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競走部

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2022.05.13

【連載】関カレ直前×新体制特集『新風』 PART2 新入生特集③ 女子

 今年の新入生は女子選手も強い。昨年のインターハイとU20日本選手権400メートル障害ともに3位の大川寿美香(スポ1=東京・三田国際)、インターハイ400メートル800メートル2種目入賞の新田望(スポ1=神奈川・法政二)、昨年のU20選抜競歩5キロ5位、1万メートル競歩47分30秒の自己ベストを持つ藤田真美加(スポ1=千葉・成田)、そして19年の国民体育大会入賞、100メートル11秒台の自己ベストを持つ山越理子(人1=東京・富士)が新たに競走部に加わった。高校時代から全国クラスの大会で活躍してきた4人。そんな早大競走部女子の未来を担うルーキーたちに迫る。

※この取材は4月23日に行われたものです。

お互いについて

笑顔で話す4人

――女子部員は割と少ないと思うのですが、皆さん仲良くなりましたか

一同 はい。

――練習の時以外もお話しされたりするのですか

藤田 授業で一緒になった時とかに。

――同じ授業も結構ありますか

大川 人科(人間科学部)とはちょっとないのですが

藤田 他は一つずつくらいはあります。

――面白い授業などはありますか

大川 情報処理っていう授業があるのですが、社会に今後出ていく上ですごく役立つことを教えていただいています。例えばブラインドタッチができるようになるような授業だったりとか、あとは手間がかかる作業をショートカットキーを使うことによって、「こういうことができるんだよ」っていう、Control+Sとか。

藤田 スポーツ科学部なので生理学とか解剖学とか、そういった体のことについて学べるのはすごくためになっています。

――元々興味があったのですか

藤田 そうですね、早稲田を志望したきっかけも、スポーツ科学を学びたくて、自分の体のことについてもっとよく知らないといけないなと思って志望したので、興味はありました。

――山越選手は人間科学部ですが、面白い授業はありますか

山越 人間行動学という授業があって、そのままなのですが、人間がなんでそういう行動をするのかみたいなのを、色々なことがあるのですが、それを説明してもらう授業があって、それが聞いていて面白いなと思います。

――次にお互いのことについてお聞きします。入学前からお互いのことを知っていましたか

大川 ここ(大川、山越、新田)が東京・神奈川っているところで、あんまりここ(藤田)はなかったのですが、同じ大会にはいました。

藤田 個人的には知っていました。

――お互いの第一印象と今の印象をお聞きします。まずは山越選手の印象からお願いします

新田 えーなんだろう…(笑)。元から中学・高校と東京・神奈川で結構知っていたのですが、しっかり関わったのが多分大学からで、元からすごく速い選手だったというのは知っていたのですが、本当に印象としては優しそうな感じだなと思いました。今の印象は、結構静かかなと思ったのですが、意外とめっちゃ話してくれるなという印象です。

大川 私は最初、真面目そうな子だなと思って、今でもそれはひしひしと伝わるのですが、真面目なのにプラスして、今(新田が)言っていたように、結構ラフな感じというか、楽しく会話が弾むので、すごく大人しそうに見えるけど、口が開いたら(笑)、一緒に会話が弾む感じで楽しいです。一緒にいて楽しいです。

藤田 そうですね、私が初めて会ったのが先日の六大学(東京六大学対校)の時で、一緒に仕事とかをして、クールビューティーというか(笑)、一緒に仕事をしてお話しして、やっぱりこれから一緒に頑張っていけるんだなと、すごくうれしかったです。

――次に新田選手に対する印象をお願いします

大川 私は中学の合宿で一緒になって、一緒の部屋で泊まったのですが、その時が多分初めてちゃんと

新田 でも私記憶ないんだよね…(笑)。

大川 いや私はあるんですけど(笑)。寝る前にすごい一人でストレッチをしていたのを覚えていて、私の学校の部員と、「ストレッチする? 」みたいな流れになったのを覚えていています。ちゃんと自分の中で、故障しないような体づくりを自分からやれているんだなというのを、見習わないとなと思ったのがすごく印象的で。今でもそういうストレッチとかを怠らずにやっているのにプラスして、性格的には、何に対しても積極的に、何でも楽しんでいるなというのが伝わってきます。練習前もきつい練習なのに、「今から100メートル10本行ってくるわー」という感じで何事も前向きに捉えられているのがいいところでもあるのかなと思います。

――それは大学に入ってから見えてきた部分という感じですか

大川 そうですね、元から真面目な部分は見えていたのですが、競技を本質的にというか、楽しんでいるんだなというのを一緒の部活になってからひしひしと伝わってきます。

――藤田選手と山越選手はいかがですか

藤田 やっぱり元々強い選手というのもあって、でも授業で一緒になった後に、一緒にご飯食べた時とかは、結構意外と甘えん坊(笑)というか、そういう一面もあったり、でも補強した時も「キツい」と言いながらもしっかりやっているとことはさすがだなと思うところは多いです。

山越 名前は知っていたのですが、そんなに関わったこともなくて、第一印象もバス停でちょっと会ってあまり覚えていないのですが、今は、いつもニコニコしてちょっとふわーっとしている感じで、でもなんか本当になんでもこなしちゃう感じですね。

――次に大川選手の印象をお願いします

藤田 そうですね、今の話口調とかからも分かるように、結構しっかりしている感じで、(寮外生の)鍵当番のこととかも結構まとめてやってくれたりとか、話を進めてくれたりとか、結構本当にしっかりしているなというのが入って会って話してみてもすごく伝わってきます。話す感じもすごく明るくて、話していて楽しいです。

山越 中学の時に突然「すごく速いタイム出した子いる! 」みたいになって、それで名前を知りました。高校でも何回か合宿とかで一緒になったりして、ちょっと話したりはしていたのですが、そんなにすごい仲よかったという訳ではなくて、大学になって結構話すようになりました。やっぱり陸上に対してすごく真剣だし、思いが強そうだなというのは感じますね(笑)。本当に結構何でも率先して動いてくれるので、すごく助かっています。

新田 私、中学で一緒の部屋になったというのは全く覚えていないのですが(笑)、高校の関東合宿の時に、一緒の部屋になったのはすごく覚えていて、そこでかなり仲良くなりました。その時も同じ種目だったので、本当にライバルという感じで競い合う仲でもありつつ、結構本当にフレンドリーな感じでたくさん話してくれるので、楽しいという感じで。今もその印象は変わっていなくて、でもよりやっぱり話すことも多くなって、率先して先に動いてくれるリーダー的な感じもあるかなと思います。

――最後に藤田選手の印象をお願いします

山越 種目が競歩だったので、あまり知らなかったのですが、普通に競歩すごいなと思っていました。会ったのも結構最近で、でも最初からすごいフレンドリーに話しかけてくれて、話しやすいし、すごいしっかりしていて頼りになるなという感じがします。

新田 私も会ったのが本当につい最近という感じなのですが、最初に会った時から話しかけてくれて、スポーツ英語の授業が一緒なのですが、その時も結構頼れるという感じで、結構頼れる存在かなと思います。

大川 私も最近なのですが、最初顔合わせみたいな感じで本当に簡単に1、2分くらい合わせた時に、やっぱりフレンドリーだなというのが第一印象なのですが、それにプラスして、この前夜ご飯の時間を気にしているみたいな、「何時までに食べないと」みたいなことを言っていて。私はそこまで別に10時に食べてもいいやという感じなのですが、ちゃんと食生活とかにも気を配って陸上以外というか、つながっているとは思うのですが、部活以外の面でも気にかけているんだなというのは伝わってきます。

――寝る前何時間みたいな感じですか

藤田 ちょっと8時過ぎたら、「あー」って思っちゃいます。ちょっと時間が過ぎる時もあるのですが、食べ始めるのは何とか8時前までには食べ始めたいなと思います。


陸上というスポーツ

質問に答える大川

――陸上を始めたきっかけは

山越 私は元々中学の時吹奏楽部に入ろうと思っていて(笑)。だけど結局小学生の時とかも結構足が速い方で、中学の時に友達に誘われたので、じゃあ入ってみようと思って、今までに至ります。(吹奏楽は)小学校でパーカッションをやっていて、母が吹奏楽部だったので、母はそっち派(吹奏楽部)で、それで吹奏楽にはちょっと興味を持っていた感じです。

新田 小学5年生の頃に陸上クラブに入ったのですが、父が陸上をやっていたというのが一つの理由と、後は一番仲の良かった友達がたまたまその陸上クラブに入っていて、誘われたというのがきっかけです。

大川 私は小学校の時の一つ上の先輩と、中学の時の顧問の先生が知り合いで、私は三田国際という中学で、中高一貫で受験したのですが、「すごくいい先生がいるよ」というのを仰ってくださいました。そこから「三田国際受験しよう」となって中学受験して、そこから合格が無事決まって、みんなより部活体験よりちょっと前に参加させてもらって、合格が決まった時からちょっとずつ(部活に)行かせてもらったという感じです。最初は本当に走るのが好きだからという理由だけで陸上部に決めた感じです。

――小学校は陸上クラブなどに入っていたのですか

大川 いや、入っていなくて。でも小学校がちょっと普通の公立の学校なのですが、体育会系で、小1から小3が毎日1キロで4から6年が2キロ走るという学校で。それもあって、ちょっとは体力がついたのかなというのもあって今400とかをやっています。

――それはみんな走らされるのですか

大川 はい、もうみんな、苦手な人も。

――中学で陸上部に入る人も多かったですか

大川 同じクラスの子も全国一緒に行ったりとかしました。

――藤田選手はいかがですか

藤田 私は、幼稚園の頃からすごく走るのが大好きで、マラソン大会が幼稚園からあったのですが、それでも結構1番を取れたりとかしていて、幼稚園の時は「マラソンランナーになりたい」って言っていたぐらい本当に大好きでした。小学校のマラソン大会でも、6年間1位を取ることができたので、好きな行事何ですかって言われたら「マラソン大会! 」と言っちゃっていたぐらい走ることが好きで(笑)。小学3年生の9月ぐらいに一応クラブ、でもガチっていうのではなくて、結構鬼ごっことかリレーとか楽しみながらできるクラブに入ったので、嫌いにならずにここまで来られているのかなと思います。

――最初から走るのが好きというのは持久系とか距離系という感じですか

藤田 そうですね、それこそ私の幼稚園いつも裸足で過ごして冬は寒風摩擦をやるような結構活発な幼稚園で、体を動かすのも好きでした。

――競歩はいつから始めたのですか

藤田 競歩は高校の本当に最初の方で、元々中学までは800メートルとかをやっていました。私は姉がいるのですが、姉が200、400をやっていて、それを見ていたので高校はマイルとかヨンパーとかそういうことをやりたいなと思っていて、姉と同じ公立高校に行く予定だったのですが、それがたまたま、成田高校から推薦をいただいて、それが長距離で、私やっぱり長距離向いているのかなと。その前にも違う高校から「長距離で」ということを言われて、「えぇ」と思っていたのですが、でもお話をいただいてから成田高校の先輩方の都道府県駅伝の選考会を見に行かせていただいた時に、先輩方の走りをみて、「駅伝を見たら私走りたくなるんだろうな」と思って、成田高校に入学しました。でも受験勉強をしていたので、なかなかやっぱり最初は(練習に)ついていけなくて。顧問の先生からは「インターハイ予選は1年生出さないから」ということを言われていたのですが、県総体で競歩は人数が少ないから歩ききれば学校対抗の得点が入る(笑)ということで、競歩をやれば走りも変わるし、短距離の先生も点数入れてくれたら喜ぶからやればいいかということで、成田高校に貢献するためにやりますということで始めました。まさか私もここまで続いているとは思っていなくて。本当にそれ限りだと思っていたのですが、高校は長距離と競歩を並行して取り組んだという形で、大学では競歩を専門に取り組もうと思って今に至っています。

――中学生の頃は何を専門にされていたのですか

藤田 中学校の頃は800メートルを専門にやっていました。小学校も800を専門にしていたのですが、中学校の最初は何を思ったのか「スピードを鍛えたい」とか言って100、200をやって、でも中学校の県総体を見たときに、1位、2位の選手を見て、「やっぱり800恋しいな」と思って、もう中学1年生の秋からは800に戻ってずっと800をやっていました。

――他の皆さんの種目の変遷は

山越 私は中学生の一番最初のだけ走幅跳びをやって、それから100メートルをやっていて、100しか走っていなかったのですが、途中で200も走ってみようとなって、今100、200という感じです。

新田 私は中学の時は長距離で、センゴ(1500メートル)、3000とかをやりつつ、800もやっていて、中3の時に800で全国行って、それが影響で高校も強いところに行こうと思って、法政ニ高を選びました。法政二高を選んでからは顧問の先生に「お前もっとスピードあるんだから400いけよ」みたいなことを言われて400始めて、よんぱち(400メートルと800メートル)をやっている感じです。

大川 私は最初100メートルハードルと200メートルをやっていて、中3の時にどっちも全国決めることができました。中3の3月30日とかほぼ高校生になるちょっと前くらいに、「400の大会あるから出てみろ、お前」って言われて、そしたら私もそのとき狙っていなかったのですが、中学歴代2位の記録を出せたので、「じゃあお前400向いているんじゃない」みたいになって400と、途中から400メートルハードルを始めて、それにプラスして100メートルハードルも並行してやっているという感じです。

――陸上以外にやっていたスポーツはありますか

山越 水泳と、バレエをちょっとやったことがあって、スポーツはそのくらいだと思います。

――新田選手はいかがですか

新田 私は幼稚園の時からダンスをやっていて、ダンスぐらいですね。他はやっていないです。

――それはいつぐらいまでやっていたのですか

新田 幼稚園から小3くらいまでちゃんと習っていて、そこからは月に3回くらいで、(小)4、5、6やっていたという感じです。

――今でも踊るのが好きだったりしますか

新田 いや、でも多分覚えるのは早いかなと思います。

――大川選手と藤田選手は

大川 私はすごく驚かれるのですが、実は陸上歴より新体操歴の方が長くて、3歳から10歳くらいまでやっていました。本当にお遊び程度というか、そんな本格的にはやっていなかったのですが、今ではすごい硬くなっちゃったのですが、当時は中学生くらいまでは結構柔らかくて、それがハードルには生きているのかなというのは感じています。

藤田 私も結構、3歳から小学6年生くらいまで体操をやっていて、あと結構ちょっとずつ色々なことをやっていて、テニスとか、水泳も4泳法を覚えるぐらいまではやったり、そのぐらいですかね。

――道具を使うスポーツをできる方ですか

藤田 球技は無理なのですが(笑)。

一同 陸上部あるあるだね。

藤田 誰が一番ダメか今度やってみる? 

新田 一番飛ばないな…。

山越 私ソフトボール9メートルとか…(笑)。


これまでの競技生活

質問に答える新田

――高校までで印象に残っている試合を教えてください

藤田 私は高3の南関東大会の競歩の試合で失格になってしまって。元々高2の時にインターハイが中止になってしまって、その代替大会である広島であった全国大会も出場できたのですが、それも失格になってしまって、競歩だったら全国優勝狙えるなということを思ってやっていたので、「高3は絶対(優勝)するぞ」と思っていました。ですが、高3の春シーズンの時に、最初に胃腸炎になってしまって、なかなか上げて行くことができず、県大会も関東大会もとりあえずインターハイにつなげようということでやっていたのですが、関東大会で「調子上がってきた! 」と思って結構1周目から飛び出していたのですが、1周目からパドル注意を出されてしまって。「えーなんでだろう」と思って、すごくペースも落としたのですが、ずっと出されてしまって、そこで失格になってしまってインターハイに行けずにもうずっと大泣きしていたといいうのがやっぱり一番心には残っているかなと思います。

――調子が良かったが故に結構スピードが出てしまったという感じですか

藤田 そうですね(調子が)上がってきてやっぱりインターハイになるとスピードも全然違うので、それも意識しないといけないなと思って、自分から積極的に最初から飛び出していたのですが、それがちょっと仇となってしまったのかなとは思います。

――他の皆さんはいかがですか

大川 私は二つあるのですが、一つ目が高1の南関東大会で、南関東は東京の中で6人出場できるのですが、そのうちの私以外の5人がインターハイをヨンパーで決めて、私が予選で9位に決勝に進めませんでした。川村さん(優佳、スポ3=東京・日大桜丘)とか津川さん(瑠衣、スポ3=東京・八王子)とか清水さん(羽菜、スポ3=東京・白梅学園)とかゴールデン世代と言われていた先輩方がインターハイを決めているのを見て、正直私も「高1でインターハイはちょっと無理かな」と弱気になってしまっていた部分もあって、当時は9位と分かった瞬間は正直悔しくはありませんでした。ですが、後々「なんであの時もっと頑張れていなかったのだろう」みたいなマイナスな気持ちになってしまって、そこからもっと本格的にヨンパーを始めて、高2では全国5番まで行くことができて、「だったら来年お前はインターハイ優勝を狙え」と顧問の先生が言ってくださって、高3のインターハイに臨みました。優勝するためにはすごく準備力が必要だと顧問の先生にも言われていて、本番の7カ月前くらいに福井に下見に行って、ホテルも行って、「お前が泊まる部屋はここだ」と言って、特別に中まで入らせてもらいました。もうこれ以上ない準備をしてきて、「もうこれは行って恩返しするしかないな」と、後輩に1人インターハイ決めた子がいるんですけど、計2人ということもあって、「先生赤字でしょ」というくらい食料とか色々な準備をしてくださって、これは優勝するしかないなという気持ちになったのですが、結果3位ですごくそれが悔しくて。けど後悔はしていなくて、やれることは全部やってきたし、練習も頑張れたので、そこまでのプロセスというのは間違っていなかったし、その準備期間で、もちろん競技力もなのですが、精神力や人間力も高まりました。色々な人が支えてくださって、ホテルとかも下見に準備しに行ってくださったりとか、他者への感謝の気持ちとか、色々な面で自分も成長できたかなと思っています。それが大学にもつながって、先輩方もすごく自立して取り組んでいますし、競技力以外でも高められる部分があるなと思って、今後頑張ろうという気持ちになっているところです。

新田 高校の印象に残っている試合は結構たくさんあるのですが、一番(印象に)残っているのは中3の都大会で、中2までは全然強くなくて、ぎりぎり決勝行けるか、行けないかぐらいだったのですが、東京の強化練習みたいなのがあってその合宿とかに呼ばれるようになってからだんだん強くなっていって、都大会の時に、絶対無理かなと思っていたのですが、本当にぎりぎりタイム切ることができました。そのおかげで関東も2位になって、全国6位になってという流れができたので、その大会が一番印象に残っています。その大会がきっかけで高校も進学できたかなと思っているので、きっかけになった大会です。

山越 すごくこれが印象に残っているとかっていうのはあまりないのですが、高1の時に国体に出させてもらって、そこで初めて全国入賞できたので、走りとか全部納得のいくものではなかったのですが、入賞を初めてできたということですごくうれしかったことはあったなって思います。

――高校の部活を引退されてからはどのように練習されてきましたか

藤田 元旦の競歩のレースに出場予定だったので、早稲田の合格発表の後から競歩の練習を再開した時に、やっぱり筋力が落ちてしまっていて、急に競歩の膝伸ばしてガツガツというのがやっぱりダメだったのか、そこで膝を痛めてしまって、ずっとズルズルズルズルと来ているので今練習に関しては補強とかしかできていません。でもそこの弱い部分が見えているので、しっかりと鍛えるところは鍛えて、今後、やっぱり大学になると距離が10キロ、20キロになってくるので、そこに耐えられる力を今つけているというところです。

大川 私は一応インターハイで一区切りで引退という形にして、そこから早稲田の総合型選抜と一般受験との並行で、一回数カ月間は陸上競技から離れていた時期がありました。無事早稲田から合格通知いただいた時に、担任の先生に報告したら、「お前早稲田行くんだったらもっと勉強しろ」みたいなことを言われて、「勉強しないと置いていかれるぞ」みたいな感じですごく脅されて。私の学校は共通テストを提出しないといけないというのがあって、そこから共通テストの勉強をしつつ、ちょっと過去問とかもやって「難しい、無理だわー」みたいな思いながら机と向かっていた日々が続いていました。それもあって早稲田の練習に3月くらいに来た時に、「体力がめっちゃ衰えている」って、そこですごい無理かもとか思ってしまったのですが、それでも先生方が見捨てずに改善ポイントとかを一つ一つ丁寧に教えてくださって、今は少しずつ体力が回復してきている感じです。

新田 私は駅伝も走っていたので、本当に11月とかまでしっかり練習していて、その後も合格してから普通に高校の部活をずっと3月までやって、そのまま来た感じです。

山越 私は高3の時に国体があったらそれで終わりにしようと思ったのですが、中止になってしまって。それで結局インターハイで終わりとなって、私は指定校なのですが、指定校が取れなかったら普通に一般でも受けようと思っていたので、インターハイが終わったらもうずっとガーッと勉強していて、合格発表が意外と結構引きずるので、それまではずっと勉強していました。しかも(その後は)とりあえず移行期間ではないですが、この期間はちょっと陸上から解放されようと思っていたので、特に何も練習もしていなくて、3月の途中から大学の練習に参加させてもらって、そこから一から全部練習し直したみたいな感じです。

――憧れや目標の選手はいますか

新田 私は田中希実選手(豊田自動織機)です。「あんなに速く走れるんだ」みたいな衝撃もあって、一回一緒に日体大の記録会で走らせてもらった時もあって、そこからずっと憧れの選手です。

藤田 競歩は今すごく日本が強くなってきているので、日本の国内で目標とする選手がたくさんいて、男子も女子もトップで活躍する選手はみなさん憧れです。

大川 私は青木益未さん(七十七銀行)と寺田明日香さん(ジャパンクリエイト)と一緒に練習する機会をまた顧問の先生が作ってくださって、その時に顧問の先生から技術面を学ぶのではなくて、その他の面を学べというふうに言われました。「技術面はまだまだ怠っているのだから、それ以外のところで補え」と言われて、それこそ人間力だったり、一本一本レストの時間に何をしているのか、次に向けて何をしているのかというところを観察しろっていうふうに言われて。その時は練習メインというよりかは観察メイン、一流の選手がどういう過ごし方をしているのかなっていうのを観察したりしました。あとは練習以外の普段の生活でどういうことを意識しているのかっていうことをインタビューさせてもらった時に、やっぱり陸上の時間は一日24時間中、本当に2~3時間とかでそれ以外の二十何時間の過ごし方で変わるというふうにおっしゃっていました。それこそ睡眠だったり、栄養面だったり、そういうところを怠らず、そこで他の人と差をつけるんだという気持ちで過ごしているっていうふうにおっしゃっていて、そこから私も生活面とかを気にするようになったっていうのが結構大きいですね。

山越 憧れの選手っていうのがそんなにいないのですが、普通にすごいなと思うのが、山縣選手(セイコー)です。陸上だけではなくて、勉強とか色々な面もちゃんとしているし、インスタとか見ていると、料理がすごいんですよ。そういうプライベートなところもすごくて、すごいなって思います。


早稲田大学競走部に入って

質問に答える藤田

――早稲田を志した理由を教えてください

藤田 先ほども言ったのですが、私はすごく高校時代に捻挫癖があって、高校だけで本当に15回以上は捻挫してしまっていて、あとは胃腸も少し弱くて、そういった不調が続いてしまったことが、やっぱり自分の体のことをちゃんと学ぼうって思ったきっかけです。スポーツ科学を学ぶんだったら、日本でトップの早稲田しかないなっていうふうに思って、それで夏に競走部の方に一度練習を見に行かせていただいた時に、部の雰囲気とかもやっぱり自分に合っているなというか、いいなというふうに感じて、早稲田をしっかり目指そうと思って、目指しました。

――早大競走部には成田高校の先輩が多いと思いますが、そういった選手の影響はありましたか

藤田 そうですね、やっぱり先輩方の姿も見ていたので、憧れもありました。

――成田高校の先輩とは以前から関わりはあったのでしょうか

藤田 村上さん(夏美氏、令4スポ卒=千葉・成田)は私の姉がちょうど同い年で、村上さんは高校からトップの選手だったので、姉妹揃って憧れていた部分がありました。でも姉がお話しする仲になって、夏にインターハイに行けないと決まってから、県選手権の時に、村上さんに早稲田のことをお話を伺って、そこで村上さんが練習日程とかも色々教えてくださって、結構お世話になりました。青柳さん(柾希氏、令4スポ卒=千葉・成田)は、教育実習で成田高校に来られていたので、そこでもお話しさせていただいて、小論文とか面接の内容についてとかも結構教えてくださいました。眞々田さん(洸大、スポ2=千葉・成田)も、受験前とかに結構いろんなことを、試験に関することだったり、部活のことだったり、合格が決まってからも寮のことだったり、結構教えてくださって、本当に先輩方には感謝しかないです。

――「青柳先生」はいかがでしたか

藤田 本当にすごいというか、言葉の一つ一つが考えられているというか、例えば小論のことを教えてくださる時も、具体的にどういうことをやったっていうことを、すごく色々な例を出しながら教えてくださって、言葉の力がすごいなと感じました。

――大川選手は

大川 私はそれこそ高1の時に、先輩方がインターハイで活躍して、津川さんはインターハイ優勝なさって、みなさんどこの大学行くんだろうなと思って見たホームページで3人の先輩方が「⭐︎⭐︎早稲田大学進学、ゴールデン世代⭐︎⭐︎」みたいな感じで書かれていて。みんな早稲田に行かれたんだというので、それまでも早稲田のことを色々調べていたのですが、そこで「早稲田に行きたい」、「一緒に先輩方に負けないような走りがしたい」と思ったのが一つのきっかけです。私も高3の夏に一度体験に行かせていただいたのですが、高校までは先生に頼って、先生に出されたメニューをただこなすという学校が多かったと思うのですが、ここはそれこそ、メニューは一応出るのですが、それはただのベースなだけで、そこからプラスアルファをやったりとか、自立して自分でメニューとかを構成したり、補強して終わるというような主体性がすごくて。顧問の先生にも自分で自立できるような大学に行きなさいというふうに後押ししてくださって、ここなら自分も成長できるかなというふうに思ったのがきっかけで、インターハイ後に本格的に受験対策を始めたという感じです。

――津川選手などとは元々交流はありしたか

大川 いや、本当にもう雲の上の存在で話すことはなかったのですが、間接的には知っていて、一度体験に行かせていただいた時にちゃんとお話しすることができてという感じです。

――実際に話してみて印象などはどうでしたか

大川 すごく楽しい方で、真面目なのにプラスして、ハードル競技を楽しんでいるっていう、先輩方3人川村さんと、津川さんと、清水さんが3人でお話しなさっている時もずっと競技のことでハードルのことで互いにアドバイスし合ったりとか、そういうことを体験の時にも私にアドバイスしてくださったり、今もたくさんしてくださるのですが、そういうのを見て先輩みたいになりたいなっていう気持ちが今もあります。

――新田選手は

新田 私はやっぱり陸上で日本一になりたいなと思ったのが、一番大きい理由で、それで元々三浦さん(励央奈主将、スポ4=神奈川・法政二)とかが法政ニ高出身で早稲田に行っていたので、早稲田のことはすごく知っていました。三浦さんが結構法政ニ高の陸上部に顔を出してくれるので、その時に結構先生たちとも話すので、みんなで知っていて、自分もそういう高いレベルのところで競技したいなと思って選びました。

――三浦選手が実際に指導しに来るという感じですか

新田 はい、そうです。実際に大学でやっているフィジカルトレーニングとかを教えてくださっていて。

――結構早稲田の雰囲気などを知った上で入学したという感じですか

新田 そうですね。さらに体験に来たときに川村さんが結構見てくれたのですが、本当に優しくて、本当にここでやりたいなって思って、選びました。

――山越選手は

山越 私はまず大学で何が勉強したいかなと思った時に色々な分野に興味がありすぎて、一つに絞れないなと思ったので、それで学部を探しているときに人間科学部っていうのがあって、学校に指定校推薦があったというのもあって、いいなと思い始めました。陸上をやるかどうか迷っていた部分もあったのですが、やろうかなみたいな気持ちになっていた時に鷺さん(鷺麻耶子、スポ2=東京・八王子東)が早稲田に合格したみたいになって、あと早稲田はあんまり短距離女子のイメージがなかったのですが、鷺さんが入ったということもあって、早稲田により興味を持ちました。それで練習に行かせてもらったりとかしていた時も、最初はなんか雰囲気がピリついているじゃないですけど、ちょっとビビった部分もあったのですが、直で先輩とかとお話しすると、みんな先輩優しくて、すごく丁寧に接してくれて、こういう環境で、高校までちょっと緩めだったので、大学ではこういう環境でもっと真剣に陸上に取り組んで、多分陸上やるのも大学で最後かなと思ったので、最後ちゃんとやってみようと思って、早稲田に行こうかなと思いました。

――鷺選手とは元々交流はありましたか

山越 はい、高校の時に国体で一緒にリレー組ませてもらって、あと合宿とかでも結構何回か一緒になることがあったので、面識はありました。

――入学前にお話を聞いたりする機会はありましたか

山越 そうですね、受験するというのを決めて、それで「今どうなっている? 」とか、「いつ頃から練習来る? 」とかそういうのは結構連絡をとっていました。

――実際に大学に入ってみて高校との違いはどういうところで感じますか

藤田 そうですね、主体性というのが強くて、高校は顧問の先生が結構毎回来ていて、出されたことに対してやっているという形だったので、そう言ったところではやっぱり自由度が高いので、この日は、私は特に競歩で小林快さん(平27社卒=秋田・秋田工業)からメニューは出していただいているのですが、今はちょっとケガをしているというのもあって、自分で何をしていくかっていうのは組み立てて考えてやるっていうのはやっぱり高校と大学で違うところかなと思います。

大川 私もすごく似ているのですが、授業の面でも部活の面でもやっぱり自由が増えるっていうことは、自分で考えて行動する時間が増えるっていうことで、高校までは毎日出欠確認とって、課題が出ていなかったら、「課題出てないぞ」みたいに一声かけてくださるのが普通だったのですが、大学は出さない人は見捨てられるというか、どんどん単位を落としていくみたいな感じで、やっぱり自分でそれこそ主体的に行動する場っていうのが大学だと思っています。部活でもほぼ顧問の先生、監督さんがいらっしゃらない日の方が多くて、その中で先輩方と一緒に相談しながらメニューを決めていったりとか、マネージャーさんにタイムを計ってもらって、後でビデオとかを確認して自分で分析するという時間が増えて、自分自身と向き合う時間が増えたなというのは大学に入って感じています。

――それはプラスに働いていると感じますか

大川 そうですね。やっぱり(人に)依存しちゃうのは違うなと思っていて、「自分の道は自分で進め」って顧問の先生に言われて、そこから自分で考える、やっぱり社会に出た上でも誰かに頼るのだと評価をもらえないし、自分で新しいアイディアとかを発案したからこそ、見てもらえるっていう部分があると思うので、その社会に出る準備としてこの大学の環境はいいのかなって思っています。

――新田選手と山越選手はいかがですか

新田 高校と大学で変わった部分は二人と同じで、やっぱり考えないといけない部分が増えたということで、先輩たちも普通に走りを見ただけで、「ここがどうだよ」とかってパッと分かるのが本当にすごいなと思っていて、そういう研究しないといけないというか、走りを考えるというのが初めての経験かなと思います。今まではずっとただ走るみたいな練習が多かったので、フォームとかを意識するところが変わったかなと思います。

山越 私もみんなと似た感じなのですが、補強とかをやっていても先輩とかがどこを意識するとかっていうのを必ず言ってくれます。高校までは正直なんとなくやっていた部分もあったのですが、本当に一つ一つの動作をどこをどうやるのかを全部ちゃんと把握していて、完璧に教えてくださるので、みんな陸上の先輩がプロばっかりみたいな感じで、本当にそこがすごいなと思います。

――考えてやるということには慣れましたか

一同 ちょっとまだ慣れていないです(笑)。

――結構難しいなという感じですか

大川 はい、自分でメニュー考える時もすぐに出てこなくて、先輩方からアドバイスもらうみたいな、まだ自分で考えられない部分は多いです。


早稲田でのこれから

質問に答える山越

――1年目の抱負をお願いします

藤田 今はケガをしてしまっている状態なのですが、なんとかインカレ(日本学生対校選手権)には合わせたいなと思っていて、まだインカレの標準記録っていうのは、ロードでは切っているのですが、トラックでまだ1万メートルを歩いたことがないので、とりあえず夏前までには、しっかりと記録会なりなんなりに出て、しっかりと標準記録を切って、インカレにまずはしっかりと出られるようにしたいです。そこで、今競歩のレベル自体も上がってきてはいるのですが、それでも部に貢献したいので、しっかりと3位以内というのを、優勝は目標にはしているのですが、しっかりと順位をとるということも目標にしていきたいなと思っています。あとは競歩は日本選手権が神戸の2月の大会があるので、そこでやっぱり、順位だけではなくて、記録もしっかりと出していけるように長い距離にも対応していきたいなと思っています。

大川 私はまず6月にあるU20の日本選手権で優勝するというのが一つの目標です。あとは監督さんにも言われたのですが、この1年間は記録を出すというのももちろん大切なのですが、高校と大学でフォームとかも変わったりとか、ハードルの技術も高校とは全く違った視点から教えてもらうということが多くて、フォーム移行期間ではないのですが、2年次に向けて、1年次はできることを焦らずやればいいよということをおっしゃってくださいました。やっぱり焦ってケガとかして1年間何もできないというのではなくて、まずはU20を通過点として、それこそ全カレとかで、まずは3人の枠に入らないといけないところから始まるので、しっかりと入って先輩にも負けない走りをして自己ベスト更新して2年次につなげるのが目標です。

新田 私は寿美香と一緒で、U20日本選手権優勝っていうのがまず一つ目の目標で、そのために関カレ(関東学生対校選手権)でも結構結果出さないといけないなと思っているので、チームに貢献できる走りがしたいです。あと、マイルのメンバーに入りたいっていうのもあって、マイルの目標が日本インカレ優勝なので、しっかりそこに貢献できる走りがしたいなというふうに思います。

山越 私も3月から始めて、まだ回復途中なので、とりあえず今年は基礎作り、体づくりとかをちゃんとやって、来年以降にちゃんと結果を残せるようにしていきたいのがまず一つで、関カレとかもあるのですが、そこまで期待しすぎずというか、とりあえず力試しじゃないですけど、そういう感じで。あとリレーがあるので、早稲田ってあんまり4継は有名じゃない、マイルの方が多分結構有名だと思うのですが、リレーの方も強くなりたいなと思います。

――最後に4年間の目標をお願いします

藤田 一戦一戦大事にしていきたいというのはあるのですが、早稲田に入りたいって思った初心は忘れずに、でもやっぱり大きく言ったら世界大会には出たいなと思っています。

大川 私も、全カレ優勝、できれば2、3、4年次で連覇したいって、先輩にも負けない走りをしたいと思っています。あとはやっぱりケガなく4年間乗り越える、やっぱりケガをしたらその間のブランクってすごくきつい時期だと思うので、ちゃんとケアとかを怠らずに、それこそ昔「陸上以外の面でも成長しろ」って言われたのを忘れずに生活と陸上の両立をしていって、世界にも目を向けられるような選手にはなりたいなと思っています。

新田 私もやっぱり全カレ優勝っていうのと、日本選手権でもっと上の世代の人たちとも互角に戦えるような選手になりたいなというふうに思っています。

山越 私は、日本選手権で入賞できるっていうのが目標です。あとは、今まで浮き沈みじゃないですけどそういうのが激しくてちゃんと安定して結果を出せてこられなかったので、4年間、ちゃんと全国大会でも安定して入賞できるようになりたいなと思います。

――ありがとうございました!

(取材・編集 及川知世、加藤志保)

◆山越理子(やまこし・りこ)(※写真一番左)

2003(平15)年3月13日生まれ。165センチ。東京・富士出身。人間科学部1年。自己記録:100メートル11秒94、200メートル24秒60。他の選手から第一印象はクールな感じ、大人しい感じかと思っていた、と言われていた山越選手。対談中も落ち着いた口調で質問に答えてくださいましたが、他の選手からは意外にも「たくさん食べる」、「一人で鼻歌を歌っていた」という情報が。対談でも終盤にかけて、たくさんお話ししてくださいました!

◆新田望(しんでん・のぞみ)(※写真左から2番目)

2003(平15)年10月24日生まれ。162センチ。神奈川・法政二出身。スポーツ科学部1年。自己記録:400メートル55秒27、800メートル2分09秒14。他の選手から、いつも楽しそうになんでも前向きに捉えている、と紹介されていた新田選手。対談中も終始笑顔で楽しく話してくださいました!そんな新田選手の好きな食べ物は味噌汁。味覚の好みがみんなおばあちゃんだという話題には「めっちゃわかる!」と何度も頷いていました。

◆大川寿美香(おおかわ・すみか)(※写真右から2番目)

2003(平15)年11月12日生まれ。162センチ。東京・三田国際出身。スポーツ科学部1年。自己記録:400メートル55秒38、400メートル障害58秒89。物事をいつもポジティブに捉えられるという大川選手。誕生日に家の前を暴走族が音を鳴らしながら通過した時も、自分のことを祝ってくれていると思ったそうです。そのポジティブ思考はきっと競技にも生きてくることでしょう!

◆藤田真美加(ふじた・まみか)

2003(平15)年8月13日生まれ。159センチ。千葉・成田出身。スポーツ科学部1年。自己記録:5000メートル競歩22分56秒26、1万メートル競歩47分30秒。他の選手から、「しっかりしている」「頼れる」と言われていた通り、対談でも終始ハキハキと質問に答えてくださった藤田選手。好きな食べ物の話題で出てきたエピソードは、高校生の時に自称みかん評論家というほどみかんが好きだった、というもの。死ぬ前に食べたいものはみかんというほどみかんが好きだったそうですが、最近はかぼちゃコロッケにハマっているそうです!

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