メニュー

応援部

« 特集に戻る

2020.10.23

稲穂祭・早慶戦直前特集『奮い起て』【第三回】宮川隼代表委員主将兼新人監督兼東京六大学応援団連盟委員長×安田直矢代表委員主務兼記録編集責任者×谷下豪副将兼リーダー練習責任者兼稲穂祭実行委員長×浅野太郎旗手兼東京六大学応援団連盟副委員長×佐川太一連盟常任委員兼広報責任者×大久保友博学生誘導対策責任者

応援部を先頭で引っ張るリーダー4年生。早稲田で一番アツい6人の男たちが応援の意義を考え直し、これからの応援部そして早稲田文化の継承にかける想いを語る。

※この取材は9月18日に行われたものです。

奮い起て、早稲田健児。

箱根駅伝での応援(左から安田、宮川、佐川)

――この1年間で印象的だったことを教えてください

佐川 まずは箱根やろ。

浅野 やはり箱根で応援が始まるので、一番最初の応援ですし、今結局なんだかんだみんなでやった最初で最後の応援になっているので、そこが一番大きいかな、って思いますね。

大久保 浅野、お前それ宮川がいうことだからな(笑)。

宮川 自分が言いたいことは、浅野くんが全部言ってくれたんで(笑)。

浅野 ごめんな宮川。

大久保 コロナ禍になって、下級生とコミュニケーション取れなくなっちゃたんで、まあ電話したりzoomしたり、グループ作ってグループディスカッションの機会を月に2回ぐらい作ったりして、話したんですよ。そしたら自分にない視点とかがすごいあったので、僕はそこですかね。コロナ禍での下級生との繋がりを強めたんで、僕にとってはそれが嬉しかったというか、そこが一番楽しかったかな、と思います。

谷下 大きい活動は箱根しかほとんどしてないんだけど、活動していない間でなんとかしようみたいなところで頑張ったりとか動いたり、考えたりしたことっていうのがもはやウエイトが多いよね、応援部としては。

佐川 俺的には宮川くんが頑張っていたと思います。

宮川 どうして、ありがとう。急に指名(笑)。

佐川 一緒にやってるから思うんだけど秋のリーグ戦の開催とかは、結構頑張ってたな、と思います。

宮川 今佐川から少し言ってもらったんですけど、自分は連盟委員長っていう役職をいただいてまして、その中で東京六大学野球連盟(野球連盟)だったり、神宮球場だったりとやりとりしていて、秋のリーグ戦どういう風にコロナウイルス感染症対策をしながらやって行こうかというところで、各所方面とやってるんで、それを佐川が褒めてくれて。全然佐川、そういうタイプじゃないんで、今驚いちゃって(笑)。

佐川 まあそうだね、例年と同じだったら楽と言えば楽なんですよ、流れがわかるから。だけどわかんない中やってるから。めっちゃ無駄なことも多いなとか思いつつ見てるんですけど、結果としてこう、応援できるという形になったので、それはよかったな、というか。果たして他の大学だったらできていたんだろうかというか。他の大学とも結構やりとりしてるんで、大体どんな感じか分かるんですけど、他の大学だったらできていないかな、と思うところもありますね、僕は。

――では、秋のリーグ戦について伺います。外野席での応援となりました

佐川 大前提として、野球連盟が応援の許可を出してくれているということが、本当にありがたいことだと、話を聞いているので、まずは野球連盟の定めたルールの中で、絶対にそこからはみ出ない、というか。それを破っちゃうと恩を仇で返すことになるので、まずは第一で思っていますね。その先で、選手の力になる、じゃないですけど、今回距離が遠いので、応援としては視覚的なものとかを多めに入れているので、そういうところを重要視しています。あとはハリセンが使えるのが大きいかな。

安田 自分たちもまだ手探りな状態っていうのがあると思うんですけど、多分段々試合を重ねるごとに部員の覇気もそうですし、応援としてのクオリティもレベルアップしていくと思うので、なるべく多くの試合を続けて見ていただいて、応援部としてもレベルアップしてるんだな、工夫してるんだな、とかそういうところを、例年と違うところで楽しんでいただけるのかなと思っています。じゃあリーダーとして、谷下くん。

谷下 そうだね。秋の応援っていうところに関しては佐川が言ってくれたんだけど、決められた枠の中で動かなければいけないっていうのはやりにくいところではあって、例年だったらいつも通り全力でただ応援していればいい、っていうことだったんだけど。例えばマスクをつけなくちゃいけないっていうところだったり、この場所から動いちゃいけないだとか、そういう制限がある中で応援をしなくてはならない。となった時に、本当は俺らは応援をしに行ってるのに、それ以外のところに気を張ってなくちゃならない、という中でどれだけ応援に対して気持ちが向くか、っていうか。これ4年生も同じで、例えばこう宮川とかは佐川が説明してくれたように、難しい立場の中で立ち回ってこの状況を作ってくれたわけじゃない。一方では主将として部の一番先頭に立って応援する闘志っていうのをぶつけて行かなきゃいけないっていう、この冷静さを保つところと、熱いハートをぶつけていくところっていうバランスを取れるか、っていうのが結構難しいなっていうか。そこ頑張らないといけないね4年生も、っていうことを最近思いますね。どうでしょう宮川くん、こんなとこでしょうか。

宮川 谷下が言ってくれた通りで、早稲田も含めて六大学とかに対してルールを守ってね、って規定する立場でありながらも、早稲田の主将として部内をまとめないといけないっていう立場でもありますし、もっというと新人監督であるという立場も兼ねてまして、新人っていうのは一度も応援に行っておらず、応援がどういうものかということを知らないまま、外野応援席をむかえるんですけど、それでも新人に早稲田の応援ってこういうものだよっていう風に、形は変わったとしても精神とかそう言った部分を自分たちリーダー4年生で示せればいいかなと。例えば学生注目(学注)とかはお客さんがいないので部員に向けてやることになると思うんですけど、その時にどう言った言葉を伝えられるのか、と言ったことが自分の中ではリーダー4年生の勝負どころだという風に考えているので、そこは頑張って行こうと思っていますね。

佐川 熱い心といえばね、浅野くんだからね。

浅野 他の4年生が結構やり方っていうところと気持ちのところを話してくれてると思うんですけども、ルール設定とかに関わっていない僕としては、野球が始まる前は一度、ことしは応援できないんだろうな、っていう引退を覚悟するような心構えで8月を過ごしていたんですけれど、今回こうして応援させてもらえるということで蘇ったって言うんですかね。引退だと思ったところから、もう一回できるチャンスをもらったので、ここで4年生が中心となって全員で心をまとめて気持ちをぶつけられればな、と思います。

大久保 僕としては正直やること変わんねえなと思っていて。僕は元から応援部としてと言うよりは一個人として野球部を応援するって言うスタンスでやってきたんで、3年の頃から例えば早川(隆久主将、スポ4=千葉・木更津総合)とか、右腕の徳山(壮磨、スポ3=大阪桐蔭)とか試合前にラインしたり試合の時アップしてるとこ行って「今日がんばれ」って声かけたり。そういうことはやってきたたんで、なんというか、応援部がバンドとかフル動員してやるだけが応援じゃないと思ってるので、そういうところの日頃の繋がりの積み重ね、そこに関して言えばやることは変わらないんで、僕の中ではそんなに変わらないですね。いつもどおりのテンションで行くと思います。 

コロナ禍で変わったこと、変わらないこと

――コロナ禍で取り組まれたことはありますか

大久保 僕が一人のリーダー個人としてやったことと、応援部の役職上やったことの二つあって、一つ目の下級生とのコンタクトっていうところだと、僕は部内でマーケティング的なところ(学生誘導対策責任者)を担当しているんですけど、例年だと3、4年生で考えていたことをを1、2年生を手足のように使って実現する、みたいなところがあってどちらかというと3、4年だけで盛り上がっていたところがあったんですけど、ことしはみんなでやろう、っていう方針を打ち出したんで、考えるところからみんなでやろう、っていうのがまず根底にありました。そこで、みんなに考える機会を提供していきたいな、っていうところで上級生とのグループディスカッションだったりというところを積極的にやったり、僕個人としても下級生に何回か直接電話したりして、「お前元気か?」みたいな。そういう日頃の積み重ねだったり、というところが一つです。一個人としては、兼ねてより興味があったトライアスロンを本格的に始めまして、普通に活動できていた頃より体の状態はかなりキレッキレなんで、そういうところでコロナ禍で練習できなくて能力落ちたとか言われるのすごい嫌だったんで。正直言って、僕全体練習一回も参加できなかったんですけど、そこだけは徹底してました。 

佐川 テクを練習してください。 

一同 (笑)。 

大久保 じゃあ茶々入れてきた佐川にパスしましょうか(笑)。 

佐川 変わらなかったことは、単純に僕個人として、部室にある「六旗の下に」とかの応援の映像とかを昔すごい見てたんですよ。いろいろ考えたりとかしてたんで、それは六旗無くなったからと言って見るのをやめることはなくて、きょねんの稲穂祭のビデオとか結構見るんですよ最近。過去の映像とかも見るので、俺ってやっぱり応援好きなんだな、それは変わんないな、っていうのは思いました。これでいいのかな?(笑)。 

谷下 佐川きょうコメントおかしいよな? 

<strong大久保 なんか恋した女の子みたい(笑)。 

佐川 ちょっとねー、取材の準備しちゃった(笑)。 

安田 でももしかしたらそれが佐川の本当の気持ちだったり。 

佐川 今のちょっと作った答えだったかもしれない(笑)。 

宮川 いいよ、いいよ(笑)。 

佐川 でも言ってることは、気持ち気持ち、って他のリーダー4年が言ってたんですけど、やっぱりそこは変わらないと思います。下級生にこういう気持ちが大事だよって僕ら代交代してからずっと言ってきてるのでそこは変わらないところですね。変わったことは多くて、応援の方式も変わったし、「エール」とかもあって見られ方とかも変わリましたね。 

――コロナ禍で新入生がなかなか入ってこない中、宮川さんが新人監督として取り組まれたことはありますか

宮川 応援部の一番の強みの対面でステージを見せることや食事会で応援部の人柄で惹きつけるといったことができなかったので、できる取り組みがTwitterなどのSNSでやりとりするぐらいしかなかったんですけど、その中でも一人ひとりに寄り添うということを注力してました。例えば部の公式ラインとかにメッセージがきた時に、自分や3年生の新人監督補佐の部員が親密に連絡をとって、新入生に「この人はすごい自分のこと考えてくれているな」という風に思わせるようなことをしていたので、その成果が実ったのか、先代たちのパフォーマンスが良かったということもあって。最悪は0人も覚悟していたのですが、今8人(リーダー部門)入ってくれて。 

佐川 「エール」効果もあるやろ 

宮川 「エール」があるね。確かに。NHKの朝ドラやったというところもかなり大きくて、他のサークルとか団体も宣伝の機会が限られている中で応援部は「エール」が放送された、っていうのは結構でかいですね。 

――「エール」の反響はやはり大きかったですか

佐川 あれはでかかったなあ。

宮川 なんか他聞いた?俺は結構新人から「エール」見ました!って聞いたんだけど。 

佐川 Facebookで結構盛り上がったな、一回。企画をやったときに。第一応援歌早慶戦みたいなの。 

大久保 やったねー。 

佐川 その時に大学の広報も参加してくれたみたいな話も後から聞いて、思ってるよりすごい反響あったな、って思いました。 あれはすごかったらしい、実は。

一同 へー。 

佐川 ホームページ落ちたりしたよね。 

宮川 あ、確かに。 

佐川 ちょっと焦った(笑)。 

安田 個人的なことで言うと、自分一人暮らしをしているんですけど、遠い距離にいる親から、自分たちは出ていないですけど、応援部特集されてるね、とかそういう連絡がありましたね。OBの方からも結構連絡を頂いたので、部外に限らず身内にもすごい注目が高かったので、コロナ禍で距離が遠いんですけども、「エール」を通して応援部に改めて想いが寄ったのは良かったな、って思いますね。 

宮川 部内にも結構影響あったというか。部員とかもドラマ見て、これだけ歴史がある部活やらせてもらってるんだ、って思えたんじゃないかな。自分も一人暮らしで、少し病みがちになっていたんですけど、「エール」見てある程度メンタル回復したところもあるので。そういった部員もある程度いるんじゃないかなって思う。 

佐川 さすがメンヘラ(笑)。 

宮川 言うなってそれ(笑)。 

佐川 あ、僕もう一個あります。僕従兄弟がいるんですけど、従兄弟は僕が早稲田ってことを知らないんですよ。けど帰省した時に『紺碧の空』歌ってて、びびったんだよね。 

大久保 おー。いいねいいね。 

佐川 小学校1、2年なんだけど。うんそう言うことがありましたね。 

大久保 佐川ドリブルばっかりしてないでパス出して(笑)。 

佐川 そうだなー。『紺碧の空』って早実でも使われてると思うんだよね。 

宮川 そういう繋げ方(笑)。 

浅野(早実出身) 個人的な「エール」の効果っていうことだと、親が応援部に関して心配してるところが少なからずあって(笑)その印象はよくなったかな、って思いますね。

一同 へー(笑)。 

対談は下級生時代の話題へ

3年生の合宿にて、思い出の一枚。(写真:応援部提供)

佐川 一個上10人いたのはキツかったな。 

安田 確かに。 

佐川 いつも言ってるよね。一個上10人はやばいって。 

浅野 上が10で僕らが6なんで、単純計算で僕ら一人当たり二人(の先輩に)つくんですよ。 

佐川 合宿の練習とか3年がやるみたいな感じになるんですけど、大体負傷してるやつが何人かいるんで(笑)。4年二人対3年一人みたいな構図になるんですよ。 

宮川 例年の倍以上の愛情を受けたよな俺たち本当に(笑)。 

大久保 間違いない。 

佐川 愛情は受けてますね。 

安田 愛だね。 

佐川 愛だよ。 

安田 それでも一番愛されたのがね、浅野くんですよね。 

浅野 いや、宮川じゃない?これは宮川じゃないですか?(笑)。 

宮川 まあそうですね、一個上の人たちの思い出というか、自分が結構とうふメンタルで、メンタル弱くて。自分で引退前に言うのもあれなんですけど、結構泣き虫だったので、本当にその部分を直してもらう為に、一個上の人たちには言われましたね。はい。個人名出すのはあれなんですけど、すごい、可愛がってもらいましたね(笑)。 

一同 (笑)。 

佐川 なんだかんだ3年が練習一番キツかったかもな。 

宮川 3年の練習はやばかったね。 

浅野 周りを見て、1年生2年生を見た上で自分たちも頑張らないといけないっていう状況で、追い込まれて怪我する人も出ちゃったな、って感じですね。 

――4年間で思い出に残っていることは

谷下 難しいとこきたな。 

佐川 谷下考えてから喋る人だからなー。 

安田 僕はね、あのすごく内輪かつマニアックな話になってしまうんですけど、応援活動というよりも3年の春季合宿の場内練習で、一個上の人から「谷下もっと頑張れよ」って言われて、僕が大号泣したって言うところが4年間で一番印象的。 

一同 (爆笑)。 

佐川 俺全然記憶にないわ。 

安田 そうね。ほぼほぼ僕と谷下の思い出だから(笑)。当時、谷下が下級生のリーダー、1年から3年の中心にになって練習から何から、運営も引っ張っていく存在で、誰よりも自分の目からは頑張ってるな、って思ってたんですよね。でも先輩はそれ以上のことをあえて厳しく求めていて、いやこれ以上ないぐらい(谷下が)頑張っていて、夜とかもへたへたになるぐらい頑張ってて。そんな人物にこれ以上何を求めるんだ!って思って、それが他人のことなんだけど悔しくて悔しくて。 

大久保 あー。 

安田 自分も一緒に運営とかをする立場だったので、(上級生から)お前がなんとかしろって言われたんですけど、多分そこで初めて上級生に反抗して、「いや、僕にはできません。彼はもうやるだけ頑張っていて、僕に言えることはありません」って言ってその場で大号泣してしまったっていう。(笑)。それが僕は一番思い出に残ってますね。 

大久保 これを俺らが初めて知ったっていうね。(笑)。 

安田 他の人には話してないんだよね。 

谷下 合宿っていうのがこう3年生のなかに一人引っ張る人がいて、もう一人事務的に支えるような人がいて、安田がそのポジションだったんですよ。で、自分は自分なりに頑張っていたつもりなんですけども、一個上から色々と言われるわけですね。その中で安田くんが支えてくれたっていう。安田くんってあまりそういうタイプではないんですね。そんなに熱くならないタイプというか。その安田が支えてくれたっていうのは結構嬉しくて。夏合宿の時は自分がその(安田の)ポジションで、宮川が自分のポジションだったんで、自分はサポートする側だったんだけど、あんまりサポートしなかったね俺は。 

宮川 まあまあまあ(笑)。 

佐川 宮川くん最後死んでたからね(笑)。 

一同 (笑)。 

宮川 情けないことに。 

谷下 宮川が本当は練習引っ張って行かなきゃいけないのに、練習二日目で足、肉離れかなんかして松葉杖状態になったんですよ。 

宮川 あれが本当に全部だね。あそこで松葉杖になっちゃったのが本当にいけなかったね。 

谷下 でも本人的にはそれが一番キツイよな。頑張ってやろうとしてるのに松葉杖になっちゃってやりたいこともできないというか、まとめなくちゃいけないっていうのは、非常にね厳しい立場だったと思うよ。 

宮川 本当に怪我との戦いはあったよね。

佐川 それなぁ。 

宮川 2年生時代に太鼓の練習っていうのが冬にありまして、その筆頭になったんですけど、そこでも一番最初に腕を骨折してしまって、自分が一番言わなきゃいけないのに、怪我をしたことによって少し引いてしまうっていうのが大きかったですね。そこでどういう風に同期を動かそうかっていう風に考えて悶え苦しんだのが、2年の太鼓練習と合宿の時ですね。谷下は今サポートしなかったって言ったんですけど、夜とかアドバイスもらえましたし、太鼓練習の時は病んで自分が死にそうになっていた時、普段全然言ったりしない佐川とかがメンタルケアしてくれたりしたので、それはやっぱりデカかったですね。 

佐川 それ一番の思い出ですか(笑)。 

宮川 ははは(笑)。一番の思い出としてはこれも合宿なんですけど、3年生もズタボロになって何が自分たちのモチベーションになってるんだっていう話になった時に、愛が必要じゃない、みたいな話になって(笑)。来年のリーダー目標「愛」にしようってなったんですよ。その時になんか軸じゃないですけど今でも大切にしてるそういうものが、言語化できたというところが自分の一番のはっとした瞬間ですね。 

佐川 二個上が愛あったな、っていう話もしたよね。 

大久保 確かに。愛あったな。 

浅野 こういう言い方すると一個上に愛ないみたいに聞こえるんですけど、一個上は一個上で愛あったからね。(笑)。 

宮川 それはもちろんそう。 

安田 表現方法が違ったというかね。 

浅野 厳しくして愛してくださった。 

佐川 二個上の話でいうと、僕の一番の思い出は、2年の時の秋の早慶戦で、三回戦かな。僕らそもそも一回戦からやらかしまくってて、その後4年から2年に直接怒られることってあまりないんですけど、呼び出されて、最後の最後なのに怒られて。うわーって思ってて。その試合優勝かかっていたんですけどそれ(一回戦)で優勝無くなっちゃって。日曜日勝って月曜日、最後の最後まで1、2点差とかで負けてたんですけど、8回で1点差につめて9回で逆転したんですけど。そこで4年の最後の意地をみたな、というか。8回の小川(=駿也・平31教卒)さんの学注が忘れられない。これすげえな、これでいけるなって思って、実際1点返して次の回渡邊(=友希・平31政経卒)さんで逆転して、応援で点取ったな、って言うのを感じましたね。一個上の人たちの最後も逆転でサヨナラ勝ちしてて、最後の最後で4年の意地見せて、点とってくれるのはすげえな、って印象に残ってますね。 

浅野 みんなが結構真面目な話してる中申し訳ないんですが、2年生時代に結構仕事が忙しくて、夜遅い時間になってその後武道家でラーメン食べて、そこで終電なくなっちゃった。それで、大久保の家に泊まりに行って、大久保の家で寝るっていう生活を。 

一同 (笑) 

浅野 週4ぐらいでしてて、あの時は割と浅野・大久保で色々やらかしてて2年生時代は。それで一緒に怒られたりしてたんですけど。その時の思い出というか、一緒にラーメン食べて、今はなき松の湯で風呂入って、たまに大久保が泣いて。俺も泣いて。で1時とか2時とかになって大久保の家着いてから喋って寝るっていう。 

佐川 堕落、、、(笑)。 

浅野 けどなんだかんだあの堕落した生活が楽しかったんじゃないかなって。 

大久保 うん。間違いない。 

佐川 まじでー?やばくないそれ?(笑)。 

浅野 さっき少し言ったんですけどそれで家に帰らなくなって親に心配されてたんですけど。(笑)。 

一同 (笑) 

浅野 あと応援のエピソードだと、後悔にはなるんですけど、3年の秋の早慶戦で僕と安田と宮川で応援作る、応援企画補佐っていう役職だったんですけど、一回戦二回戦で力を出し尽くしてしまって、本当なら一番倒れてはいけない私が、11月のそんなに熱くない中で熱中症で倒れてしまって、色んな方に迷惑をかけてしまったのが心残りではあります。 

宮川 それ一番の思い出なのか?(笑)。 

浅野 けどね、それが一番後悔で残ってるんだよね。 

佐川 同じ時に低体温症になったやつもいて。(笑) 

大久保 谷下とかが対応に追われてる中マネジメント系からは割と蚊帳の外だった俺と佐川それ見て大爆笑してて(笑)。 

佐川 暑いやつと寒いやつが同時にいるってどういうことってなってましたね(笑)。 

宮川 でも浅野らしいか(笑)。 

大久保 俺はですね、やっぱり雲見(=恭光・令2スポ卒)さんとの飲み会ですかね。 

安田 おー。分かるわ。 

浅野 それは間違いない。 

大久保 雲見さんは結構みんなと飲んでたんですけど、僕は直属の後輩だったのでよく連れて行ってもらっていて、僕が仕事でやばくなった時にすれ違いざまに1000円くれて、「これでなんか食ってこい」って言ってくれたりとか。あと二個上の木村(=太一・平31商卒)さん、雲見さんっていう系譜ができていて、そういった方に飲みに連れて行ってもらって、そういうことが結構心に残っています。僕らの話で言うと一個上は厳しい方たちだったみたいな感じになっちゃったんですけど、全然そんなことはなくて。雲見さん、めちゃくちゃいい人だったし、今もことあるごとにラインしたり電話したり。雲見さんと一時間ぐらい電話することもあって、雲見さんに「俺彼女にもこんなに電話したことねえよ」って言われたりして。もう一人小宮(=佑一朗・令2法卒)さんっていう僕と系譜が似てる先輩がいて、フォローとかすごいしてくれて。僕の中では小宮さんと雲見さんにお世話になったっていう記憶が一番あります。 

応援部が、目指す姿

稲穂祭は10月30日配信開始。実行委員長の谷下

――後輩たちに期待することは

谷下 俺からいこうかな。一言で何を期待するかと言うと、応援部を変えていくことかな、と思っていて。そこに対して危機感を感じてる人って一定数いると思うんだけど、自粛期間を経て、応援部の限界というか悪いところというか色々気づいたところがあるかな、と思っていて。そこのところを自分たちが今から変えていくっていうのは時間的な限界もあると感じていて。そこを担っていくのは後輩たちになるだろうと。ただ最初の、初動を加えるのって結構難しい話で。いちどペースができるとその方向で良いスパイラルっていうのはできていくんだけども、その初動を加えるっていう負担が物事を動かしていく上で一番大きいという風に思っていて、せめてその初動を自分たちが作ることができれば、あとは後輩たちがうまくやってくれるんじゃないかな、という思いで残された後数ヶ月の間でその初動を加えようというところを意識してるので、応援部を変えていくっていうところをぜひ期待したいかな、と私は思っている次第ですね。なんかそう思う人いるかな? 

大久保 まあそうだね、今こう神宮観客動員数が落ちてるってこともそうだし応援の形っていうところもそうだし、そういう面では僕も自分の守備範囲の中では変えてるところもあって。ただ谷下にはその点では同意するんですけど、僕はもっと対外的なつながりを意識してほしいと思っていて。今の応援部って部内の改革ばっかりだなっていう。部内でここを効率化しましたとか、ここの風通しをよくしました、とか言ってるけど。けど外向けの改革って一切やられてないなって僕は思っていて。例えばですが昔からリーダーが行ってたお店にリーダーが来なくなったとか。そういう話を耳にしてて。やっぱ応援部の一番大事なことはそういう繋がりなんで後輩には本当にこういうご時世だからこそ、もっと早稲田近隣のお店に顔出して、応援部をこれからもよろしくお願いしますっていう気持ちを持ってやって欲しいな、とは常々思ってるし、常々言ってます。 

谷下 本当にね、まさにそういうところで変えて行かなくちゃいけないっていうところで、で今浮き上がってきてる応援部の課題とか問題点ってとりあえず前の年と同じことをする、現状維持みたいなことを積み重ねてきた結果で、その結果何も変わらない、変えられない組織になってしまった、という風に思っていて。それが今、負の状態で動いてしまっていて、逆の方向に動かすことによって、今大久保が言ったようなところまで繋げていかなくちゃいけない。 組織自体の体質から根本的に変えていかないとどんどんどんどん悪い方向に行き続けて現状維持に甘んじるので、その流れに乗って何も変わらないっていうのが続いてしまうっていう危機感が最近感じるところだよね。

大久保 谷下と僕はずっとこういう話してますね。普段は浅野とバカな話をしてるんですけど、谷下とはいっつもこういう話してます。 

佐川 ちなみに対外的な話だと俺大久保ってどんな人ってまあまあ聞かれるんだけど。(笑)。対談企画とか個人でやってるでしょ。 

大久保 ああやってる。 

佐川 zoomで話しませんかって来たけど大久保ってどんな人って聞かれた(笑)。 

大久保 野球部との繋がりは今までめちゃくちゃ強化してたんですよ。飲み会開いたりとか、野球部の繋がりはすごい意識してたんですけど、コロナでそこから離れて、あれ俺他の部活と全然やってなかったなってすごい思ったんですよ。全然やってなかったなって。例えば野球部の選手だったら、魂込めて応援できるんですよ。そいつのこと知ってるから。ただ、それ他の部活にやらなかった、ってことにコロナ禍で気づいて。変に思われるのも承知の上で、どうしても他の部活と繋がりを作っておきたいなって思って。それでzoomしませんかって声かけまくってましたね。もうこれは効果があるなしじゃなくて、3年の時からやっておけばよかったなって思います。 

谷下 それが本質であって、そういうのをやっていかなくちゃいけないのに部内のことであれがあーだとかいうことを話してる場合じゃないんですよね。他の人から応援に来て欲しいとか、ステージに出て欲しいとかお願いされてはじめて自分たちが活動できる場が与えられるので、そういった人たちの希望だとかそういうものに答えていかなくちゃいけないのに、そういうところをカットしてしまって自分たちの中だけで進めようとするっていうところがよくないから、大久保みたいな人が増えていくというか、そういう組織に本質から変えて行かないと、いつの日か誰からも必要とされない応援部になってしまうというか。ごめんねみんな(笑)、俺と大久保いっつもこんな話してる。 

大久保 言ってみれば、正直僕がやってることが異端だと思われてるうちは、応援部は本当の応援はできないと思います。自分で言うのもなんだけど。ただただコールを言ってるだけの集団。けど本当の応援ってもっと感情移入しなきゃいけないと思っていて、やっぱり。僕は今アメフトとかア式とかと仲良くさせてもらってるんですけど、zoom通じて。そうなってくると僕は、コール一つでも他の人より魂込めて言えると思うし。そう言うところをしっかり強化していかないと。って言う問題意識は持っています。 

佐川 後輩たちに期待したいことは、あ、これ違うな、これ点入るな、みたいな時って応援部4年間やってるとなんとなく分かるんですよ。そういうものを出せる時に出して欲しいなって思うんですよね。さっきの思い出に残ってる話でも、最後に応援で点取ったみたいな、ことがあって。それをやろうと思ってやれたらすごいなって思いますね。大久保が言った外部的な繋がりっていうのも応援がすごければ勝手に向こうから求められるだろう、って僕は思うので。もちろん繋がりの強化も大事なんだけど。応援って僕らからすると競技なわけじゃないですか。その競技で勝負できるように。誰がやっても一緒だな、じゃなくて早稲田の応援部だからできるよね、みたいになってくると良いなって思います。 

浅野 僕自身内向きな性格で、大久保みたいに友人を応援する、友人に声を掛けるように、というのがあまり得意ではない。けど自分自身に応援の熱意が無いか、と言われればそんなことはないので。例えばボクシング部の早慶戦に行った時に魂込めて戦っている姿を見て感じたのが、この選手のファンとして、この人のために応援したいな、って思って。行った応援で推せる選手っていうのを作っていって欲しいなと。一個の応援を全力でして、そこから応援したいと思える選手を作っていければ、自然に自分の中で全力の応援ができると、思うので。選手に対して真摯に向き合ってその選手のことを好きになって欲しいなっていうのが僕の思いです。 

安田 僕が後輩たちに期待することは、同期といる中で、同期のことを尊敬できる人であって欲しいな、って思います。一個下だと20人とか30人ぐらい(3パート合わせて)いると思うんですけど各々が絶対違う武器を持っていると思うので。それを生かすも殺すも同期次第だと思います。僕らでいうとさっき大久保が言ってたような活動を異端って言って潰してたら、本当に良い活動ができなかったりするだろうし、そういうとこをお互いが尊重しあっていくことでそれぞれの色を出して、それが200人とか集まった時に理想の応援って言うのも一歩近づくかな、と思っていて。自分のことに自信を持った上でお互いを尊敬できれば相乗効果として良い団体になっていくんじゃ無いかなって4年間ずっと思ってました。 

大久保 まとまったねー。 

浅野 最後主将いこうか。 

宮川 自分は二点あって、一つ目は大久保が言うような対外的なところで、自分は結構東京大学運動会応援部と仲良くさせてもらうことがあるんですが、東大って、部活と応援部の繋がりがすごい強いんですね。なぜかって言うと早稲田とか他大学だとスポーツ推薦で入って、その競技に打ち込むような部分があると思うんですよ。例えば野球部の早川隆久主将(スポ4=千葉・木更津総合)に対して自分は同じ千葉県出身で、彼を高校生の頃を見ていたりして、こんな選手と、なんと言うんでしょう、対等に話して良いのか、じゃないですけど、そういった引目みたいなものを感じていて、それを克服するためにリーダー練習とかをめっちゃやったりするんですけど。そういった部分があって。そこが東大だと春季リーグ戦の時に、野球部のベンチに応援部の4年生全員のメッセージが書いてあるTシャツを飾ってあったりして。そういった部の繋がりというものを持つことができれば本当の意味で応援に向き合えるんではないかと思いました。言い訳じみてしまうんですが、自分は部内の改革であったり、部内にむけた取り組みっていうものに注力してしまったので、後輩たちにはそういった部分を頑張って欲しいと思います。で、もう一点が言葉では非常に表現しづらいんですけど、なんというか、言葉では表せない人物になって欲しいなというか。この自粛期間中に、応援の存在意義であったり、新人監督として何が、自分を応援部に惹きつけたのかと考えたんですけど。言葉に表せないな、って思いまして。自分が中学生の時に見た応援部の動画であったり、大学に入って見た新歓ステージであったり当時の4年生のオーラというか迫力というような言葉では表せないようなものを身につけて欲しいですね。応援部ってすごい非合理な集団というか、コロナ禍では応援という行為全般が禁止されてしまっていて。合理的な世の中においてこういった非合理な団体がなぜ80年という歴史を持って残っているのか、と考えた時に言葉で表せないような合理的な部分を超越したような部分、人柄であったり雰囲気、そういったものがあったからこそ、いつの時代も人を惹きつけ、存続してきたのだと思うので。言葉で表せない人、団体になってくれれば、学ランを脱いだ時つまり引退した後でも人柄っていうのは変わらないと思いますし、自分がお世話になった先輩方、学ランを脱いで今OBとしていらっしゃいますが、応援部時代に身につけたオーラ、人柄というものは今でも面影があり、人を惹きつけるような雰囲気というものがあるので、後輩たちにはそれを身につけて欲しいな、と思いました。 

――オンラインで開催される稲穂祭について

浅野 自分の立場(旗手)から一つ。この度、令和二年度、『早稲田大学新大校旗』という早稲田の第一校旗として我々が大学よりお預かりしているものなのですが、そちらを引退させることになりまして、その引退式を稲穂祭で、オンラインで多くの人に見ていただけると思うので、そこに注目してもらいたと思います。個人的には、オンラインでというのが初の試みではあるのですが、そのことで普段応援部を見てくれている方以外の方にも見てもらえると思うので、是非多くの人に、会場に行かなくても、ご自宅で見ていただければなと思います。 

佐川 オンラインで、っていうところは僕はなくて、今まで先輩たちが下級生に残してくれた、これで早慶戦やったるぞ!っていう気持ちを4年生が全力でテク振ったり、全力で学注したり、決めるとこはバシッと決めてそういう雰囲気を作って早慶戦に向かえれば、それで良いんじゃないかなと、僕個人としては思いますね。 

大久保 僕は稲穂祭に関して個人的に思うところを言うと、恩返しの一つだと思っていて、広告を出してくださる方がいないと稲穂祭というのは成り立たないものなので、学校内の団体が広告出してくれたりとか、あとこうやって早スポが記事にしてくれて広く知ってもらうこともそうだし。そういう意味で僕は恩返しかな、と思っていて。あとはあんなに新人時代からやらかし続けていて何回も、誰からも怒られてきた大久保ですらこうやって4年生になってちゃんと一丁前になったんだなっていう風に示したいっていうのがあって。早稲田の居酒屋もちだのすけきよさん(店主)だったり、武道家のみなさんだったり、それこそ僕が一番尊敬している木村さん、雲見さん、小宮さんの3人に大久保は本当に良くなったなと思ってもらいたいんで、多分みなさんこの記事見てると思うんで、その方々に対する宣言ということで。雲見さん、よう見とけコラとは思ってます。 

安田 個人的には、新人時代から稲穂祭というのは4年生の最後の舞台に近いものがあると思っていて。そこで見たセンターリーダーの背中に憧れていた部分があったので、最後そこを、後輩たちに示せれば良いなとは思っています。自分たち6人いると思うんですけど、各々が前に立たせていただける機会っていうのがあると思うんですが、それぞれが自分の思い、姿っていうのを後輩たちに見せれれば良いかなって思ってます。大久保が言ったように周りの人、っていうことでいうと、今年このままの状況であれば応援活動以外でいうと最後の大舞台になると思うので、自分たちが4年間、培ってきたものや思いを多くの方に届けに届けられるように、遠くからでもそれが感じられるようなステージにできればと思います。 

宮川 早稲田の応援部っていうのは先輩から聞くことや、歴史を見る中でも他の応援部応援団、六大学だけでなく全国の応援団に先駆けて色々な取り組みっていうのをやってきたので、オンラインでの開催っていうのも、全国を見ても他にないはじめての試みだと思うので、自分たちが切り込み隊長じゃないですけど、そういう存在になれれば良いなと思います。もう一点はちょうど新人が8月の終盤あたりから本格的な練習を始められたんですけど、時間がない中でも大きな舞台を迎える新人を緊張と期待の入り混じった表情で行う屏風(拍手)を見て欲しいと、思います。 

谷下 最後は私からなんですけど、一個人というよりは稲穂祭実行委員長としての話なんだけども。オンラインでの開催って決めた時、稲穂祭ってなんだろうって改めて考えた時に、早慶戦前夜祭であると、早慶戦に向けて士気を高めていくために毎年開催しているものだと、そう考えた時に例年通り大隈講堂を使うとしたら人数を制限する必要がある、と考えた時に、人数の制限というのはするべきではなくて、できるだけ多くの人に見てもらって士気を高めていきたいって考えた時に、この状況であればオンラインの方がより多くの人に見てもらえるだろうっていう考えがあってオンラインでの開催を決定しました。ところでことしの稲穂祭って単なる早慶戦前夜祭でいいんだろうかって考えた時に、無視できない状況っていうのがあってただただ早慶戦で勝つぞ、っていうことを前面に出すだけじゃダメだと。じゃあ何をピックアップしなくてはいけないのかというと、今社会が置かれている状況っていうのをピックアップして稲穂祭というところにつなげて行かなければいけないと、という風に考えました。例えばことしの1年生に関していうと、早稲田大学に入学したところまではいいとしても、入学式とかもなかったですし、いまだキャンパスに通えていないという人たちがほとんどなわけで僕らが今まで経験してきたように校歌を歌ったり肩組んで『紺碧の空』歌ったりだとか、野球の早慶戦の応援に行くというようなことがなく、今まで過ごしてきたわけですよね。僕らが早稲田に入って学んでいることというのがただ単に大学の講義を受けているってことだけじゃなくて、早稲田の文化そのものに触れて、早稲田というあの場所に通って得られることの方がむしろ大きいんじゃないかなって思っていて。それを伝える場っていうのを提供してあげないとそういう文化は廃れていってしまうなと。もう来年以降もオンラインで授業ができるならもうずっとオンラインにすればいいじゃないかという風になってしまうとその文化っていうのはどんどん廃れていってしまうなという風に考えたので、早慶戦前夜祭っていう元々のコンセプトに加えて、早稲田文化を継承していく場として、稲穂祭を使えるんじゃないかというような思いで企画運営を進めているところなので、そういった早稲田の文化そのものを感じられるように、というところは意識して作っているのでまだ早稲田ってどういうところなのか分かっていないような1年生だとか、これから早稲田を目指す受験生だったりとか、早稲田の街に住んでる皆さんだったりとか、飲食店の皆さんとか含めて、できるだけ多くの人に見てもらって、早稲田ってこういうところなんだって感じてもらって、そういった早稲田のカルチャー、思いっていうのを早慶戦っていう場にぶつけていけたらいいんじゃないかという風に考えています。 

――ありがとうございました!

(取材・編集 市原健)

早慶戦に向けた意気込みを書いていただきました。

◆宮川隼(みやがわ・はやと)

1998(平10)年9月22日生まれ。千葉・稲毛出身。人間科学部4年。役職は代表委員主将兼新人監督兼東京六大学応援団連盟委員長。マイブームはアニメ鑑賞。

◆安田直矢(やすだ・なおや)

1997(平9)年6月14日生まれ。県立岐阜出身。教育学部4年。役職は代表委員主務兼記録編集責任者。マイブームはけん玉、早寝早起き朝ごはん。

◆谷下豪(たにした・ごう)

1998(平10)年5月16日生まれ。東京・早大学院出身。政治経済学部4年。役職は副将兼リーダー練習責任者兼稲穂祭実行委員長。マイブーム、コロナ禍でしたことは、毎朝の体重チェック、毎朝毎晩の体温チェック、毎日の摂取カロリーチェック、睡眠時間管理、毎月の収支をExcelで管理、自己研鑽(筋トレ、ランニング、読書、英語、独語、西語、PCスキル、ファイナンスリテラシー等)。

◆浅野太郎(あさの・たろう)

1998(平10)年9月19日生まれ。東京・早実出身。社会科学部4年。役職は旗手兼東京六大学応援団連盟副委員長。マイブームはゲーム配信。

◆佐川太一(さがわ・たいち)

1998(平10)年4月11日生まれ。栃木・大田原出身。スポーツ科学部4年。役職は連盟常任委員兼広報責任者。マイブームはラジオ聞くこと、運転、ラップバトルの番組見ること。

◆大久保友博(おおくぼ・ともひろ)

1997(平10)年6月17日生まれ。千葉南出身。政治経済学部4年。役職は学生誘導対策責任者。マイブームはトライアスロン。

« 特集に戻る