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2020.04.08

【特集】新歓号特集『斎藤佑樹選手独占インタビュー』

 新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。2006年夏の甲子園・決勝戦。斎藤佑樹選手(平23教卒=現北海道日本ハムファイターズ)は、現ニューヨーク・ヤンキースの田中将大選手との投げ合いを制し、引き分け再試合の末に早実高を初優勝に導きました。そんな斎藤選手ですが、早大に入学してからも抜群の成績を残したことをご存知でしょうか。今回は斎藤選手の早大で過ごした4年間、そしてプロ10年目のシーズンにかける思いを伺いました。紙面には掲載しきることができなかった斎藤選手の『声』をご覧ください!

※この取材は2月29日に行われたものです

「素敵な4年間」

早大時代の斎藤。4年時には主将としても活躍した

――早大で過ごした4年間を振り返ってみていかがですか

 4年間は僕にとってはとても素晴らしい経験をさせてもらいました。すごく濃い4年間を過ごしましたし、僕としては4年間やり切ったという思いがとても強かったので、あの頃に戻りたいっていう気持ちはないけれど、すごく素敵な4年間だったなと思います。

――大学生活の中で得たものは何でしょうか

 気持ち的な部分になってしまうのですが。高校3年生の時に一回自分が年上になるじゃないですか。学校の中で。言ったら王様みたいな感じですよね。そこから社会人になると王様のまま社会人になってしまうので、うぬぼれた気持ちでいきそうなところを(直すことができた)。僕とか甲子園が終わってかなり調子に乗っていたので、そのまま社会人になったら相当ヤバいことになっていたと思うんですよね。それを、大学1年生という一番下の(立場で)雑用とかもやらされたりして、もう一回叩きのめされて。人間関係の厳しさを学ぶ、みたいな。それが今になって経験としてためになっているなっていうのはありますね。

――斎藤選手でも雑用はするのですね

 しますね。グラウンド整備とか厳しかったですね。

――野球部としての4年間で一番つらかったことは何ですか

 シーズンが春と秋にありますよね。夏の練習期間ってすごく長いんですよ。夏休みがあって学校も行かないですし、1日中練習するので。その中でも、1週間くらいかな。夏の強化練習っていうのがあって。それが毎年あるんですよね。夏も冬も。その夏の強化練習が地獄みたいにキツくて。應武監督(篤良、昭56教卒)っていう当時の監督が、「ピッチャーは走りまくれ」って言って。とても理不尽な走り込みをさせられたり、投げ込みをさせられたり。それが選手としてどうかというよりも、そこまで追い込める自分がいるんだなって改めて気づかされて。自分の限界をさらに高められた気がしますね。

――大学生時代に『これをやっといて良かった』というものはありますか

 こういうのはですね、誰に聞いてもそう言うとは思うのですが(笑)、人間関係をしっかりつくれたことが良かったですね。野球部だけではなくて、一般の学生とも友達になれたことも、僕にとっては大きかったと思いますね。

――逆に『これをやっておけば良かった』というような、後悔しているようなことはありますか

 後悔していること。あははっ(笑)。後悔していることは…。それで言うともっと人間関係をたくさんつくりたかったですね。僕は教育学部なのですが、教育学部の友達しかいなかったので。それこそ政経(政治経済学部)とか、商学部とか、理工学部とか。理工学部の人たちとはあまり接点がないので、もっと友達になれたら良かったと思いますね。

――野球部にはあまり理工学部の生徒はいらっしゃらないですよね

 そう。僕はスポーツ科学部の方(所沢キャンパス)ではなくて、本キャン(早稲田キャンパス)に通っていたので、スポーツ(科学部)以外の友達が比較的多かったのですが、それでももっともっと違う分野の方たちと交流できたら良かったなと思いますね。

――教育学部ではなく、違う学部に入るとしたらどの学部にいきたいですか

 おっ。面白いそれは。まず僕がやっていた教育学部の社会科学専修っていうところは、教育学部とはいえ、僕が専攻していたのが経済系が多かったので、経済のことについて勉強させてもらったんですよね。ただやっぱり、スポーツ科学部の専門的な知識をもっと学んでおけば良かったかなとは思いますね。今になってバイオメカニクス的なことをもっと知りたいを思いますし。もしくは、政治経済学部とか。経済のことでスポーツ経済、スポーツビジネスをもっと勉強したかったなって思いますね。

――少し本題とはそれるのですが、もしご自身が野球部ではなかったとして、別の部活動やサークルに入るとしたら、どのような部活動やサークルに入りますか

 おー。何だろそれは。ちょっと楽しそうだな(笑)。何があるんだろう。それこそ早稲田スポーツとか楽しそうですね。

――撮影をする側にまわるということですね

 そうそう。僕はカメラが好きだから、カメラ撮ることが楽しそうだなって。(カメラマンに向かって)そのカメラ、早稲田スポーツのもの?

――いえ、これは自分のものです!

 お、マジで。すげえ。

――高いんですよね…。

 そうだよね。学生からしたら高いよね。

――話を元に戻します。野球部として過ごした4年間の中で、同期の存在は斎藤選手にとってどのようなものでしたか

 同期の存在はもう本当に大きくて。僕は4年生の時に主将をやっていたのですが、『プロ野球選手にならなくちゃいけない』って思っていましたし、でも選手が120人いるから120人見なくちゃいけないし。自分のことでいっぱいいっぱいなのに、120人を見るのって、とてもじゃないけど無理じゃないですか。その時に、当時の新人監督の野崎(将司、平23スポ卒)ってやつとか、マネジャーの福満(遼、平23人卒)ってやつが選手を見てくれていて。副主将の宇高(幸治、平23スポ卒=現日本生命)ってやつも選手の管理をしてくれて。僕がプレーに集中できる環境をつくってくれたなって感じます。

――大石達也氏(平23スポ卒)や福井優也選手(平23スポ卒=現東北楽天ゴールデンイーグルス)の存在はいかがでしたか

 2人の存在は今でもすごく大きいですね。大石は去年引退しましたけど。2人にも負けないように情報共有しながら、結果を出していくために励まし合いながら、という感じです。

――大学時代の友人と会うことなどはありますか

 今でもあったりしますよ。もちろん。今でも毎年1回くらいは野球部とも会っていますし、そうじゃなくても一般の友達ともあったりしますし、交流はありますね。

『心は熱く、表面的には冷静に』

ブルペンで投球練習をする斎藤

――ここからは斎藤選手自身の現役生活についてお聞きします。これまで苦しいシーズンが多かったとは思いますが、 プロで過ごした9年間を振り返ってみていかがですか

 そうですね。自分としては思うようにいかなかったことも多かったですし、周りの期待に応えられないっていうことも多いんですけど…。その中でも、くよくよしてはいられないので。野球選手である以上、一日一日は過ぎていく訳ですし、試合でとにかく結果を出すということを意識しながらやってきて。苦しい9年間ではあったのですが、ここまで野球ができたのはすごく幸せなことだなと思います。その中でも、これからも楽しく野球をやっていきたいなと思いますね。

――「思うようにいかない」との話もありましたが、その要因はどこにあると分析していますか

 それがわかれば苦労しないんですけどね(笑)。ただ、今の僕のピッチングスタイルを考えても、球がすごく速くて、ゴリゴリに押していけるようなタイプではないので、試合の中でミスをどれだけ少なくするかだと思うんですよね。コントロースミスとか(を極力少なくしたり)、バッターが待っていないボールを投げたりとか。それ(配球)はキャッチャーとの共同作業ではあるんですけどね。そういうことを丁寧に丁寧にやっていくことが、成功への一番の近道かなと思います。

――高校時代から活躍しているからこそ、メディアや世間のバッシングなども見受けられますが、そのような声はどのように聞こえているのでしょうか

 ある程度の感覚は持ち合わせているので、それなりに嫌な声とかも聞こえてきますけど、ただ自分がやるべきことは周りの声に左右されるべきことではないと思っているので、今自分がやらなくちゃいけないことをしっかりやって、一番近い人たちに失礼のないようにやることを意識して、日々取り組んでいますね。

――今季に向けて、オフシーズンに取り組んだことはありますか

 分かりやすく言うと、カーブを取り入れています。

――どのような意図があって取り入れたのですか

  球のスピードを速くしたかったのですが、なかなかそれも難しかったので、緩急をつけるという意味で取り入れました。真っすぐが140キロくらい、変化球が120から125キロくらいの間、その下にもう1個欲しかったんですよね。スピード差のある変化球が。そうなったらやっぱりカーブが1番パッと思い浮かんだので、カーブを練習しています。

――どのような場面で使うことを想定していますか

 最初は余裕のある時で、最終的には追い込んでからも投げられたらいいと思っています。スピード差を与えないといけないので、バッターの印象に残るようなカウントで(使う予定)ですね。

――カーブはどこかで投げていたりしたのですか

 カーブはプロ1年目の時にちょっと投げていたのですが、もともと得意なボールじゃなくて。なので、すごく練習しましたけど。それもなかなか難しいので。

――プロ1年目と比べて変化した点はありますか

 キャンプってすごく異様な雰囲気で。自主トレの期間にすごく練習しているのですが、そんなに大した練習をしていないキャンプの初日の練習が、すごく緊張感があって。体がすごく疲れたり、次の日には筋肉痛になったりするんですよね。その(キャンプの)1発目のブルペンに入るときって、ガッチガチなんですよ。後ろにはすごい有名なOBの方たちが見ていたり、監督やコーチが見ていたり、マスコミがブワーっていたりして。見られているところで投げるっていう緊張感がすごいあるんですよ。だから1年目とか2年目は、キャンプの初日のブルペンとかをほぼ覚えていないんですよね(笑)。「今日は30球投げたけど、調子どうだったっけ?」とか。でも、今年10年目になるのですが、しっかりと1球目からフォームを意識したり、それこそカーブを意識して投げられたり、自分自身の練習として捉えられるようになりました。3、4年目くらいからは徐々に(慣れることが)できているのですが、1年目と比べたらだいぶ変わってきましたね。

――逆に野球人生の中で変わらない点などはありますか

 難しいね(笑)。『心は熱く、表面的には冷静に』みたいなところですかね。

――大学とプロではどちらのほうが練習は厳しいですか

 あはは(笑)。やっぱり練習量としては大学の方が多いですし、厳しいですね。ただ、ファイターズはファイターズで、結果を残さなきゃクビという世界なので、違う意味での厳しさはありますね。

――今シーズンの目標を教えて下さい

 オープナーやショートスターターをしたり、中継ぎに入ったり、先発をしたりと全部のポジションをやると思うので、個人的な目標は立てづらいのですが、どこのポジションでもちゃんと自分の役割を果たして、最終的にはチームが日本一になることが一番(の目標)かなと思いますね。

――学生時代から慣れ親しんできた先発へのこだわりというのはありますか

 どうですかね。ずっと先発をやってきたので、もちろん先発へのこだわりというのはあるのですが、でもそれは一回奥の方にしまっておいて。自分の与えられた役割をちゃんとこなすということを意識してやっていますね。

――オープナーという戦術についてはどのように考えていますか

 現代の野球にフィットしているかたちだと思うので、それをトップがやるって言った以上は僕らもちゃんと合わせないといけないですし、戦術としてもすごく合理的な戦術だと思うので、そのチャンスをしっかりつかまないといけないと思いますね。

――選手からしてみると、どの場面で出番が来るか分からない中継ぎよりもオープナーの方がやりやすいのでしょうか

 僕は最初(のイニング)から入るのは苦手ではないので、そういう意味ではフィットはしやすいのかなとは思いますね。

「やり切ったと思えるようなものを」

笑顔で質問に答える斎藤選手。対談は終始和やかな雰囲気で進んでいった

――大学生アスリートとして練習に励んでいる選手たちにメッセージをお願いします

 一番最初に話しましたけど、とても僕としては充実した4年間でしたし、いい思い出しかないです。優勝したことも、すごくつらい練習をしたことも、下級生として雑用をさせられたときも、すごくつらいときもありました。でも、全部が全部全力でやり切ったから後悔はないですね。もう戻りたくはないですが。現役の大学生の選手たちには、そういう気持ちを大事にしてほしいと思います。理屈で考えるよりも、とりあえず突っ走ってみるというか。僕はそれがすごくいい思い出として残っているので、そうしてほしいなと思います。

――この春に早大に入学してくる新入生に対してもメッセージをお願いします

 何がいいかな…。逆に新入生に何て言う?(笑)
  4人とも考えてみてよ(笑)。

(取材陣が新入生へのメッセージを述べる時間が続く)

 ヒントを貰おうと思ったのに、みんな当たり障りのない(メッセージ)(笑)。何か自分の中でやり切ったと思えるようなものを見つけて、それを4年間通してやり切ってほしいなと思います。

――ありがとうございました!

(取材 小原央、篠田雄大、萩原怜那、山田流之介 編集 山田流之介)

今後の活躍にも期待です!

◆斎藤佑樹(さいとう・ゆうき)

1988(昭 63)年6月6日生まれ。176センチ、77キロ。東京・早実高出身。教育学部卒。投手。右投右打。対談中にも少し触れていましたが、斎藤選手はカメラが好きなのだそうです。取材陣のカメラにも「そのカメラ、フルサイズ(のセンサー)?」と興味津々。対談終了後に紙面用の写真を撮らせていただいた際には、なぜか斎藤選手がカメラマンとなり、逆に取材陣を撮りだす場面もありました。最終的には、「早稲田スポーツ? 敵じゃん」と言いながら近づいてきた慶大出身の白村明弘選手をパシャリ。綺麗に撮れていました。

白村選手は斎藤選手の写真に写りこもうとするなど、茶目っ気たっぷりな姿を見せていました。『昨日の敵は今日の友』という言葉があるように、卒業してしまえば敵も味方も関係ありません。早大出身であればもちろんですが、早稲田スポーツは東京六大学出身の選手たちを応援しています!