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競走部

2019.12.18

【連載】箱根事前特集『燕脂の挑戦』第8回 中谷雄飛

 今年1月の東京箱根間往復大学駅伝(箱根)では、ルーキーながら1区4位で堂々の箱根デビューを果たした中谷。3週間後の都道府県対抗男子駅伝でも長野県チームのアンカーとして総合3位に貢献した。しかし、その後は度重なる故障により満足のいく練習が積めず、思い描いていたシーズンを過ごすことができなかった。競技人生で初ともいえる故障による挫折の裏で生まれた思いや葛藤とは。

※この取材は12月4日に行われたものです。

「(ケニアでの練習は)大学スポーツと比べると覚悟やハングリーさという面で大きな違いを感じました」

自身のシーズンを振り返った中谷

――まずは今季を振り返るという意味で春先に行ったケニア遠征のことについてお聞きします。ケニアと日本の違いについてどのようなことを感じましたか

 まずは練習の流れというか、日本では午前か午後にポイント練習を行う流れが一般的ですが、ケニアでは朝練習がメインでポイント練習をやってしまい、午前、午後は軽い練習という感じの練習のスタイルなので本当に日本とは全く逆でした。あとは環境の面で、頻繁に自動車が走るような大きな道路以外は全て舗装されていない土の道なので、その点でも日本との違いを感じました。精神的な面では、向こうの選手は生活を懸けて競技に取り組んでいるので、大学スポーツと比べると覚悟やハングリーさという面で大きな違いを感じました。また、色々なチームが合流して毎日違うメンバーで練習を行うので毎回違う選手ばかりで、そういった面でも新鮮でした。

――ケニアでの経験からどのようなことを学びましたか

 改めてではありますが、最近走れるようになってからやはり練習の質という面で、一回一回の練習の質をいかに高く練習を行うかということを意識するようになりました。ケニアでは標高約2400メートルの場所の過酷な環境にもかかわらず、一回の練習の質が比べ物にならないくらい高かったですし、そういった練習をケニアの選手たちは毎日積んでいるということを肌で感じました。標高は日本では変えられない部分ではあるので強くなるためには、その分、質を高めたトレーニングをするしかないと考えています。

――チャンスがあればまた行きたいと思いますか

 そうですね、今回はあまり長い日数滞在できず、環境に順応してきたころに帰ってくる日程になってしまったので、次行ける機会があればもう少し長い期間で行きたいと考えています。僕自身向こうの環境に行くことで刺激を受けましたし、もっとあのような強い選手たちと練習したい思いがあります。

――今季はどのようなシーズン計画を立てていましたか

 本当であれば昨シーズンのうちに5000メートルで13分43秒のユニバーシアードや日本選手権の標準記録を切って落ち着いて今シーズンに入りたかったのですが、そこがギリギリ切れていなかったので、まず金栗でタイムを狙う予定だったのですがそこでうまく走れなかったので、タイムを狙うために連戦になってしまいました。今年が始まって当初、箱根や都道府県駅伝はある程度走れていましたが、そこからの練習期間があまり思うように取れていなくて練習の溜めを使い切ってしまったような感じがしていたので、一年間を通して考えると、本来であればが都道府県駅伝終わった段階でもう少し練習を積んだり、レースの本数を少なくしつつ強化をしていくべきだったかなと思っています。

――やはり連戦でトレーニングを積めなかったことにその原因があるのでしょうか

 そうですね、昨年の前半シーズンもやはりU20世界選手権等連戦になってしまったこともありますし、今年も同じようなかたちになってしまった感じはあります。ただ大きく違うのは本当に故障が多いシーズンになってしまったということ。それが一番今季に影響していると感じています。

――これまで故障の少ない競技人生でしたが故障が多くなってしまった原因はどのように考えていますか

 走りのバランスが知らず知らずのうちに崩れてしまってきていたのかなと感じています。夏に立て続けに起こった故障の箇所も全て左足だったので、そういったことを考えるとやはり段々と左足に負担のかかる走りをしてしまっていたのかなと感じます。そのけが自体はよくなっても体のバランス自体はすぐに改善できるものではないので、逆に左足を無意識にかばっていると右足にまた違和感が出たりしていました。バランスと一言に言えば簡単なように聞こるのですが、色々な身体要素が組み合わさっての走りのバランスであり、走りのフォームになっているので難しい部分であると考えています。

――何か改善するためのトレーニングを行っていますか

 原因がうまく突き止め切れていないのが現状です。トレーニング自体は大きく変えてはいませんが、今まで以上にトレーニング後のケアであったり、自分の体と向きあうようになったというか、体の少しの反応に敏感にはなりました。

――ご自身が目指していたユニバーシアード競技大会や日本選手権を見て感じることはありましたか

 同年代の活躍が自分にとって大きかったですね。男女問わず、同級生の選手がそういった大会に出場して、活躍している姿を見て、自分もその舞台に立ちたかった悔しさもありましたし、同時に活躍している姿を見て自分自身このままじゃ終われないなと思えたというか、刺激になりました。

――やはり高校時代勝ってきた選手に先を越されることについては悔しさを大きく感じていますか

 今まではどうしても自分の中で「勝たないといけない」、「勝って当然」というふうに見られていると感じる時があって競技をやっていて窮屈に感じることもありました。そういった意味では、昨年、同学年に負けたことやベスト記録を上回られたことで一つ目標が見つかったといいますか。目の前の自分より速い選手、強い選手を倒していくというのが目標としている部分なので、チャレンジャーのような気持ちで臨めるようになったシーズンになりました。もちろん上の学年にもまだまだ自分よりも強い選手が沢山いますし、これまで勝ち続けてきた中で、先を越されてしまうというのは悔しい思いはありますがポジティブに捉えている面もあります。

――そのような選手たちとの差はどこに感じていますか

 練習の継続性の差を特に感じました。質の高い練習をする分、疲労があまり抜けなくて翌日あまり走れなかったり、体が追い付かず、故障してしまい練習ができないことが何度もあったので、その練習の継続性の大切さ改めて実感しました。

――1年間、試行錯誤しているように感じました

 そうですね、昨年も後半からはそうでしたが、今年は比較的自分なりに考えてそういった部分をすることができて、今までと同じことをやっていても進歩はないと考えているので、今年でいえば1500メートルや3000メートルにも出てスピード感を体感しようと考えてもいました。その中で、やはりトラックで戦うにはまだまだスピードが足りないと感じましたし、そのあたりも練習の課題として考えています。

――トラックのレースで結果を残せていないことにプレッシャーや焦りを感じることはありますか

 そうですね、ずっと僕自身が挑戦したいのがトラックレースだということを言ってきているのにもかかわらず、中々そのトラックレースのトップレースである日本選手権やインカレの時期にうまく調子を合わせることができなくて結果が残せていないことが僕自身一番悔しいですし、不甲斐なく感じています。昨年もそうでしたが夏を越えて冬に向かうと調子が上がってきて、ただその時期にはトラックレースはあまりありません。結果的に、駅伝で結果を残すことの方が多くなってきたので、周りからの「駅伝やロードの方が強いんじゃないか」と言われることも多くなり、言ってくださること自体に関してはうれしい思いもありますが、目指していることと結果が伴っていないことが、自分自身もどかしく感じています。

――夏合宿にはどのような思いを持って臨みましたか

 昨年に比べると量を多めに走るということを意識してやっていきました。昨年もある程度は量も走ってはいましたが、周りの強い選手たちと比べると走行量の部分で差がついているところがあったので、今年の夏合宿では昨年と同じことをやっていても成長しないと感じたので、思い切って練習量を増やしました。ただ結果的にはその練習量を少し増やしすぎて故障につながってしまったのかなということを感じます。昨年の夏合宿を通しての全体の走行距離と、けがをしていて練習が継続してできなかった今年の走行距離がほとんど同じであることを考えると、やはり今年は一回あたりの走行距離が多かったのかなと思います。トラックではスピードと同時にスタミナも必要であると感じている部分はあったのでその上での距離走をメインにしていたところもあります。

――けがをしている間、焦りを感じることはありましたか

 周りの選手が練習している中で僕があまり走れない状態があったので少なからず危機感は常にありましたし、他大の選手から話を聞いた時も練習量の面でかなり差をつけられていると感じるところがありました。そこで焦りすぎてしまうと復帰したときに一気に練習量を戻してしまうこともあったので、なるべく意識しすぎないようにして復帰後も少しずつ取り戻すようにしていました。ただ心の中では毎日かなり焦りというか、このままだとヤバいと感じていました。

――行き詰まった時、誰かに相談することはありますか

 やはり高校の時の恩師である高見澤(勝、佐久長聖高監督)先生や市村(一訓、佐久長聖高コーチ)先生は高校時代に走りの面ではもちろんですが生活の面からずっとよく見てくださったので非常に良いアドバイスをいただくことが多くて、そういったことを参考にしながら行ったことは多いシーズンでした。先日の日体大記録会(日体大長距離競技会)でのシーズンベストが出たレースでも、2人が見てくれていてうれしかったですし、「こういったところを強化したらレース中盤で粘れるんじゃないか」とアドバイスもいただくことも多いので、大学入学後2年経った今でも非常に信頼しています。実際そのアドバイスを実践してみるとうまくいくこともあるのでいろいろなことで助けてもらっています。「周りがどうであれ周りに流されず、自分は自分を持ってやっていったほうがいい」ということは常に言われています。高校から大学に行くときも、「大学は高校に比べて比較的自由な部分が多いから、そこで気持ちを緩めてしまうと強くなれない」ということや「大学でも強い選手は生活がしっかりして、己を貫いている選手が多い」という話もしていただいたのでそこは競技をする上で常に頭に置いています。

「正直、最近まで競技をやっている意味が見いだせなくなっていた時期がありました」

日体大長距離競技会では今季ベストをマークしてトラックシーズンを終えた

――今、足の状態はいかがですか

 日体大記録会前はアキレス腱が気になるときもありましたが、今では痛みなく走れていて、練習の質自体も昨年の集中練習に比べても良い練習ができていますし、久しぶりに自分自身がある程度納得できる練習ができています。

――今年はご自身の口から「駅伝」という言葉が出るようになりましたが心境に変化はありましたか

 大きな変化はありませんが、昨年は出雲(出雲全日本大学選抜駅伝)、全日本(全日本大学駅伝対校選手権)、箱根の三つの大きな駅伝で個人としてもチームとしても不甲斐ない結果で終わったことに関して、同じ失敗はできないと考えていましたし、そこはトラックで結果を残すということもそうですが駅伝のことも心に残ってはいました。トラックでも駅伝でも勝負ではやるからには勝ちたいという思いは同じように持っていますし、勝つことで自信にもなると思っているので、特に今年はそこを意識するようになりました。

――箱根予選会の惨敗からチームは一週間で状態を立て直しました

 予選会後にミーティングを行いました。そこでチーム全体で個々が感じる分をそれぞれが言い合って、今までの箱根予選会に向かっていくまでの悪い流れを断ち切ってチームとして一つになってもう一度頑張っていこうという雰囲気にもなりましたし、まとまりが出てきたので気持ちの面からうまく立て直すことができたと感じています。

――現状のチームの雰囲気や状態はいかがですか

 間違いなく昨年の同じ時期よりも状態は上だと感じていますし、せっかく向かうからにはそれまでにとことん突き詰めて準備をしていきたいということは感じています。

――チームを引っ張る太田智樹駅伝主将(スポ4=静岡・浜松日体)はご自身にとってどのような存在ですか

 やはり結果でもそうですし、普段の走りでも背中でチームを引っ張ってもらっている部分が大きいので、自分が付いていっていてすごく頼もしいキャプテンだと感じています。夏合宿でもそうでしたが智樹さんと一緒に練習している時が一番レベルの高い練習ができていたので、色々な面で信頼しています。

――ご自身が欠場された先日の1万メートル記録挑戦会では、鈴木創士選手(スポ1=静岡・浜松日体)や太田直希選手(スポ2=静岡・浜松日体)など好記録が続出しました

 そうですね、僕自身、1万メートルの記録会で創士や直希に自己記録を抜かれたり、他大でいうと田澤(簾、駒大)にも大きく差をつけられたことが一番大きかったです。正直、そこに至るまでの過程には、競技やっていても楽しくなかったというか、自己ベストが出ても目指しているものが遠すぎて、結果が出ても僕自身競技をやっている意味が見いだせなくなっていた時期が最近までありました。今季は他大の選手が記録を出して、自分も頑張らないと、と思って練習を始めても故障でまた走れなくなることが続いていたので、モチベーションもなく、競技がつまらないと感じてしまうこともありました。ただ、身近な選手が記録を出したことで僕自身もまだまだ負けていられないと改めて感じましたし、もう一回一からやり直してみようという刺激を強くもらったので、すごく感謝している部分も大きいです。

――今季は井川龍人選手(スポ1=熊本・九州学院)をはじめ、力のある選手がチームに加わりました

 そうですね、やはり力のある選手が多くてチームの練習に最後まで残っていることが多いので、そういったところで一年生が頑張っているからこそ上級生として負けていられないし、それを引っ張って行かないといけないという思いも感じるようになりました。

――この一年で最も成長したと感じる部分はどこですか

 自分と向き合う期間が長かったこともあって、気持ち的に一つ成長できたと感じていて、今年はそこが大きく変わったと思います。

――前回の経験を踏まえ、箱根で走りたい区間はありますか

 前回の経験と悔しさがあるので個人的には1区か、3区がいいかなと考えています。レース展開にもよりますが、前回は思い切ったレースができなかったので前半から攻めるのもいいかなと考えています。3区ではどちらかというと自分でペースをつくるような区間になると思うので、ハイペースで押していける自分の長所を生かせる区間なのかなと感じています。ただ基本的にはどの区間でも監督に任せていただいた区間で役割を果たしたいと思います。

――最後に箱根に向けた目標、意気込みをお願いします

 まずチームとして総合3位を掲げているのでそこにしっかり貢献できるような走りがしたいです。個人としても前回は中途半端な結果に終わったので区間賞を獲ってリベンジをしたいです。

――ありがとうございました!

(取材・編集 斉藤俊幸)

『速さと強さ』をモットーに、2度目の箱根路を迎えます

◆中谷雄飛(なかや・ゆうひ)

1999(平11)年6月11日生まれ。169センチ。56キロ。長野・佐久長聖高出身。スポーツ科学部2年。自己記録:5000メートル13分45秒49。1万メートル28分50秒77。ケニアに行った際には、同時期に鴨川合宿を行っていた長距離ブロックメンバーから激励メッセージの動画をもらった中谷選手。そのお返しとしてケニアの国旗柄のブレスレッドをプレゼントしたそうです。もちろん中谷選手自身も『YUHI』と編まれたブレスレッドを右腕に着けています。箱根では中谷選手の右腕にも注目です。