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2022.11.01

稲穂祭・早慶戦直前特集『承け継ぎて輝く』【第一回】齋藤巽代表委員主将×井上皓介副将兼旗手×梶野優介連盟常任委員兼記録編集責任者×玉城大基学生誘導対策責任者×木部昌平応援企画責任者兼稲穂祭実行委員長

 第一回に登場するのは、齋藤巽代表委員主将(教4=青森)、井上皓介副将兼旗手(法4=東京・早大学院)、梶野優介連盟常任委員兼記録編集責任者(創理4=東京・早大学院)、玉城大基学生誘導対策責任者(基理4=沖縄・昭和薬科大付)、木部昌平応援企画責任者兼稲穂祭実行委員長(教4=埼玉・昌平)の5名。最後の野球応援の季節を迎えた5人に、これまでの4年間を振り返っていただき、最後の稲穂祭、早慶戦に懸ける思いを語っていただいた。

※この取材は10月24日に行われたものです。

この1年間を、この4年間を振り返る

4年間を振り返る5人

――この1年間で印象的だった出来事はありますか

玉城 僕から話していいですか。やっぱり合宿じゃないですかね。春合宿はできなくて、夏合宿は3年ぶりの対面合宿で、齋藤と井上を中心に合宿の運営面を頑張ってくれて、途中にトラブルもあったりしたんですけど何とかやり切ることができたっていうのが、私の中で非常に大きかったことですかね。あと、夏合宿もそうなんですけど、今年はリーダーに関しては秋合宿もやったので、そこもよく下級生がついてきてくれたと思います。

梶野 大変だったと思うよ、本当に。

井上 情報がなかなか解禁されない合宿みたいな。ただ練習をしに行くだけだったけど、下級生にとっては「何をしに行くんだ」っていうドキドキで。われわれは練習をして下級生にオンオフをしっかり切り替えさせながら、リーダーっていうものの結束を高める合宿だったんですけどね。

梶野 夏合宿にできなかったことをね。

井上 伝統継承的なとこを。いろいろ楽しませてもらったってとこですかね。最終的には(笑)。

玉城 4年生は楽しかったでしょうね(笑)。印象に残っていること…。

井上 最後の方、まじめにした方がいいのかな。

玉城 そうだね。

梶野 良くなかったことの方が…。

一同 (笑)。

井上 それはちょっと分かる。

齋藤 代が替わりたてで練習していた時に、いきなりリーダーの中でコロナのクラスターが起こって。代交代早々に出鼻をくじかれるようなかたちになってしまって。まだコロナ対応とかに慣れていなかった頃だったので、結構てんやわんやになってしまって、ある意味、印象に残っています。

井上 1月から4月までは本当にコロナが印象的で。まだ慣れてもないし、なおかつ今まで2年間ずっと出ていなかったのに、急にめちゃめちゃ(感染者が)出るようになっちゃって。それで対応にひたすら追われて。(東京六大学野球春季リーグ戦の)開幕戦(の応援)ができなったっていう良くない印象があるけど、それも含めてコロナで全くできていないっていうのが自分たちの中であったかな。本当に5月、6月くらいからできることが徐々に増えて、本当に楽しくなってきたかなっていうのが正直なところかな。

玉城 確かに、前半はね。

梶野 他の大学含めて結構コロナがちょいちょい出ちゃって、応援が一部小さくなったりとかあったよね。

齋藤 節目、節目でコロナが出てたよね。

井上 そうそう。正直、春のリーグ戦は、リーグ戦前日の金曜日とかの段階でコロナ出て「大丈夫か」って主務の江渕(太朗代表委員主務、文4=東京・海城)とかとザワザワしていて。順調にいくのかみたいな、そういう不安すらあったよね。

齋藤 上手くいかないことしかなかった。

井上 上手くいかないことがあったからこそ、本当にデモスト1回とか内野応援1回、小さい応援でも各種応援が戻ってきたりとか、一つ一つの喜びがものすごく大きいかなと思っているかな。

玉城 (木部に対して)どうですか、応援プランナー。

一同 (笑)。

木部 野球応援が一番印象に残っているんですけど、正直、春は外野応援が続いて秋に内野に戻ってこれたのがうれしいです。高校生の時にオタクで、めちゃくちゃ神宮球場に行っていて、高校1年生の頃から見ていた神宮で内野での応援が戻ってきたっていうのが本当にうれしくて。昨日とかも法政と東大の試合を見に行って、法政も東大もどっちも引退だったので、感極まって泣いちゃいそうになったりもして。やっぱり六大学全体として内野に戻ってこれたのはすごく大きいですよね。

玉城 オフィシャルな活動とは離れるかもしれないんですけど、後期に会食が緩和されてきたので同期と飲み会をする、下級生を飲み会に連れて行く。これが僕は最強に楽しいですね。やっぱりここにいるメンバーは後輩の面倒を見ていると思うので。それがやっぱり楽しくてしょうがないですね。

井上 リーダーの本来の楽しさみたいなのを感じるようになったし、それを受け継げたっていうところが、本当に全体としてこの数カ月で印象に残っていることかな。

梶野 コミュニケーションちゃんと取れるようになったよね。2年の時とか1個下と一切ご飯とか食べてないよね。

井上 片手で数えられるくらいしか行けなかったわ。

梶野 ZOOMで話したりとか。

井上 倉庫とかでコミュニケーションを取るくらいだけど、本来の彼らを知るころがようやくできたよね。ちょっと遅かったなと思うけどね、申し訳ないけど。ピンポイントでこれっていうのが出てこないよね。

玉城 確かに。

井上 結構印象に残っているのが3号館前でのデモストが復活したことかな。人がびっくりするくらいいたし、集まり過ぎなくらい人が集まったし、本当にあれは感動的だったね。

梶野 感動的だった。

井上 多くの早大生に『紺碧』(『紺碧の空』)や校歌を聞いてもらえたというところだったりとか、本来の早稲田の姿が取り戻された瞬間だったっていうところで、一つのターニングポイントだったかも。

梶野 ああいう騒いでる感じだよね、昼休みに。

齋藤 ここから元の日常が戻っていく感じがね。

井上 そうそう。

梶野 来年、再来年にはサークルもきっとあそこでまたステージができるようになってると思う。

井上 新歓とかにも足掛かりになるかもね。

玉城 確かに一個ターニングポイントかもしれないね。やっぱり3号館前はいいね。先週にはアニバーサリーステージとか。昼休みにみんなが来る、自然と足を止めてくれる、それで見てくれるっていうのがいいね。

井上 絶対に本キャン勢の早大生は通るような場所にはなるよね。

――4年間を振り返って思い出に残っていることはありますか

玉城 新人の合宿じゃない?

井上 そうだね。これはたぶんみんなそうだね。

玉城 全会一致だよ。

梶野 間違いねえ。

玉城 (木部に向かって)プランナーがちょっと…

木部 合宿つらかった。

一同 (笑)。

井上 当時の4年生が本当にね…。

玉城 優しかったよ。愛があった。

木部 記憶がない。

梶野 記憶がないやつか、めちゃくちゃ記憶あるやつかのどっちかだよね。

井上 俺はめちゃめちゃ記憶にある。本当に練習がきつかったし、あいにくの快晴続きで暑かったし、分かんないことだらけだし、ただただきつかった。けど、最後はやり切ったってところで、これがやれたから俺らやっていけんじゃないかって自信がついた。

梶野 新人の一番大きな出来事は間違いなく夏合宿ではあるよ。

玉城 4年間で見ても新人の合宿かもしれねぇな。

井上 合宿できたのは最初と最後だけだったけど、どんな代替練習とかあっても最初と最後の合宿が印象的だね。

玉城 印象的だね。

梶野 今年もそれを目標に夏合宿をやった感じはあるよね。

井上 ありとあらゆるものを獲得できる場だと思う。合宿って。

梶野 生活面とか、総合的な部分でもね。

井上 あとは新人の秋早慶。

玉城 秋早慶なんだ。俺は春早慶のほうが印象に残ってる。

井上 俺は秋早慶の3回戦でバクセンやったから。サヨナラ勝ちしたじゃん。最後に4年生10人全員が泣きながら、紺碧、コンバットをやって、チアの4年生26人とリーダー4年10人が代わるのをひたすらやって、死ぬ気で応援してて、それで最後サヨナラ勝ちしたのをバクセンの位置で全体を見ながら応援させてもらって、すごいいい景色だったし、最終的に慶應に勝てて、早慶戦って本当におもしろいなって思ったかな。

玉城 (井上、梶野を指して)この辺付属校出身だし、応援部オタクっぽい人が多いんだけど、俺は高校の時は早慶戦とかそこまで知らなかったし、だからこそ観客の多さにびっくりした。観客数自体はサークルの新歓の一環で来るから春の方が多いんだけど、やっぱり内外が観客で埋め尽くされて、立ち見もいるくらい。応援なのかお祭りなのかよく分からない状況のまま2日間を終えて。もちろんその前の練習とか含めてきつかったこととか、鮮明な細かい記憶っていうのはあんまりないんだけど、一瞬一瞬の景色がまだ蘇ってくるというか、そういうのを感じた春の早慶戦でした。あと、神宮の独特の匂い分かる?

齋藤 分かる。

玉城 分かるよな!

齋藤 なんか桃みたいな。

玉城 いや、それは分かんない(笑)。

一同 (笑)。

齋藤 たまに…(笑)。

玉城 やっぱり神宮に行くと、俺は新人の頃に初めて行った神宮を思い出すんだよ。分かる?

齋藤 匂いがあるのは分かるけど。

井上 屋台の食べ物の匂いしか…。

玉城 いや、神宮の匂いがあるんだよ。

齋藤 いい匂い。

井上 匂い? 雰囲気じゃなくて?

玉城 いい匂いっていうか、神宮だなっていう。

齋藤 いい匂いしてこない?

木部 分かんない。

井上 ホットフードのいい匂い(笑)。

玉城 やめようぜこの話(笑)。誰か分かる人いないかな?

木部 4年間振り返って、やっぱり内野に戻ってきたのが一番かな。

玉城 そうだね。

木部 今までなかったわくわくみたいなのが、自分たちの試合でも、他の大学の試合でも感じられて。それが本当にやっぱりうれしかったです。昨日も2017年の東大の副将の方に会って。高校生の時に駒場祭に行っていて、そこで写真撮ってもらった人に声かけたら、「木部君だよね」って覚えてくれていて。全然関係ないんですけど。

梶野 ガチでただの木部の話(笑)。

木部 とりあえずそういう出会いとかもあって、あとからFacebookでフォローされて、メッセージが来たりとかして。そういうのもあったので、本当に「人生変えたきゃ神宮こい」。

玉城 俺が作ったやつ(笑)。

木部 ガチで僕は変わったなと思っていて。内野に戻ってきてすごく実感できたので、4年間で一番。コロナがなかったらこういうこともなかったので、コロナのおかげでこういうありがたみを感じられたのはすごく良かったですね。

齋藤 試合に限らないんですけど、新人の頃の秋早慶のシーズンは印象に残っていて。本当にスケジュールがハード過ぎて。三田マラソン、1日空いて地獄巡り、各種応援とかがあって翌日に東伏見マラソンで、その翌々日に稲穂祭だっけ。っていうスケジュールだったんですけど、よく生きていたなって感じなんですけど。

井上 何キロ走ってたかな。20キロ、20キロ、20キロで60キロくらい走ってるのかな。

梶野 総距離で50キロ以上は走っているよ。一週間で。

齋藤 今となっては自分がなんでその練習を耐えきれたのか、乗り越えられたか不思議で。上手く説明できないんですけど、言葉で説明できないような力が働いて乗り越えることができたような。それこそ気合なのかな。理屈じゃなくてそういう気持ちみたいなもので乗り気ったんだなって、今振り返ると思います。それでモチベーションが右肩上がりに上がっていって、早慶戦に臨むことができて。外野は空かなかったんですよ、あいにく早稲田祭と被ってしまって。すごく悲しかったんですけど、でも部員全員が内野スタンドの空間の中に集まって、正真正銘最後の応援、一番いい応援というか新人の身だったんですけど、これが部員全員で応援するっていうことなのかっていうのをこの時に初めて理解したというか。そういうきっかけになった秋早慶でしたね。

井上 彼(齋藤)とおんぶを組んでいて。僕の方が10キロ以上重くて、彼をぶっ殺したっていうのがどうでもいいエピソードです(笑)。

齋藤 体重が近い人同士でペアを組むんですけど。

梶野 走るメニューがあって、その中でたまにおんぶって言って、同期とか1個上をおんぶして何キロか走って、足腰を鍛えるトレーニングみたいなのがおんぶです。

井上 で、10キロ以上重い自分が彼の上に乗って、彼を殺しました(笑)。

齋藤 ぶっ壊れてた(笑)。

玉城 梶野、話したっけ?

梶野 あー、してないか。

木部 六旗(『六旗の下に』)?

梶野 じゃあ六旗にしようかな。個人的には六旗はどの学年の時も思い出はあるというか、1年生の時は拍手が10人の中で一番弱かったので、とんでもなくいじめられて。辞めたやつと一緒にいじめられて。最終的にそこで辞めたやつは去ってしまって。10人になったのがその六旗かな。

玉城 そうだね。

梶野 そこから(10人で)変わっていないんですけど、すごく絞られたイメージが強かったのが新人の六旗。2年の六旗はコロナもあって秋シーズンの早慶戦が終わった後にやったんですけど、僕はその前のシーズンで校旗付きという旗を扱う仕事で大きなやらかしをしてしまいまして、それで本来は六旗の旗を管理するのは齋藤のはずだったんですけど、急遽、僕になって。取り返しに行くっていうのがありました。3年は司会。唯一、下級生の中で表方として人前に立つ仕事をさせてもらったのと、4年は連盟常任委員として『紺碧』を振ったのと。取り返す場だったり、過酷な場だったのかな。徐々に表方として人前に立たせてもらうことを経験できたのは六旗だったので、自分の中では割と印象に残っています。どの4年間をとっても六旗は印象に残っているなと思います。まとまった。

梶野 まとまった。すげえ。

井上 まとまりましたね。

玉城 さすが梶野。

――コロナ禍を振り返っていかがですか

梶野 一番大変だった人を決めるのは難しいよな。

井上 (玉城、木部、梶野を指して)この辺も大変だったでしょ。学対(学生誘導対策部門)もそうだし、応援(応援企画部門)は応援のやり方も考えないといけないし、彼(梶野)はガイドライン作らないといけなかったし。

梶野 他大学と連絡取ったりね。

井上 どの切り口からいく?

木部 下級生の間はさ、(大変なことは)なかったよね。

梶野 なすがままだった(笑)。

木部 下級生の間はコロナじゃなかったらもっときつかったなって思います。

井上 まぁまぁまぁ。

木部 コロナ禍できついと思ったことは正直なくて。4年になってからの方がね(きつかった)。

梶野 4年の大変さというか。「こんなこと4年はするんだな」っていう(笑)。

井上 いっぱいあったよね(笑)。

木部 下級生の間はただ負担がなくなっただけだった気がする。1年生の時のやばい練習を知ってるからさ。

梶野 失ったものの方が大きかったよね。経験できなかったこととか。

井上 2年の大事な最初の時期に新歓で後輩を入れるために「めっちゃ気合入れていこう」って思った矢先でコロナで活動を失い、春のリーグ戦(東京六大学野球春季リーグ戦)も中止になって、練習も3カ月くらいできなくて。

木部 応援もほぼなかったしね。

井上 応援も野球応援しかなかった。野球応援すらもできるか分からない状況で、「ああなんかもう、終わりだな」っていう風に絶望はしてた。「何のために(応援部に入ったんだろう)」っていう風になりかけた。

木部 精神的にはきつかったよね。

井上 きつかったよね。

木部 体力的なところは大丈夫だったけどね。

井上 うん。

木部 「楽になったな」っていう感想は正直あったよね。

玉城 活動減ったしね。

梶野 社会と同じで応援部も効率化したよね。

一同 確かに。

木部 一番良くない。

梶野 一番良くない(笑)。

井上 でも考えるきっかけになったし、社会が急速に変化していった中で応援部もさすがに変わったかな。われわれが1年生の時のものをずっとやっても社会が変わり過ぎてるから、どうしようもないなってところで変わってきたところは少なからずあるかなとは思う。他の体育会とか聞いててもそうだしね。

玉城 本当に必要なものっていうのをコロナ禍で見極めたよね。もちろん応援部にとっていらないものはないんですけど、一番大事にしていきたいものを見つめ直せたかなと思いますね。

梶野 1個下、2個下がこれまでのものをこれから戻していくって意味ではすごく大変になるよね。最近すごい思うのが、コロナで少子化が7年進んだっていうニュースがあるんですけど、応援部も全く同じことになってて、どこの応援団を見ても人が入らない状態になっていて。コロナがなくても7年後とか10年後とかに起きてたことが早回りで来てしまっているのかなと思っていて。そこに対応が追いついていない現状もあるので、それを1個下、2個下がどれだけ頑張ってくれるのかなというのは、期待半分、不安半分という感じで思っています。

井上 われわれは活動を戻すっていう感覚だけど、1個下は新しくつくるってところになってるから、全然負担は違うと思うし。そもそもわれわれが3年前のものを戻すだけでもすごい労力だったので、それをわれわれが完全にいなくなってからやるっていうのは今までの彼らが経験したことのないような大変さが降りかかってくるかなと思います。

玉城 ちょっと似ているかもしれないけど、自分たちが1年生の時に経験した大変なこともたくさんあったんですけど、楽しいこともたくさんあって。それをコロナのせいでちゃんと伝えられていないですね。例えばさっきの早慶戦で人がいっぱい入って観客と一体となって応援したこととか、先輩と飲みに行く楽しい時間だったりとか。きついことも減ったかもしれないですけど、楽しいことも減ってしまって。応援部で過ごしていくことは濃い大学生活だと思うんですけど、「もっと濃いんだよ」っていうのを教えてあげたいですね。

木部 薄まったよね。

玉城 薄まったね。

井上 2年の時俺ら「礼儀作法自己鍛錬部」って裏で言ってたもんね。

一同 (笑)。

井上 ただただきついだけだった、一時期は。4年になったタイミングで楽しいところもできる限り戻したいよねっていうのはあったよね、われわれの代は。

梶野 1個下はよく残ったよね。

玉城 よく残ったと思うよ、後輩は。

梶野 1個下は誰も辞めなかった?

一同 うん。

梶野 1個下は8人誰も辞めなかったんですけど、僕らが2年の秋頃にリーグ戦ができるようになって、本当に練習と応援しかなくて。それ以外でご飯も一緒に食べちゃダメで、きついことしかなかったので、よく彼らは残ったなと思いますね。

玉城 よく残ったな。

梶野 そういう意味では頑張ってるなぁってすごく思いますね。

玉城 キャプテン(齋藤)話したっけ?

井上 今年入ってから大変なこともいっぱいあったよね。

齋藤 そうね。

井上 マネジメントっていうか、コロナ(の感染者)が世の中で出てくるのはやむを得ないって状況になった時に、応援部の活動も動かさないといけなくて。(感染者が)出たとしてもどうやって感染を広げないか考えながら、あとはリスクがあって「ここはやるべきじゃないんじゃないか」ってふるいをかけることもそうだし。マネジメント的なこところは気を使いながら、われわれが当たり前にやれている活動も実は裏で調整しながらやっていたところもあったかなと思います。

梶野 4年ならでは。

井上 ならではだね。

齋藤 われわれが新人の頃に経験したことを下の代に伝えて、応援部本来の楽しさっていうのを分かってもらいたくて、目標を打ち立てて頑張ってきたんですけど、まだ完全には戻り切っていない状況で。コロナって向こう10年くらい付き合っていかないといけない問題なのかなと思っていて、そういう意味では対策と回帰っていうところを両輪保った状態でみんなのおかげで進めている状態なので、これから先下の代が頑張っていくことができる土台はできつつあるのかなと思いますね。

玉城 あとは後輩が頑張りますから。

一同 (笑)。

応援の「原点」を考える

『原点』について語る井上(右)(左は木部)

――今年度の全体年間目標が『原点』ですが、どういったものを「原点」だと捉えていますか

一同 (笑)。

玉城 目標誰も分からん(笑)。

梶野 人によって違うよね。

玉城 そうだね。でもやっぱり自分たちが新人の時に経験したことが僕らの「原点」なんじゃないですか。

梶野 僕らにとっては多分みんなそこなんですよ。

井上 「原点」とはっていうのはたまに議論になる、実は。

梶野 作っておきながらね。

齋藤 でもそれこそさっき玉城が言っていたように、いろいろそぎ落としていかないといけない中で、大切なものは何なのかって考えるっていうこと自体が「原点」なのかなと思います。あとは「原点にして頂点」っていうところですかね。

井上 自分の活動の原動力的なところ、「原点」となるような活動や経験っていうのもそうだし、あとはこの部の意義的なところである「原点」は玉城の言ったところにも通じるかなと思います。これもパートによって違ったりして…

玉城 そうなの?

井上 バンド(吹奏楽団)とかは必ずしもコロナ前が良かったでわけではなくて、コロナになって考えるきっかけができて、吹奏楽団はいま人数が増えて活動が充実してるって感じ。パートによっては、コロナ前が良かったっていう「原点」と俺らとはまた違う「原点」もあったりするから、いろいろな意味ではあるよね、正直。おのおのが(「原点」を)持っていると思います。

梶野 そうですね。でも下級生にとって今年が「原点」になってくれるとうれしいよね。新しい「原点」を僕らがつくれたらいいなって思いますね。活動が広がったという意味で。

井上 俺らめっちゃしゃべってる。

玉城 (木部に向かって)プランナー!

木部 全然今のでいい。

玉城 (笑)。いやいやいやいや。

木部 さっきも言ったんですけど、僕は高校生の頃から応援のファンで、自分が見て憧れていたものが「原点」だと思い込んでいて、大学入った時にはそれが実際にあったのでそこが「原点」だと思っています。なので吹奏楽団の方の意見とは全然違って…

一同 (笑)。

木部 令和元年度に入部した時に無駄だなって思ったものは正直一個もなかったですし理にかなっていると思っていましたね。コロナ禍でなくなってしまったものを復活させることは意識して、僕が憧れていたものをしたいなと考えていて、そこが僕の「原点」ですね。

梶野 リーダーはそういう考えの人多いよね、多分。

木部 リーダーは少なからず、みんなあると思うんだけど…

井上 コロナ前を知る最後の世代だからこそ、伝えないとなっていうのは今年一のテーマにはなってるよね。リーダーの目標の『伝える』というのも伝統の継承というところだと思います。

玉城 原点はやっぱり人それぞれじゃないですかね。リーダーは統一意識を持っていますけど。

井上 リーダーはそうだね。

――下級生の応援への取り組みについてはどのように感じていますか

玉城 甘いと思いますね。

井上 ビシッといくね。

玉城 ここで変に褒めても仕方ないよね。

井上 期待しているからこそ、こうして欲しいというのはたくさんあるかな。

梶野 期待してるからだよね。

井上 もちろんもちろん。

玉城 最近下級生によく言っているんですけど、早稲田の応援が日本一だと冗談抜きで思っていて、早稲田のリーダーが一番かっこいいと思っているんですよ。だからこそ、それに見合うような応援をしてほしいと思っているし、それに見合うような早稲田のリーダーになってほしいとは思っていますね。

井上 期待したいことというか持ってほしい考えとして、人に見られるのが早稲田の応援なので、式典も応援も人が集まるし、いろいろなところでいろいろな人に見られている中でも全員がすごいなと思われるようになってほしいと思います。見られているような意識をずっと持っていてほしいと思います。

玉城 あとは応援に関してはプランナー(木部)じゃない?

木部 ちょっと待って、他の人の話聞きたい。

齋藤 もっと心から応援を楽しんで欲しいと思います。何となくやらされている感というか、やらないといけないことをこなしている感が伝わってくることがあって、はっちゃけろっていうわけではないんですけど、全力で応援に打ち込んでそれを本当に心から楽しめる人間になってほしいなと思います。応援を楽しいと思うためにはやらないといけないことがあるわけで、そこをまずはしっかり徹底するところから始めてほしいなと思います。

玉城 でも難しいんじゃない? 僕らが1年生の時の野球応援では観客とコミュニケーションをとって、観客席に割り込んで行って応援を作り上げるという感じだったんですけど、今はやっぱり部員同士だし、どうしてもやらされてるじゃないけど、そう感じやすい環境なんじゃないかな。

梶野 自由度は低いよね。

玉城 そうね。

木部 主体的に何かできるかと言ったらそうでもないよね。

井上 俺たちが1年生の時は観客を巻き込んで、みたいな感覚もあったしね。

玉城 観客とおしゃべりしたり、仲良くなってご飯に行ったりとかそういうのもあったしね。応援を楽しむ。俺も新人の時は楽しくなかったからな。ここで言うべきか分からないけど。

井上 人によるよね。

玉城 応援楽しかった? 1年生の時。

井上 俺は楽しんでいた派だよ。

木部 割と。

玉城 場所によるよね。

梶野 ものによる(笑)。

井上 俺は練習がきつ過ぎたから、週末の応援がご褒美だった。

木部 それは俺もずっと思っていたよ。

玉城 いや麻痺してるよ(笑)。

木部 いや新人の時はそうだったよ。

井上 俺は毎週水曜日の陸トレが嫌いすぎて、それを越えるのが週末の神宮への関門というか、そういう考えだった。

梶野 俺は陸トレだけが楽しみだった。

玉城 足早いもんな(笑)。

井上 そういうのは分かれるんですけどね(笑)。

齋藤 練習の時あんなに厳しかった先輩が、応援の時ではまた違うというのがね。

井上 確かに、そういうのはあるね。われわれが1年生の時の4年の先輩は、神宮を楽しめない子たちをなるべく減らしたいと思っていたって言っていたね。

玉城 それはすごく感じた部分はあるよね。

井上 だいぶ好きにやらせてもらったよね、特に1年生の時は。

玉城 そうだね。

井上 1年生だからできることってたくさんあると思うけれど、それをさせてもらえた新人時代だったよね。

梶野 たくさんふざけてたくさん怒られたっていう思い出だね。

井上 結構危険なこともしたよね。

梶野 綱渡りだったね。

齋藤 観客から怒られたこともあったね。

木部 それはやばいよ。

玉城 何をしたの(笑)。

井上 地雷踏んだやつね。

齋藤 普通に試合見えないよ、みたいなね。

井上 あーそれはあるあるだよね。

玉城 それも含めて新人時代ですからね、応援部の。

梶野 貴重な経験だからね。

玉城 大事だよね。

梶野 失敗はしておくものだよ。

玉城 やっぱりあるんですよね、神宮に行って理不尽な理由で先輩、観客から怒られたりすることって。やっぱり当時はなんで観客に嫌がられるようなことをやっているのかとか意味が分からなかったですけど、それが周り巡って結局今のリーダー4年としての自分を作っているところはあるだろうし、リーダーとして、応援部員として必要なことを培うことができるのが新人時代かなと思います。

最後の秋に懸ける思い

早慶戦への意気込みを語る齋藤

――秋季リーグ戦の応援にはどのような思いで臨まれていますか

井上 ただただ優勝したいという思いです。勝つために、勝てる応援席の雰囲気を作るためにひたすら自分のやれる限りのことをやり尽くしている、ただそれだけですね。

木部 秋は本当に最後なので、絶対に勝ちたいと思っているし、試合中も絶対に勝てると思って応援しています。自分が応援部員としてやってきたことを最後神宮で全部出して死ぬぐらいの覚悟でやろうと思っていて、「応援部は神宮に咲く花」なのかなと思っているので、最後早稲田が勝って散ってそれで終わりでいいと思っています。下級生の間頑張ってきて、4年で花として咲いて、最後の秋シーズンが終わる時に散っていきたいなと思います。そういう覚悟で臨んでいます。

玉城 先週、木部を含めて同期何人かで居酒屋で飲んでいた時に、得点した時に『紺碧』を肩組んで歌っているときは死んでもいいよねっていう話を同期がしていて、それに感動しました。木部とかはそういう思いを持っていると思います。

木部 ずっと憧れていたからね。6年間、高校3年間と大学3年間ずっと憧れてきたところにやっと(内野に)戻ってこられて、ようやく活動できていることが最近毎日嬉しいです。立教戦が終わってしまって少し寂しいですけど。

井上 アフターリーグ戦の木部が心配(笑)。

玉城 やばいね。

井上 燃え尽き症候群かな。

木部 ロータリーとかで寝てるかもしれない(笑)。

一同 (笑)。

梶野 秋に限らずですが、過去にあったものをしっかり伝えないといけないということをすごく意識していて、僕は連盟常務委員なので連盟的な部分もありますし、指揮台の作り方一つをとっても時間内に指揮台を作れなくて後輩たちがてんてこ舞いになっているのを見ながらそういうところも指導したり。具体的な内容って言われても難しいんですけど、来年に僕らがいなくても大丈夫なようにはしっかり準備をさせていきたいなと思っています。

齋藤 応援って一人の感情が違う人にどんどん伝播していってそれが一つの大きな渦になっていくもので、僕はそれが応援だと思っています。だからこそ主将の自分の雰囲気次第で応援席の雰囲気が決まると思っていて、自分が一番応援に熱中するということは、1つ、秋はポリシーに掲げてやっていますね。あと、もう1つは本当に全員で(応援する)というところですね。リーダーだけではなくて、楽団とチアも含めて全員で応援するということ。数年ぶりに合宿を行うことができて、最後の総合練習で得られたものは確かにあると思っているので、そこで得られた結束力というものをしっかり応援にも生かして、そういう雰囲気でしっかり応援もして、勝つというのを目標にしています。

玉城 人それぞれなんだよね。僕は自分の持ち回をしっかり盛り上げるためにどうすればいいのかということしかいつも考えていないですね。

井上 全部意味があることだからね。

梶野 10人いると考えも違うし、やれることもそれぞれあるからそれがまたいいところだよね。

玉城 それぞれの武器はあるね。

井上 間違いない。

――ここまでの秋季リーグ戦を振り返って、印象に残っている場面などはありますか

木部 指揮台の上でどのようにやるかを4年生に伝えるようにしています。あとは秋季リーグ戦では新しい応援曲を作って、これまでの8戦で使ってきて、他大学や観客の方からの評判も良いですね。この前の立教1回戦で、早大が勝ち越した10回表に入れた時も盛り上がりました。秋季リーグ戦に向けた取り組みが身を結んできたのかなと思います。あと僕らの新人のときの4年生の先輩が東大1回戦で『雷轟』を発表して、僕らが内野に戻って来て最初の試合で『暁』を発表したので、過去の人たちへのリスペクトも込めながらここまで来られたのかなと思います。

井上 明治戦2回戦で大敗を喫したのは、ある意味一つのターニングポイントだったかなと思います。応援が思うようにいっていないと感じる部分もあったし、野球部も苦しんでいるなと感じる部分もありましたが、間違いなくああいう苦しい思いをしたからこそ、より一層やる気が湧いたかな。自分たちがこの4年間で経験したことがないような試合展開だったので、「こんなに(点数を)取られるかな」と思ったし、俺らもひたすら苦しかったっていう印象だったけど、野球部からメッセージをもらったりして、ここからまた仕切り直して優勝に向けて一緒に戦っていきたいと思えた場面でもありました。

玉城 視点が違うかなと思うんですけど、僕が今まで経験してきたリーグ戦の中で、野球部との距離が一番近かったリーグ戦だったかなと思っています。個人的に応援部と野球部との距離を縮めていきたいという思いがずっとあった中で、今年はリーグ戦直前のリーダー練習に野球部が見学しに来てくれたり、試合前に応援席の入り口のところで毎回野球部と挨拶をしたり、観客動員の話について野球部とできたりとかしました。あと最近印象的だったのが、立教戦か東大戦で、応援席でリーダー部員がこういうのをやっていて(手でサインの動きを見せる)。これは盛り上げろっていう意味のサインで野球部にも教えたところ、試合中に野球部がやってくれて、そういうのはうれしいですね。校歌やエール交換も一緒にやってくれますし、観客や自分たちの応援も大事なんですけど、応援している対象は野球部なので、そこの距離を縮めた上で早慶戦に臨むことができるのは、これまでのリーグ戦の大きな収穫なのかなと思います。

井上 一緒に戦ってる感じが強いよね、今季は。

梶野 他大学の野球部は試合が終わった後のエール交換の途中でどんどん抜けていくんですけど、早稲田の野球部は相手校のエール交換まで終わってから抜けていくので。そういうのを見ると僕らと一緒に応援してくれているんだとうれしくなります。

齋藤 観客と相対して応援することができるようになって、観客の方々は声を出すことはできないですけど、手拍子などを通して感情は伝わってくるので、センターをやるとどうしても疲れてくることはありますが、そういうのを目の当たりにすることで、自分が頑張る原動力になっています。内野で指揮台に立ってセンターで振ることは、みんなの思いを受けながら一つに束ねていくことなんだなっていうのが4年の秋になって分かりました。

――稲穂祭への意気込みをお願いします

梶野 久しぶりに慶應義塾と一緒にできるのは意味があるというか、僕らが新人だった時のものにまた戻るというのはうれしいですね。慶應とお互いにボルテージを高め合いながら、早慶戦に向かっていければと思います。

玉城 とにかくたくさんの人に来てほしいですね。学生誘導対策責任者としてというのもありますけど、いろいろな取り組みをしていて。体育各部や各サークルにアプローチしたり、全学メーリスを配信したりとか、いろいろな方と交渉してどうやったらたくさん人が来てくれるのかを考えています。ここ2年、人をいれて開催することができなかったので、手探りではありますけど形として観客数で実ればいいなと思います。もし結果が出なかったとしても、これを足がかりにして来年につなげてほしいなと思います。でもやっぱり満員になってくれたらうれしいですね。

井上 3年ぶりの有観客での対面開催ということで、観客の方と一緒にステージを作りたいなという思いは強いです。応援席でも観客と応援部が一緒に作るものだと思っているので、久々の有観客ということでお客さんの熱気を感じながら応援部もやりたいし、お客さんが応援部の熱量を受け取って手拍子で答えてもらって、とにかく大隈講堂を熱くしたいと思っています。あと副将兼旗手というところでいうと、早稲田の校旗と慶應の塾旗の旗礼も稲穂祭ならではなので、伝統の早慶戦というのを感じてもらえればなと思います。

齋藤 稲穂祭にボルテージを高くして臨めれば、それが早慶戦にそのまま生きると思います。いかに稲穂祭に向けて高いモチベーションで臨めるかだと思うので、その前にある練習もバシッと決めてリーダー一丸となって稲穂祭に臨みたいです。

木部 実行委員長として、いま話してもらった彼らの思いを背負ってやらなければならないですし、良いものにするか悪いものにするかは僕がちゃんと動けるかどうかなので。まずは、ちゃんと成功させなきゃいけないなって思います。早稲田の応援部が一番いいなとか、早慶戦で早稲田の応援席で早稲田の応援見たいなって思ってもらえる稲穂祭になるように頑張ります。あとは、応援企画責任者として野球応援で意識していることをメドレーに入れ込んであるので、今年の野球応援を体現するような応援曲メドレーやステージに注目していただけたらと思います。野球部も来るので、野球部と一丸となって早慶戦に向かっていけたらと思います。

――早慶戦に向けての意気込みをお願いします

梶野 どの年も4年生の最後の言葉や表情がとても印象に残っているので、自分が最後にどういう表情になるか、どんなことを喋るか、どう終わるかが楽しみです。

井上 多くの方に見てもらえるということで、発声やテクなど自分が4年間で積み上げてきたものをしっかり披露しつつ、感謝の気持ちも示したいなと思います。学生スポーツは4年生が大事で、4年生の思いが下級生に伝播して全体を動かすと思っています。集大成である最後の早慶戦では4年生の思いが応援席の雰囲気を左右して全体を動かすと思いますし、4年生が作り上げるものだと思うので、自分の一挙手一投足が応援席に大きな影響を与えると思って覚悟を決めてやっていきます。

玉城 秋の早慶戦に関わるすべての人たちに、「こいつらで良かった」って思ってもらえるような早慶戦にしたいと思います。具体的には部の同期や部の下級生から「こいつらと一緒に応援して良かったな」「こいつらが同期で良かったな」とみんなに思ってもらえるような早慶戦にしたいです。あとは野球部のメンバーにそう思ってもらいたくて、勝敗ももちろん大事ですけど、「こいつらと一緒に戦えてよかった」「こいつらに応援されてよかった」って思ってもらえる早慶戦にしたいです。あとは観客ですね。今年は内外に分かれてやるので、この代と一緒に応援して、「神宮に来て良かった」と思ってもらえる応援を見せたいです。

木部 対外的な話としては、内野、外野に分かれての応援というのは3年ぶりですし、僕らの代でできる最後の応援でもあるので、いいものを作りたいです。入念に準備をして、今までの全部を発揮できるような舞台にしたいです。個人としては神宮で死にたいなと思っていますね。持っているものをどれだけ出し切れるかなので、自分の満足度的にはそこが重要だと感じています。最後に早稲田が勝って、そのまま散っていって応援部人生を終えたいと思っているので、応援企画責任者としても、最後まで応援をやり切れたらと思います。

齋藤 集大成なので最後まで悔いなくやり切るというのはもちろんのことですが、4年の秋早慶はこれまでやってきたことの答えが出る場所なのかと思っています。どういう答えに行き着くのかはわからないのですが、残りの少ない期間で、早慶戦に向かって全力でやっていきます。

――ありがとうございました!

(取材・編集 安齋健、横松さくら、横山勝興、濵嶋彩加)

稲穂祭、早慶戦に向けた目標を書いていただきました! 戦いの舞台はもう間もなくです!

◆齋藤巽(さいとう・たつみ)

1999(平11)年9月27日生まれ。青森高出身。教育学部4年。役職は代表委員主将。マイブームはインターネット大喜利だそうです!

◆井上皓介(いのうえ・こうすけ)

2000(平12)年7月2日生まれ。東京・早大学院高出身。法学部4年。役職は副将兼旗手。最近ダイエットを決意したそうです!

◆梶野優介(かじの・ゆうすけ)

2000(平12)年7月23日生まれ。東京・早大学院高出身。創造理工学部4年。役職は連盟常任委員兼記録編集責任者。好きな麻雀の役はメンホン・チートイツだそうです!

◆玉城大基(たまき・だいき)

2000(平12)年9月23日生まれ。沖縄・昭和薬科大付高出身。基幹理工学部4年。役職は学生誘導対策責任者。後輩と飲みに行くことが好きで、好きな曲は『F4大進撃』だそうです!

◆木部昌平(きべ・しょうへい)

2000(平12)年11月27日生まれ。埼玉・昌平高出身。教育学部4年。役職は応援企画責任者兼稲穂祭実行委員長。マイブームは東京六大学野球の試合を見に行くことだそうです!

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