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2018.12.23

【連載】箱根事前特集『起死回生』 第13回 小澤直人

  小澤直人(スポ4=滋賀・草津東)が最終学年にしてついにチャンスをつかんだ。これまでの3年間はケガに苦しめられたが、今年は夏の3次合宿でAチームに合流すると、出雲全日本大学選抜駅伝(出雲)のメンバー入りする。そして、そのまま学生三大駅伝初出走を果たした。しかし、出雲、全日本大学駅伝対校選手権(全日本)の結果は共に区間12位と納得のいく走りはできていない。残すは東京箱根間往復大学駅伝(箱根)のみ。全ての思いを箱根にかけて、最初で最後の箱根路は快走なるか。

※この取材は12月5日に行われたものです。

「このまま終わりたくない」

しっかりと話す小澤

――集中練習が始まりましたが、現在の調子はいかがですか

 2週間前の上尾ハーフで足の皮がめくれてしまって、その影響でしばらく走れてなかったんですけど、ようやく練習に合流できた段階ですね。ここから箱根まであと一か月なので調子を上げていこうという感じです。

――練習の消化具合は

 ちょっと土日とばしたりして、まだ足の状態もまだ不安定なので少しずつつまみながらという感じです。きょうもしっかりできたのでこれからですね。

――重点的に取り組んでいることはありますか

 上尾ハーフでは15キロ以降止まってしまったという課題があったので、今は脚が少し不安ですけど、しっかり走り込みと自分の強みである大きな動きを崩さないために、バウンディングを入れたりして、それを20キロ続けるための練習をやっています。

――練習では先頭で引っ張る場面が増えたとお聞きしました

 4年生としてチームを引っ張る立場なので、自分より強い選手はいっぱいいるんですけど、そこは責任というか、自分が引っ張っていくという思いはずっと持っているので、そういうところから先頭で走る場面が増えたのかなと思います。

――今のチームの雰囲気はいかがですか

 出雲、全日本と失敗して、それぞれ危機感をもっていて、特に4年生は箱根が最後ですし、何とかしなくてはいけないという思いがあります。それは下級生も感じていて、それぞれ自分の課題に取り組んでいる姿もあると思うので、箱根に向けた雰囲気作りは少しずつよくなってはいると思います。

――今年の前半には1500メートルや3000メートルのレースに出場されていました

 関東インカレ(関東学生対校選手権)の5000メートルに出場したくて、それを目標にやっていたんですけど、教育実習と被ってしまって、出られなくなってしまいました。その短い距離は教育実習が終わったあとだと思うんですけど、教育実習期間にあまり練習できなかったので感覚を戻すために、自分の得意なスピードで走ることで夏合宿に繋げようという目的でした。

――部員日記には夏前は「精神的に走れる状態じゃなかった」とありました

 その頃は5000メートルを走っても15分半くらいかかったり、なかなか記録が出なかったので、心と体をマッチさせることができない時期でした。精神的にやられてしまって、なかなかうまくいかなかった前半シーズンだったと思います。

――結果4種目(3000メートル、5000メートル、1万メートル、ハーフマラソン)で自己記録を更新されました。調子が上がってきたのはいつ頃ですか

 2次合宿の後半あたりかなと思います。調子が上がったというよりは、競技生活も最後なので後がないという危機感が奮い立たせたというか。前半シーズンがそういう結果でこのまま終わりたくなくて、何とか駅伝シーズンでは結果を出してチームに貢献するという思いでやってきたので、それが自己記録につながったのだと思ってます。

――高校ぶりの自己ベスト更新でした

 大学のうちに更新できてひと安心したというか(笑)。ずっと3年間ケガとかでなかなか走れなかったんですけど、夏合宿をいい形で積めたので出せる自信はありました。4年目にしてやっと更新できたというのは自分ではほっとした部分がありますね。

――今シーズンの目標設定について

 僕はずっとB、Cチームにいて夏の2次合宿もBにいたんですけど、例年だとその時点でBチームにいる選手は出雲のメンバーに入ることができないという感じなので、あまり出雲は考えていなくて、自分が勝負するなら全日本からかなと思っていました。ただ3次合宿になって上で戦えることがわかったので、それから出雲を意識するようになりました。

「自分は何をしているんだろう」

春シーズンは苦しい期間となった

――これまでのケガについてお聞かせください

 一度半年全く走れないケガがあって、あとは1年の頃に靭帯が2、3か月続いたのと、アキレス腱であったり、足首をひねったねん挫とか、まあ色々多かったです(笑)。

――ケガをしている間、永山博基選手(スポ4=鹿児島実)や清水歓太駅伝主将(スポ4=群馬・中央中教校)ら活躍する同期をどう見ていましたか

 僕が3年間ケガをしている間に彼らはめきめきと力をつけていって、チームの主力ですし、自己ベストを大幅に更新したり箱根を走ったりしていて。それは同期として彼らが走っているのは嬉しいんですけど、同じスポーツ推薦として入ってきたのに自分は何をしているんだろうという思いの方が強かったですね。悔しいとはずっと思っていました。

――特にお世話になった人や支えとなったものはありますか

 もちろん治療してくださる方は一生懸命に治そうとしてくださいましたし、家族も走れないというのがわかったときには、「あきらめずに頑張れ」とか声をかけてもらいました。先輩からも「元気出せよ」だとか、周りからアドバイスとか励ましをもらったことで、気持ちは沈んでましたけど、何とか最低限のところに抑えられたのかなと思います(笑)。

――お父様は箱根駅伝に出場されているそうですが、何かアドバイスをいただくことはありますか

 高校は先生でもある親父のもとでやっていたんですけど、よく言われるのは練習面だけではなくて、食事とか睡眠とか自分のケアが大事だということで、それは高校3年間言われ続けました。練習面というよりは生活面で色々アドバイスをもらいましたね。

――今でも連絡はよく取られますか

 試合の後に結果報告で、特に今年は自己ベストが出たので報告しました。「よかったな」ということと結局は生活面ですね、言われるのは(笑)。

――ケガをした経験はチームに還元されているそうですね

 そうですね。今は故障者が少ないですけど、故障して走れない後輩の気持ちは自分はわかるので、自分がつらかった時にどうしてほしかったのかと考えたら、先輩の一つの声掛けでも嬉しいものなので、そういう「大丈夫か」みたいな些細な声掛けであっても気持ちは明るくなると思うので。具体的なアドバイスは僕はあまりできないんですけど、「脚どう?」とかそういうことをちょくちょく気に掛けるようにはしてますね。

――今年走れているのはこれまでの経験が生きていますか

 高校から大学に入って練習量とか質が全然違って、なかなか体がついていけなくてケガをたくさんしてしまったので、自分の疲労の抜き方とかどこまでやったら壊れるとかの自分のキャパというか、コップの水が溢れないぐらいのすれすれのところがようやく4年目にしてわかってきたかなと。3年間の経験は苦しかったですけど、今となってはよかったかなと思っています。

「同じ失敗はもうできない」

初めての学生三大駅伝では苦しい走りとなった

――今年の出雲で三大駅伝初出走を果たしました。振り返っていかがですか

 今振り返れば想像以上に緊張していたなと思っていて、初めての三大駅伝ということで、調子もよくてやる気はみなぎっていたんですけど、フワフワしているというか動きが変で感覚がおかしくなっていました。もらった位置も想定できていなかったというところが、自分の不甲斐ない走りにつながったのだと思います。

――その後の早大記録会では1万メートルで自己新が出ました

 1万も自己ベストが出たんですけど、自分は前のグループで一番最後だったので、1年生のなかでも千明とかももっと速いタイムでゴールしているので、あまり満足していない自己記録でした。もっと行けると思っていたので。

――多くの選手が自己新を出しましたが、全日本へ向けてのチームの雰囲気はいかがでしたか

 3つの駅伝で3位を取るということで、全日本では絶対3位を取るという思いでやっていましたけど、今思えばチーム内での競争があまりなかったのかなとは思います。メンバーが固定化されてきてもっと「俺が俺が」みたいに競争が激化しないといけないのにあまりそれがなくて。チームとして1秒1秒を大切にできないところが、全日本のああいう結果につながったのだと思います。

――全日本は当日変更での出走となりました

 正直車田(颯、スポ4=福島・学法石川)が走るものだと思っていて、自分は1万の結果で最後だったのでサブに回ったんですけど、でも誰かが駄目になったら走るのは自分だということはわかっていたので、最後までいつでも走れるような準備はできていました。

――出雲ではレース後に「メンタルが課題」とおっしゃっていましたが、全日本ではいかがでしたか

 全日本は出雲に比べて落ち着いた気持ちでレースに臨めました。

――出雲、全日本ではレース後に涙されていましたが

 あの時は自分の力がなさ過ぎて情けないという気持ちで泣いてしまいました。

――上尾ハーフを振り返っていかがですか

 上尾ハーフは箱根へ向けての中間テストというか練習の一環として、今の自分のハーフの力を確かめるレースでした。レースプランとしては最初の10キロを突っ込んで、後はどれだけ自分の力で押せるかということでやったんですけど、10キロまでは自己ベストくらいの29分35秒くらいで入って、10から15キロもしっかり15分ちょっとで押せたんですけど、そこから力尽きたというか足が止まってしまって課題が残るレースでした。

――箱根に懸ける思いは

 小さい頃からの目標だったので、それがかなえられるのも今年が最後なので、出雲、全日本と失敗して箱根で同じ失敗はもうできないので、しっかり3位という目標を掲げて、自分が最上級生として、しっかり流れを作ったり、もし悪い流れであれば自分が変えるというくらいの走りをして、チームに貢献して終われたらなと思います。

――小さい頃というのはいつ頃ですか

 小学校低学年ぐらいにテレビを見て純粋にいいなと思って。家族が陸上一家なので箱根はもちろんテレビで毎年付いていたので、次第に憧れてという感じです。

――陸上一家なのですね

 そうですね。母は短距離で、兄2人も大学まで陸上をやっていました。

――競技を始めたきっかけは

 兄の試合を見に行ったことがきっかけですね。地元の陸上クラブで始めました。

――箱根は入学時からの目標ですか

 箱根が最終目標というのが自分のなかであって、たまたま早稲田大学に入学させていただいたという感じです。

――早大については

 自分が箱根駅伝を見ていた頃、中学2年の時にワセダが三冠したんですけど、その時の印象がすごくかっこよくて憧れで、入りたいという思いがありました。

――最後の大舞台を前にして、同期への思いをお聞かせください。

 特に僕らの同期は一番挫折が多いというか、順風満帆に4年間過ごした同期は多分いなくて、車田(車田颯、スポ4=福島・学法石川)も病気で2年間走れない時があったり、それぞれうまくいかないときがあって、そういう部分でわかりあえる学年だと思うので、そういう悔しい思いを最後の箱根でぶつけられたら、最後は笑って終われるかなと思います。

――清水主将(清水歓太駅伝主将、スポ4=群馬・中央中教校)はどんな主将ですか

 すごく責任感のあるキャプテンで、自分が支えてあげられているかわからないですけど、支えてあげたくなるような、フレンドリーで皆に慕われているキャプテンだと思います。

――昨年はエントリーされながらも出走なりませんでした

 去年はアキレス腱を集中練習が終わった後にダメージで痛めてしまって、全く走れないほどではなかったんですけど、ずっと違和感があったので出走は難しいということで、渕田(拓臣、スポ2=京都・桂)も調子を上げていたので、出走するなら渕田だと思っていました。

――今年は希望する区間はありますか

 そうですね、復路なら(笑)。6、7、10とかですかね。憧れがあります(笑)。

――最後に箱根への意気込みをお願いします

 本当に最後なので、ありきたりですけど悔いのないようにしっかりと準備するだけだと思います。最後にみんなで笑って終われるようにあと一か月頑張ります。

――ありがとうございました!

(取材・編集 萩原大勝)

最後の箱根で日体大出身のお父様を超えて有終の美を飾ります!

◆小澤直人(おざわ・なおと)

1997年(平9)3月29日生まれ。180センチ、63キロ。滋賀・草津東高出身。スポーツ科学部4年。自己記録:3000メートル8分22秒38、5000メートル14分08秒52、1万メートル29分34秒44、ハーフマラソン1時間3分42秒。小澤選手の座右の銘は「いつも心に太陽を!」。涙もろい性格だという小澤選手ですが、競技人生最後の舞台は笑って終えられるといいですね!

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