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2018.12.22

【連載】箱根事前特集『起死回生』 第11回 太田智樹

 今季の駅伝に太田智樹(スポ3=静岡・浜松日体)の姿はなかった。前回の東京箱根間往復大学駅伝(箱根)で『花の2区』を快走した後、迎えたトラックシーズンでは自己ベストを連発。関東学生対校選手権(関カレ)でも5000メートルで入賞し、太田智は早大のエースの座を確立させた。しかし、6月に足を痛めると、3次合宿中盤でも右ヒザをケガし戦線離脱。以降はレースに出場していない。太田智の現在の状態とは。そして、箱根は間に合うのだろうか。

※この取材は12月5日に行われたものです。

「春シーズンは自分の想像以上に走れた」

笑顔で話す太田智

――きょうはどのような練習をされましたか

 まだケガの影響でみんなからは遅れているので、集中練習もやらずに別の練習というかたちでやらせてもらっています。

――最近気分転換にされていることはありますか

 最近ですか・・・(笑)。

――やはりゲームでしょうか

 そうですね。そうなっちゃいますよね(笑)。

――今年は一緒にされる方はいらっしゃいますか

 吉田(匠、スポ2=京都・洛南)とかですかね。あと宍倉(健浩、スポ2=東京・早実)とか直希(太田、スポ1=静岡・浜松日体)とかです。

――どこかに出掛けられたりはしましたか

 一回日帰りで栃木に行こうかなと思ったんですけど、一緒に行く予定だった人が行けなくなってしまってやめて(笑)。それ以外だと治療とかで新宿に行くことが多いですかね。人が多すぎてあまり好きじゃないですけど(笑)。でも僕にしては珍しく、最近は意外と外にもいます。

――他大の同期の皆さんと『97年度会』をされたとお聞きしました

 そうですね。あれ行きました(笑)。

――他大の同期の皆さんとも交流があるのですね

 まだあれは2回目くらいなんですけど、みんなで仲良くやっています。

――どなたが企画されるのでしょうか

 一応幹事長が東洋大の今西(駿介)ですね。ちょっとあいつに任せてやってもらっています(笑)。

――では競技のお話に移ります。前回の箱根が終わってから、予定されていた全国都道府県対抗男子駅伝(都道府県駅伝)、唐津10マイル、日本選手権クロスカントリーに欠場されましたが、あの時期はどのように過ごされていましたか

 都道府県駅伝前にインフルエンザにかかってしまって、それの影響で体力とかも戻らなかったので。それぐらいだったら普通に練習しようと思って、あの時期の試合は全部休んで練習していました。

――その後のトラックシーズンはどのような思いで入られたのでしょうか

 インフルエンザの影響で思ったより練習が積めなかったので、そんなにうまくいくとは思っていなくて。正直春シーズンは自分の想像以上に走れちゃったという感じでしたね。

――トラックシーズン初戦の東京六大学対校大会では5000メートルで優勝し、自己ベストを更新しました。いいスタートが切れましたか

 思ったより走れたので(笑)。明大の阿部(弘輝)選手とかに、自分の強みを生かした勝ち方で勝てたのは自信になりました。

――そこで以前から口にされている『勝ちにこだわるレース』が体現できたということでしょうか

 そうですね。

――2週間後の兵庫リレーカーニバルでは1万メートルでも自己ベストを更新しました

 欲を言えば全カレ(日本学生対校選手権)のA標準である28分55秒は切りたかったんですけど、レース内容も悪くはなかったですし、あれに関しても自信にはなったかなと思います。

――さらに2週間後のゴールデンゲームズinのべおかでも自己ベストを更新しました。好調を維持できた要因というのはどのように考えていらっしゃいますか

 練習量を落とさずしっかり練習が積めていました。連戦の疲れはあったんですけど、その中でもある程度の体力は付いていたので、そこそこ走れたのかなと思います。

――迎えた関カレでは1万メートルでは入賞を逃しましたが、5000メートルで7位入賞を果たしました

 正直1万メートルの方が自分的には入賞できるかなと思っていたんですけど、思ったよりうまくいかなくて。逆に5000メートルでは割り切れたというか、最後だったのでやるしかないと思って積極的に走れたのが良かったのかなと思います。

――トラックシーズンは充実したシーズンになりましたか

 関カレまでは良かったんですけど、それ以降は調子が悪くなったり足が痛くなったりして。ホクレン(ホクレン・ディスタンスチャレンジ)も全然駄目だったので、トータルしてみると最初だけ良かったかなという感じです。来年は大学のラストシーズンになるので、そこでは4月から7月までしっかりシーズン通して成績残せればなと思っています。

――上級生になって意識の変化はあったのでしょうか

 やっぱり多少なりともありました。今までは先輩の背中を見て、それにくっつくだけでいろいろ真似ばかりしていたんですけど、後輩が2学年になったので下も見ないといけないですし、4年生のサポートもしないといけないというところで、多少は周りを見るようになったかなと思います。

「経験としては良かった」

関カレでは2種目に出走し、5000メートルで入賞した

――夏合宿の対談の際に、駒野亮太長距離コーチ(平20教卒=東京・早実)が「智樹は練習でも人一倍走り込んでいて、模範となる取り組みをしてくれている」とおっしゃっていましたが距離を踏むことを意識されていたのでしょうか

 そうですね。7月のホクレンが終わってから足が痛くて練習していなくて、合宿自体も遅れて合流して。そういった部分でみんなに遅れていたので、距離を踏みたいなという思いはありました。

――遅れて合流したことの焦りなどがあったのでしょうか

 いや、焦り自体はなかったです。単純に練習していなかったので練習しようと思って。距離を踏んでおきたいと思って走っていました。

――夏合宿の際に「6月ごろから足を痛めて、2次合宿からちゃんと走り始めた」と伺いましたが、その後の合宿での状態はいかがでしたか

 2次は結構消化具合も良かったし距離も踏めたので、わりといい感じに来れていたんですけど、3次の途中からまた別のところが痛くなってしまって。それが駅伝シーズンにも響いてしまいました。

――全カレの出場を見送ったのも、足の状態を見てということでしょうか

 そうですね。無理して出ようと思えば出られたんですけど、相楽さん(豊駅伝監督、平15人卒=福島・安積)とも相談して、やっぱり万全の状態じゃない中で走って負けるのも僕自身悔しいですし、相楽さん的にもチームの核となる選手以上、出るからにはしっかり結果を残して欲しいということだったので。そういう走りができるかイマイチな状態だったので、出場は見送ったという感じでした。

――差し支えなければ、現在にかけてのケガの状態を教えていただけますか

 右ヒザですね。滑液包炎というものです。

――過去にケガで戦線を長期離脱された経験というのはあるのでしょうか

 ないですね。初めてです。今年になってそれが2回もあったので、ちょっと運が悪いというか(笑)。

――長い間レースに出場されていませんが、合宿後、ケガの期間はどのように過ごされていましたか

 まずは治すことに専念していました。膝だったので、痛い時は本当に階段の登り降りも痛かったですし、自転車こぐのも痛かったですし、とりあえず治そうと思って休んだりしていました。

――その期間に感じたことなどはありましたか

 今までケガしてこなかったので、どうやったら治せるのかという知識が全然なかったですし、いろいろよくわからなかったです。ケガが初めてだったので、陸上に対してやる気を無くしてしまいました。

――ケガの間、誰かからアドバイスなどはあったのでしょうか

 いや、僕自身引きこもっていたので(笑)。人と喋るのをやめていました。僕は自分ができていないのに言うのが嫌で、やっていることを言うのはいいんですけどやっていないことを言うのが好きじゃなくて。僕自身その時期は走れていなかったのであまり人と喋らないようにしていました(笑)。

――やはり精神的にもダメージがあったのでしょうか

 まあ、あれはあれで楽しかったですけどね(笑)。1回陸上を離れて、経験としては良かったのかなとは思います。

――出雲(出雲全日本大学選抜駅伝)、全日本(全日本大学駅伝対校選手権)のチームとしての戦いぶりはどう見ていましたか

 それこそ僕は走っていないので何とも言えないですけど、チームの目標が3位以内で、それには遠く及ばなかったのでチームとして反省すべきことはたくさんあったと思います。見ていて「ああしたらな」とか「こうしたらな」とか「自分が走っていたらな」とか、いろいろ思うことはあったんですけど、まずその時は僕自身走れていなかったので、とりあえず自分が走れる状態にしたいなとはすごく思いました。

――2つの駅伝の後のチームの雰囲気はいかがでしたか

 良くはないですね。でも、切り替えていこうという感じでした。

――出雲と全日本には、弟の太田直選手が出走しました。何か声をかけられたりしましたか

 そんなめちゃめちゃしたわけではないですけど、「ビビらず頑張れ」と。まさか僕が走らず逆にあいつが走る状況になるとは思っていなかったです(笑)。

「3位以内という目標に貢献できるような走りを」

昨年はエース区間の2区を任され、その役割を全うした

――では箱根に向けてのお話に移ります。今年の箱根では『花の2区』で順位を5つ押し上げる好走を見せました。改めて振り返っていかがでしょうか

 順天堂大の塩尻(和也)選手がいたのでわりとうまく走れたのかなというのがあって。順位も上げられたし、チームの流れもつくれたんじゃないかなと思ったんですけど、走り終わってみれば東洋大や青学大には差をつけられていたので、そういった部分では力が足りないなと思いました。

――箱根に向けて、現在の足の状態というのはいかがですか

 完治はしていないんですけど徐々に走れてはいるので、まずはしっかり間に合わせて、自信を持って箱根に出れるように。みんなとは別のアプローチになるんですけど、しっかり準備していきたいと思っています。

――走れるようになったのはいつ頃なのでしょうか

 全日本終わったぐらいから、さすがにチームの状況が状況だったので、やばいなと思って走り始めた感じです。

――万全ではないけれどチーム状況を考えてということでしょうか

 そうですね。走らないとそろそろやばいなという。

――ケガの期間が長かった中で、長い距離への対応という点で不安などはありますか

 箱根になると20キロ以上という距離になるので、ごまかしはきかないと思うんですけど、夏も途中から走っていないとはいえ、ある程度の距離は踏めたというところで最低限の地盤はできているかなと思っていて。そういうところを頼りになんとか準備できればなと思っています。

――チーム全体として見て、箱根に向けての状態はいかがですか

 各自がそれぞれ緊張感とか危機感を持ってやってくれているので、確実にいい状態にはなっていると思います。でも、かといって3位以内に入れるチームかと言われればまだそうではないと思うので、もう12月に入ってあと3週間くらいしかないんですけど、チーム全員でしっかり雰囲気から良い状態にしていければなと思います。

――ご自身ではこういう走りをしたいというイメージはありますか

 個人的な目標はそんなにないんですけど、チームの目標が3位以内なので、まずはそれにしっかり貢献できればなと考えています。

――現時点で希望される区間はありますか

 1区か2区ですかね。どこでもいいですけど(笑)。とりあえず任された区間をしっかり走りたいと思っています。

――3度目の箱根になりますが、箱根に対する思いに変化などはありますか

 最初の1年目はめちゃめちゃ緊張したんですけど、今年は全然緊張しなかったですし、たぶん次もあまり緊張しないだろうなと思います。そんなに特別感というものはなくなってきましたね。

――箱根に向けての意気込みをお願いします

 出雲、全日本と走れなくてチームにすごく迷惑をかけてしまったので、箱根ではしっかりチームの3位以内という目標に貢献できるような走りをしたいと思います。

――ありがとうございました!

(取材・編集 宅森咲子)

どんな状況でも『攻める』姿勢で箱根を駆け抜けます!

◆太田智樹(おおた・ともき)

1997(平9)年10月17日生まれ。175センチ、59キロ。静岡・浜松日体高出身。スポーツ科学部3年。自己記録:5000メートル14分00秒23。1万メートル28分56秒32。ハーフマラソン1時間2分48秒。好きな食べ物はクロワッサン。サクサクしたパイ生地がお好きなのだとか。先輩とアップルパイを手作りしたという意外な一面も。今シーズンはケガに苦しんだ太田智選手。おいしい食べ物を力に変えて、箱根路で復活の走りを見せます!

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