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競走部

2019.02.05

【連載】箱根事後特集『臙脂の足跡』第3回 中谷雄飛

 駅伝シーズン、チームの不振が続く中、ルーキーながら走りで早大を引っ張り続けてきた中谷雄飛(スポ1=長野・佐久長聖)。東京箱根間往復大学駅伝(箱根)では1区を任されると、他大のエースたちと互角以上に渡り合い、区間4位と堂々の箱根デビューを果たした。トラックレースを主戦場とする中谷にとって今季は昨季以上に重要なシーズンになりそうだ。早大期待の星は箱根を終え、そして今季に向けて、何を思うのか。

※この取材は1月16日に行われたものです。

「注目されることをいかに力に変えてレースに臨めるか」

ひとつひとつの質問に答える中谷。時折笑顔も見せた

――箱根後すぐに地元の選手と練習していらっしゃいました

 そうですね、正確には千葉で(1月の)4日から7日まで都道府県対抗駅伝の長野県チームで合宿を行っていました。長野県チームは毎年優勝を狙うチームで雰囲気やレベルも高いチームなので、いつもとは違う刺激を受けました。桃澤さん(大祐、サン工業)であったり、ヤクルトの春日千速さんもいるので、なかなか普段の大学では感じられないような刺激を受けながら練習できました。

――地元には帰りましたか

 7日の夜から地元に帰りました。水曜日には地元のチームの練習会に参加しました。そこには僕が中学生の頃から一緒に練習させてもらっている、1万メートルを29分くらいで走る速い市民ランナーの方もいるのですが、そういった方たちと練習しました。あとは家でゆっくりとのんびり時間を過ごすことができました。

――箱根で活躍したことで声を掛けられたりはありましたか

 そうですね、地元で銭湯に行ったら声をかけていただきましたね。でも普段と変わらない感じでした。

――中谷選手は個人としても箱根が近づくにつれて数多くのメディアに注目されていました

 やはり僕自身は前からトラックで勝負したいと言ってきているので、どうしても箱根一辺倒でメディアに取り上げられることには抵抗というか、どうしても駅伝で結果を残すと、『駅伝の中谷』と言われることが多いので、そこが違和感というか複雑な思いも正直ありました。でも、色々なメディアに個人としてそこまで注目していただけることが多かったということは、それだけ周りの方々からの注目や期待をしていただいているということも感じました。高校の頃から言われてきたことではあるのですが、そういうふうに注目されることをいかに力に変えてレースに臨めるかということが大切であると思いますし、メディアに変に流されてしまうのではなく、自分にとってその注目をプラスに捉えて試合に向かっていくことができたと思います。

――1区出走が決まったのはいつですか

 確定したのは12月31日あたりでした。元々、3区の可能性が高かったのですが、チーム事情もあってエントリーメンバーが発表されたときに千明(龍之佑、スポ1=群馬・東農大二)が3区にエントリーされたので、その時点で1区か2区になる、という話をいただきました。個人的には3区のつもりでいたので正直複雑な気持ちもありましたが、特にこだわりもないともずっと言ってきましたし、任された区間で期待通り走るしかないと思っていたので、ギリギリまで1区か2区、どちらでもいける準備はしていました。その中でも可能性としては1区の方が高いという事も言われていたので、期間としてはあまり長くありませんがそのイメージを持ちながら準備していました。

――どちらに行くかというのは太田智樹選手(スポ3=静岡・浜松日体)の調子次第ということだったのでしょうか

 そうですね、あとは相楽さん(豊駅伝監督、平15人卒=福島・安積)が太田さんと相談していく中で、太田さんが最終的に2区に行けるという事が決まった時に自動的に僕が1区となった、という形です。

――集中練習の最後のポイント練習の出来も相当良かったのでしょうか

 そこが決め手になったのかどうかというのは正直わかりませんが、最後の10マイルもある程度しっかりと走ることができて、力はしっかり出したのですがそれが完全に全力で出し切ったということではなく8割程度の力で最後も上げることができました。もう1段階まだギアが残っていて10マイルをそれだけ走れたので、本番もあと5キロということで何とかなるんじゃないか、というふうに思うことができたので、そういう意味ではその練習で自信にはなりました。

――やはりその中で他の1年生の出来も良かったのでしょうか

 そうですね、千明とかもその中で上位で走りましたし、全体的にタイムも良かったということもあって1年生が比較的多くエントリーされて、本戦でも3人の1年生が走ることができたのではないかと思います。

――独特な雰囲気の大会だったと思いますが緊張はされましたか

 そこまで緊張することなく、いつもと同じような気持ちで臨めたかなと思います。相楽さんにも事前に雰囲気がすごく、スタートしてからも周りの雰囲気に飲まれないようにということは言われていたのでそのあたりは意識して走りました。いつも通り目の前のレースだけに集中して走ることができたと思います。

――ご家族などは応援に来てくれましたか

 そうですね、中学、高校時代の恩師やお世話になった方々も応援に来てくださって心強かったですし、家族も応援に来てくれていたのでそういうところが最後一番苦しい時に自分の力になりました。

――ランニングパンツにはダルマのお守りも見えました

 箱根のメンバーに色紙とお守りをチームからもらったので、苦しい時にもチームからの想いを背負っているという事を考えることができて頑張れると思ってつけました。

――前半は特にスローペースの展開となりましたが、どういうことを考えて走っていましたか

 レースが始まってからずっとスローの展開だったので、2キロくらいで出てもいいかなということも考えたのですが、やはり20キロのレースの経験がなかったので思ったよりも思い切って行けなかったというのが正直なところです。そういったところで他の選手が早く動くかなということを観察していたのですが、それも誰も出なかったので、いつレースが動くのかということと、自分自身どこで仕掛けようかということを考えて走っていました。

――走力で押し切る展開の多い高校までの1区とは異なり、大学、箱根の1区では戦略面での重要性を感じたのではないでしょうか

 やはりもう少し経験があればレース展開も変わったかもしれないですね。10キロを過ぎて留学生選手が前へ行ったときに僕が第二集団を率いる形になって、その後留学生選手が下がってからは僕がレースを引っ張る形になったのですが、その中でも自分の持ち味というものは出せたと思います。また、初めの10キロが30分前後だったのですがそこからの10キロから20キロへのラップタイムが28分41秒くらいで推移しながら20キロ走ることができたので、個人としての区間順位は4番でしたが持っている力を全て出し切ったタイムと順位だったと思うので後悔はしていません。ただ、あと区間賞との7秒差というのは大きな力の差が現れた結果だと捉えています。

――昨年も東洋大の西山和弥選手(2年連続1区区間賞)は18キロ過ぎからペースアップをしましたが、頭には入っていましたか

 本当に誰かがペースを上げないと特に1区はほとんど集団の差がない状態で中継してしまうと思ったので、僕個人としては潰れてもいいから10キロからペースアップしようと思っていました。昨年の1区のことも知っていましたし、今年も六郷橋付近、残り3キロあたりから西山さんあたりが仕掛けてくるだろうと想定はしていたのですが、そこで対応できなかったのでそこはまだまだ力不足でした。

――ラストもしっかりとスパートが効き、好タイムでしたが長い距離への自信にもなったのではないでしょうか

 正直、あの最初スローな展開でここまでのタイムになると思っていなかったのである程度しっかり走れましたし、東海大の鬼塚さん(翔太)にもラスト本当に僅かではありますが先着できてラストも追い込むことができたのはよかったと思います。ただ、鬼塚さんにはトラックでは負けていますし、駅伝で今回勝ったからといってそのリベンジになるとは全く思っていないので、駅伝で勝つことができたからこそ次はトラックで鬼塚さんに先着できればと思います。

「正直もう20キロのレースは走りたくない」

ルーキーながら区間4位で1区を走破した

――終わってからはどのような声を掛けられましたか

 終わった直後は取材などもあってなかなかしっかりお話しする時間がなかったので、しっかりと話せたのが4日の朝の集合の後でした。個人のレースの反省を話して相楽さんからもそれに対して話していただいたのですが、箱根での走りについてある程度評価していただきました。あとは今後どうしていくかという話をしましたが、相楽さんには正直僕個人としては20キロのレースはもういいかなという旨の話をしました。次の箱根やその予選会も今年もあるのですが、そこに関しての話もしました。

――それに関してどのようなお話があったのでしょうか

 もう一度20キロのレースをしたいかと言われたら正直したくない、ということを正直に話しました。僕自身は高校の頃からトラックで勝負ということを言ってきて、入学してきました。正直なことを言えば、トラックで勝負するという前提がある中で今回の箱根に向けた練習、また、本番の箱根のレースの中でそのトラックにつながるポイントが見いだせたかと問うた時に、あまり見い出せた感じはしていなくて。今週(1月20日)には都道府県対抗駅伝があるのですがそこに向けての練習をする中で、箱根を走るためのペースで自分自身の身体が固定化されてしまっているような感覚があって今までトラックで出せていたスピードに戻すまでにすごく時間がかかっている感じがしているので、そういったところを考えたときに、ここまで箱根をトラックに生かしてこれているかというところで、やはり思うところはあったので、「正直もう20キロのレースは走りたくないです」と、正直に相談しました。それに対して、相楽さんもトラックで世界と勝負するというその思いを、今後も持ち続けて欲しいという話はしていただいた上で、そういったアプローチをしていく途中で、「チームとして狙わなければならない試合もいくつかあるからその時には力を貸してほしい」ということを言っていただきました。今後はチーム状況にもよってどうしようか決めていくこともあると思いますが、貢献できる時はもちろんチームに貢献したい思いはあります。ただ自分の根底にある意志は曲げないように競技をやっていきたいと思います。

――終わった後、「こうすればよかった」と振り返ることはありましたか

 経験がなかったということが大きいと思うので、判断することができないので何が正しかったかもわからないので、これもひとつ経験かなと思います。持てる力は全て出し切ったのでレースのことはその日のうちに消化して、次に向かっていかなければならないと感じています。これは箱根に限った話ではありませんが、結果が良くとも悪くともいつまでも引きづっていくのではなく日々前進していくようにはしています。なので「ああすればよかった」と振り返ることはあまりないですね。

――翌日の8区(太田直希、スポ1=静岡・浜松日体)の給水を急きょ行った経緯を教えてください

 元々、復路で8区に応援に行くときに同級生でもある東海大の本間(敬太)とかも8区に行くということだったので駅で待ち合わせをしてコースまで行ったのですが、ちょうど15キロくらいの地点で応援しようとしていたら、反対側に古谷さん(拓夢主将、スポ4=神奈川・相洋)がいらっしゃって、古谷さんの方に呼んでいただいたので道を渡って行ってそこのあたりで応援しようとしていました。そうしたら先頭の通過1分前くらいで「お前給水やりなよ」と古谷さんに言っていただいて、準備も何もしていなくて急きょ過ぎて少し焦ったのですが、「力があって同級生でもあるお前から声かけてもらえれば、より力が出るんじゃないか」というふうに言っていただいたので、少しでもチームの力になるのであれば、ということで急きょ給水させていただきました(笑)

――何か声は掛けることができましたか

 相楽さんからのそのポイントでの指示があって、給水ポイントが上りだったので、しっかりピッチで上っていくようにということと、後半勝負だぞという声をかけました。気合いが入ったどうかはわからないですが気合いを入れました(笑)

――チームは総合12位でした。この結果についてはどのように考えていますか

 出雲(出雲全日本大学選抜駅伝)、全日本(全日本大学駅伝対校選手権)と順位は下の方だったので恐らく苦しい展開になることはある程度想定できてはいましたが、12番という数字はなかなか厳しいなとも思いました。でも僕らのチームの現段階でのベストメンバーを組んだ結果がこれだったのでしょうがないのかなとも思いますし、今どうこう言っても結果が変わるわけではないので、この結果をどう捉えて今後どう変わっていくのかがこのチームの課題なのかなと思います。

――他の区間では他大学の同世代の活躍も目立ちました

 帝京大の遠藤(大地)も1万メートルのベストタイムは僕よりもかなり速いですし、彼も世代トップをとりたいというふうに言っているのを聞くと、僕自身も世代トップの座を取り返さないといけないと感じますし、さすがに1万メートルに関しては他大学の選手に大きく負けているのでそろそろ自分もやり返したいです。青学大の飯田(貴之)も強い青学大の中でレギュラー格の選手になっていて他大学の選手とも引けを取らない選手になっているので、そういうふうに他大学の同学年の選手中から強い選手が出てくるのは僕にとってもすごく刺激になるので、誰にも負けたくない思いは僕自身一番強く持っていると思いますし、直接対決の機会も今後出てくると思うので、勝ちにこだわって勝負したいと思います。

――今年もトラックレースメインというのは変わらないと思いますが、5000メートル、1万メートルどちらを主にするか考えていますか

 現段階ではまだどうしようかなと考えているところではあるのですが、メインはやはり5000で行くことを考えています。5000に関しては、今年は金栗記念(金栗記念中長距離選抜選手権)で一発記録を狙わないと、その先のユニバーシアードの選考標準タイム(13分43秒)を切れていないので、ひとつの勝負はそこになるのかなと考えています。そこがもし厳しいと判断したら1万にシフトしていくこともなくはないのかなと考えているので、そこはやはり金栗記念次第という感じですね。

――前半シーズンは4月のユニバーシアードの代表選考となる織田記念に調子を合わせていくことになるのでしょうか

 そうですね、まずはその標準タイムを切りたいと思います。

――昨年はトラックシーズン前半、思うような結果を出すことができませんでしたが、今年はどのようなアプローチを考えていますか

 昨年はレベルの高い練習ができていた分、ダメージが一気に来てしまったので、その反省を生かして、レベルの高い練習をしながらも身体の状態を逐一確認して練習をしていきたいと考えています。箱根の時もそうでしたが、量よりも質ということを重視してやってきたのでそこのスタンスは変えないでやっていきたいと思っています。

――高校から大学へ戦うステージが変わる中で、大きな力の差を感じた選手はいましたか

 昨年はやはり自分のことで精いっぱいだった時期もあったのでなかなか周りの選手を気にする余裕がなかったのですが、その中でも圧倒的な力の差を感じたのは東海大学の選手であったり、中央大学の堀尾選手(謙介)には11月の日体大記録会では100メートル以上の差をつけられたので、やはり自分の力の無さを痛感しましたね。それを感じることが自分の原動力にもなっていると思っています。

――近年では海外レースでタイムを狙う選手も多いですが、そういった環境に興味はありますか

 僕自身も高校時代から海外のレースに出たいということは考えていたのですが、まだ不透明な部分もあって、昨年の段階でも来年(2019年)は海外のレース出たいということは伝えていたのですが、試合のスケジュールや流れもあるのではっきり出れるかどうかということはわからないところがあります。あとはやはり海外のレースなので招待ということで呼んでいただいたりという事もあるのですがそこまでのタイムを持っているわけでもないのでタイムも底上げしないと招待という形でエントリーも難しいですし、実際勝負もできないと思うのでまずは日本でタイムをしっかり出せるようになってからだと思います。色々な大会に出場して、積極的に記録を狙っていきたいと思います。

――今年一年の競技目標は考えていますか

 5000か1万でユニバーシアードを狙って、そこでしっかりと結果を出すことを目標にやっていきたいと思います。6月には日本選手権もあるのでそこで結果を残したいという気持ちもあります。もちろんそのためにはシニアの選手たちとも互角以上に渡り合える力をつける必要がありますし、今月の都道府県対抗駅伝もそのシニアの選手と戦ういい機会なので、そういったところから一つずつ色々な経験を積んでいきたいと思います。レースで勝つためにはどういったレースプランで、どういった勝ちパターンがいいのか探りながら身に付けて自分の武器を作っていければと思います。

――ありがとうございました!

(取材・編集 斉藤俊幸)

◆中谷雄飛(なかや・ゆうひ)

1999(平11)年6月11日生まれ。169センチ。57キロ。長野・佐久長聖高出身。スポーツ科学部1年。自己記録:5000メートル13分45秒49、1万メートル29分07秒77。2019年箱根駅伝1区1時間2分42秒(区間4位)。1区のスタート約1時間前のテレビ中継には、レースに向けて他の選手が真剣な眼差しでアップする中、バナナを食べる中谷選手の様子が映し出されました。毎試合のルーティンとしている訳ではなく、今回は偶然、慣れていない長い距離を走る箱根での想定外のアクシデントに備えて痙攣防止等の効果を期待して食べていたところだったそうです。