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その他

2020.02.19

令和元年度卒業記念特集

 

 
第22回 河崎羽珠愛/体操 (2月19日)

新体操とともに歩んだ人生

 「(引退試合は)人生の宝物です」と、笑顔で振り返るのは、体操部新体操部門の河崎羽珠愛(スポ=千葉・植草学園大付)だ。早大入学当初から五輪出場を掲げ、毎日の積み重ねを大切にしてきた。しかし、大学3年時頃から、その夢がかなわないことをひしひしと受け入れ、集大成に向けて再出発。山あり谷ありの競技生活だったが、有終の美で飾ることができた河崎の4年間の軌跡をたどる。

 

 

 
第21回 能登科子/ボクシング (2月18日)

私だけの道を行く

 女子でありマネジャー、そして主将という今までにない大役を全うした能登。同期のいない中での葛藤は彼女に大きな成長をもたらしてくれた。そんな彼女の歩んだ4年間を振り返る。

 

 

 

 
第20回 鎌田那美/卓球 (2月17日)

同期の存在

 「いろんな人に支えられていることを感じた1年間だった」。鎌田那美(スポ3=北海道・駒大苫小牧)は主将として戦い抜いたこの1年間を、このように振り返る。その中でも特に、「引っ張っていくのが苦手」だという鎌田の支えとなったのは、いつだって三人の同期の存在だった。

 

 

 

 
第19回 硴塚将人/卓球 (2月17日)

主将としての自覚

 早大卓球部を引っ張ってきた男が、新たなステージへと一歩を踏み出そうとしている。その名は硴塚将人(スポ=東京・帝京)。入学当初からチームを引っ張り、「人生で初めて」という主将という立場も経験した男にとって卓球とは、そして早大での4年間とはどのようなものだったのだろうか。

 

 

 

 
第18回 蒔苗知紀/馬術 (2月16日)

求め続けたもの

90年近い歴史を誇る早大馬術部。その主将を務めた蒔苗知紀(国教=東京・玉川学園)に4年間を通して得たものを尋ねると、「馬術という未知の世界を知ることができたという以上に、活動を通して得た縦横の人間関係はとても大きな財産になった」という答えが返ってきた。そこには一部員として以上に1人の人間として真剣に早大馬術部と向き合った4年間があった。 

 

 

 

 
第17回 柴崎哲平/米式蹴球 (2月15日)

早稲田を背負った七年間、最後に待ち受けた苦悩の一ヵ月

 28-38。早稲田にとって6度目となった学生日本一への挑戦はまたしても関西の高い壁に阻まれた。結果だけを見れば悔しい敗戦だったが、一時は13点あった得点差を第3Qだけでひっくり返すなど、モメンタムを引き寄せ、観客を大いに沸かせた『闘志』溢れるプレーの数々は、多くの観客の胸を打ったに違いない。その中心にいたのは、柴崎とWRブレナン翼(国教4=米国・ユニバーシティラボラトリースクール)の学生随一のホットラインを中心とした、早大パスユニットだ。今回は、そんな早大パスユニットの司令塔にして、チームの副将も務めたエースQB柴崎が歩んだ、最後の甲子園ボウルへの険しく厳しい道のり。関東大学秋季リーグ戦(リーグ戦)優勝直後にけがを負い、痛み止めを打ちながらも悲願達成へ向けて戦い続けた男の、執念の約1ヶ月間を辿(たど)っていく。

 

 

 

 
第16回 池田直人/米式蹴球 (2月15日)

貫いた『闘志』

 『闘志』を燃やし、『学生日本一』に愚直に突き進んだ――。2019年度BIG BEARSの主将・池田直人(法4=東京・早大学院)が後輩たちに思いを託し、引退する。1年次にスタメン入りを果たしてから、フィールドに立ち続けて4年。主将という立場から150名を超える部員やスタッフを一つにまとめ上げ、甲子園ボウルまで全員を導いた池田の信念は、目標に届かずとも最後まで輝きを失うことはなかった。エンジのユニフォームを身にまとい、BIG BEARSのトップとして全力で駆け抜けた1年間を振り返る。

 

 

 

 
第15回 橋本龍太朗/射撃 (2月14日)

浮き沈み、その先に

 「振り返ると楽しかった。本当に楽しかった」。橋本龍太郎(文=東京・早実)は射撃部での日々を思い起こし、そう口にした。ひときわ輝きを放った1、2年生。挫折を味わった3年生。そして主将となりチームをけん引した4年生。ひとつひとつの何気なく過ごした日常は、橋本のかけがえのない財産となっていた。

 

 

 

 
第14回 青木孝史朗/アイスホッケー (2月13日)

憧れた場所で

 3つ上の兄と同時にアイスホッケーを始めたのは6歳の時。その日から17年間、青木孝史朗の隣には常にアイスホッケーがあった。幼い頃にエンジのユニホームに憧れた少年は、いつしか長身を生かしたゴール前でのバトルが魅力のポイントゲッターへと成長し、伝統ある早大ホッケー部の主将としてチームを背負うまでになった。そんな青木もついに今春、早大を卒業し新たなステージへ進むこととなる。「自分が小さいころに想像していた何倍も充実した学生生活、ホッケー生活だった」と語る大学での4年間は青木にとってどのようなものだったのか。

 

 

 

 
第13回 大崎大祐/アイスホッケー (2月13日)

文武両道を貫いた4年間

 「自分はホッケーと勉強をしに大学にきている」。大学生活においてそのような軸があったからこそ、アイスホッケーと同じくらい勉学にも全力で取り組むことができた、と大崎大祐(創理=青森・八戸)は4年間を振り返る。理系の学部に所属しながら、体育会学生として大学トップレベルの環境で競技に励む学生は決して多くはなく、その二つを全力でやり通すことはそう容易なことではない。だが、大崎はここまで単位を一度も落とすことなく学部生としての生活を全うし、さらに4年時には副将としてチームをけん引した。文字通り文武両道を貫いた大崎の早大での4年間、そして17年間にも渡ったアイスホッケー人生に迫った。

 

 

 

 
第12回 浅川秋人/山岳 (2月12日)

諦めないこと、そして主体性のある登山

 本格的な登山を始めたのは入部後からという浅川秋人(先理4=長野・松本深志)。鍛錬を積み重ね、やがてチームのリーダーとなった彼が山岳部で得たものとは何かを紐解いていく。

 

 

 

 
第11回 橋本侑京/相撲 (2月11日)

『人生』

 入学前は「大学では通用するか分からない」と不安を抱いていた橋本侑京(スポ=東京・足立新田)。しかし、「入学するときに思い描いていた結果よりはるかにいい結果になりました」と四年間を振り返る。それもそのはず。団体戦では1年生から大将を任され、個人戦では『創部史上初』『30年ぶり』などの大記録を残した。そして、今や早大相撲部の歴史を語る上で欠かせない人物となった。そこで、そんな大活躍の原点を探るべく、相撲との出会いから相撲への向き合い方に迫る。

 

 

 

 
第10回 牧山千莉/弓道 (2月10日)

背中で引っ張る

 弓道部は早大体育会部活の中でも最も長い歴史を持つ部活のうちの一つだ。4年前、高校時代での華々しい実績を引き下げて牧山千莉(スポ=千葉)は名門弓道部に入部した。弓道部での牧山の4年間、またどのように主将としての役割を果たしたのか、その軌跡を追う。

 

 

 

 
第9回 細井愛理/弓道 (2月10日)

『協同』の精神、高みを目指した4年間

 「中毒性のあるスポーツ」。弓道とはどのようなスポーツか、という問いに対して細井愛理(教育=千葉)が答えた言葉だ。女子主将として部をまとめあげ、チームを指揮した細井。決して勝ち続けてきた4年間ではなかった。敗北も数多く経験し、悔しさも残った。それでも4年間走りきれた理由はどこにあったのか。

 

 

 

 
第8回 佐藤竜/柔道 (2月9日)

『人為尽力』

 51年ぶりに全日本学生体重別選手権でベスト8入賞を果たした早大柔道部。その原動力となったのは間違いなく主将を務めた佐藤竜(スポ=東京・修得)だ。「個人戦より団体戦の方が燃える」と誰よりも団体戦に懸けた主将の4年間に迫った。

 

 

 

 
第7回 太田麻友/剣道 (2月8日)

人生の要、剣道

 剣道は、様々な人や経験の繋がりの要だったと太田麻友(スポ=大阪・守谷)は語る。主将としての立ち位置に戸惑いながらも仲間と団結し、勝利を真摯に目指してきた太田の早大剣士としての4年間を振り返る。

 

 

 

 
第6回 秋山健太/剣道 (2月8日)

仲間とともに戦い抜いた4年間

  実践力を重視する早大剣道部で主将としてリーダーシップを発揮し、チームを引っ張ってきた秋山健太(スポ=福大大濠)。鋭いメンを武器に戦い抜いてきた秋山の4年間を振り返る。

 

 

 

 
第5回 木下弥桜/漕艇 (2月7日)

この十年間は生きていく糧になる

 和歌山県のアスリート発掘プロジェクトをきっかけにボート競技を始めた木下弥桜(スポ=和歌山北)。中学時代は全国優勝を経験したものの、高校時代は納得のいく成績を残すことができず。「日本一」という称号を得るために、早大漕艇部の門を叩いた。強い決意で挑んだ早大の4年間、そして中学時代から続いた10年間を振り返る。

 

 

 

 
第4回 藤井拓弥/漕艇 (2月7日)

自分は『普通の人間』

 全日本学生選手権(インカレ)表彰、U23日本代表、世界大会出場。歴代の早大漕艇部主将には、華々しい経歴を持った人が何人もいる。言い換えれば、漕艇部の主将とは、圧倒的な実力も持ち主であるということである。しかし、藤井拓弥(社=山梨・吉田)は自分のことを「普通の人間」と捉える。日本代表でもなければ、インカレで表彰台に立ったこともない「普通の人間」。歴代の主将とは一線を画す藤井の4年間を振り返る。

 

 

 

 
第3回 野口陸良/野球 (2月6日)

神宮球場のマウンドに立つ

 時は2019年、東京六大学秋季リーグ戦(秋季リーグ戦)の慶大3回戦。強打を誇る慶大打線を3イニング無失点に抑え、相手の流れを断ち切った投手がいる。野口陸良(スポ=埼玉・早大本庄)だ。「きょうまで投げられたことが、うれしい」。試合後、目を輝かせて、そう語った。4年時の春季リーグ戦まで、ベンチ入りの経験なし。夏も2軍戦登板が多く、これが最終登板になるかもしれないと毎試合覚悟していた。そんな野口の目標は、リーグ戦で『神宮球場のマウンドに立つ』こと。夢の舞台へ駆け上がった野口が、歩んできた道のりを振り返ろう。

 

 

 

 
第2回 小藤翼/野球 (2月6日)

苦悩から得た財産

 一度も東京六大学リーグ戦(リーグ戦)で優勝することがかなわず卒業する代。その代の正捕手は、小藤翼(スポ=東京・日大三)だ。早大正捕手伝統の背番号『6』を付けたこの男は、日大三高時代から攻守でプロ注目の逸材として名を知られていた。しかし、早大での4年間は、常に日の当たるところにいたわけではない。し烈な正捕手争い、そしてけが。最後のシーズンも「悔いが残る」と振り返った。だが、小藤は前を向いている。「この経験は今後に絶対生きていく」――。

 

 

 

 
第1回 加藤雅樹/野球 (2月6日)

見つけた野球の素晴らしさ

 「天国と地獄を見られる場ですね」。4年間過ごした早大野球部を、加藤雅樹(社=東京・早実)は淡々とした表情でこう振り返る。かつて甲子園を沸かせ、周囲からの期待を背負い入学した加藤だったが、そこからの日々は険しいものだった。重圧に立ち向かい、挫折や苦悩の果てにつかんだものは何だったのか。『4番主将』としてチームを引っ張ってきた加藤の、4年間を追う。