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馬術部

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2021.02.20

【連載】『令和2年度卒業記念特集』第22回 武井梧右/馬術

馬も人も

 今年度の全慶應義塾対全早稲田定期戦(早慶戦)で、早大は5年ぶりの優勝を果たした。毎年のこの大会が現チームで臨む最後の対抗戦だということもあり、引退する4年生をはじめとした部員の思い入れも強い。特に主将として1年間チームを率いた武井梧右(スポ=東京・東農大一)にとっては、そのチームづくりの集大成でもあった。1年間かけて目指したチームとは、そして4年間の大学馬術人生とはどのようなものだったのだろうか。

 馬術部には大きく分けて2種類の馬が所属している。大きな試合にレギュラーで出場する競技馬と、そうではない練習馬だ。部員にはそれぞれ担当馬が割り当てられ、その馬の健康状態や練習メニューの管理を行う。競技馬の管理が任されるということは、実力が認められたことの一つの指標であり、当時3年生だった武井が初めて担当した競技馬が稲師であった。稲師と共に関東学生競技大会などの大きな大会に出場する機会が増える中で感じたのは、「馬も(人間と)同じ動物で変わらない」ということ。自身も体を鍛えることが好きで、その中で培ったトレーニングメニューや食事、休息の管理などの知識が稲師にも応用できた。「しっかりトレーニングを積むことでいい筋肉がついて、それが競技成績につながる」。そのプロセスを「彼から教わった」1年間であった。

3年時の関東学生競技大会、総合競技のクロスカントリーで水濠障害を越える武井・稲師

 4年生となり、主将に就任した武井は、最終的には3頭もの競技馬を任された。馬場馬術のロッキーロイヤルとのコンビでは、全日本の舞台で7位に入賞した。ロッキーロイヤルや、障害馬術でコンビを組んだジョルジオ・アルマーニを「能力の高い馬」と評し、「それをいかに壊さずに乗るか」を重要視する一方で、総合馬術でコンビを組んだ稲翼は、「こっちから頑張らせないといけない」馬だったという。コンビを組んだ期間が最も長いという面でも、印象に残っている馬だった。実は、稲翼はそれまで練習馬だったのだが、トレーニングを積む中で「日に日にできることが増えていって」昨年は競技馬として全日本の舞台に立つまでに成長したのだという。その過程で役に立ったのが、稲師のトレーニングをした経験だった。

 2年前の早慶戦。次期主将としての初めてのインタビューの際に武井が目指していたのは、下級生であっても実力があれば上級生と「切磋琢磨できる環境」を作ること。1年時から持ち続けていた「勝ちたいなら勝てる選手が学年に関係なく出場するべき」という考えを行動に移した。毎回の大会での出場枠が限られている状況で、上級生から出場するという決め方ではなく、実力をつければ下級生でも出場機会を与える。そのチャンスをしっかり作る。部員に向けて宣言した。その働きかけを受けて他の部員にも変化が生まれ、チーム内でもレギュラー争いが活発化したことを感じたという。主将として率いたチームで臨んだ最後の早慶戦。その勝利は「全」部員で勝ち取った勝利であった。

 馬術部としての活動にはさまざまな『責任』が伴ったという。馬の命を預かって活動していくうえで、その管理を「適当にやっていると(馬は)死んでしまう」という武井の表現は決して大げさなものではない。また主将としての1年間は、部という一つの組織をまとめる責任もあった。どちらも「何も考えないでやっているとすぐにだめになる」。だからこそ武井は考え続け、行動に移した。馬から教えられたこともあった。言葉でコミュニケーションをとることができない分、耳の動きなど些細な変化から何を考えているのかを感じ取る必要がある。そのような馬への働きかけは人とのコミュニケーションでも同じで、「何も言わなくてもその人が何を考えているのかを理解できるようになった」。馬とも部員ともしっかりと向き合い、その力を最大限に生かす。武井のその姿勢は、これからも武井自身の中に、また早大馬術部の中にも生き続けるだろう。

(記事 伊藤可菜、写真 日野遥)

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