ラクロス部

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2018.03.10

【連載】『平成29年度卒業記念特集』第49回 秋山拓哉/男子ラクロス

改革をもたらした男

 2017年11月11日、駒沢第二球技場。そこには対照的な光景が広がっていた。喜びをかみしめる勝者、悲しみにくれる敗者。しかしその敗者の中に、涙を浮かべながらも、主将として部員の先頭に立ち、応援に駆け付けた人々に対して堂々と挨拶をする男の姿があった。早大ラクロス部主将、AT秋山拓哉(スポ=兵庫・豊岡)。最後まで主将であり続けた秋山の四年間とは一体どのようなものであったのだろうか。

 一年の浪人生活を経て入学した早大で、四年間打ち込めるものを探していた秋山。体育会系でありながら、初心者でも始めることができるラクロスと巡り合った。同期の数は、その当時新入部員としては最も多く、センスがある人も多かったが、秋山は頭角を現していく。見事優勝を果たした1年時の新人戦、サマーステージとウィンターステージでは2大会連続でMVPを獲得。2年時には、関東学生リーグ戦(リーグ戦)で初出場初ゴールを記録するなど、Aチームに定着した。スタメンの座を手にした3年時は、ATとして得点を奪うことができない時期が続くものの、オフェンス以外の面でチームに貢献していく。

チームの精神的支柱となった秋山

 着々とプレーヤーとして成長を続ける秋山であったが、大きな転機を迎えることとなる。主将就任だ。今まで頼っていた先輩がいなくなり、チームの支柱としての重圧が秋山を襲う。それと同時に、同期や後輩が日に日に力をつけてきているという現実が不安を増大させていった。しかし、秋山はこの状況から決して逃げ出すことはなかった。「主将は人としても選手としても実力がなくてはならない」と自分自身を奮い立たせ、日々の練習に全力を注いだ。

 そうした葛藤を抱えながらもチームを引っ張っていった秋山は、主将として意識改革に着手した。三年間ラクロス部で過ごしてきた中で、伝統ある早大体育会系の一員としての意識、『日本一』を目指すチームとしての意識の物足りなさを秋山は感じていたからである。そして、部員一人一人の考え方、練習への取り組み方の改善を図った。また、後半のエンジン不足から引き分けに持ち込まれてしまった5月の早慶定期戦以降は、練習量を増加。練習時間を以前の倍近くにしたことで、プレーの質の向上につながった。こうした秋山のチーム改革は、秋のリーグ戦で成果となって表れることとなる。「あの試合が一番楽しかった」と語るように、初戦で宿敵・慶大を圧倒。その後も勝ち星を積み重ねていき、3年ぶりにリーグ戦ファイナルに駒を進める。再び相対することとなった慶大との関東王者を懸けた一戦。しかし、試合は序盤からリードを許す苦しい展開に。「こういう展開も神様から与えられた試練」と言い聞かせるものの、同点ゴールを決め切ることはできなかった。近付いているかに見えた『日本一』という頂。だが実際には「もっと高いところにあった」と秋山は振り返った。

 「ワセダ以外のユニホームを着ることが想像できなかった」。この言葉から、早大男子ラクロス部、RED BATSで『日本一』を目指した四年間が秋山にとってかけがえのないものであったことは容易に想像がつくだろう。そして、今後は後輩たちがそうした経験をすることができるような手助けをしていきたいという。心の住処を見つけた秋山は、新たな旅へと今飛び立とうとしている。

(記事 石井尚紀、写真 岡田静穂)

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