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2020.06.19

長谷川晶一氏特別インタビュー!【第4部】『ノンフィクションライター』―活字の持つ力は不滅だと思っている―

 最後は長谷川晶一氏のライターとしてのあり方について。近年若者の文字メディア離れなどが叫ばれる中、文字書きのプロとして何を思い、どのような取り組みをしているのか。新型コロナウイルスの影響による自粛期間での新たな発見や今後への展望なども含め、貴重なお話を伺うことができた

※この取材は6月14日にオンライン形式で行われたものです。

活字の持つ力は不滅だと思っている

オンライン取材で質問に答える長谷川氏

――コロナウイルスによる自粛期間を通じて長谷川さんご自身が気づかれたことや新しい発見はありましたか

 僕はライター講座みたいなものの講師として呼ばれて喋る機会がたまにあるのですが、今回コロナ期間中にライター講座の講師としてオンラインで受講生のみなさんの顔を見ながら話をしたことがありました。その時に言ったのですが、今新規の取材ができない代わりに何を書いたらいいのか、何を書けるのかと考えると、まず出版社や編集者はエッセイ的なものの依頼がすごく増えたんですよ。誰かに話を聞いて何かを書くんじゃなくて、今までの経験を踏まえて何か書いてくださいと。何か印象に残っている試合の思い出を書いてくださいとか、印象に残っている選手の思い出を書いてくださいとか。で、その一方でいわゆる妄想原稿じゃないけれども、完全にノンフィクションでも何でもない、フィクションでしかない依頼が来たりとか、今まで書いたことのないものの依頼が来始めていて、その講座で喋ったのですが、自分自身の棚卸しをする必要があるなと。今自分の中に持っている経験だとか知識だとか、自分は今までこういう原稿を書いてきたんだとか、こういうテーマの取材をしてきたんだとか、こういう人に話を聞いてきたんだという漠然としていたものを自分なりに整理してみたんですね。そうすると新規の取材ではなくて過去の取材の中にも財産があるなということに気づいたんです。僕の家には資料部屋があるのですが、ものすごくぐちゃぐちゃだったのをこの自粛期間中に全部整理して、何の本がどこにあるかというのを全部もう一度整理し直したら、買ったことを忘れているような貴重な本だとか資料がいっぱい出てきて、それを全部このデータはここ、というように箱詰めにして。そうなったらこの期間中新規の取材はほぼできなかったけど、ちょっとバージョンアップしたような感じがあるんですよ。今まで断片的だったものが統合されたというか。なおかつこのデータはここにすぐあるからこれを知りたかったらここを引っ張り出せばいい、というようにアーカイブの整理ができたので、これを生かして本を書こうかなということで、来年の春急きょ、リモート期間中に書きたいテーマがあったので準備を始めました。新規取材はゼロなんですよ。今までやったものだけで書こうと思って、自粛期間中に編集者に提案したらあっさり通ったので、来年の春出そうと思って今準備していますね。それは僕にとって一つの挑戦ですかね。この間5月に50歳になったのですが、40代の10年間をライターとして何とか生きていくことができて、50代の10年間をこれからどうするんだろうと考えた時に、おそらく今までより体力が落ちてくるんじゃないかとか。一番不安なのは気力なんですよ、バイタリティがどこまで今まで通りキープできるかどうかとか。年とともに気力が衰えていく人を割と目の当たりにしてきたので。いわゆる老害的な、経験が邪魔をしてすぐ威張る人とかいるじゃないですか、「そんなのやる前からわかっているんだからそんなことしなくていい」みたいなことを言う人がたくさんいてそれにものすごく反発を覚えてきた半生だったので、そうなりたくないなと。そう思っているときに、棚卸しをした結果、この財産を生かしつつ新規の主催での今まで通りの本も書いていくんだけど、そうじゃない原稿を自分の年齢とか体力に合わせた原稿をこれから書いていって、この10年頑張って60からの10年をまた迎えようかなと考えました。長期的な話になってしまうのですが、そういったことを見直す機会をコロナによる自粛期間が与えてくれたなと思います。

――スポーツ大会が軒並み中止になり、スポーツの存在意義も見直されつつあると思います

 当然見直されていますね。プロスポーツの場合は、それを生業にして経済は回っているという経済活動の側面もあるし、山崎康晃さんが言っていたみたいな 「勇気を与える、感動を与える」みたいな、人を勇気づける、元気づける側面もあるし。今まで当たり前だったものが当たり前ではないんだということに気づいた時に、ファンがありがたみを感じている状況、球団もファンのありがたみを感じている状況は、いい意味で相思相愛の状態ですよね。長年連れ添ってマンネリ化していたカップルに、コロナという一つの刺激が加わったことによって、お互いなくてはならないパートナーだということに気がついたというように、それが再認識されていると思うので、その感覚をどう活かすかがポイントだと思っています。Doスポーツではなく、見るスポーツのあり方は確実に変わるので、(プロ野球)開幕がどのように新しい魅せ方をできるかという点は注目していますね。

――近年は若者の文字メディア離れも深刻な問題になってきていると感じます。スポーツライターとして何か感じられていることはありますか

 活字の持つ力は不滅だと思っているし、活字パワーはすごいものを持っていると思います。活字というものを生業にしている以上は、より言葉と向き合わなければいけないなと思っています。近日、Numberの臨時増刊で『名将と言葉学』という本が出て、これは野村さん(故・野村克也氏)の今までの記事をまとめて、再構成したものなんですけど、僕はそこで2本(の原稿を)書きました。それを書いていて思ったんですけど、選手たちは監督の言葉一つで生かされも殺されもするし、僕は言葉を使って読者に何かを伝える。その伝えるものは選手の考え方であったり言葉だったり。つまり選手と読者の媒介者なんですよね。その伝える方法は様々で、ミュージシャンなら音楽だし、映像作家なら映像で伝える。そんな中で僕は言葉で伝える仕事をしている以上、言葉のパワーは不変で不滅であるならば、まだまだ磨き様があると思います。先ほども言った通り、(コロナの自粛期間を通じて)まだやってないことや、やれることがあるなと思ったんですね。だからそれを自分なりにどう切磋琢磨していくかですね。マーケティングの発想は、消費者の求めるものにどのように的確にアプローチをして、満たすことができるかという発想だと思いますが、僕は今までの経験上、ニーズがないところはまだまだたくさんあると思っています。それはまだ世の中が気づいていないだけで、潜在的なニーズはいくらでもある。ニーズがゼロのものを取り上げたきっかけで、その枝が広がることはまだまだあるなと。この時代であっても、出版不況や活字離れであっても、僕はまだ大丈夫だと思います。ただ、若者の長文に対するアレルギーは大きいなと思っています。僕は先月に『プロ野球語辞典 令和の怪物現る!編』という本を出したんですけど、辞典形式にしたんですよね。僕はこれ、辞典と言ってますけど、実用度はゼロだと思っていて。実用性はない一種の読み物として読んでもらいたくて。解説文はもちろん、この辞典にこの用語を選ぶという言葉のチョイスの面白さを見てもらおうと思っています。なので、これは完全に若者をターゲットにしているんです。いきなりハードな人物伝を読むよりは、この辞典のようにスラッと読める本で、少しずつ活字に慣れて欲しいし、アレルギーを払拭してほしいと思っています。3年前にこの本の第一弾を出した時は、若年層、特に小学生に人気で、この本をきっかけに親子の会話が始まることもあったみたいなんですよ。だから入り口をこういうところから始めて、SNS上で何か発信するという経験を、あるいは読むという経験をしていって欲しいなと思います。だから僕は、若者の活字離れを嘆くのではなくて、作り手側の努力で乗り越えなくてはいけない問題だと思っているんです。現状認識は一緒で、若者は今読まないなと思っていますが、面白ければ読むだろうという希望は持っていたい。活字のパワーも含めて、頑張っていこうと思っていますね。

――『プロ野球語辞典』等、プロ野球の入門書のような本は、プロ野球ファンの敷居を下げるような試みにも感じます。こうした世代や知識量を問わない内容という部分は意識されていますか

 プロ野球の敷居を下げるという狙いは確実にあります。『プロ野球バカ本』など、昭和の時代に出版された本を面白おかしくレビューする本も書いていますが、野球の本とか野球の文章は、グラウンドの選手の一挙手一投足や監督の采配、キャッチャーの配球は、もちろん野球文学の一つの大事なジャンルではあるけれども、ファンクラブを比較するとか、昔の言葉を比紹介するとか、『高橋ユニオンズ』という昭和にあった幻のチームの実態を伝えるとかは、戦術や戦略は関係なく、一つの人間ドラマであると思っているので、野球の違った見方や面白さをどう表現するかは重要だと思います。それだけだと色物になってしまうので、正統派のスポーツノンフィクションは書きつつ、そうではないものでどんどん野球文学の間口を広げていこうとしています。そういう中で、『プロ野球語辞典』は、ハードルを下げるという意味で書いた本ですね。

――一般メディアのスポーツ記者と比較して、スポーツライターとしての着眼点や見ているポイントの違いはどのように意識されていますか

 『プロ野球語辞典 令和の怪物現る!編』の75ページをぜひ見ていただきたいです。野球を報道するという意味では一緒なんだけれども、明らかに立ち位置やスタンスは違っています。記者は報道の速報性を重視していると思いますが、スポーツライターは基本的にスポーツ新聞で書くことはないですね。書くとしても依頼を受けたテーマを書くわけです。雑誌も出版社によってカラーが違って、それによって書き分けるのがスポーツライターの仕事だと思っています。一方、自分の本は自分の着眼点や自分の色を前面に出す、なんなら出さなくてはいけないです。自分の本は、僕は「作品」だと思っていますが、雑誌原稿やweb原稿は「商品」だと思っています。そこに優劣はなくて、「作品」と「商品」は別物なんですよね。有名料理店での創作料理と、普通のラーメンが食べたい時にラーメンを出す感覚、そのラーメンにトリュフ載せられても困るじゃないですか。そういった立ち位置や求められていることの違いというのは、常に意識していますね。書き方を変えています。

――なるほど、求められているものに対して書き分けることは大事なポイントなのですね

 例えば早稲田スポーツ新聞会なら、野球の早慶戦のようなビックイベントもあれば、クレー射撃のようないわゆるマイナースポーツもあるわけですよね。そこで結果を知りたい人には、きちんと結果を伝えなければいけないけれども、マイナースポーツの魅力をどう読者に伝えるかは、ある程度主観や記者の視点が求められてくると思うし、それを出さないと全く伝わらないと思うんですよね。ただルール説明されても面白くない。それよりは記者の視点で、その競技のどこに注目ポイントや駆け引き、人間ドラマがあるか、ここに注目してみると楽しいということを伝えることが必要になってくると思います。そういう意味で、結果レポートの記事と主観レポートの記事の書き分けを、スポーツ新聞の中でも行わなければいけないと思いますね。

――様々なテーマで執筆されていますが、テーマ選びはどのようにされているのでしょうか

 ライター同士でよくそういった話は出るのですが、僕はテーマ探しで苦労したことはないんですよね。書きたいことは常に5、6個あるし、実際に今も同時並行で執筆しています。テーマ探しで苦労しない理由は、取材をしていると、この人はどんな人なんだろうと、今はAというテーマでの取材だからAで話を聞いて1冊の本を書いたけれども、その中での雑談や資料を集めた時のエピソードとして、BとかCとか、Aとは関係のない要素が出てくるんですよね。人間は多面的なものなので。このBだけでもっと書けないかな、単純にもっとBについて知りたいなといった興味が出てきます。すると今度は、Bを知るためには、また別の人の証言が必要になる。その話を聞くとまた繋がる話もあって。実際にそれが本にできるかや売れるかはまた別問題で、それを売れるものにするのはまたプロとして別の技が必要になってきますが、テーマ探しという点では苦労しないですね。

――なるほど。では見つけたテーマを売れるものに変えていく際には、どのようなことを意識されているのでしょうか

 先ほどのニーズがないところにもニーズを作り出せるという話とは矛盾する話にはなるんですが、時代性に即しているかは大事なポイントだと思うんですよね。その時代性という点はマーケティングの発想に近くなってくるかもしれないけれども、もっとアバウトに、時代の空気みたいなものがあると思います。例えば、今のコロナは、beforeコロナとafterコロナで人々の価値観は大きく変わってくるし、そうした変化への考え方が求められてくると思うので、その時に昔の常識を今に当てはめようとした能天気なものは、どうしても違和感だったり、時代の求めるものにマッチしない気がするんですよね。でも今だからこそとか、今のこの感覚を通じてみるとか、時代との整合性やマッチングを意識するのは、一つの業なのかなと思いますね。

――最後になりますが、今後はどのような取り組みに力を入れていきたいですか

 おそらくこれから体力や気力が今までと変わってくると思います。40代の10年間は意識的に自分に負荷をかけて鍛えていたのですが、これからは落ちてくると。そういった中で、自分の下降をいかに緩やかにするかが大事かなと思います。これまでは年に2冊、3冊と出せていましたが、これからはそれができなくなってくると思うので、50代は年に2冊ずつくらい、60代は年に1冊ずつくらい、70代は2年に1冊とか、緩やかに減っていければというイメージです。その分、テーマをより濃密なものにできるんではないかと。一つのテーマに数年かかるようなものに、少しずつウエイトを移して行こうかなと思います。今はその途中経過の50代かなと思っています。

――ありがとうございました!

(取材・編集 池田有輝、小山亜美、中島和哉 ※取材協力 早燕会)

◆長谷川晶一(はせがわ・しょういち)

1970(昭45)年5月13日生まれ。ノンフィクションライター・スポーツを中心にノンフィクション作品を執筆。主な著書に『いつも、気づけば神宮に 東京ヤクルトスワローズ9つの系譜』『プロ野球12球団ファンクラブ全部に10年間入会してみた!』(ともに集英社)、『幸運な男 伊藤智仁 悲運のエースの幸福な人生』(インプレス)など多数
※長谷川氏のTwitter(@HasegawSh)より

◆早燕会(そうえんかい)

東京ヤクルトスワローズを応援する、早稲田大学中心のインカレ野球観戦サークル。86年設立。19年に現会長前田が事実上消滅していた早燕会を復活。主に神宮での観戦会や、草野球などの活動を行っている。現在、会員37名。詳しくは早燕会Twitter(@soenkaiwaseda)まで

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