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卓球部

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2021.02.21

【連載】『令和2年度卒業記念特集』 第23回 緒方遼太郎/男子卓球

卓球人生

 早大卓球部を引っ張ってきた男の新たな船出だ。その男の名前は緒方遼太郎(スポ=東京・帝京)。緒方は4年前、高校までの華々しい実績を引っ提げて、鳴り物入りで早大卓球部に入部した。入学してからも、自身の持つ実力をいかんなく発揮して、早大に勝利をもたらし続けてきた。そんな男にとっての卓球とはなんなのか、そしてこれまでの卓球人生とはどのようなものだったのか。その軌跡を追う。

 卓球を始めたのは小学校1年生の頃。それまでも水泳やサッカーをしていたが、母と姉が卓球をしている影響で卓球に没頭するようになる。「小学生の頃はあまり苦しい思いをした記憶がない」。卓球を始めた緒方は、瞬く間にその才能を開花させる。出場した大会では華々しい活躍の連続。その名は、全国に知られるようになる。

  中学生となった緒方は単身上京をする。それと同時に、同世代が10人しかいなかったという『エリートアカデミー』と呼ばれるJOC(日本オリンピック委員会)が設立した組織に入校を果たす。エリートアカデミーには、中高6年間所属し、ナショナルチームに所属する最高峰の選手たちと日々練習を重ねる。そのため非常に高いレベルのもとで、成長することができるのだ。

  だが当時エリートアカデミーはまだ新しい組織だった。基本的に出場する大会は海外がメインで、遠征費も公費で賄われる。国内大会も全国大会からの出場が多かった。そのため、しばしば卓球雑誌等で批判されることが多く、アカデミーに所属する選手はとてつもないプレッシャーにさらされることとなる。緒方は当時を振り返り、「中学生ながらにこのような経験をしたことは、なかなかできないことで、貴重な時間だった」と語る。

スマッシュを放つ緒方

  エリートアカデミー卒業後は、「中学生の頃から早稲田に対して憧れがあった」という思いから、早大進学を決める。そこで出会った『卓球』は今までとは違うものだった。「自分だけではなく、何をするにしてもチーム基準」。早大卓球部はチームというものを非常に大切にする。そんな新たな『卓球』と早大で出会った緒方は、下級生のうちから好成績を残し、早大の主力選手として活躍を重ねた。

 4年生となり、主将に就任した緒方だったが、そこでは苦難が待ち受けていた。知っての通り、日本中が新型コロナウイルスの影響を受けた。早大卓球部もその例外ではない。練習も自粛となり、卓球部として集まることができない時間が多くなる。そんな中、緒方は『繋がり』を大切にした。家にいる間はオンラインでのミーティングを開き、離れ離れになっても、部員同士の結束を強めるように努めた。

 大学卒業後、緒方は一般就職の道に進む。実業団に入り、卓球を続ける道もあった。ではなぜ、一般就職の道を選んだのか。緒方は「高校までは卓球に対して辛いと思うことが多かったけど、大学ではやりきれたし、卒業後は卓球以外でやりたいことをしたいと思った」と話す。早大卓球部では、チーム力の大切さ、そして結束の大切さを学んだ。緒方はその学んだことを生かし、社会人としても活躍を続けるであろう。

(記事 荻原亮、写真 涌井統矢氏)

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