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2021.02.09

【連載】箱根事後特集『不撓不屈』第9回 山口賢助

 山口賢助(文3=鹿児島・鶴丸)は秋口に急成長を遂げて以降、安定した走りでチームを支えてきた。自信を持って臨んだ箱根路では、10区で最大4校による6位争いを制してフィニッシュ。レースから約1ヶ月が経った今、あの激闘を振り返って何を思うのか。そして、最終学年で見据える目標とは。

※この取材は1月20日にリモートで行われたものです。

母校への「恩返し」

オンライン取材に応じる山口

――解散期間中はどのように過ごしていましたか

 最初の5日くらいは関東に残り、地元に帰ってからは地元の友達と遊んだり、親戚の元へ挨拶に行ったりして過ごしました。

――地元では何か反響はありましたか

 今年は地元の人と会う機会があまりなく、母校にもコロナの関係で行くことができなかったので、正直そこまで無かったですね。

――進学校・鶴丸高校の出身であることがテレビで取り上げられました

 まさかあんな風に自分の名前が出てくるとは思っていませんでした。全然活躍できたわけではないのですが、自分の母校の名前を出してくれたことはかなり嬉しかったです。

――勉強と部活を両立することは大変だったのではないでしょうか

 高校時代は今振り返っても、正直もう1回やれと言われてもできないくらいきつかったですね。周りの勉強のレベルがすごく高く、課題や予習も多い中で、空いた時間をいかに陸上に回せるかを意識してきました。でも、どうしても睡眠時間や遊ぶ時間を犠牲にしないといけなかったので、正直きつくてもう一度戻りたくはないです。でも高校の先生方に色々と支えてもらったことに対しての感謝の気持ちが強く、そういった方々に恩返しをしたいという思いが大学で頑張る力になっていると思います。

――箱根駅伝を走ったことで、その「恩返し」はどれくらいできたと感じていますか

 高校の顧問の先生からは学校の方にかなり電話が届いたことをお聞きして、自分のところにも鶴丸高校の卒業生の方からメッセージを頂きました。自分で言うのもなんですが、高校の知名度を上げるという意味では少なからず恩返しができたかなと思います。

白熱の6位争い

4校での激しい6位争いを制した 写真提供:共同通信社

――ここからは箱根本番について伺います。事前の希望(9区)とは違い10区での出走となりました。いつ決まったのでしょうか

 かなり前から9区か10区とは言われていて、区間エントリーが出た29日以降は10区の可能性が高いと言われていました。ただ、最終的に10区で行くぞと言われたのは前日の最後の仕上げの練習が終わってからでした。

――初の箱根ということで緊張はありましたか

 夜にあまり寝付けなかったり、早く目が覚めてしまったりすることは5日間くらいありましたね。

――改めてレースを振り返っていかがですか

 定点間での通過順位を見て、前半は結構ひどい通過(順位)だったなと思いました。傍から見れば最終的に順位を1つ上げて6位でゴールしたことで「頑張ったね」と言ってくれる方も多かったのですが、自分としては本当に最低限の走りしかできず悔しい気持ちや、思い描いていた走りができなかったことへのモヤモヤした気持ちの方が正直大きかったですね。

――中盤までの課題について新たに気付いた点や、克服に向けて取り組んでいきたい練習はありますか

 相楽監督からは「(12月初旬の故障の影響で)自分では感じていなくても、どこかで走りのバランスが崩れたり変わっている部分があったのでは」と言われました。箱根前は脚の状態は良かったのですが、もしかしたら気付かないうちにバランスが崩れていた部分があったのかなと思いました。また(克服するためには)気持ちの部分も大きいと思っています。早大競技会の1万メートルで自己ベストを出せた時は、監督から「前半思い切りいくレースをしてみろ」と言われて(その展開から)最後まで押し切れたので、最初から突っ込む走力はついたのではないかと思っていました。でも自分の中で大事なレースになればなるほど、気持ちの面で守りに入っている部分があるのかなと思います。勝負への気持ちを練習や試合から持たないといけないなと思いました。

――終盤のスパートに至る流れはどのような展開でしたか

 国学院大がラスト4キロ少しで追い付いて来るまでは、ずっと自分が(集団を)引っ張っていました。さすがにそこからは引っ張るのを止めて(他の選手を)前に行かせようとしたら、急激に1キロ3分半くらいまでペースが落ちて、今年の1区みたいな駆け引きになりました。その時は「ここまでずっと引っ張ってもし9位に落ちたら、なんて下手なレースをしているのだろう」という気持ちで、絶対負けられないとしか考えていなかったです。 その後は何度か急激に飛び出したり緩めたりすることはあったのですが、残り1・7キロ辺りで僕が思い切り前に出たら国学院大がすぐに離れて、帝京大と順大で縦一列になりました。その時思い切り出すぎて「このままだと持たない」と思い、少し(ペースを)緩めたら帝京大が前に行ってくれました。今まで引っ張っていた分、後ろに付くとすごく楽に感じましたね。ラスト1キロの時に先頭の帝京大がもう一度スパートを仕掛けてきて「結構本気で来ているな」と思ったのですが、余裕を持って反応できました。それに重ねるかたちで僕が仕掛けたら、最後700メートルくらいでは順大と帝京大もついて来なかったですね。ここまで思い描いていた走りにならなかったので、(勝ち切れて)よかったなと。安心しました。

――他の選手の様子も把握していたということですか

 集団を引っ張っている時はずっと気にしなかったですね。スパートの時は順大の選手が割ときつそうで、帝京大の選手の方がまだ余裕がありそうだと思っていました。ただラスト1キロで(帝京大の選手が)切り替えた時は全力で行っているなと感じて、ここで自分が(さらに)スパートを仕掛けたらついて来れないだろうと思いました。

――ゴール後、武士文哉主務(文4=群馬・高崎)に迎え入れられたときに涙していた理由は

 走る前に武士さんが鶴見(中継所)まで来てくださったときに「絶対3位まで抜いてくるから」と言っていたのですが、ゴールして武士さんの顔を見た時に、それができなくて申し訳なかったことですね。

――監督やチームメイトと合流して、どんな声を掛けられましたか

 最初に会った宍倉さん(健浩、スポ4=東京・早実)は「お疲れ」「結果オーライ」という感じだったのですが、マネジャーの久保(広季、人3=早稲田佐賀)からは「まじ、ひやひやさせすぎだろ」と言われました。監督には走りについていろいろ言われるのかなと思っていたのですが、「なんとか頑張った」と握手をしてくれました。監督はいいレースをしたときにいつも握手してくれるので頑張った走りに見られたのかなと思ったのですが、事前に言った通りに(前半)突っ込まなかったことを聞かれたときは「(体が)動かなかった」としか言えなかったですね。

 

「史上最強の学年」を目指して

――新チームの目標は

 解散期間中に各学年でチームの目標や役割を話し合って、解散明けにチーム全体でミーティングをして目標を決める予定です。でも、駅伝シーズンに関しては3冠が目標になるのかなと思っています。

――4年生が抜けてチームを引っ張る立場となりますが

 なんだかんだ精神面でも競技面でも4年生の存在が大きくて、いろいろと頼っている部分がありました。でも4年生が抜けたことを、自分たちが自立していくきっかけにしないといけないと感じていますね。ただ個人的には、4年生がいないのは正直すごく寂しいです。練習以外でも支えてくれた先輩が多かったので、僕としてはもう4年生といられないのが残念だなと思っています。

――チームを引っ張る上で、目標としている選手はいますか

 僕が1年生の時に4年生だった永山博基さん(平31スポ卒=現住友電工)は入学したときからずっと尊敬しています。永山さんは影響力がすごく大きく、大学内でも永山さんを慕っている人は多いです。自分も同じ鹿児島県出身で高校のときから知っていて、良くしてもらっていました。走りだけでなく人間性でも尊敬できるところが多いので、自分も最上級生として永山さんみたいな先輩になれたら良いなと思います。

――学年全体でどのようにチームを引っ張って行きたいですか

 上級生として走りで後輩たちを引っ張ることはもちろんなのですが、今年度の駅伝を見て単に速いだけでは勝てないと痛感しました。だから4年生が先輩として威張るわけではなく、学年の壁を越えてチームが一つになれるように結束力をつくっていきたいです。逆に今の2年生は元気な子が多いので(笑)、適度に対応していきたいですね。自分の学年は上の学年とつながりが強かったのですが、下の学年ともっとコミュニケーションを取っていきたいです。

――どんな学年にしていきたいですか

 1つバンと言うなら、「史上最強の学年」です。それだけの戦力が揃っている学年ですし、最強であり最高の学年にしたいですね。同期内では半澤(黎斗、スポ3=福島・学法石川)、千明(龍之佑、スポ3=群馬・東農大二)、直希(太田直希、スポ3=静岡・浜松日体)、向井(悠介、スポ3=香川・小豆島中央)辺りが中心で盛り上げて、チームのことを決めるときも彼らが常に中心にいます。僕含め他の人は積極性に欠ける部分があると思うので、全員がチームへの帰属意識を持って、学年として戦っていこう、強くなろうという意識を持たないといけないなと思います。また入学したときから「自分たちの代で3冠したい」と話してきたので、そこに向かっていく気持ちやそのために行動する意識を全員で持つことが必要だと思います。

――自身はチームの「一般組」を引っ張る立場となります

 自分がスポーツ推薦の選手に勝てたりすると嬉しいという気持ちもありますが、競技をする上ではスポーツ推薦も一般組も同じなので、そこはあまり意識しないようにしています。やはり早稲田というチームが強くなるためには一般組の力が絶対欠かせないと思うので、今後早稲田が強くなっていくために後輩たちの良いお手本になれたらいいなと思いますね。

――チーム内でライバルとしている選手はいますか

 中谷(雄飛、スポ3=長野・佐久長聖)と千明と直希です。彼らは(自分のことを)全然ライバルとは思ってないですけど(笑)、その3人をライバルにしたいです。1、2年の頃は大きく負けていて、3年では彼らも強くなっている中で少しその距離を詰めてこれたかなと思います。そろそろライバルとして認めてもらって、彼らとしっかり張り合っていきたいです。

――今年が早稲田での最後の1年となります。どのように過ごして行きたいですか

 3大駅伝は絶対全部優勝したいのですが、個人としても活躍できればいいなと思います。対抗戦にはまだ出たことがないので、関東インカレ(関東学生対校選手権)と全日本インカレ(日本学生対校選手権)に両方とも出場して表彰台に立ちたいという思いがあります。最終学年では自分が思った通りの結果が全て出せるような1年にしたいと思います。

――その目標を達成するうえで、どんな走りを目指したいですか

 やはり見てくれる人の印象に残る走りをしたいですね。中谷や直希は取材も多く注目されている存在ですが、それは速さだけでなく注目されるだけの何かがあるからだと思うので。結果ももちろんですが、目を引くようなインパクトのある走りを目指していきたいです。

――ありがとうございました!

(取材・編集 名倉由夏)

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◆山口賢助(やまぐち・けんすけ)

1999(平11)年5月3日生まれ。176センチ。59キロ。鹿児島・鶴丸高出身。文学部3年。自己記録:5000メートル14分01秒15、1万メートル28分20秒40。ハーフマラソン1時間4分50秒。2021年箱根駅伝10区1時間11分7秒(区間7位)。箱根駅伝では冷静な判断が光った山口選手ですが、この日は卒業する4年生への感謝を熱く語っていただきました。特にお世話になった先輩は黒田賢(スポ4=東京・早実)選手、住吉宙樹(政経4=東京・早大学院)選手、本郷諒(商4=岡山城東)選手。黒田選手はお兄さんのような存在で、将来について一緒に考えたこともあるそうです。また黒田選手の影響でNiziUを推し始めたとのこと。一方で住吉選手は同級生のような距離感で、親身に相談に乗ってくれたそうです。ちなみに、ご飯にもよく連れて行ってもらっていたとか。本郷選手は「入寮してから一番お世話になってきた」先輩で、特に勉強面で大きく影響を受けたそうです。

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