メニュー

その他

2020.02.19

令和元年度卒業記念特集

 

 
第73回 島袋将/庭球 (3月24日)

巣立ちの時を迎えた早稲田のエース。大学テニスの繁栄を願って

 「大学からでも遅くない、学生でもトップクラス相手に通用することを自分が証明したい」。
 端正な顔立ち、それでいて誰に対しても物腰が柔らかく、確かな実力を持ちながらも決して驕ることのない謙虚な性格。そんな島袋将(スポ=三重・四日市工)だが、この言葉は幾度となく、そして力強く発してきた。この発言の裏には早大庭球部の、ひいては学生テニスを代表する選手としての矜持(きょうじ)があった。

 

 

 
第72回 高村佑樹/庭球 (3月23日)

順風満帆ではなかった早大での4年間。やり尽くしたと言えるラストイヤー

 「高校時代団体戦が苦手で、僕が毎回負けてチームが負けているみたいで、正直団体戦に苦手意識があった」。高村佑樹(スポ=千葉・東京学館浦安)の大学での成績から、団体戦を苦手としていたことがあるプレーヤーという印象を受ける者は、少ないはずだ。現在全日本大学対抗王座決定試合(王座)15連覇中のチームにおいて、1年時からダブルスのレギュラーとして優勝に貢献した高村。ラストイヤーとなった昨年は、主将としてチームを日本一へ導いた。

 

 

 
第71回 大石真珠美/庭球 (3月23日)

「内助の功」に徹した主将。変革期を戦い抜いた女子庭球部の裏側で

  今年度の全日本大学王座決定試合(王座)に早大女子庭球部の姿はなかった。大学テニス界の絶対女王として君臨してきた早大は関東大学リーグ(リーグ)で3位に終わり、王座13連覇はおろか、その舞台にすら立つことすらできなかった。絶対的な主力選手が卒業し、過渡期を迎えた今年度の早大。主将を務めた大石真珠美(文=東京・早実)は苦難の連続であったチームを陰で支え続けた。

 

 

 
第70回 幸重天/ラグビー (3月22日)

ラグビーに魅了された17年間

  「やめたくてもやめられない、不思議なスポーツ」――ラグビーとはどんなものか。その問いかけに幸重天(文構=大分舞鶴)はこう答えた。決して楽しいことばかりではなかったラグビー人生。そんな幸重が卒部を迎える今、彼がラグビーを始めてからの17年間を振り返る。

 

 

 
第69回 桑山淳生/ラグビー (3月22日)

早稲田の集大成

  2020年1月11日――国立競技場に5万人を超える観客を動員した歴史に残る全国大学選手権決勝戦。相手は関東大学対抗戦(対抗戦)で敗北を喫した明大だった。リベンジを誓った早大は前半に大きくリード。しかし後半、明大のプライドをかけた猛攻により一時10点差に詰め寄られてしまう。次のトライが試合の勝敗を決める。そう思われた後半34分、トライを決めたのは早大WTB桑山淳生(スポ=鹿児島実)だった。優勝の決定打ともいえるトライを決めた彼の、期待のルーキーとして赤黒に袖を通してからの4年間、そしてトップリーグという新たな舞台に挑戦するこれからのラグビー人生を追う。

 

 

 
第68回 柴田徹/ラグビー (3月22日)

『荒ぶる』の理由

 ラグビーにおいて試合に出場できるのは15人。ユニホームを着ることができるのは23人。100人を超える部員数を誇る早大ラグビー蹴球部では、最後の試合を部員席から見守る者、赤黒を一度も着ることができない者も多くいる。当然、前年赤黒を着ていたことが次の年のスタメンを約束するとは限らない。1年時からスタメン争いに加わりながら、優勝の瞬間を部員席から見届けた柴田徹(社=神奈川・桐蔭学園)。どんな思いを抱えていたのか。彼のラグビー人生を追う。

 

 

 
第67回 内山未悠/女子バスケットボール (3月21日)

『日本一』に挑み続けて

  「見ている人に感動を与えたい」。全日本大学選手権(インカレ)で優勝したい理由を尋ねると、内山未悠(社=愛知・桜花学園)はこう答えた。昨年のインカレでは優勝を期待されながら、2回戦で筑波大に敗れ、夢途絶えた早大バスケ部。そこからチームを作り直し、一年間引っ張ってきたのが内山だ。思うような結果が出ず苦しんだ一年間だったが、最後は「楽しかった」という内山のこれまでの歩みを振り返る。

 

 

 
第66回 中田珠未/女子バスケットボール (3月21日)

明るさと苦悩と奮闘と

 「何事もポジティブに考えるタイプなので」。中田珠未(スポ=東京・明星学園)の特徴は自他ともに認める底抜けの明るさだ。そんな中田は昨年、大学生で唯一、東京五輪を見据えるバスケットボール女子日本のA代表候補に選ばれた。しかし、それは早大バスケットボール部との両立で苦労することと引き換えだった。「できるのなら、大学だけに集中した4年間を歩んでみたい」。高いレベルだからこそ得られた経験があった一方、全日本大学選手権(インカレ)制覇を目指すチームに専念できない葛藤。中田の早大、代表での生活を振り返る。

 

 

 
第65回 中平賢郷/スキー (3月20日)

勝利至上主義

 『勝つこと』。それは、中平賢郷(スポ4=青森・東奥義塾)の人生の中で最も大切なことであった。高校3年間、そして大学に入学してからもその考え方は変わらない。そんな中平だが、現役最後のレースとなった今年のインカレの回転の2本目だけ、違った思いでレースに臨んだという。

 

 

 
第64回 石川将之/スピードスケート (3月20日)

『感謝を忘れずに』

 「スケートをやってこられたことに感謝」。石川将之(スポ=山梨・北社)はこれまでの競技生活を振り返りながら、何度も感謝の気持ちを漏らした。「無我夢中にやれるもの」とスピードスケートの楽しさを語ったが、苦労もあった競技生活。早大で過ごした4年間を中心に、石川が辿ったスケート人生を追う。

 

 

 
第63回 安藤美裕/フィギュアスケート (3月20日)

『これまでもこれからも』

 「私もきらきらのスカートがはきたい!」。この一声から始まった安藤美裕(教=東京・早実)というスケーターの物語をひもといていこう。

 

 

 
第62回 太田智樹/競走 (3月19日)

『大きな背中』

 昨年の東京箱根間往復大学駅伝(箱根)でまさかの総合12位となり、13年ぶりのシード落ちを経験した早大競走部。その屈辱から1年。昨年はけがの影響もあり区間21位の大ブレーキだった太田智樹(スポ=静岡・浜松日体)は、今年もエース区間である『花の2区』に挑んだ。紆余曲折を経ながらも、早大競走部に貢献し、4年時には駅伝主将として長距離ブロックを引っ張ってきた太田。その軌跡を、箱根での戦績とともに辿る。

 

 

 
第61回 西久保達也/競走 (3月19日)

『スパイクを脱ぐ理由』

 第105代競走部主将を務めた西久保達也(スポ=埼玉・聖望学園)は、関東学生対校選手権(関カレ)で2回の優勝、日本選手権2年連続表彰台の実績を誇る実力者だ。それだけに、西久保が昨年11月の順天堂大学長距離競技会を最後に競技生活を引退すると聞いたとき、驚いた人は多いだろう。なぜ大学卒業と同時にスパイクを脱ぐことを決断したのか。華々しい活躍の裏で何を思っていたのか。西久保の4年間の活躍とともに振り返っていきたい。

 

 

 
第60回 百田恵梨花/水球 (3月18日)

『有終完美』

 「個人を生かしつつ楽しくやっていて、最後まで諦めないチーム」。当時高校3年の百田恵梨花(社=埼玉・秀明英光)は早大女子水球部にそんな印象を抱いた。全日本学生選手権(インカレ)で、ペナルティーシュート戦の末銅メダルを獲得した試合を見てのことだった。それから4年後、主将を務めた百田が目指したチームも、またそんなチームだった。しかし、それを達成するためにはチームを率いる主将として、想像以上の頑張りが必要だった。後輩とのコミュニケーション、練習メニューの作成、選手としての自分の役割の見直し・・・。自分が理想とするチームをつくり上げるために奮闘した、最後の1年間を中心に振り返る。

 

 

 

 
第59回 濱口真子/競泳 (3月17日)

誇りを胸に

 ラストイヤーに自己ベストを更新し早大水泳部の基準を突破したことで、個人では自身初めて全日本学生選手権(インカレ)に出場した濱口真子(スポ=石川・金沢錦丘)。女子部の主将をマネジャーが務めるという異色の体制を、選手として支えた。大学入学前は競泳に取り組むつもりがなかったという濱口は、強豪の早大に所属した日々に何を見たのだろうか。

 

 

 

 
第58回 大芦知央/競泳 (3月17日)

原動力の在りか

 「大学水泳人生の8割くらいがけがと戦う時間でした」。昔は気分の浮き沈みが激しかったと自らを表する大芦知央(スポ=大阪・関大北陽)だが、気さくで優しい人柄は不思議とその場を穏やかにする。だが、その陰にはけがと戦いながら突き進んできた4年間があった。けがを抱える己と向き合う中で、一体何が大芦を前進させたのだろうか。そこには壮絶な時間で見つけた、人々を大切にする心があった。

 

 

 

 
第57回 刈屋壮基/少林寺拳法 (3月16日)

全日本連覇を支えた拳士

 今年度、全日本学生大会(全日本)連覇という快挙を成し遂げた早大少林寺拳法部。その快挙の立役者であり、チームを一つにまとめ上げてきた刈屋壮基(人4=埼玉・川越東)は自身の部活生活を「熱狂」した4年間だったと語った。設定した目標に向かって、常に熱量をもってひたむきに努力した日々だったという。少林寺拳法と部員を愛した拳士の足跡を辿(たど)る。

 

 

 
第56回 竹野翠/女子ラクロス (3月15日)

アツくなれる場所

 『アツくなれる場所』。早大女子ラクロス部をそう表現するのは、昨年主将を務めた竹野翠(政経=東京・西)だ。カレッジスポーツの代表格として挙げられるラクロス。全員が同じスタートラインで始めるこの競技で、プレーヤーとして、主将として、チームを支えてきた竹野の4年間の軌跡を追う。

 

 

 

 
第55回 青木俊汰/男子ラクロス (3月15日)

勝たなければいけない伝統

 「早稲田には、勝たなければいけない伝統がある。」青木俊汰(法=東京・早大学院)は何度もこの言葉を口にした。前代が5年ぶりの大学日本一という偉業を遂げ、その後を継いだ青木。見事2年連続の日本一を成し遂げた。だが、その道のりは決して順風満帆なものではなかった。数々の重圧やプレッシャーと戦いながら、主将は大学人生を振り返って何を語るのか。そこには、人知れぬ苦悩があった。

 

 

 

 
第54回 小坂怜亜/日本拳法 (3月14日)

強いチームに

 「恩返しがしたい」。最後の試合が終わった心境として答えたのは、後悔や達成感ではなく仲間と家族への感謝だった。日本拳法部を主将として率いた小坂怜亜(教=大阪・関西福祉科学大高)は4年間を振り返った。『全国優勝』という高い目標のために小坂が注力したのはチームとして強くなることだった。

 

 

 
第53回 増子奈保/女子ソフトボール (3月13日)

苦悩を糧に

 4番を任され内野の要であるショートを守る、まさに攻守の要。増子奈保(スポ=東京・日出)の長打と好守は幾度となくチームを救ってきた。最後の1年は、主将としてチームの精神的支柱も担った増子。しかし、主将として臨んだ昨年は思うような結果が残せず、現役最後の試合となるインカレ(全日本大学選手権)は初戦敗退。悔しい結果で幕を閉じた。チームの柱として活躍しながらも、主将として苦しい経験もした増子のソフトボール人生を追う。

 

 

 

 
第52回 丹野太郎/男子ソフトボール (3月13日)

『感謝』を胸に

 昨年、全日本大学選手権(インカレ)で2年連続準優勝に輝いた男子ソフトボール部。そのチームの中心にいたのが丹野太郎(スポ=兵庫・滝川)だ。4年生では主将として、「周りに応援されるチーム」を目指し、誰よりもチーム、そしてソフトボールと向き合ってきた。そんな1年を振り返り、丹野が口にした言葉が『感謝』の二文字だ。

 

 

 

 
第51回 助川茜/アーチェリー (3月12日)

苦しみ、自分と向き合い続けた4年間

 「自分を映す鏡」。助川茜(政経=岩手・花巻北)は早大アーチェリー部の4年間を振り返り、こう表現した。点数を積み重ねていく中で己と対峙(たいじ)するのが魅力でもあり、難点でもある競技。選手、そして女子主将として、結果が自らに跳ね返る苦しさと向き合い続けた。

 

 

 

 
第50回 山浦良弘/合気道 (3月11日)

質実剛健

 「しっかりと存在し続ける」――。山浦良弘主将(文4=千葉・専大松戸)は早大合気道部主将としての自身の性格をこう語った。2年時から大会出場経験があり、3年の関東学生競技秋季大会(秋関)では初の乱取個人優勝を果たした。主将に就任してからは、自身のことよりも合気道部全体のことを気にかけるようになり、日々の稽古に励みながら、部員たちの1番近い存在として部員一人一人の支えとなり続けた。理想の主将像と現実とのギャップに苦悩しながらも、誰よりもチームのことを第一に考えた男の4年間を振り返る。

 

 

 

 
第49回 蓮川雄大/男子サッカー (3月10日)

後悔なくやりきった——。不撓不屈の男が臨んだ大学サッカーの『延長戦』

 一度目の手術の麻酔から覚めると、病室には母親がいた。その口から、この数年ですっかり聞き慣れてしまったケガの名前を告げられる。並々ならぬ覚悟と決意を持って臨んだ『5年目』のシーズンも、その大半をケガとの戦いに費やされた。そしてついに終止符を打たれた、プロになるという目標への挑戦。プレーヤーとしての側面から見れば、悔しさだけが募る五年間だったはずだ。それでも蓮川雄大(スポ=FC東京U18)は早大ア式蹴球部(ア式)での日々を「悔いなくやり切れた」と振り返る。後悔の念などのぞかせない、いつも通りの屈託ない笑顔で。

 

 

 

 
第48回 牧野潤/男子サッカー (3月10日)

思考の先にある成長

 「人としての幅を広げることができた」牧野潤(スポ=JFAアカデミー福島)は大学4年間をそう振り返る。一対一での守備を最大の強みに、チームにとって必要不可欠な存在として貢献し続けてきた牧野だが、そうなるまでの道のりは決して順風満帆なわけではなかった。

 

 

 

 
第47回 中條結衣/女子サッカー (3月9日)

汗と涙の『結』晶

 「こんなに(チームを)離れがたくなるとは思ってもみませんでしたね」。そう言って中條結衣(スポ=JFAアカデミー福島)は屈託のない笑顔を見せる。しかし、他人と比較して見つかる課題への焦りに加えて、相次ぐけがに不甲斐なさを感じる日々は、決して楽なものではなかった。それでも、副将としてア式蹴球部女子(ア女)を支える経験から得たものは何か。自分の居場所を求めて手探りでもがいていた中條が、他人の居場所を築きあげる存在にまで成長したこれまでの軌跡を追う。

 

 

 

 
第46回 高瀬はな/女子サッカー (3月9日)

主将として

 全日本大学女子選手権(インカレ)で2年連続の準優勝に終わった早大ア式蹴球部女子(ア女)。目標としていた『頂』には一歩届かなかったものの、「今まで立てていなかった西が丘のピッチに、チームの集大成となる試合で立てたことは嬉しかった」と高瀬はな(スポ=ジェフユナイテッド市原・千葉レディースU18)は振り返った。主将として、行動と姿勢でチームを1年間引っ張ってきた高瀬の軌跡を追う。

 

 

 

 
第45回 清水日奈/ゴルフ (3月8日)

ゴルフ、これ即ち人生

 「ゴルフ部は家族のようなものです」。4年間のゴルフ部人生を振り返り、清水日奈(スポ=栃木・宇都宮文星女)はこう語った。6歳のときに父親の影響で始めたゴルフ。大学卒業と同時に17年に及ぶ競技ゴルフ人生に区切りを打った清水の、この4年間を振り返る。

 

 

 

 
第44回 遠田航平/ワンダーフォーゲル (3月7日)

目標をつくる

 高校では柔道をやっていた遠田航平(政経=東京・日比谷)は大学でも格闘技を続けようと考えていた。しかし、条件がある程度決まっている格闘技に比べ、山や自然に入るワンダーフォーゲルのフィールドの広さに興味を持ち、新しくワンダーフォーゲルを始めることを決めた。部活動を通して「山の楽しみが増えた」と語る遠田の4年間を振り返る。

 

 

 

 
第43回 山本拓磨/航空 (3月6日)

起承転結

 『航空は技量と経験と運。多種多様な要素をつなぎ合わせながら勝負をする頭のスポーツ』山本拓磨(法=東京・早大学院)は1年間、早大航空部を主将として引っ張ってきた。男女分かれずに、チャンスは均等にある。競技において筋力を使う要素はほぼゼロ。努力次第でどんな人でも全国トップを目指せるこの競技において大学生活を捧げてきたこれまでを振り返る。

 

 

 

 
第42回 渡辺俊和/バドミントン (3月5日)

主将としての自負

 「自分はどのチームの主将より時間を費やしてきたという自信があります」。渡辺俊和(スポ=埼玉栄)はこう語った。それはプレーに限った話ではない。早大バドミントン部は学生主体で練習が行われるため、組織の在り方についても学び、部の運営に生かした。自主性が重んじられる中で、主将が果たす役割は大きい。その責任の大きさを感じながらも、チームのために考え続けた。全日本学生選手権(インカレ)でアベック優勝を達成するために——。

 

 

 

 
第41回 中川拳/自転車 (3月4日)

人としての成長

 「自分は控えめな性格で、周りはそれを優しいと言うのでそれが自分の長所だと思っていた」。中川拳(スポ=北海道・帯広三条)は「控えめ」ゆえに誰よりも謙虚にストイックにトレーニングを続けてきた。そうして1、2、3年時と素晴らしい結果を残してきた。しかし4年生になり主将を任されると、その「控えめ」は彼をおおいに悩ませることになる。大学での4年間は順調にはいかなかった。そうした4年間を中心に、彼の競技人生全体を振り返っていく。

 

 

 

 
第40回 吉田龍平/準硬式野球 (3月3日)

最高のチーム 支える力 

 春季・秋季六大学リーグ戦(リーグ戦)優勝、全日本大学選手権(全日)優勝という、3つの栄冠を手にした準硬式野球部。結果こそ輝かしいが、その道は平たんではなかった。個性豊かな100人を超える部員たちを率い、まとめてきた吉田龍。捕手として、主将として、チームを支えてきた4年間を辿(たど)る。

 

 

 

 
第39回 内本隆文/軟式庭球 (3月2日)

困難を乗り越えて

  小・中・高とそれぞれで日本一まで登り詰めた内本隆文(スポ=大阪・上宮)は大学でも強かった。しかし、その強さの裏には幾多の困難があった。日本代表落ち、主将としてチームをいかにまとめるか、主力不在でのインカレなど決して平たんではなかった道のり。しかし、それらの苦しいときを乗り越え、内本は大きな成長を遂げた。そんな内本の大学4年間を振り返る。

 

 

 

 
第38回 小山舞/軟式庭球 (3月2日)

勝利への重圧

 「あきらめたくないという思いにさせてくれるもの」。小山舞(スポ=和歌山信愛)は自分にとってのソフトテニスをこう表現した。そこには誰よりも負けず嫌いな小山らしい一面が表れている。主将として勝ちにこだわり、背中でチームを引っ張った小山。そこには一体どのような喜びや苦悩があったのか。小山の早大での4年間を振り返る。

 

 

 

 
第37回 下田隆博/応援 (3月1日)

早稲田に魅せられて

 『早稲田に惚れているんですよね、下田は』同期のリーダー部員がそう語るほど早稲田愛を持っていた主将、下田隆博(政経=東京・早大学院)。応援部の主将という立場を離れても、その早稲田愛が変わることはなかった。高校生の時、神宮球場で一万、二万という観客をまとめている応援部の姿をみたあの瞬間から、下田の大学4年間、それ以上の人生が早稲田にどっぷりと浸かることになる。

 

 

 

 
第36回 安雅人/フェンシング (2月29日)

雨のち晴れ

 「いい思いもたくさんさせてもらったし、悪い思いもたくさんさせてもらったので、この経験をどんどん先に先につなげていけたらいいなと思います」。安雅人(スポ=茨城・水戸一)は早大での競技生活を終え、4年間をこう振り返った。チームを背負い、個人戦、団体戦ともに周囲の期待に応え続けた。全日本選手権でのメダル獲得を始め、早大で高い潜在能力を開花し、今や日本でトップクラスの実力を誇る。いちずにフェンシングに情熱を傾けた4年間。卒業を前に何を思うのか。

 

 

 

 
第35回 高橋詩帆/女子ホッケー (2月28日)

自分を導いてくれたもの

 早大女子ホッケー部の主将であり鉄壁の守護神であった高橋詩帆(スポ=栃木・今市)。振り返ってみると、ホッケーを始めてもう10年。ひょんなきっかけから手にしたスティックだが、それは人生の岐路で何度も高橋を導くものとなった。チームの変化に対応しながら仲間とともに勝利を目指し、最終学年では主将としてチームを率いた。そんな高橋にとってホッケーとは、そして早大ホッケー部で過ごした4年間とは、いったいどんなものだったのだろうか。

 

 

 

 
第34回 大野誠弥/男子ホッケー (2月28日)

ホッケーは人生の軸

 早大男子ホッケー部の主将としてチームをけん引し、ラストイヤーには関東学生春季リーグ・秋季リーグにおいて四年間で最高の3位という輝かしい成績を残した大野誠弥(政経=東京・早大学院)。しかし、その道のりは決して平坦なものではなかった。

 

 

 

 
第33回 杉山瑞樹/女子ハンドボール (2月27日)

早稲田らしさ

 「勝つことでしか味わえない楽しさがあると思うので、常に勝ちを求め続けてほしい」。これは、全日本学生選手権(インカレ)後に杉山瑞樹主将(社=横浜創英)が後輩たちへ送った言葉だ。選手主体の早稲田で、主将として先頭で戦ってきた彼女の言葉の中には、 戦い抜いたものにしかわからない思いが込められていた。

 

 

 

 
第32回 清原秀介/男子ハンドボール (2月27日)

苦難の先に

 自分たちはどこまでやれるのか――。清原秀介(商4=東京・早実)が早大ハンドボール部を後にする。部の伝統と先輩たちが残した偉業が重くのしかかった一年。個性豊かな多くの部員を率い、突き進んだ清原であったが、集大成である全日本学生選手権大会(インカレ)までの道のりは容易なものではなかった。早大ハンドボール部で過ごした4年間と、主将として先頭に立ち続けた1年間を清原はいかに振り返るのか。

 

 

 

 
第31回 秦和也/ヨット (2月26日)

部員が動く中心に

 ヨットの団体戦は多くの場合、各校が3つの艇を出し、その合計点で勝負を競い合う。秦和也(基理=東京・早大学院)は看板である1番艇ではなく、3番艇のクルーとして後輩を引っ張っていくことを入学当初、目標として掲げた。そこに秘められた想いとは。秦が歩んだ4年間を振り返る。

 

 

 

 
第30回 田中美紗樹/ヨット (2月26日)

背負った期待と重圧

 常に第一線で戦い続け、昨年はオリンピックへの挑戦とともに早大470チームのエースとして活躍を見せてきた田中美紗樹(スポ=大阪・関大第一)。しかし、胸の内には、周りからの期待と大きな重圧を背負いながら試合に挑んできた。彼女の4年間を一つ一つひもといていく。

 

 

 

 
第29回 吉田旭/ウエイトリフティング (2月25日)

個人よりも早稲田として

 1人でバーベルを引き上げ、その拳上重量を競い合うウエイトリフティング。一見個人で黙々とこなしているようにも見えるかもしれない。しかし、常にチームを思い、チームのために戦ってきた男がいる。その男の名は吉田旭(社=岐阜・中津)。「早大入学前は自分中心の性格だった」と語る吉田はいつしか個人戦よりも団体戦を重視するようになった。そんな吉田の4年間を振り返る。

 

 

 

 
第28回 川上優/自動車部 (2月24日)

試練を乗り越えた先

『自動車レース』、それは世界中の人々を魅了しているスポーツの一つだ。海外、特にヨーロッパでは、最も人気のあるスポーツの一つとして位置付けられているが、日本では世界と比べて人気は定着していない。川上優主将(商=徳島市立)は、自動車レースの魅力を「車が好きな人同士でスポーツをやること」だと語る。主将として幾度の苦難を乗り越え、11年ぶりの全日本学生自動車連盟年間総合杯(全日本総合杯)優勝という念願のタイトル獲得へと導いた。辛いことも多かった4年間。どのように進み続け、優勝に導いたのか、川上の自動車部人生をひもとく。

 

 

 

 
第27回 山﨑弥十朗/レスリング (2月23日)

 

チームを支え続けた闘将

 山﨑弥十朗(スポ=埼玉栄)の「弥十朗」は「野獣朗」ではないかと思わせるほど、そのレスリングはワイルドで力強いスタイルである。トップアスリート推薦で早稲田の門を叩いた山﨑は、1年生のときから天皇杯全日本選手権(天皇杯)準優勝などの成績を残すとともに、練習へストイックに取り組む姿勢によって、早稲田チームを支え引っ張ってきた。また、国内だけでなく海外でも試合を重ね、日本での戦いとは違う感性を磨いた。同年代では国内で敵なしという状況であった山﨑。しかし、この4年間は決して順風満帆と言い切れるものではなかった。

 
第26回 武藤鉄也/バレーボール (2月22日)

すべては試合でベストパフォーマンスを発揮するため

 リーグ戦では春・秋ともに全勝優勝し、全日本大学選手権(全日本インカレ)では3連覇を成し遂げた早大。その華々しい結果の裏に並々ならぬ努力があった。その筆頭としてチームメイトやスタッフ陣から真っ先に名前が挙がるのは、副将の武藤鉄也(スポ=東京・東亜学園)だ。試合でのパフォーマンスを向上させるため、練習から体のケアまで決して妥協はしなかった。「早大バレー部はプレーの面でも精神面でも自分を成長させてくれた場所であり、今でも戻りたいと思う」と振り返る。そんな武藤の大学バレーの軌跡をたどる。

 
第25回 堀江友裕/バレーボール (2月22日)

唯一無二

 直接点を取ることはできない。しかし類まれなるキャプテンシーと圧倒的な存在感で早大バレーボール部を3年連続の日本一に導いた。そんな『唯一無二』な男は堀江友裕(スポ=和歌山・開智)だ。「頑張っていればいいことがついてくる。」そう信じてがむしゃらに走り続けた堀江の4年間とはどんなものだったのか。

 
第24回 富澤結花/バレーボール (2月21日)

主将でエース、体現した『誇り』

 バレーボールという競技ではチームが苦しいとき、重圧は主将にのしかかり、トスはエースへと上がる。その重圧を幾度となくはねのけてチームを鼓舞し、数え切れないほどのトスを打ち切ってきたのが、主将でありエースでもあった富澤結花(スポ=東京・文京学院大女)である。

 
第23回 笹野由宇/空手 (2月20日)

仲間を支え、仲間に支えられた

 「いい仲間に巡り合えました」。笹野由宇(スポ=東京・世田谷学園)は、早大での4年間をそう振り返った。長い競技生活の集大成としての早大空手部の4年間、そして主将として苦悩しながら進み続けた1年間の軌跡を追う。

 
第22回 河崎羽珠愛/体操 (2月19日)

新体操とともに歩んだ人生

 「(引退試合は)人生の宝物です」と、笑顔で振り返るのは、体操部新体操部門の河崎羽珠愛(スポ=千葉・植草学園大付)だ。早大入学当初から五輪出場を掲げ、毎日の積み重ねを大切にしてきた。しかし、大学3年時頃から、その夢がかなわないことをひしひしと受け入れ、集大成に向けて再出発。山あり谷ありの競技生活だったが、有終の美で飾ることができた河崎の4年間の軌跡をたどる。

 
第21回 能登科子/ボクシング (2月18日)

私だけの道を行く

 女子でありマネジャー、そして主将という今までにない大役を全うした能登。同期のいない中での葛藤は彼女に大きな成長をもたらしてくれた。そんな彼女の歩んだ4年間を振り返る。

 
第20回 鎌田那美/卓球 (2月17日)

同期の存在

 「いろんな人に支えられていることを感じた1年間だった」。鎌田那美(スポ=北海道・駒大苫小牧)は主将として戦い抜いたこの1年間を、このように振り返る。その中でも特に、「引っ張っていくのが苦手」だという鎌田の支えとなったのは、いつだって三人の同期の存在だった。

 
第19回 硴塚将人/卓球 (2月17日)

主将としての自覚

 早大卓球部を引っ張ってきた男が、新たなステージへと一歩を踏み出そうとしている。その名は硴塚将人(スポ=東京・帝京)。入学当初からチームを引っ張り、「人生で初めて」という主将という立場も経験した男にとって卓球とは、そして早大での4年間とはどのようなものだったのだろうか。

 
第18回 蒔苗知紀/馬術 (2月16日)

求め続けたもの

90年近い歴史を誇る早大馬術部。その主将を務めた蒔苗知紀(国教=東京・玉川学園)に4年間を通して得たものを尋ねると、「馬術という未知の世界を知ることができたという以上に、活動を通して得た縦横の人間関係はとても大きな財産になった」という答えが返ってきた。そこには一部員として以上に1人の人間として真剣に早大馬術部と向き合った4年間があった。 

 
第17回 柴崎哲平/米式蹴球 (2月15日)

早稲田を背負った七年間、最後に待ち受けた苦悩の一ヵ月

 28-38。早稲田にとって6度目となった学生日本一への挑戦はまたしても関西の高い壁に阻まれた。結果だけを見れば悔しい敗戦だったが、一時は13点あった得点差を第3Qだけでひっくり返すなど、モメンタムを引き寄せ、観客を大いに沸かせた『闘志』溢れるプレーの数々は、多くの観客の胸を打ったに違いない。その中心にいたのは、柴崎とWRブレナン翼(国教4=米国・ユニバーシティラボラトリースクール)の学生随一のホットラインを中心とした、早大パスユニットだ。今回は、そんな早大パスユニットの司令塔にして、チームの副将も務めたエースQB柴崎が歩んだ、最後の甲子園ボウルへの険しく厳しい道のり。関東大学秋季リーグ戦(リーグ戦)優勝直後にけがを負い、痛み止めを打ちながらも悲願達成へ向けて戦い続けた男の、執念の約1ヶ月間を辿(たど)っていく。

 
第16回 池田直人/米式蹴球 (2月15日)

貫いた『闘志』

 『闘志』を燃やし、『学生日本一』に愚直に突き進んだ――。2019年度BIG BEARSの主将・池田直人(法4=東京・早大学院)が後輩たちに思いを託し、引退する。1年次にスタメン入りを果たしてから、フィールドに立ち続けて4年。主将という立場から150名を超える部員やスタッフを一つにまとめ上げ、甲子園ボウルまで全員を導いた池田の信念は、目標に届かずとも最後まで輝きを失うことはなかった。エンジのユニフォームを身にまとい、BIG BEARSのトップとして全力で駆け抜けた1年間を振り返る。

 
第15回 橋本龍太朗/射撃 (2月14日)

浮き沈み、その先に

 「振り返ると楽しかった。本当に楽しかった」。橋本龍太郎(文=東京・早実)は射撃部での日々を思い起こし、そう口にした。ひときわ輝きを放った1、2年生。挫折を味わった3年生。そして主将となりチームをけん引した4年生。ひとつひとつの何気なく過ごした日常は、橋本のかけがえのない財産となっていた。

 
第14回 青木孝史朗/アイスホッケー (2月13日)

憧れた場所で

 3つ上の兄と同時にアイスホッケーを始めたのは6歳の時。その日から17年間、青木孝史朗の隣には常にアイスホッケーがあった。幼い頃にエンジのユニホームに憧れた少年は、いつしか長身を生かしたゴール前でのバトルが魅力のポイントゲッターへと成長し、伝統ある早大ホッケー部の主将としてチームを背負うまでになった。そんな青木もついに今春、早大を卒業し新たなステージへ進むこととなる。「自分が小さいころに想像していた何倍も充実した学生生活、ホッケー生活だった」と語る大学での4年間は青木にとってどのようなものだったのか。

 
第13回 大崎大祐/アイスホッケー (2月13日)

文武両道を貫いた4年間

 「自分はホッケーと勉強をしに大学にきている」。大学生活においてそのような軸があったからこそ、アイスホッケーと同じくらい勉学にも全力で取り組むことができた、と大崎大祐(創理=青森・八戸)は4年間を振り返る。理系の学部に所属しながら、体育会学生として大学トップレベルの環境で競技に励む学生は決して多くはなく、その二つを全力でやり通すことはそう容易なことではない。だが、大崎はここまで単位を一度も落とすことなく学部生としての生活を全うし、さらに4年時には副将としてチームをけん引した。文字通り文武両道を貫いた大崎の早大での4年間、そして17年間にも渡ったアイスホッケー人生に迫った。

 
第12回 浅川秋人/山岳 (2月12日)

諦めないこと、そして主体性のある登山

 本格的な登山を始めたのは入部後からという浅川秋人(先理4=長野・松本深志)。鍛錬を積み重ね、やがてチームのリーダーとなった彼が山岳部で得たものとは何かを紐解いていく。

 
第11回 橋本侑京/相撲 (2月11日)

『人生』

 入学前は「大学では通用するか分からない」と不安を抱いていた橋本侑京(スポ=東京・足立新田)。しかし、「入学するときに思い描いていた結果よりはるかにいい結果になりました」と四年間を振り返る。それもそのはず。団体戦では1年生から大将を任され、個人戦では『創部史上初』『30年ぶり』などの大記録を残した。そして、今や早大相撲部の歴史を語る上で欠かせない人物となった。そこで、そんな大活躍の原点を探るべく、相撲との出会いから相撲への向き合い方に迫る。

 
第10回 牧山千莉/弓道 (2月10日)

背中で引っ張る

 弓道部は早大体育会部活の中でも最も長い歴史を持つ部活のうちの一つだ。4年前、高校時代での華々しい実績を引き下げて牧山千莉(スポ=千葉)は名門弓道部に入部した。弓道部での牧山の4年間、またどのように主将としての役割を果たしたのか、その軌跡を追う。

 
第9回 細井愛理/弓道 (2月10日)

『協同』の精神、高みを目指した4年間

 「中毒性のあるスポーツ」。弓道とはどのようなスポーツか、という問いに対して細井愛理(教育=千葉)が答えた言葉だ。女子主将として部をまとめあげ、チームを指揮した細井。決して勝ち続けてきた4年間ではなかった。敗北も数多く経験し、悔しさも残った。それでも4年間走りきれた理由はどこにあったのか。

 
第8回 佐藤竜/柔道 (2月9日)

『人為尽力』

 51年ぶりに全日本学生体重別選手権でベスト8入賞を果たした早大柔道部。その原動力となったのは間違いなく主将を務めた佐藤竜(スポ=東京・修得)だ。「個人戦より団体戦の方が燃える」と誰よりも団体戦に懸けた主将の4年間に迫った。

 
第7回 太田麻友/剣道 (2月8日)

人生の要、剣道

 剣道は、様々な人や経験の繋がりの要だったと太田麻友(スポ=大阪・守谷)は語る。主将としての立ち位置に戸惑いながらも仲間と団結し、勝利を真摯に目指してきた太田の早大剣士としての4年間を振り返る。

 
第6回 秋山健太/剣道 (2月8日)

仲間とともに戦い抜いた4年間

  実践力を重視する早大剣道部で主将としてリーダーシップを発揮し、チームを引っ張ってきた秋山健太(スポ=福大大濠)。鋭いメンを武器に戦い抜いてきた秋山の4年間を振り返る。

 
第5回 木下弥桜/漕艇 (2月7日)

この十年間は生きていく糧になる

 和歌山県のアスリート発掘プロジェクトをきっかけにボート競技を始めた木下弥桜(スポ=和歌山北)。中学時代は全国優勝を経験したものの、高校時代は納得のいく成績を残すことができず。「日本一」という称号を得るために、早大漕艇部の門を叩いた。強い決意で挑んだ早大の4年間、そして中学時代から続いた10年間を振り返る。

 
第4回 藤井拓弥/漕艇 (2月7日)

自分は『普通の人間』

 全日本学生選手権(インカレ)表彰、U23日本代表、世界大会出場。歴代の早大漕艇部主将には、華々しい経歴を持った人が何人もいる。言い換えれば、漕艇部の主将とは、圧倒的な実力も持ち主であるということである。しかし、藤井拓弥(社=山梨・吉田)は自分のことを「普通の人間」と捉える。日本代表でもなければ、インカレで表彰台に立ったこともない「普通の人間」。歴代の主将とは一線を画す藤井の4年間を振り返る。

 
第3回 野口陸良/野球 (2月6日)

神宮球場のマウンドに立つ

 時は2019年、東京六大学秋季リーグ戦(秋季リーグ戦)の慶大3回戦。強打を誇る慶大打線を3イニング無失点に抑え、相手の流れを断ち切った投手がいる。野口陸良(スポ=埼玉・早大本庄)だ。「きょうまで投げられたことが、うれしい」。試合後、目を輝かせて、そう語った。4年時の春季リーグ戦まで、ベンチ入りの経験なし。夏も2軍戦登板が多く、これが最終登板になるかもしれないと毎試合覚悟していた。そんな野口の目標は、リーグ戦で『神宮球場のマウンドに立つ』こと。夢の舞台へ駆け上がった野口が、歩んできた道のりを振り返ろう。

 
第2回 小藤翼/野球 (2月6日)

苦悩から得た財産

 一度も東京六大学リーグ戦(リーグ戦)で優勝することがかなわず卒業する代。その代の正捕手は、小藤翼(スポ=東京・日大三)だ。早大正捕手伝統の背番号『6』を付けたこの男は、日大三高時代から攻守でプロ注目の逸材として名を知られていた。しかし、早大での4年間は、常に日の当たるところにいたわけではない。し烈な正捕手争い、そしてけが。最後のシーズンも「悔いが残る」と振り返った。だが、小藤は前を向いている。「この経験は今後に絶対生きていく」――。

 
第1回 加藤雅樹/野球 (2月6日)

見つけた野球の素晴らしさ

 「天国と地獄を見られる場ですね」。4年間過ごした早大野球部を、加藤雅樹(社=東京・早実)は淡々とした表情でこう振り返る。かつて甲子園を沸かせ、周囲からの期待を背負い入学した加藤だったが、そこからの日々は険しいものだった。重圧に立ち向かい、挫折や苦悩の果てにつかんだものは何だったのか。『4番主将』としてチームを引っ張ってきた加藤の、4年間を追う。