新しいことをしたいというのが第一にありました。元々野球をやっていたので、野球を続けるか、新しいことを始めるかとなった時に、アーチェリー部の存在を知りました。小さい頃にアーチェリーを少しやったことがあったので、行ってみたら先輩が優しいし、面白いなという感じです。

髙見 私はきっかけは本当に暇つぶしです。父の仕事の関係で陸上競技場にいて、やることがなくて駐車場で妹と縄跳びをしていたんです。近くに射場があったのですが、そこの会長さんに「暇だったら初心者講習会来ない?」と誘われて、飛び入りで初心者講習会に参加したのが最初です。その直後に引っ越して、そのタイミングで習い事をしようということで陸上のクラブに入るか、アーチェリーをするかという二択になりました。陸上は人がいっぱいいて勝てるかわからないけど、アーチェリーの方がワンチャンあるかなと(笑)。それで妹と一緒に始めました。妹はやる気はなかったのですが、父がアーチェリーをやりたかったみたいなので、すごく薦められて、二人で始めました(笑)。

――早大のアーチェリー部に入ったのはなぜですか

柿沼 僕は(大学でも)アーチェリー部に入ることは高校の時から決めていました。(アーチェリーを)始めた時にどうせやるならちゃんとやろうと思っていました。高校よりもさらにちゃんとやっている大学でも続けようと高校1年生の時に決めました。色々(理由は)あったのですが、人生の軸として全ての物事で強くなりたいというのがあるので、決断しました。

――柿沼選手がアーチェリーを極めようと思ったきっかけはありますか

柿沼 僕がアーチェリーのセンスがなかったことですかね。センスがあることだったら何となくできて終わっていたのですが、逆に(センスが)なかったから、できるようになったら何事もできるようになると思いました。これからの人生でそれ以上に苦手なものがないと思うので、一番高い壁を自分に作ろうと思いました。一番苦手なことができるようになったら、この先ずっと続く自信がつくのではないと高校1年生の時に思った記憶があります。

――その気持ちは大学に上がる時に揺らぎませんでしたか

柿沼 しなかったですね。ずっとやるつもりでいたので。

髙見 すごいね。(自分は)辞めたいと思っていたもん。

柿沼辞めたい気持ちがなかったわけではなかったと思う。でもそのまま辞めちゃうと、自信を喪失して、何事も手につかなくなってしまうと思いました。今はその壁を乗り越えている途中です。

髙見 めっちゃかっこいいこというじゃん。私そんなエピソードないもん(笑)。

――髙見選手が早大を選ばれた理由は何だったのでしょうか

髙見 いつも言っているのですが、美優さん(中村美優氏、令4スポ卒)がいたことが一番です。高1のU20(ナショナルチーム選考会)の時に初めて出会ったのですが、その時にすごく優しくしてもらいました。練習姿勢もすごいし、成績もめちゃくちゃ残してるしで、この人と一緒にアーチェリーをしたいなと高1の時に思ったのを覚えています。高2になってなーさん(矢原七海、スポ4=福岡・柏陵)が次の年に入ることを知りました。なーさんも九州で一緒にアーチェリーをやっていて、仲良くしてもらっていたので、二人も大好きな人がいるなら行きたいとなりました。この人たちとアーチェリーができるなら一緒にやりたいと思って、早稲田に行きたいですという話をしていました。そうしたら監督(遠藤宏之監督、平4政経卒=東京・早大学院)の方から声を掛けていただいて、「ぜひ行かせてください」ということになりました。

――エリートアカデミーから早大に進まれるのは髙見選手が初めてですか

髙見 そもそもアーチェリーの卒業生が私ととも(髙見朋夏、専大、髙見の妹)が最初なんです。なのでルートがなくて。声を掛けていただいて本当にありがたかったなという感じです。エリアカ(エリートアカデミー)から行くのは初めてだったのですが、美優さんとなーさんがいるならと思っていました。最悪どうにかしてくれるかなと(笑)。「来てくれたら面倒を見るよ」と言ってくださっていましたけど、最初は本当にあの二人しか話してくれませんでした(笑)。男子が本当に話しかけてくれなかった!本当に!

柿沼 みんなクソビビってた(笑)。怖すぎましたね。

髙見 エリアカという存在がその時とても怖かったらしいので。

柿沼 超エリート集団だと思っていましたね。

髙見 蓋を開けたらそんなことないんですけどね(笑)。ただコーチが私たちでも怖かったので、外から見たらもっと怖いんだろうね(笑)。

柿沼 めっちゃ怖かった。学院は東京で一緒に射っていたので、中野(勇斗、商4=東京・早大学院)先輩や浦田(大輔、基理4=東京・早大学院) 先輩と「怖くね?」って話していました(笑)。

――今の話にも関連すると思うのですが、お互いの第一印象は覚えていますか

柿沼 怖い。怖いです。

髙見 それはエリアカでしょ(笑)。みんなエリアカ怖いじゃん(笑)。

柿沼 怖いなというのが第一印象。あとはアーチェリー上手いなって。(エリートアカデミーの選手は)みんな上手いけど。あんなに突出した人たちが今までいなかったから。ドーンと出てきて「おー、みんなすごい」って。

髙見 急に出てきて持っていっちゃうからね。ちょっとずるかっただろうけどね。

柿沼 まあしょうがないけどね(笑)。それで実際東京のレベル上がったと思うし。

――髙見選手から見た柿沼選手の第一印象はいかがでしたか

髙見 熱中症で足をつって倒れていた、というのがあまりに強いですね。高3の都大会の時の話です。(早大アーチェリー部に)学院の人が2人行くというのは聞いていたんです。予選1位だった人が足をつって倒れていて、名前見たら「柿沼大翔」って書いてあって、「あれ、この人、私の同期になる人じゃん」ってなりました(笑)。めっちゃ足伸ばされてました(笑)。

――早大のアーチェリー部に入部する前後で印象は変わりましたか

二人 変わらないな……。

柿沼 先輩がすごく寛容で、上からの縛りとか押しつけがなく伸び伸びやれる環境だなというのは代々感じています。高校の時から6年弱ずっと感じています。その文化は代々引き継がれているのかなと思っています。

髙見 私は入学する前の年の夏に練習の見学に行きました。練習に参加したのは3月くらいからです。いい意味で変わったのはみんな話しかけてくれるようになったことです。ありえないと思うじゃないですか。本当に美優さんとなーさんしか話しかけてくれないんですよ(笑)。その時は今よりも人が多くて二人で一つの的を使うみたいな感じでした。空いてる的に私が入ろうとして「いいですか?」って声を掛けたら、「いいよ」って言ってさって引いてくださって(笑)。「いや、私高3だよ?」って逆に小さくなってしまいました(笑)。雰囲気は最初からずっといいです。アットホームな感じでやれるというのが第一印象でそれはずっと変わらないです。

――学内外問わず、憧れの選手はいらっしゃいますか

髙見 私は漣さん(早川漣、デンソーソリューション)です。長崎の時から本当にお世話になっていて、(エリート)アカデミーに入ることの背中を押してくれたのも漣さんです。漣さんがいなかったらアカデミーにも入ってないですし、ワセダにもいなかったと思います。射ち方もきれいですし、自分にも人にもしっかりされていて、アーチャーというより人として尊敬しています。もう一人挙げさせてもらうと安久詩乃(堀場製作所)さんです。高1の時から仲良くさせてもらっていて、本当に可愛がってもらっているのですが、全く驕らない方なんです。パリのワールドカップで金メダルを取ったら普通少しは天狗になるはずじゃないですか(笑)。日本人初だし、周りからもすごいと言われているはずですし。でも(安久は)自分にアーチェリーのセンスが無いと思っていて、それって自分に対してまだまだできると思っているからこそ出てくる言葉なのかなと思います。仕事も普通に社会人として働きながら勤務しているんです。それが私にとってはありえないなと思っていて(笑)。プロの選手ってアーチェリーの練習だけなのに、(安久は)試合前に少しだけ多く練習させてもらうだけなんです。それであれだけの成績を残せるのは自分に厳しくしてきたからなのかなと思っています。あの人ともう一回遠征に行きたいということが私がアーチェリーを頑張るモチベーションになっているので、ずっと最前線で活躍してほしいなと思っています。

柿沼 僕は野村さん(野村翼コーチ、平31スポ卒=愛知・岡崎北)と棚田さん(棚田歩氏、令2スポ卒)ですね。野村さんは僕が高校1年の時に初めて見たのですが、めちゃくちゃ上手で、シンプルに技術力がずっと憧れですね。これくらい射てたらアーチェリー楽しいんだろうなと思っています。棚田さんはすごく練習をしている方で。

髙見 (練習の)鬼だったよね。

柿沼 それくらいずっと射場にいるような方だったので、そのストイックさに惹かれました。

――ライバルはいらっしゃいますか

柿沼 井上(空、創理3=東京・早大学院)ですね。

髙見 だろうな(笑)。

柿沼 高校の時からずっと一緒にやっていて、(井上は)高校の時はそんなに点数が出ていなかったのですが、大学でぐんと伸びてきました。僕は逆に高校の時は出ていたけど、大学で(点数が)落ちてしまったというのもあって、お互い常に一緒にやってきて、自然と競っているところはあると思います。

髙見 私は双子の妹(の朋夏)です。11年一緒にやってきて、いい時も悪い時も見てきたので。なんやかんやでいつも点数一緒なんですよね。(点数で立ち順が決まる)全日とかでも並んで射っているんです。結局ライバルなのかなとは思います。

「井上は仲良しエピソードがないくらい仲良い」(柿沼)

2022年の関東学生リーグ戦で井上(右)と同的で臨んだ柿沼

――アーチェリー部は皆さん仲の良いイメージがあるのですが、お二人が特に仲の良い部員はいらっしゃますか

柿沼 まあ井上、山下(健友、スポ2=愛知・東海)あたりですかね。

髙見 妥当だわ〜(笑)。すごく妥当。

柿沼 山下は一緒にサウナによく行っていますね。

髙見 マジでずっと山下とサウナ行ってるよね。週1?

柿沼 そうだね。週1で行ってる。山下って最初全然喋れないタイプなんですよ。めちゃくちゃ人見知りで。でも入ってきた時、俺の時だけ超喋ってくれたんですよ。「初めて初対面の人と喋れた!」って(笑)。

高見 なんかザ・男子校って感じだよねあいつは(笑)。

柿沼 なにか通じ合うものがあったんでしょうね(笑)。井上は仲良しエピソードがないくらい仲良いですね。いつも喋っています。自然と喋っています。

髙見 1年生の時はニコイチみたいな感じでした。(男子が)二人だったってのもあって。

柿沼 謙ちゃん(下村謙史朗、人3=東京・暁星)がまだいなかったからね。

髙見 下村は2年からだもんね。ずっと二人でいました。

――髙見選手はいかがですか

髙見 同期だと眞美子(細井眞美子、人3=東京・早実)が一番喋ると思います。眞美子は多分考えが似ているんですよね。価値観とかも似てるから一緒にいてめっちゃ楽です。先輩だと圧倒的に美優さん、なーさんです(笑)。

――入部してから主将になるまでを振り返るといかがですか

髙見 入部からって難しいね。でも結局活動してるのって1年半くらいだよね。

柿沼 そうだね。自分は印象としては「ずっと苦しい」ですかね。点数も出ないし、主将になってからも自分の力のなさを感じます。上がすごかったというのもあるのですが、そこのギャップに苦しんでいます。1年生の時からぶっちゃけ仕事ができなかったので、できない自分に自己嫌悪したり、点数出なくて、なかなか上手くならなかったりで苦しい期間がずっと続いているというのが入部してからですね。逆に言うと、それで続けられているのは周りの人に支えてもらえているからかなと思います。なんかいいこと言ったね(笑)。

髙見 うん。めっちゃいいこと言った(笑)。

柿沼 支えられたおかげでやってこれたなと改めて感じます。

――髙見選手はいかがですか

髙見 子どもだったなと思います。中高ずっと上下関係が厳しいところで育ってきたので、ギャップに耐え切れなかったというか、頭が固かったし、子どもだったなと思います。仕事もやっていたのですが、結局それは与えられた仕事であって、それをプラスアルファやろうとしたこともありませんでした。アーチェリーも2年生の時はショートハーフで600点下回るくらいのどん底を見ました。生活面でも子どもだったし、アーチェリー面でも悩んでいたかなと思います。発言が子どもでした。幹部になってわかりました(笑)。いつも先輩に「幹部になったらわかるよ」と言われ続けた2年間で「幹部になったらわかるわ」って今思っています(笑)。

――主将になることが決まったのはいつですか

柿沼 去年の今頃だったんじゃない?

髙見 去年のこのくらいの時に話し合ったね。主将は最初に決まりました。元々そんな感じたったし(笑)。他に誰がやるんだろうねという感じでした。

――主将になることが決まった時の気持ちは

柿沼 偉大な先輩方から引き継いだので、絶対に力不足だなと思っていました。だからその分、自分にできることはなにかということを考え始めましたのもその時からです。

髙見 1年の時からやらなきゃいけないんだろうなというのは思っていた部分があったので、美優さんやなーさんといった先代の主将だった方々にいろいろ話を聞いてはいました。そうは言ってもいざなるとなったら不安はありましたね。どうしようというのが決まっていなかったので、どうしようかなというのが最初だったと思います。不安が大きかったです。

――主将に継ぐことが決まっていた今年の王座は今までと見方が変わりましたか

柿沼 変わりましたね。来年この場で堂々としていられるかなという不安とこれから自分がここを引っ張っていかなければいけないという責任感を最後の円陣の時に思いました。ずっと思っていましたね。「できるかな」って。

髙見 私王座の選考に落ちた時めちゃくちゃ悔しかったんです。自分のやりたいことがなにもできなかったなって。成長していないなと思ってめちゃくちゃ反省しました。王座って選手が輝くじゃないですか。今まで私が出てきた王座は無観客だったので、それがすごく新鮮で、羨ましいなと思いました。それと同時になーさんがすごく主将としてチームを作っているなということが誰から見てもわかるなと思いました。手術とかもあった中で、なーさんが王座に懸けてきた思いというのは本当にすごかったんだなって応援の時に思いました。来年、なーさんの意志を継いで、私が優勝に導くためにはなにをしなければいけないかということを王座の時は必死に考える時間が長かったなと思いますね。自分も点数を出さなきゃいけないし、周りも引っ張らなきゃいけないし。なーさんの行動をすごく見ていたかなと思います。

2022年の王座で声援を送る柿沼

(取材・編集 星野有哉 写真 朝岡里奈、田島璃子、星野有哉)

後編はこちら

◆柿沼大翔(かきぬま・だいしょう)

2001年(平13)年8月24日生まれ。東京・早大学院高出身。 教育学部3年。髙見選手曰く、「ずっとサウナの話をしている」という柿沼選手。山下健友選手(スポ2=愛知・東海)と東京近郊のサウナを巡っているのだとか。最近は丸尾風瑛選手(スポ1=福岡・柏陵)もサウナ仲間入りしたそうです!

◆髙見愛佳(たかみ・あいか)

2001年(平13)年6月5日生まれ。エリートアカデミー/東京・足立新田高出身。 スポーツ科学部3年。2年前の対談では大ファンだというYoutuber・東海オンエアを熱く語っていた髙見選手。今回伺った人生の夢は「りょうくんと一緒に写真を撮ること」とのこと。推しへの愛は健在です!

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