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競走部

2019.02.05

【連載】箱根事後特集『臙脂の足跡』第4回 渕田拓臣

 57分台という前人未到の区間新記録が樹立されるなど、近年まれにみる高速レースが展開された今年の東京箱根間往復大学駅伝(箱根)6区。昨年から2年連続での6区出走となった渕田拓臣(スポ2=京都・桂)は自信を持ってこの区間に出走したものの、区間11位と結果を残すことはできなかった。そして復路で往路の遅れを取り戻し切れなかった早大は、13年ぶりのシード落ちというまさかの結果に終わってしまう。自身としても、チームとしても厳しい結果を突き付けられた今大会を振り返り、渕田は何を語るのか。

※この取材は1月16日に行われたものです。

「原因は色々あった」

取材中には笑顔も見せた渕田

――箱根が終わってからご実家(京都府)には帰られましたか

渕田 そうですね、4日の午前中に帰りました。成人式があったので、その日まで帰らせていただきました。

――成人式までずっと京都にいらっしゃったのですか

渕田 そうですね、部としては12日に集合だったのですが、2年生で地方出身の人は(それまでに)帰って来なくてもいいよと言われたので、15日の朝練に間に合うように帰ってきました。

――ご家族やご友人から何か声などを掛けられましたか

渕田 去年走っていたので、親は(箱根出走に)驚いていたというよりは、「もうちょいいけたやろ(笑)」という目線で言われました。成人式では久々に会った人たちから「テレビ見たよ」などと言ってもらえたのでちょっとうれしかったです。

――箱根から2週間が経ちましたが、疲労などは残っていますか

渕田 去年と比べて回復は少し早いのかなと思っています。帰省期間は走ったりせずに、散歩で歩く程度にしか体を動かしていないので、1月の間はだんだんと状態を戻していく作業で、2月から本格的に走っていきたいと思っています。

――疲労が残っているわけではないのでしょうか

渕田 そうですね、だいぶ抜けて疲労はないのですが、走っていなかった分感覚にズレがあるので、そこを戻していくというかたちでしょうか。

――今回は13年ぶりのシード落ちということで、チームとしての敗因は何だとお考えですか

渕田 10人をフルでそろえられなかった(ベストメンバーを組めなかった)というか。永山さん(博基、スポ4=鹿児島実)など、そういう主力メンバーが抜けていたということはありますし。10人全員が外すことなく(走った)、というか、全員が力を出し切れたわけではないと思うので。自分も含めて(力を)出し切れなかったということがチームの敗因としてあると思います。

――今季の学生三大駅伝は全て2桁順位に終わりました。駅伝シーズンを通しての敗因はどこにあると思いますか

渕田 自分も出雲(出雲全日本大学選抜駅伝)、全日本(全日本大学駅伝対校選手権)と走れなかったですし、太田さん(智樹、スポ3=静岡・浜松日体)だったり、永山さんであったりという本来走らなければいけなかった選手が欠けてしまっていたということや、全体の雰囲気というのが今回の結果につながってしまったのかな、と思います。やはり早大は人数の少ない中やっているので。僕自身もケガをしてしまったので、1年間ケガなく走り切ることの難しさというのを身に染みて感じた一年だったと思います。

「ラスト3キロは厳しかったというか、走り込みの影響が出ました」

――箱根の復路当日は何時に起床されましたか

渕田 朝は3時前くらいですね。3時に起きるつもりだったのですが、少し早く起きてしまって。2時50分くらいに起きました。

――緊張で目が覚めてしまったのでしょうか

渕田 いや…、そんなに…。1年生の時に走っていたので、全然緊張せずにいられました。なので、試合前はわりとリラックスしていられました。

――寒さ対策は何かされましたか

渕田 寒さ対策は、腹巻したりとか、おさ湯を飲んだりだとか(笑)。そういう内側から温める感じですね。

――前日の往路は15位という結果でした。どのように受け止めていましたか

渕田 (1つ順位が上の選手が)前に見える位置というか、追って行ける位置で15位だったので、自分で抜けるところまで抜いて、シード圏までどれだけ詰めていけるかということを考えてスタートしました。

――復路のスタート時には既にチームの目標であった『総合3位以内』を狙うには厳しい状況でした。事前のレースプランはどのように考えていましたか

渕田 去年もそうだったのですが、僕自身は走る前にチームの順位などはあまり考えずに、自分がどれだけ力を出し切れるかということを考えて走りました。自分が持っている力を出し切った走りをすれば、結果的にチームに貢献できると思うので。あまり順位のことは考えずに、落ち着いて走るということを考えてスタートを切りました。

――6区スタート時の10位・中央学院大との差は2分34秒でした。この差についてはどのようにお考えでしたか

渕田 中央学院大の樋口さん(陸)は4年連続での6区出走だったので、タイムを縮めることは難しいというか、詰められたとしてもそんなに多くは縮められないだろうと思っていました。(前の選手が)見える位置で渡せるかどうかが後続の人の走りにも影響してくると思っていたので、どれだけ前との差を1秒でも詰めていけるのか、ということを考えて走っていました。

――相楽豊駅伝監督(平15人卒=福島・安積)からはどのような指示を受けていましたか

渕田 スタート前に、相楽さんとコーチ(駒野亮太長距離コーチ、平20教卒=東京・早実)が待機場所に来て下さりお話ししたのですが、「あまりそんなに固くなる必要はない」と言われて。「落ち着いて走れば絶対に走れるから」と言われていました。練習がそこまできちんとできていたので、「自信持って走ってこい!」と言われました。

――上りが終わる芦之湯の地点では、区間19位でした。初めの5キロは今年も厳しい結果になりましたが

渕田 去年は上りで力を使って走って、下りでは少し勢いがなくなってしまうということがありました。なので、ちょっと抑えめで入りました。しかし、抑え目に入ったことを考えても、タイムが良くなくて。自分の中では16分40秒くらいのペースで行きたかったのですが、自分が思っていたよりも遅く入ってしまいました。そこで焦りが出たというか。自分の感覚とは違う、と感じました。上りは苦手なので、そこの部分は仕方がないといえばそうなのですが、やはりもう少し早く上っておきたかったかな、ということがありますね。

――箱根直後のインタビューで、「去年よりも走れている実感はあったが、時計を見て意外だった」とお話しされていましたが、体が動かなかったのはなぜだと思いますか

渕田 あまり緊張もしていませんでしたし、体の状態も悪くはなかったはずなのですが、やはり気負いとかもあったのかな、と思います。気温が低かったので、レース前のアップであったりそういうレース前の動きとかが少し足りていなかったのかな、と思います。色々考えだすと、原因は色々あったのかな、と感じますね。

――事前対談でお話しされていた上りの対策というのはどのようなものだったのでしょうか

渕田 トレーナーの知野さん(知野亨氏)という方と重りを持って上るというトレーニングを数回していて、去年よりもトレーニング効果を実感できていた部分が結構ありました。それもあったので、上っていた時のタイムに自分の感覚とズレがあり、ちょっと焦ってしまったのかな、と思います。

――約30秒後に一斉スタートをした神奈川大の荻野太成選手に途中で抜かされましたが、その時は付いて行こうなどとは思いませんでしたか

渕田 僕自身上りが得意ではないので、途中で後続の選手に追い付かれたり追い抜かれるということは想定していました。そこで頑張って付いて行って崩れてしまっては、下りにも影響してしまうと思ったので、抜かされた時は付いて行けたら付いて行こうとは思っていましたが、(荻野が)結構速いペースで上っていたので、そこは割り切って、自分のペースで上っていこうと思いました。

――下りの間は他大の選手と比べてもタイムが良く、区間順位も上がっていました。下りの部分を振り返っていかがでしたか

渕田 下り自体は結構自信を待っていました。ある程度見通しが立っていたというか、これくらいではいけるだろうというものがあったので、下りに不安感などはありませんでした。やはり下り以外の部分、前半5キロと後半3キロに重きを置いて、下りはあまり意識せずに走りました。

――今お話しにあがった最後の3キロ(平地)はいかがでしたか

渕田 去年も経験していてきつさを知っている分、今年はいけるだろうと思ってしまっていました。でもやはり、去年よりもしんどいというか、それくらいしんどくて。下りの函嶺洞門の所からもう少し早く走って、ラストの3キロでもう少し粘れていればもう少しシード圏との差が詰められていたと思うので、やはり後半の課題というのはまだ残っているというか、そこでもう少し粘れる力をこれから付けていかなければいけないと思います。

――昨年はケガであまり走り込みができなかったと思います。その影響はありましたか

渕田 4月末から9月末まで走れない時期が続いて、夏場も走れなかったのですが、集中練習で長い距離だとか、走る距離はわりと積めていたので、いけるだろうと思っていました。でもやはり、走り終わった後に、監督やコーチには「一年間走りこめた人とそうでなかった人の差がラスト3キロで出たのではないか」と言われました。僕自身が思っていたよりもラスト3キロは厳しかったというか、走り込みの影響が出ましたね。

――事前の集中練習期間には、スタミナなどに不安はなかったということでしょうか

渕田 そうですね、去年はフルで集中練習をこなすことができなくて、そのまま(箱根を)走ったのですが、今年は余裕を持ってこなすことができていたので、だいぶそれで去年よりも走れるという自信がありました。なので、そこは思っていたよりもタイムが足りなかったな、と思います。

――シード圏とのタイム差がご自身の区間で8秒ほど縮まりましたが

渕田 いや、もっと詰めなければいけなかったと思いますし、やはり自分自身も今回のレースは失敗レースだと思っているので。もう少しうまく走れていれば、30秒は詰められていたと思うので、やはり悔しく感じます。

――今年は去年よりも気象条件も良く、大会全体として高速レースになりました。その中でも、6区では青学大の小野田勇次選手が57分台の区間新記録を記録しましたが、同じ区間を走った選手としてどう感じましたか

渕田 そうですね、下りをやっている以上、小野田さんというのは意識してしまいますし、去年も同じ区間を走った時にだいぶ離されてしまって。今年は1分以内に(差を)抑えたいと思ってレースに臨んだのですが、結果を見ると2分ほど離されてしまって、やはり目指していく上ですごく高いカベなのですが、少しでも追い付けるようにこれからの練習をしていかなければならないのかな、と思います。

――ご自身が目標とされていた区間5位のタイムも、昨年から1分ほど早くなりました

渕田 去年よりも全体のレベルが上がっていたので、(区間)順位については仕方がないと思っていて。去年の5位相当のタイムが出せていれば、今年はレベルが高かったから仕方がないと割り切れるのですが、僕自身が目指していたタイム(59分半)よりも(自身の記録は)30秒ほど遅かったので、やはり(区間)順位よりも、タイムを出せずにもう少し前と詰められなったことが、一番悔しいですね。

――59分半以内という個人の目標からも30秒ほど遅い結果となりましたが

渕田 そうですね、やはり初めの5キロをあと20秒ほど早く入って、最後3キロでもあと20~30秒ほどあげていけていたら。去年よりも1分以上早く走ることが今年の目標だったので、やはりそこでタイムを出せなかったということが悔しかったというか、あまり自分の中でどこが悪かったのかなどがない状況で、練習を一年間通してできなかったということが大きいのかな、と。これから距離を走っていくしかないのかな、と思います。

――先ほど最後の3キロが辛かったとお話しされていましたが、2回目の6区出走ということで、今回と前回で感じたことに変化などはありましたか

渕田 もらう位置、去年は前とも後ろとも2分ほど離れた状況でスタートしたので、1人でリラックスして、1人で走るという感じだったのですが、今年は前も後ろも僅差でいるという状況だったので、やはりそこで自分自身何かしらのプレッシャーを感じてしまったのかな、というのはあります。しかしそんな中でも、区間上位で走る人というのは、受け取る位置などに関係なく好走する人が多いので、自分も周りに惑わされずに、周りに関係なく自分の力を出せるようにしていかないとこれから先通用していかないのかな、と思います。

「今年よりも来年は強くなる」

大平台のヘアピンカーブに差し掛かる渕田。下りでの走りが光った

――走り終わってからはレースをどのような思いで見ていらっしゃいましたか

渕田 去年は8区の大木さん(皓太、スポ3=千葉・成田)を応援して、そのまま大手町に、という感じだったのですが、結構ギリギリになってしまってしんどかったので、今年はゴール後に少しゆっくりしてから大手町へと向かいました。

――どんな気持ちでしたか

渕田 自分で追いきれなかったので、後続区間の人でいけるのかな、という事をワセダのグループで連絡を取り合いながら、情報を把握しながら観戦していました。

――同期の吉田匠選手(スポ2=京都・洛南)が直前の事故で走れなくなってしまいました。同じ2年生として、同じ山の選手として何かお話しされましたか

渕田 吉田もアクシデントが起きる前は調子も良さそうに走っていて、同じ京都出身ということもあって、山もそうですし、二人で山頑張ろう、と話していた中でのアクシデントだったので、掛ける言葉がなかったというか。自分がやるしかないというか、吉田の分も自分が頑張って来るんだ、という思いがありました。

――4区の清水歓太駅伝主将(スポ4=群馬・中央中教校)や10区の小澤直人選手(スポ4=滋賀・草津東)が最上級生をしての意地を見せましたが、二人の走りを見て何か感じたことなどはありましたか

渕田 去年の谷口さん(耕一郎氏、平30スポ卒)であったり、4年生の力というのを今年の箱根でも見せてもらって自分としても刺激になりましたし、歓太さんは主将としてのこの一年間色々とやってこられて、その集大成を見たというか。自分自身としても四年間箱根を走りたいと思っていますし、やはり4年生だから強いというわけではなくて、来年からもしっかり力を示していかなければいけないと思っているので。やはり中谷(雄飛、スポ1=長野・佐久長聖)であったり、力を発揮している人は4年生以外にもいるので、僕自身も学年にとらわれず、力を出していけるようにならなければと感じましたね。

――清水駅伝主将が、今のチームの力を出し切った結果、とお話されていましたが、渕田選手はそれを聞いてどのように感じましたか

渕田 早大としての現状のベストメンバーは出せたと思うのですが、僕自身はやはり不完全燃焼というか、出し切れたのかな、と感じて終わりました。僕自身は、この一年間ほとんど走れなかった中でも、箱根だけはしっかり走って結果を出すんだ、と思っていたので、悔しさが残りました。なので、ベストを出し切ったか、と聞かれれば、僕自身はそうではなかったのかな、と思います。他の人は分かりませんが、僕自身はそうでした。

――箱根後、相楽駅伝監督からはどのような話がありましたか

渕田 相楽監督とは箱根後はOBの方とのお話などがあり、(レース直後は)話すことはなかったのですが、解散が終わってからは、「去年のままでは今年は通用しない」というような厳しめの言葉をいただきました。2月3月と強化期間、トラックシーズンだったり、その他の試合に向けてしっかりと強化していくように言われたので、僕自身その、去年は2月3月とうまくいった中で春にケガをしてしまったので、自分の状態を逐一把握しながら、今年は走りこんで結果につなげていけたら、と思います。

――往路は15位と出遅れてしまいましたが、復路は7位と健闘しました。いかがでしたか

渕田 早大自体が優勝を目指しているチームだったので、往路に比べると良かったですが、総合3位を目指す(チームが取る)順位ではないと思うので、そこで満足するのではなく、優勝や総合3位を目指してもっと高いところで勝負をしていかなければいけなかったのだと思います。

――今年箱根を走った10人のうち8人がチームに残ります。これは来年に向けて大きいと思うのですが

渕田 そうですね、経験したとしていないとでは来年に向けて大きく違うと思いますし、やはり経験したことで今後のモチベーションであったり、練習の組み立て方も見えてくると思います。今年よりも来年が強くなるという風に監督やコーチも言っていますし、自分たちもそういうつもりでいないと来年、今年は戦えないと思っているので、やはり走ったメンバーを中心にチーム全体の底上げ、盛り上げていって、全体が強くなっていく必要があるのではないかと思います。

――今年は全日本、箱根共に予選会からのスタートとなり、これまで過ごしてきたものとは違う1年になると思います。どう過ごしていきたいですか

渕田 入学して3年目で折り返しを迎えます。やはり今までの二年間とは1年間の流れなども変わっていくので、そこは今から計画を立てる、どういう風に動いていくかということを考えて、僕自身出雲、全日本とこの二年間絡んでこられなかったので、まずはそこに出るための予選会をどう走っていくかを考えています。今年は一年間を通して主要大会には全部出たいと思っているので、そういう予選会から結果を出すというか、アピールするチャンスだと思って、予選会から他大に対してもそうですし、学内に対してもしっかりと結果を出していけるようにしたいと思っています。

――3000メートル障害の選手として入学されてきましたが、今年度は走ることがありませんでした。今後はどうされていくおつもりですか

渕田 去年の立川(日本学生ハーフマラソン選手権)が終わった後に監督に、もうサンショーは辞めたいと言って。関カレのハーフマラソンに向けての練習をしていたのですが、体調を崩してケガもして今年度は走れませんでした。今年の関カレもハーフで入賞を目標にしているので、在学中はサンショーはやらないかなと思っています。

――関カレはハーフマラソンで入賞を目指しているのですね

渕田 そうですね、関カレでのハーフで入賞ということを目標に今後は練習していくと思います。

――気が早い質問にはなりますが、来年の箱根ではどのような走りをしたいですか

渕田 僕は個人的には下りたくないと思っていて…。今年もそうなのですが、平地でも戦える自信は付いたので、それをさらに磨いていって、平地でも走れるというところをアピールして。ゆくゆくは往路を走りたいと思っているので、それに向けて走っていきたいな、と思っています。

――春には3年生になり、いよいよ上級生の仲間入りになります。いかがですか

渕田 卒業していく先輩方は、四年間があっという間だと言っていました。僕自身、特にこの一年はケガをしていたこともあり色々と考えることが多くて、あまり試合に出ないままここまで来てしまい、時間を無駄にしたな、と感じます。やはり3年、4年と学年が上がるにつれて自分の役割というものも大きくなってくると思いますし、上級生として下級生を引っ張っていかなければいけない部分もあると思うので、駅伝も含めて、練習面から引っ張っていけように頑張りたいです。

――春からは井川龍人選手(九州学院高、19年春入学予定)のように強い新入生が入学してきます。チーム内競争も激しさを増すと思いますが、いかがでしょうか

渕田 やはり年下に負けたくないと思っている人がこの部内ではめちゃくちゃ多いと思いますし、やはり1年生の勢いというのがチーム全体にとって重要であると思います。競争があるとチームのレベルも上がってくると思うので、年下の力も借りながら、自分の役割と年下の力も生かしながら、強化を図っていければいいと思います。高校時代速かった人に一歩引いてしまうのではなくて、自分も負けないという気持ちでやっていけたらいいと思います。

――次何のレースに出場するかは決まっていますか

渕田 まだ監督と話している段階なのですが、回復次第では唐津10マイル(ロードレース)に出すと言われています。でもまだ僕自身まだ準備できていない部分もあるので…。まだわからないのですが、今後の様子を見ながら…。多分立川は走ると思うので、そこに向けて唐津で段階を踏むか、立川一本か、ですね。

――青梅マラソンに出場する予定などはないのでしょうか

渕田 今のところ話はないので、唐津からの立川か、立川一本か、ですね。

――長くなりましたが、最後に今年の目標をお願いします

渕田 とりあえず関カレハーフ入賞、一万メートルで29分台を出すことです。あとは、駅伝で主要区間を走って区間上位に入ること。一年間を通してマルチに結果を残していきたいです。

――箱根に限らず、ということですね

渕田 そうですね。1年目2年目とトラックで全然結果を出せなかったので、ロードとしては関カレで。競走部全体の得点にも貢献できるので、そういう対校戦で結果を出せるようにやっていきたいです。

――ありがとうございました!

(取材 今山和々子、編集 金澤麻由)

◆渕田拓臣(ふちだ・たくみ)(※写真)

1998(平10)年5月12日生まれ。176センチ、58キロ。京都・桂高出身。スポーツ科学部2年。自己記録:5000メートル14分16秒87、1万メートル31分51秒60、ハーフマラソン1時間4分54秒。2018年箱根駅伝6区1時間0分29秒(区間11位)。2019年箱根駅伝6区59分57秒(区間11位)。先日、大好きな生田絵梨花さん(乃木坂46)の写真集を購入したという渕田選手。箱根終了直後の複雑な表情が印象的でした。上級生となる今年はトラックシーズンから結果を残し、雪辱の一年にしてもらいたいです。