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2022.05.12

【連載】関カレ直前×新体制特集『新風』 PART2 新入生特集① 短距離

 新入生対談第1回は ショートスプリントの新入生、井上直紀(スポ1=群馬・高崎)と寺澤大地(スポ1=京都・洛南)。2018年ジュニアオリンピック100メートルのワンツーコンビが、数々の名選手を輩出してきた早稲田の短距離ブロックで描く未来像とは。これまでの競技生活について、そして大学でのビジョンを伺った。

※この取材は4月24日に行われたものです。

「毎日自分がアップデートされている」(井上)

――お二人はいつから知り合いですか

寺澤 中学2年生のジュニアオリンピックの時から知ってはいます。

井上 ジュニアオリンピックの決勝で一緒に走って、という感じです。

――そこで初めて接点を持った感じですか

井上 中2の時も特にそれぐらいしか関わりはなく・・・(笑)。でも3年になって全中(全日本中学校陸上選手権)とジュニアオリンピックで一緒になり、1月にはナショナルトレーニングセンターでの合宿で一緒だったので、そこで話すようになったという感じです。

――お互いの第一印象はどうですか

寺澤 (井上は)喋らない真面目な子かなって思っていました。

――今の印象はどうですか

寺澤 今は結構ふざけたりもするので話しやすいです。

井上 (寺澤は)背が大きくて、色男なので、かっこいいなとずっと思っていました(笑)。今は、真面目なところとふざけるところのオンオフがしっかりしているし、すごく話しやすく、話も親身に聞いてくれるので頼もしい存在だと思っています。

――仲良くなったきっかけや経緯はありますか

井上 中学の合宿からは関わりがなかったのですが、大学に入ってからはやはり寮で毎日一緒なので話しますね。お互いプロ野球が好きで。

――どこの球団が好きなのですか

寺澤 僕は関西なので阪神です。

井上 僕は巨人です。

――バチバチですね(笑)。一緒に見たりするのですか

井上 テレビでやっている時はどこが勝っているかとかの話をしますし、球場が近いのもあり、見に行きたいという気持ちが強いですね。

――お二人は練習が一緒のことが多いのですか

井上 そうですね。

――練習以外も一緒に過ごしたりしますか

井上 ご飯はたまに食べに行ったりしますし、寮で生活のリズムが同じなので、結構一緒のことが多いですかね。

質問に答える井上

――早稲田を志望した理由を教えてください

寺澤 高校2年生に上がる頃に、先輩の池淵さん(池淵秀、法3=京都・洛南)が早稲田に行くと聞きました。リレーを組んだりしていて割と仲が良かった池淵さんから、色々早稲田のお話を聞いていく中で、自分に合っているなと思い始め、高3になった頃には早稲田に行くと強く決めました。高2の頃はケガをしていてあまり成績も良くなくて、このままではダメだと思っていたので、高3のインターハイで勝負するという気持ちで臨みました。結果はあまり良くなかったのですが、早稲田大学に入れることになったという感じです。

井上 僕の学校はすごく頭の良い学校で・・・。僕はあんまり頭良くなかったのですが(笑)。東大に行くような人たちと同じクラスで同じ授業を受けていました。やはり周りの意識の高さは本当にありましたね。自分が高崎高校を選んだのも、スポーツのトップの人たちとの関わりは大学でいいかなと思っていて、高校ではそういう(頭の良い)人達と関わる機会が本当に貴重だと思っていたので、すごくすごく大変ではありましたが頑張っていました。高校の時の部活はほぼメニューがなくて、自分たちで考えて実践するような高校だったのですが、早稲田の練習に2回程参加させていただいた時に、自分の高校の練習にどこか似ていて、より高度なことをやっているな、という風に感じました。僕は高校に入ってからあまり結果が出ず、インターハイの前日までは、これをもって競技は終わりにしてこれからは勉強をしようと思っていました。勉強の方で色々選択肢はあったと思うのですが、やはり最高峰の早稲田に行きたいという気持ちが強かったので、担任には、浪人してでも早稲田に行きたいと伝えていました。ですがインターハイの結果で早稲田の方から連絡をいただいて、入学することが出来たという感じですね。

――推薦をもらえなくても早稲田を志望していたということですか

井上 そうですね。勉強の方は、現役でどうかなという感じのレベルだったのですが、絶対に早稲田に行きたいと思っていました。

――早稲田に入って感じたギャップや、高校との違いはありましたか

寺澤 大学生って基本縛られていることが少ないというイメージだったんですけど、早稲田に入って、僕的には高校の延長かなという風に感じました。基本的に朝練で朝が早かったり、練習も自分で考えて行ったりして、高校時代にやっていたことのプラスアルファな感じがするので、位置付けとしては高校の時の延長線上だなと思っています。

井上 自分は高校の時が大変だったので、勉強という面では楽だなと思います。高校の頃スポーツ科学に興味があり、それ専攻したいという思いで勉強をしていたので、(スポーツ科学の)授業であったり、陸上に関しても理論的に色々やったりすることで毎日が発見だらけです。新たな発見をしていくことが結構好きなので、毎日自分がアップデートされている気がしてとても充実しています。


「短距離の方が楽しい」(寺澤)

――陸上を始めたきっかけを教えてください

寺澤 僕は小学校の5、6年までサッカーをやっていました。その時親に、体力がないし足も遅いから陸上教室に行こうと言われ、いやいや連れていかれました。ですが少し練習したら、元からそこにいた人たちよりも足が速くなったので、そこのコーチ達に、陸上やらないかと言われ、僕自身もサッカーより陸上の方がうまくやっていけるのではと思い、中学からは陸上一本になりました。

井上 自分は小学校の時は野球をやっていました。小学5年か6年の時に、地元の前橋育英が甲子園で優勝をして、僕も育英で甲子園に出るんだという気持ちでいました。ですが、6年生の時に小学校の陸上大会があって、それに出る人は学校を休めたんです、だから出たいなと思って(笑)。出てみたところ、高崎市で優勝して、上位6人が出れる県大会に勝ち進みました。それは休日だったので嫌だったのですが(笑)。その大会でも優勝して。それなりのタイムだったらしく、中学の先生に(陸上部に)入れと言われ、陸上をやるか野球をやるか、人生で1番と言っていいくらい悩みました。結局陸上部に入り今に至るという感じです。

――その時から短距離をやっていたのですか

井上 小学校の頃は校内の持久走大会で6年間ずっと1位でした。でも長距離は疲れるので・・・(笑)。休みの日に疲れることをやるのが嫌で、そんな理由で短距離にしました。だから今でも100メートルは好きですが200メートルはあまり好きではないです(笑)。

寺澤 僕も自慢させてください。小学校の時長距離もやっていたのですが、800メートルで大阪記録持っていました。

一同 すごい(笑)。

 

寺澤 当時の同期に、洛南でも同期だった前田(前田陽向、環太平洋大)という選手がいて、インターハイの800メートルで3位の実力の人なのですが、そいつに負けたことはなかったです。1500メートルでも負けませんでした。今は無理ですけど(笑)。

――にも関わらず短距離に移ったきっかけは何かあったのですか

寺澤 小学校の時は、夏場は短距離、冬場は長距離みたいな感じでやっていて、夏は短距離で全国大会、冬はクロスカントリーというもので全国大会、という感じでどちらも出ていました。ですが中学校に入って先生に、中学は専門的になるから両方は出来ないよと言われ、自分的に長距離は少ししんどくて、短距離の方が楽しかったので、短距離をやることに決めました。

質問に答える寺澤

――高校までで印象に残っている試合は何かありますか

寺澤 それはやっぱり高3のインターハイですね。僕は洛南高校のキャプテンだったので、総合優勝を逃すわけにはいかなくて。それまでに歴代8回優勝していて、僕らの代が勝てば9回目でした。結局優勝したのですが、9回目の総合優勝をとるために、僕は100メートル、200メートル、4継、マイルに全部出て、全部点数を取ると意気込んで臨みました。結局100メートルと4継、マイルしか取れなかったのですが、キャプテンとしてめちゃめちゃ頑張りましたね。あれ以上に頑張った試合はないと思います。

井上 自分もやはりインターハイが1番ですかね。高校入った時から、高3のインターハイを獲るまでは全部練習試合だと思って臨もうと思っていました。大学でも4年のインカレまではぜんぶ練習くらいのつもりでいます。その高校の時は(調子が)良くなくて、高2の時は100メートルのシーズンベストが11秒5とかだったんです。それで3年の春もあまり上がりきらなくて、北関東大会も100メートルの予選では自分は着順ではなくタイムで拾われていて、本当に崖っぷちでした。決勝も3番で入ってインターハイに進んで、インターハイのランキングもおそらく下から6、7番だったので、本当にどうなるんだろうという気持ちで挑んだのですが、予選は結構よく走れて(走りが)戻ってきました。中学の時は結構上位で走らせてもらう機会が多く、そういった大きい大会の雰囲気を味わうことが多かったので、やはり戻るべきところに戻ったじゃないですけど、やはりあのインターハイの雰囲気というのは違う大会では出せないものです。最後のインターハイは緊張もしなかったですし、あっという間に終わってしまいましたね。すごく不思議な体験というか、そんな感じでした。

――走りが戻ってきたという感覚があったのですか。

井上 そうですね。その2週間前くらいの記録会でそれなりに走れていて、これでどのくらい全国大会でいけるのだろうと思っていました。予選でランキングが1番の子と当たったのですが、その子に先行したので、これはいけるなと思いました。そこからはトントン拍子であっという間でしたね。

――高校の部活を引退してから早稲田に入るまでどのように練習されていましたか

寺澤 僕は後輩達と練習していました。自分の学校は3月1日に卒業式なのですが、2月28日まで、高3も(部活に)参加という感じだったので、その時も怪我をしていましたが、ずっと高3の皆と一緒に後輩達の練習に普通に参加していました。

井上 北関東大会で、基本的に皆県予選で終わったので、3月の中旬くらいには同期が僕だけになって、田島記念が最後だった僕は10月の中旬くらいで引退という感じでした。年内は一緒に後輩と練習が出来たのですが、1月から大学に来る3月くらいまではコロナで公立高校は部活動が出来なかったので、ずっと1人でというか・・・。冬季練習を積まなければならなかったので、1人で練習は大変だったのですが、自分を見つめ直す機会になって、足りないところをしっかり補って練習出来たりしました。共通テストまではしっかり勉強をするという方針の学校だったので、自分は進路が決まっていたものの、その雰囲気を感じてやばいと思ったので、共通テストまでは勉強もしていました。終わって学校が自宅学習期間になったところで時間が取れるようになったので、そこでしっかり練習してきました。基本は1人で練習していましたね。

――共通テストの勉強をしながらも練習をしていたということですか

井上 そうですね、勉強をしながら。あと校庭が使えなくて自分で走る場所を見つけなければいけなかったので、放課後に結構いろいろなところに行ったりしましたね。

――ご自身の走りの強みを教えてください

寺澤 100メートルが自分的には1番良いですが、200メートルも400メートルも走れないことはないので、何でも出来るというのが売りなのと、100メートルで言うと、加速してから大体30〜60メートルあたりは、体が大きいなりにリーチを出せる自信はありますね。

――大学で400メートルもやりたいなという気持ちはありますか

寺澤 大学は100、200メートルと400メートルで完全にブロックが分かれているので、今は100、200メートルに集中という感じで、学年が上がって余裕が出来たらマイルとかにも挑戦できればなと思っています。

――400メートルに対してはどういった思いを持っていますか

寺澤 (400メートルは)キツイな、嫌だなって思います(笑)。高3の時に、マイルのメンバーが足りなかったわけではないのですが、僕がキャプテンなので走ることになって…。それで走ってみると、他の3人より速いなってなって。割と走れるし、マイルは楽しいんですよね、400メートルと違って4人でやるので楽しいです。リレーは好きなので。だからマイル専用の400メートルランナーみたいな感じです(笑)。

――井上選手の強みは

井上 (僕は)後半が強いというイメージがあると思うのですが、別に…。速く走れればいいと思っているので、特に重きを置いているところはありません。100メートルだったら、加速、中盤、後半、というのをしっかりやっています。スタートがなければ中盤もないし、中盤もなければ後半もないので、全体の流れというのを結構意識してやっています。200メートルも走るのですが、自分は結構考えすぎてしまうところがあるので、100メートルでダメだった時に200メートルを走って、こっちで自己ベストが出たらいいなと。逃げではないですが、拠り所を作るという感じで、これからもこの2つはやっていきたいなと思っています。

――200メートルの方が、距離も長い分考えることも多いとお聞きしますが、100メートルと意識する点など違いますか

井上 200メートルは自分的には気持ちが結構楽で、100メートルは1つでもミスしたら終わりなので。何となく気が楽って感じですね。

寺澤 100メートルは意識がないので…(笑)。200メートルは考えながら走る余裕があるんですよ、距離があるので。最初から全力で走ってしまうと後半が走れなくなるので、スタートしてから、よしここでいこう、みたいに考えることが出来るゆとりがあるのが100メートルと200メートルの大きな違いですかね。

――リレーというのはどのような存在ですか

井上 リレーはあまりいい思い出がなくて(笑)。でも強い大学に来たので、力になれればなというのもありますが、選手選考の兼ね合いもあるので、リレーのために走るというよりかは、自分が走っている結果がリレーのためになるというか、そういうベクトルでいきたいなと思っています。

――リレーだから頑張れる、というタイプの人ではないということですか

井上 いえ、もちろんリレーは楽しいです。でも緊張があれなので…(笑)。自分の落とした責任を自分で回収できるものではないので責任感がすごいですが、その分しっかり自覚を持って、やる時はやる、という感じで頑張りたいと思っています。

――寺澤選手はキャプテンで、そういった責任を追われてきた立場だと思うのですが、リレーに対してどのような捉え方をしていますか

寺澤 洛南高校で、リレーで負けるのはありえないと言われてきたので、ミスできるわけもないですし、常にそのプレッシャーの中練習からやっていたので、慣れてはないですけど、リレーの知識量とかは割と多いと思います。

――それは洛南高校代々ですか

寺澤 そうですね、陸上競技の中でリレーが唯一の団体競技みたいな感じなので、リレーで勝てばそのチームは強いって思われるじゃないですか。そういうのもあり、リレーでどうしても勝ちたいというチームだったので、とても頑張っていました。

――大学でもリレーで勝ちたいですか

寺澤 そうですね。早稲田のリレーメンバーで走るというのを高校の時から目標にしていたので、リレーを走ってチームに貢献出来たらなと思っています。


4年間を見据えて

――憧れ、目標の選手はいますか

井上 自分は為末大選手です。現役の時はほとんど知らないのですが、考え方だったり、立体的にものを見れる力は本当にすごいなと思っています。物事への一つ一つの言葉のアプローチが本当にすごいなと感じていて、0から1を作れる人に自分もなりたいなと思っています。

寺澤 特別この人が、という人はいないのですが、桐生さん(桐生祥秀、日本生命)が高校の先輩で、それでよく練習とかにも来てくださるので、桐生さんから見て学ぶ、というのはよくやっていました。

――実際に学んだものなどはありますか

寺澤 桐生さんは練習でぶっ倒れるまでやるんです。例えばメニューが5本あったら足がつってでも5本やるという…。そこは本当すごいなと思っていました。

――ライバルとして掲げている選手はいますか

井上 僕はずっとライバルは栁田(栁田大輝、東洋大)ですね。もうおこがましいレベルになってしまったのですが、中学高校と同じ県で、良くも悪くもすごく比べられてきて、今や彼は世界レベルのすごい選手になって、ベストも離れて、という感じですが…。自分の調子が悪かった時は他の人によく、栁田は別格だからと言われてきましたが、僕自身は別格だと思っていなくて。勝てない遠くの存在だとは思っていないので、栁田に勝つという気持ちはどんなに離れていても心の中にあり続けます。今年、来年の話ではなく、遠くの視点で見て、その舞台が高ければ高いほどいいですし、彼は名前が売れている選手なので、もし僕が勝った時、自分の名前も売れると思うので(笑)。しっかり鍛錬を積んで、1つのターゲットにしている4年のインカレに向けて、4年間しっかり準備して備えたいと思っています。

――良くも悪くもとおっしゃっていましたが、比べられてプラスにはたらいたことはありますか

井上 プラスにはたらいたこと・・・あまりないかもしれません。自分が中学の時には彼に勝っていたというのもありますし、井上はどうしたんだ、という目ももちろん感じるので、そういったのが狭い県の同じコミュニティであるとやはり絶対勝ちたいという気持ちは生まれます。

――やはり今後栁田選手と同じ大会に出るとなると意識しますか

井上 そうですね。意識はしますが、4年のインカレで戦うと決めているので、そこまではあまり意識しないし、やはりすごく見本となる動きをしているので、近くにいる教科書のようですね。すごく勉強になります。

寺澤 僕は、特別こいつがライバルと思う人はいないです。もちろん栁田に関しては、中3の頃に勝ったことがあるので、何で(今は)勝てないんだろうなとは思いましたけど(笑)。僕には、高校の先輩で、何人もインターハイで勝っている人が身近にいて、その人が1位取っているから自分も1位になりたいな、というように、モチベーションにして頑張るタイプなので、この人に憧れているというのは特にないですかね

――ライバル心で、というよりは憧れに向かって頑張る、という方ですかね

寺澤 そうですね、1位になったらすごく取材とか来るんですよ、洛南は特に。それが少し羨ましいなって感じなので、僕も負けたくない、頑張ろうと思えますね。

――1年目の抱負をお願いします

井上 1年目は鍛錬期で、4年間の中でいいシーズンは1年くらいだろうと思ってやっているので、上手くいくこといかないことがあると思うのですが、しっかり頑張りたいと思います。前半の山場である6月にU20の日本選手権があって、年齢的にはおそらく1番上になるので、そこでしっかり戦いたいと思います。また、9月にインカレ(日本学生対校選手権)があって、それは1年生でも出られる資格があり、そして4年後のそこが目標となってくるので、その大会はやはり特別視して、しっかり戦えるような体づくりをして少しでも色々なものを得たいと思っています。

寺澤 1年目はまず環境に慣れることが1番大切だと思っています。そして目標としているのは、井上からもあったようにU20の日本選手権で勝負することなので、そこに向けて今は頑張っています。インカレに関しても、まだおそらく監督やコーチ陣から名前を挙げられるような選手ではないので、名前を挙げていただけるくらいの記録を出せるようにそこに向かって頑張っていきたいです。

――最後に4年間の目標を改めてお願いします

井上 僕はインカレ優勝、それだけですね。あとは自分の動きや人体をしっかり勉強して、漠然とはしているんですけど数値や言語などをしっかり体系化していけたらなと思っています。

寺澤 インカレで勝つというのはもちろんなのですが、僕はJAPANを背負って戦ったことがないので、日の丸を背負って戦える選手になりたいです。その過程として日本の大会のトップの選手と戦い、そこで勝って世界で活躍できるような選手になりたいです。

――ありがとうございました!

(取材・編集 及川知世、坂田真彩、戸祭華子)

◆井上直紀(いのうえ・なおき)(※写真左)

2003(平15)年9月16日生まれ。171センチ。群馬・高崎出身。スポーツ科学部1年。自己記録:100メートル10秒45、200メートル21秒60。色紙に書いたのは「回り道が一番の近道」。長期的な目標を口にした井上選手らしい意気込みを書いてくださいました。こちらの質問に対して一つ一つ明確に自分の意志を話してくださり、聡明さが伺えた井上選手ですが、苦手なのは器械体操。教職必修の器械体操の授業は落単の危機だそうです! 

◆寺澤大地(てらさわ・だいち)

2003(平15)年11月14日生まれ。180センチ。京都・洛南出身。スポーツ科学部1年。自己記録:100メートル10秒53、200メートル21秒48。対談中は標準語で話してくださった寺澤選手ですが、関西の人と喋る時は関西弁が出るとのこと。洛南出身の先輩方と話す際は関西弁で話すそうです!

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