スケート部

2018.03.22

【連載】『平成29年度卒業記念特集』第71回 松嶋那奈/フィギュアスケート

仲間を感じた四年間

 ひとつひとつの演技はもちろん、演技前の緊張感、終了後の表情をとっても目が離せない競技」。フィギュアスケートの魅力をこう語るのは、松嶋那奈(スポ=東京・駒場学園)である。現在大きく実力を伸ばしているスケート部フィギュア部門を主将としてこの一年間けん引し、早大のエースとして華々しい活躍を遂げた四年間を振り返る。

 8歳から始めたスケート。高校2年時には全国高等学校総合体育大会(インハイ)で入賞するなど着実に実績をあげてきた。そして高校3年時に佐藤久美子コーチからの勧めを受け早大へ進学した。一年時から気鋭のルーキーとしてその才能を十分に発揮した。「環境の変化、学業との両立から思うような練習量をこなすことができなかった」と話すように、環境的に満足いく状態ではない中、限られた時間で練習に励んだ。三年時にトップスケーターが勢ぞろいする全日本選手権(全日本)という最高の舞台で当時のFSの自己ベストを更新する95.35点をたたき出し、堂々たる演技を披露。日本学生氷上競技選手権(インカレ)で早大8年ぶりの快挙となる『団体3位』を、中塩美悠(人通3=広島・ノートルダム清心)と二人でつかむ。そして四年時には、早大史上9年ぶりに三人そろった女子7、8級で団体2位を勝ち取った。

4年時のインカレで華麗なスパイラルを披露した松嶋

 主将として臨んだ最終シーズン。重役に不安もあったが、後輩や主務に支えられ、「みんなをうまくまとめれられたか分かりませんが、みんなついてきてくれたので主将をやってよかったです」と語る。スケート部フィギュア部門は、部員の統率が難しい運動部でもある。練習場所や経歴、レベルも人それぞれ。幼少期から第一線で活躍している選手もいれば、競技を始めたばかりの選手もいる。普段はほとんど会う機会がない部員同士だが、大会で会ったときは『仲間』という一体感で結ばれる。入学当初は7級選手が少なかったものの、その後、中塩(人通3=広島・ノートルダム清心)、永井優香(社1=東京・駒場学園)が入学し、今や選手層に厚みが増した早大。主将のその柔らかな物腰と愛嬌のある人柄に影響されチームの雰囲気は和やかなものだった。

 松嶋の代名詞といえば大技トリプルトーループートリプルトーループ。この最大の武器で会場を幾度となく拍手喝采の渦に包んだ。ジャンプはもちろんのこと、大学に入ってさらに磨きをかけたのは表現力である。当初は自身の表現力に自信を持てないでいたが、一つ一つの表情、動きに磨きをかけ、年齢が上がるにつれ評価も上がっていった。また、そこには部員の与えた影響も大きい。「大学に入って応援してくれる仲間がいて、笑顔で演じようという気持ちが強まった」と話す。集大成となる四年次にはさらに表現力を深化させ、大会では抑揚のある柔らかな表情や、スピン、コレオシークエンスなど一つ一つの細かなエレメンツ、緩急をつけた振り付けで壮大な音楽の世界に溶け込み観客を魅了した。

 松嶋は自身のスケート人生を、周囲の環境に恵まれたと話す。一番の親友であり戦友の鈴木美桜(慶大)選手、長年の師弟関係である佐藤信夫先生、家族の支え、チームの存在。ファンの方々。ファンの方からのメッセージは心強く、調子がよくない時でも「ファンの方に自分のジャンプを見せたい」と前へ進む原動力になったと語る。その小さな背中にエンジを一身に背負い、氷上で咲き誇った早大のエースは、14年間のスケート人生に悔いなく別れを告げ、新たな人生を踏み出す。

(記事 尾崎彩、写真 糸賀日向子)