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2020.02.12

【連載】『令和元年度卒業記念特集』第12回 浅川秋人/山岳

諦めないこと、そして主体性のある登山

 本格的な登山を始めたのは入部後からという浅川秋人(先理4=長野・松本深志)。鍛錬を積み重ね、やがてチームのリーダーとなった彼が山岳部で得たものとは何かを紐解いていく。

 浅川が本格的な登山を始めたのは、早大山岳部に入部してからのことだ。地元・長野県にある常念岳が冬になると荘厳な景色になり、そうした冬山に登ってみたいという意思が、早大の中で一番本格的な冬山登山を行う山岳部入部へと突き動かした。しかし、そんな浅川を待ち受けていたのは厳しい現実だった。大学入学前、本格的にスポーツに取り組んでいたわけではない浅川は、「圧倒的に体力がなくて、とにかく同期に追いつこうと必死でやっていた。普段のランニングや山の中で僕が最初に疲れてついていけなくなっていた」と当時を振り返る。1年生の初冬に行った富士山では、雪の量の多さに圧倒され満足に歩けなくなった結果、低体温症になってしまったこともあったという。

輝く太陽のもと、白馬岳に向かう

  上記のように入部した段階では辛い思いをすることが多かったが、「辞めてしまえば負けた気がする、悔しい気持ちが残ってしまう」と語るように退部しようと思ったことは一度もなかったという。そして、「一つのことに一生懸命になることは今後の人生何においても大事なこと。諦めずにここまで続けてこられたことは僕の確かな自信になっている」と語る。早大山岳部で、熱い心を武器に積み重ねたその努力は、彼自身に大きな財産をもたらした。

 

 また、チームの主将として気を配ったことは、部員の安全確保であった。周りの部員をよく見て自分たちの力量に合った登山なのか、危険地帯はないのか、などというように常に考えを巡らせていたという。そのような安全への多大な配慮は実際の登山の現場でも求められた。昨年の12月に富士山で行われた合宿では、強風の影響から訓練を行う場所をより標高の低い、より安全な場所への変更を決断した。「標高を下げるとその訓練から得られるものは少なくなってしまうので、バランスをとるのはやはり難しかった」と振り返る。このような、常に自分の頭を使って考えるという経験から得たものは主体性だった。入部した当初は、力強く引っ張る上級生にひたすら追従するだけだったということを踏まえ、早大での4年間で、この主体性が一番成長した点だと振り返る。

 今後、浅川は9月に大学を卒業するという選択をとり、海外遠征に挑む。後輩たちに向けて、「自分たちが面白い登山をやってほしい。やらされている登山では何も意味がない。自分たちが面白いというものを追求していってほしい」と話した浅川は、合宿の訓練などで後輩たちをサポートするというかたちで卒業後も山岳部に関わっていくつもりだ。また、登山を始めたきっかけでもある冬の常念岳登山は「行こうと思えばいつでも行けるが、それで行ってしまったら目標がなくなってしまうかもしれない(笑)」とのことで、まだ行われていない。山を愛する浅川の登山はこれからも続く。

(記事 青山隼之介、写真 山岳部提供)

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