メニュー

卓球部

« 特集に戻る

2020.02.17

【連載】『令和元年度卒業記念特集』第20回 鎌田那美/卓球

同期の存在

 「いろいろな人に支えられていることを感じた1年間だった」。鎌田那美(スポ=北海道・駒大苫小牧)は主将として戦い抜いた1年間を、このように振り返る。その中でも特に、「引っ張っていくのが苦手」だという鎌田の支えとなったのは、いつだって三人の同期の存在だった。

 早大を志すようになったのは中学3年生の時であった。当時の鎌田の目には、全国大会などで見かける、エンジのユニフォームを着て戦う選手たちがとても恰好よく映った。「私もいつかそうなればいいな」。その思いは駒大苫小牧高に入学してからも変わらない。熱心で生徒思いな顧問の先生の計らいで、早大の練習に参加させてもらったこともあった。「自立していて、大人っぽい」。雰囲気や空気感などを肌で感じた鎌田はその3年後の春、早大に入学することとなる。

 下級生の頃は、大学の練習についていくので必死だった。それでも1年次からリーグ戦に起用され、場数を踏んでいくにつれ徐々に結果も出るようになった。3年次には春季リーグ戦、秋季リーグ戦、全日本大学総合選手権団体の部(インカレ)の3大会を制覇するいわゆる『グランドスラム』の達成にも貢献。新体制となってからは、同期からのアンケートをもとに主将に就任した。自分は向いているタイプではない、と自覚しながらも「成長したい、チームのために頑張りたい」という思いで引き受けた、人生初の重役。しかし、なかなか思い通りの結果を残すことができない。前主将である徳永美子(平31スポ卒=福岡・希望ヶ丘)のように、成績でチームを引っ張っていきたいと思うものの、「最初は個人戦でも他の人よりもすぐ負けてしまった」。「こんなものでいいのか」と、理想の主将像とのギャップに葛藤することもあった。

4年生になってからは、金子碧衣(スポ=愛知みずほ大瑞穂、右)とダブルスのペアを組むことが多かった鎌田(左)

 今年の4年生には、前年の徳永や阿部愛莉(平31スポ卒=大阪・四天王寺)のような突出して実力の高い選手はいない。だからこそ、「4年生全員でチームをつくり上げよう」という共通の認識があった。引っ張っていくことが苦手だという鎌田は、何か物事を決めるとき、同期をはじめとする様々な人に意見を求めた。主将である鎌田が決めきれない時でも、同期が様々な案や意見を出し合うことによって、今年のチームをつくり上げてきた。それがこの代の『カラー』なのかもしれない。時には言い合いになることもあった。それでも――。「この1年、同期が本当に助けてくれた」「苦労した際に支えとなったのは同期」。鎌田の口から何度も出てきたのは、同期への感謝の言葉だった。

 そんな鎌田だが、自分でも納得できるような結果が出始めたのは、主将を引き継ぎした後のことだった。4年次の秋、10月に行われた全日本大学総合卓球選手権大会において、個人戦では自己最高の成績だというベスト4に食い込む。勝たなければならないというプレッシャーから解放され、うまく力が抜けたのかもしれない。「今までやってきたことは無駄じゃなった」。四年間の努力の成果が、結果となって現れた。

 早大卓球部を「人数の多い家族」と形容した鎌田。そこは、温かく迎えてくれる場所であり、そして成長できる場所でもある。その『家族』たちに本気で向き合い、目標の達成を目指したこの1年間は、鎌田にとってかけがえのない財産となったことだろう。

 今後は実業団でプレーを続けるという。感謝の気持ちを忘れない鎌田は、新天地でもきっと、素敵な仲間に恵まれるに違いない。

(記事 山田流之介、写真 涌井統矢氏)

« 特集に戻る