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競走部

2019.03.15

【連載】『平成30年度卒業記念特集』第55回 清水歓太/競走

走り続けた駅伝主将

 東京箱根間往復大学駅伝(箱根)において88の出場回数を誇り、過去に13回の総合優勝を飾ってきた早大競走部。この伝統ある長距離ブロックを引っ張っていく存在が駅伝主将だ。今年度の駅伝主将を務めた清水歓太(スポ=群馬・中央中教校)は『主将らしくない主将』とも言われるように、誰に対してもオープンで明るい性格の持ち主。いつもハキハキとした声でインタビューに応じる姿が印象的だ。ただ、3年生までに学生三大駅伝に出走したのは箱根だけ。チーム内において持ちタイムが突出しているわけでもない。これまでの駅伝主将とは少し違う、そんな清水の早大での四年間を紐解いていく。

 清水が頭角を現し始めたのは、2年時の上尾シティマラソン。「それまで思うように結果が出なくて苦しんでいて、一つ大学に入ってから結果を残せたので本当にうれしかったです」。自身の転機になったというその一戦で、ハーフマラソンの自己記録を大幅に更新。勢いに乗ると、そのまま箱根デビューを果たす。初めての箱根路は区間9位とやや苦しい走りになったが、受け取ったタスキを3位のままフィニッシュの大手町へと運んだ。3年の箱根では復路のエース区間である9区で区間賞。往路の3位から徐々に順位を落とし5位で渡った清水は一人を抜き、崩れかけていた流れを取り戻した。2年連続の総合3位に大きく貢献した激走だった。

 「このチームをもっと良い方向に変えたい。また自分の中で責任を持つことで自身も変われるのではないか」。チームへの思いと共に、自身の課題とする気持ちの面での弱さに打ち勝つために駅伝主将に就任した。清水が目指した理想は、個々の自主性を伸ばしてチームを強くすること。練習の自由度が高い早大だからこそ目指せるチーム像だった。箱根が終わってすぐに『学生三大駅伝全て3位以内』の目標を掲げ、長距離ブロック一丸となってまい進していった。
 しかし早大にとって、2018年の駅伝シーズンはあまりにも厳しいものだった。出雲全日本大学選抜駅伝(出雲)は2年連続で入賞を逃す10位、全日本大学駅伝対校選手権(全日本)では早大史上最低となる15位に沈んだ。両駅伝共に、直前の記録会でチームの多くのメンバーが自己記録を更新していただけにそのショックは大きかった。駅伝主将として、清水自身も責任を感じていた。「強い早稲田をつくってきた先輩に対して、自分が泥を塗ってしまったような気持ちがして、悲しかったです」。
 とはいえ、箱根までの期間は短く、下を向いている時間はない。全日本後には4年生でミーティングを実施。最上級生がチームの雰囲気を上げていこうと話したという。調子の良くない選手には個別に声を掛けるなど、箱根に向けて徐々に士気を高めていった。箱根前恒例の集中練習を過去一番にこなした清水。チームにも、今までと同じようにはいかないという姿勢が表れていた。「ドカンと覆したい」。強い気持ちを持って、来たる新春に向けて調整を進めた。

最後の箱根路は区間3位の力走で順位を3つ押し上げた

 そして迎えた箱根。早大は1区を4位と好発進するも、2区で大きく順位を落としてしまう。清水が3区の千明龍之佑(スポ1=群馬・東農大二)からタスキを受け取ったのは、17位。トップの青学大とは4分43秒の大差が開いていた。そんな状況でも「自分ができることをやろう」と冷静に最後の箱根路を歩み始めた。
 そこから清水は攻めの走りを見せる。日大、中央学院大に追い付き、3人集団を形成するが、けん制することなく清水は前を追い続けた。「自分に与えられた距離でどれだけ前を詰められるかと考えたら、絶対に利用されることはわかっていたんですけど、休んでいないでどんどん前に行かなければいけないという気持ちで走りました」。その後は苦しい表情を見せながらも順位を上げていく。終盤の上りでペースを上げ、5区の大木皓太(スポ3=千葉・成田)の待つ小田原中継所には14位で飛び込んだ。1時間3分05秒で区間3位。「走りとしても結果としても、悔いはない走りができたと思います」と清水は淡々と自身の走りを振り返る。チームの総合結果は12位と、13年ぶりにシード権を落とす結果に終わってしまったが、「もっと戦える集団だと思うので、上を狙って常に優勝を狙うチームになってほしい」と後輩たちにエールを送った。

 早大での四年間を振り返って、「正直もっと上を目指したかったなと個人的に思っています」と語った清水。確かに、1万メートルの自己記録は3年生の春、ハーフマラソンは2年生の秋と、ベスト記録は停滞しているかもしれない。とはいえ、3年生では箱根で区間賞を取り、4年生では過去三年間手の届かなかった出雲、全日本両駅伝の出走をかなえた。さらに5000メートルでの大学ベストを更新するなど、着実な成長を遂げてきたのは紛れもない事実であると言えよう。また、育まれてきたのは記録だけでない。駅伝主将を務めたことで周囲にも意識して目を配れるようになった。視野が広くなり、多くの観点から物事を見ることができるようになったという。四年間で清水は心身共に大きく成長したのだ。

 卒業後は地元・群馬県を本拠地とするSUBARUで競技を続ける。ゆくゆくはマラソンでの代表を視野に、まずは長らく遠ざかっているトラック種目での自己記録更新を目指す。そして、清水にはもう一つの目標がある。それは「走りで周りの人に影響を与えられる選手」になることだ。

「あの走りを見て感動したとか、あの人も頑張っているから頑張ろうと思ってくれればよりいいですし、何か人の心を動かせたらいいなと思っていて、そんなランナーになりたいです」

 箱根での好走は見る者に勇気を与えただろう。必死の表情で前を行く選手を追い掛ける――。人の心を突き動かすような走りを、きっとこれからも見せてくれるはずだ。

(記事 岡部稜、写真 友野開登)