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フェンシング部

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2021.03.05

【連載】『令和2年度卒業記念特集』第40回 村上夏希/フェンシング

Allez

 フェンシングのエペ種目で出場を重ねた村上夏希(スポ=三重・津東)は、1年時の全日本選手権優勝、2年時の全国大学選手権(インカレ)優勝に貢献してきた。だが主将として迎えた2020年は、厳しい試練の年に。それでも部を牽引してきた村上の4年間の歩みに迫った。

 高校からフェンシングを始めた村上は、持ち前の長いリーチを生かしやすいエペ種目を専門に取り組んでいた。そのエペ種目で、2015年に5冠を成し遂げた早大に強く憧れ、高校ではとどかなかった「日本一を取りたい」という想いを胸に入学する。1年時からエペ団体に出場する村上だが、関東学生リーグ戦(関東リーグ)では「緊張で何もできなかった」とほろ苦いデビューに。秋に行われた関東学生選手権(関カレ)、インカレでもエペ団体は準々決勝敗退と悔しい試合が続いていた。だが全日本選手権では、終始試合をうまく組み立てることができた早大。見事優勝を果たした。それでも村上は「チームの足を引っ張らないように頑張るという状況だった」と振り返るように、2つ上の先輩である才藤歩夢(平31スポ卒)らに支えられて達成できた優勝であった。

 2年時では全日本王座選手権(王座)、関カレにおいて女子エペ団体はどちらもライバル日大に決勝で敗北していた。そしてインカレ決勝の対戦相手も日大。今までの戦いから順番を大きく変え、早大は決勝に臨んだ。これが功を奏し、ライバル日大を撃破。インカレ優勝を成し遂げた。3年生になると、女子エペ団体の中心であった才藤歩夢が卒業し、村上は駒場みなみ(スポ=富山西)と共にチームを引っ張る存在へ。「自分たちが思っていた以上に戦えることを知った」と振り返るように、3年時春に行われた関東リーグや王座ではしっかり結果を残す。だが秋に入るとインカレでは日大に大敗、全日本選手権では初戦敗退してしまうなど、思い通りにはいかなかった。

3位に入賞した王座での集合写真 村上:上段左から1番目

  最上級生となった村上は主将に就任。新たにトレーナーが部の練習に加わったことを機にトレーニング方法の変更や、もっと攻めのフェンシングをできるよう村上自身努力を重ねていた。だが3、4月になるにつれ、新型コロナウイルスがフェンシング部の日常を奪っていく。部活動自粛も行われた。そんな厳しい状況でも、「今だからこそ出来ることをやろう。チーム内のつながりを絶やさないようにしよう」と、ZOOMを通じてのトレーニングを行ったり、SNSでの情報発信に力を注いだ。夏から部活動は再開できたが、秋に開催される関カレ、インカレも中止に。新たに気合を入れようとした矢先の発表に、さすがに村上も落ち込んだという。それでも仲間と話し合い、「(12月に行われる)早慶戦まではしっかりやり抜くと決め」再び前を向いて歩み出した。
「今までにないほど気合を入れて臨んだ」早慶戦。PR動画の作成やオンラインでライブ配信をするなど、部一丸となって早慶戦を盛り上げた。村上が出場した女子エペ団体も、駒場が1本勝負を制し勝利。思い描いていた1年間とは全く異なる1年であったが、村上は主将として部を牽引することができたのだった。

4年間のいろんな想いを胸に最後の早慶戦に臨んだ村上

 学生主体の早大フェンシングでの4年間で、自主性を得たという村上。普段の練習だけでなく、コロナ禍に直面した時どう行動するか、そして早慶戦をどう盛り上げるか、部員それぞれが考え行動に移してきた。さらに駒場をはじめ多くの同期の存在が、村上の4年間を彩り豊かにしてくれた。
疲れていた時や落ち込んでいた時、笑うことで元気を取り戻すことができた自身の経験から「周りの人を笑顔にできる人間になりたい」という村上。卒業記念特集の取材でも終始明るく応えてくださった。これからも村上が歩む先には、満開の花が咲くだろうーー。

(記事 樋本岳、写真 小原央、樋本岳)

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