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競走部

2019.12.20

【連載】箱根事前特集『燕脂の挑戦』第15回 太田智樹駅伝主将

 強い――。駅伝主将を務める太田智樹(スポ4=静岡・浜松日体)は今季、抜群の安定感で結果を残し続けている。4月の復帰戦でいきなり5000メートル13分台の自己記録をマークすると、関東学生対校選手権(関カレ)1万メートルでは4年目にして初入賞。全日本大学駅伝対校選手権(全日本)では区間新記録を叩き出すなど、常に先頭でチームを引っ張ってきた。太田はこの一年をどう振り返るのか。集大成となる東京箱根間往復大学駅伝(箱根)に向けての意気込みまで詳しくお話をうかがった。

※この取材は12月4日に行われたものです。

「自分が一番走る」

シーズンを振り返った太田

――春から振り返っていただきます。復帰戦となった4月の日体大長距離競技会で自己ベストを更新されました。あのレースはどう振り返りますか

 復帰戦にしては良かったのかなと思います。それまで走れていなかったので、やっと一つキャプテンとして結果を残せた部分で安心感もありましたし、シンプルに自己ベストを出せたことがうれしかったです。

――関カレでは1万メートルで入賞しました。それらを踏まえて春シーズンを振り返るといかがですか

 最初に自己ベストを出して、関カレの1万メートルで入賞できたことは良かったのかなと思います。でも5000メートルは入賞できませんでした(14位)し、記録を狙いに行ったホクレン(ホクレン・ディスタンスチャレンジ)でタイムを出せなかったのは悔いが残る部分ではありました。

――夏合宿は例年以上に距離を踏まれたということでした

 その時から箱根予選会と全日本が2週連続であるということはわかっていたので、それに耐えられる体をつくるために意識して長い距離を踏めたと思います。

――チームの様子は主将から見ていかがでしたか

 夏前がそんなに良くなかったので、そこと比べると夏はだいぶ良くなったのかなと。雰囲気もそうですし、走れている選手が少なかった頃はチームとしても力がなかったので、夏を経て多少力がついた選手が増えたことは良かったのかなと思っています。

――ご自身の中で合宿のテーマはあったのでしょうか

 そんなに決めてはいなかったのですが、四年間で一番走ろうとは思っていました。自分が一番走ることで他の人も走ってくれるのではないかという意図がありました。

「最上級生として」

全日本では2区4位で8人抜きを達成した

――迎えた箱根予選会では9位という結果でした。振るわなかった理由はどう分析されますか

 それぞれ個別にあるのですが、どこかチームとしても個人としても「いけるんじゃないか」という気持ちがあったのは間違いないので、そういった部分がどんどん悪い方向に流れてしまったかなと思っています。

――試合後、チームはどのような雰囲気だったのでしょうか

 どんよりした空気ではありましたが、もう1週間後には全日本があったので、その辺はしっかり切り替えるようにということをチームに対して伝えました。

――箱根予選会の翌日はミーティングが開かれたとお聞きしました。どのようなお話をされたのですか

 箱根予選会でなぜあのような結果になってしまったのかという部分を考えました。あとは、練習以外の部分で普段の生活が乱れている部分があるのではないかなど、小さなところですが直せるところは直していこうという話をしました。

――3位という目標を維持することになった経緯というのは

 目標を掲げるには全員の共通の意識が必要なので、全員に「本当に本戦で3位以内を目指してやっていくのか」ということを確認しました。その結果、改めてこのままやっていこうと決めました。

――その1週間後の全日本では6位ということで3年ぶりにシード権を獲得されました。振り返っていかがですか

 箱根予選会と比べたらまともに走れたかなと思いますが、目標としていたところ(3位以内)には届かなかったですし、上の大学と比べると力負けしていた部分がすごくあったので、良かった部分もあれば悪かった部分もたくさんあったのかなと思っています。

――箱根予選会後のミーティングで意識の変化があったと感じますか

 多少はありましたかね。結果論になってしまいますが、それぞれが危機感を持ってくれたのは間違いないので、そういった部分が良い方向に結びついたかなとは思っています。

――個人では区間新記録の好走でした。ご自身については

 区間賞から比べるとだいぶタイムが離れていたのでまだまだ力不足を感じたのですが、それでも1区の悪い流れを変えられたところは最低限良かったのかなと思います。

――全日本の後、チームに変化はあったのでしょうか

 2週連続で気の張る試合をしたので多少疲れは出ていましたね。でも、全日本を走っていないメンバーに「自分もやらなきゃ」という意識は少し芽生えたように感じました。

――早大としての最後のトラックレースとなった11月の1万メートル記録挑戦会では、ペースメーカーを努めました。なぜペースメーカーをすることになったのですか

 後輩たちにタイムを出してほしいという思いがあったので。僕は今更タイムはいらなかったので、それなら後輩たちが良い記録を出してくれた方がいいなと思ってそれをサポートしようと思いました。僕自身は対校戦の標準記録はもう関係ないですし、日本選手権の標準記録が狙えるような状態でもなかったですしね。

――太田選手は復帰してから安定した結果を残し続けていますよね

 あまり意識はしていないのですが、自分が結果を残すことでチームメイトも奮起してくれるのではないかと思っていた部分はあるので、そういったところで結果を残さないとという気持ちはずっとありました。

――同じレースの中ではチームメイトに負けていませんが、その点に関してはいかがですか

 負けたら気持ち悪いですし、嫌な気分になるので(笑)。ただ負けたくないという気持ちでやっています。

――駅伝主将に就任された頃はけがの影響で練習できていなかったと思うのですが、どのような思いがあったのでしょうか

 あの頃は良くも悪くも、チームのことは全く考えていなかったですね。まずは自分のことをやろうとしていました。

――相楽豊駅伝監督(平15人卒=福島・安積)が「太田は後輩のことをすごく気にかけてくれている」とおっしゃっていましたが

 そこはキャプテンだからというより最上級生だからという気持ちが強いですね。4年生として後輩が駄目なことをしていたら駄目だと言わなければいけないと思っています。

――主将として心がけてきたことはありますか

 そんなにないですかね。ただみんなより練習してみんなより結果を残さなければいけないという気持ちはありました。

――何か苦労したことはありましたか

 チームの意識の統一ですね。例えば関カレとかに出る選手と出ない選手はどうしても意識の差というのが出てしまいます。そういったところで、特に全日本の前や箱根予選会の前はチーム全員の意識の統一が必要なので、大変だったかなと思っています。

――どのように意識を統一させたのでしょうか

 声かけ…したかな?(笑)。それこそ自分が一番練習して一番結果を出している姿を見せることで示しがつくので、そういうことは考えていました。

――駅伝主将になって変わったことなどはありましたか

 それは特になくて、先ほども言ったようにどちらかというと4年生だから変わったことの方が多いです。最上級生だから見せないといけないところや言わなければいけないところがあると思うので。

――そのような最上級生のあるべき姿というものは、先輩方がそうだったからなのでしょうか

 それもそうですし、そうあるべきだと自分自身も思っていました。

「駅伝で勝ちたい」

――夏合宿の際、「一番の目標は駅伝で結果を残すこと」とおっしゃっていましたが、駅伝に対する思いというのはいかがですか

 駅伝で勝ったことがないので勝ちたいという思いはありますかね。個人では昔の話ですが勝った事がありますし、大学でも対校戦などで入賞したりしたことがありますが、駅伝で勝ったことがないので一度くらい勝ちたいなと。

――箱根はいつ頃から見始めたのでしょうか

 小学生くらいの時ですかね。ただ部屋の中で暖をとっていた時についていたテレビが箱根だったくらいで、現地に見に行ったこともないですし、まともに全部見たこともありませんでした。自分がいずれ走る舞台だとも全く思っていませんでしたね。本当に全く意識していませんでした。

――大学に入って箱根に対する思いはどのように変化しましたか

 否が応でも意識しなければいけないので考えるようにはなりましたが、あくまで学生三大駅伝の一つであるという考えであって、そこまで特別な思いもあるわけではありません。ただ箱根を目指して、この大会に懸けている選手もたくさんいるので、チームとして結果を残したいという気持ちはもちろんあります。

――箱根まであと1カ月を切りました。心境はいかがですか

 もう1カ月か、という感じです。時の流れの早さに驚きを隠せません(笑)。

――前回の箱根は悔しい思いをされたと思います。振り返っていかがですか

 振り返るのも嫌なくらい悔しい思いをした大会で、苦い思い出ですね。

――ずばり、走りたい区間はありますか

 特にありません。任された区間を全力で走るだけなので、希望区間はありません。

――ご自身の役割はどのように考えていますか

 流れが悪かったら流れを変えなければいけないし、良い流れだったらそれをより加速させるような走りをしなければいけないと思います。

――改めて、箱根への目標と意気込みをお願いします

 チームの目標は総合3位以内なので、個人ではそれに見合うような走りをしたいと思っています。

――ありがとうございました!

(取材・編集 宅森咲子)

『攻めの走り』で、最後の箱根を駆け抜けます!

◆太田智樹(おおた・ともき)

1997(平9)年10月17日生まれ。175センチ、58キロ。静岡・浜松日体高出身。スポーツ科学部4年。自己記録:5000メートル13分58秒72。1万メートル28分56秒32。ハーフマラソン1時間2分48秒。推しメンは三上多聞選手(商4=東京・早実)。競走部の中で入れ替わるとしたら平子凜太郎マネジャー(創理4=福島・磐城)、武士文哉副務(文3=群馬・高崎)で、選手以外の目線からチームを見てみたいそうです。長い時間を共にしてきた仲間といられるのも残りわずか。このチームで挑む最後の大会で最高の結果を残すために、主将が魂の走りを見せます!