アーチェリー部

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2018.03.06

【連載】『平成29年度卒業記念特集』第42回 池田亮/アーチェリー

負けないために

  「試合ごとに必ず越えられるハードルを常に設定していた」。早大アーチェリー部を下級生の時から主力としてけん引し、主将も務めた池田亮(人=東京・国際)は、実力からは想像しがたい堅実さで試合に臨んでいた。今や関東屈指の強豪として名をはせるまでに成長を遂げた早大アーチェリー部。その先頭を走り続けた男の四年間をひも解く。

  高校時代、全国はおろか関東大会への出場すら未経験の無名選手であった池田。しかし、1年時の秋に関東学生新人個人選手戦で好成績を収め頭角を現すと、その1ヶ月後には早慶定期戦(早慶戦)のメンバーにも選出され、着実に部内の地位を高めていった。2年時になると池田は関東学生リーグ戦(リーグ戦)のレギュラーに抜てきされる。「先輩たちの足を引っ張らないようにがむしゃらに」射ち続けた池田は、部内でも1、2を争う高得点を安定して叩き出す中心選手へと変貌を遂げ、チームを2年連続の全日本学生王座決定戦(王座)出場へと導いた。王座本戦ではメンバーのほとんどを4年生が占める中、唯一の2年生として選出され、ベスト8で大会を終える。アーチェリーの聖地と名高い静岡・ヤマハリゾートつま恋で開催される王座。自分とは無縁とばかり思っていた人生初の大舞台に足を踏み入れたことで戸惑いも生まれた。「先輩のサポートに回るべきだったのか、自分が高得点を出すことだけに集中するべきだったのか、今でも分かっていない」と池田は当時を振り返る。

淡々と射つ池田

  それ故にチーム内唯一の王座経験者として迎えた3年時には、「王座は大事だけど、その舞台は一瞬で終わる。しっかり準備してから臨まないと、本気を出す前に終わりかねない」と前年の反省を生かし、下級生中心のチームをけん引。リーグ戦では高得点を記録すると同時に下級生のサポート役も担い、チーム力の底上げに腐心した。そのかいあって王座では幾多もの接戦を切り抜け、早大を35年ぶりの準優勝に導いた。4年時には主将に就任し、自らの堅実に得点を取りにいく戦い方をチームに浸透させる。方針が一つにまとまったチームはリーグ戦で好調を維持し、4年連続で王座の舞台へ駒を進める。早大は初日の予選ラウンドの折り返し時点で2位につけ、悲願達成の機は熟したかに見えた。しかし後半に失速し順位を5位にまで下げてしまう。2日目になっても前日の悪い流れを断ち切れずに2回戦で拓大に敗戦。王座制覇への道は絶たれ、同時に池田の挑戦も幕を閉じた。

  押しも押されもせぬ早大のエースとなった池田の原点とも言える試合がある。1年時に迎えた早慶戦だ。前日に行われたメンバー選考会では軒並み高得点が記録されたことで、下馬評では圧倒的に早大が有利と言われていたが、「僕も含めてみんなが本番で一気に(前日から点数を)40点近く落としてしまった」ため、よもやの敗戦を喫してしまう。この敗戦を通じて池田の意識は大きく変化した。「今後は絶対にチームに迷惑をかけない、決して失敗しないと誓った試合になった」。勝利を追い求めて躍起になるのではなく、チームが負けないために堅実なプレーを心がけた。団体戦においても個人戦においても、確実に越えられるハードルを自らに課すことで、平常心を保ち淡々と射ち続ける。安定感抜群の池田のプレースタイルは、この経験によって形作られたといっても過言ではない。「負けなければいい」と言う池田の姿勢は、闘志が感じられないという捉え方をされて、批判の的になってしまうこともあった。勝利を収めてもひょうひょうとしているが故に、相手に失礼ではないかと非難を浴びることもあったという。しかし、そんな声も池田は柳に風と受け流しながら、変わらず安定したパフォーマンスを発揮し、早大に勝利をもたらし続けた。いつしかそのプレースタイルは部員からの支持を集め、目標とされるようになっていった。月並みな表現ではあるが、結果を出すことで周りの信頼を勝ち取ったのだ。

  池田は大学卒業とともに、自身のアーチェリー人生にも終止符を打つ。王座制覇が叶わなかったことを唯一の心残りとするも、「自分でも驚くくらい成長できた。個人としてやりたいことはやり尽くせしたし、目標もほとんど達成できた」と語る顔は晴れやかだった。アーチェリーに未練はない。池田は舞台を移して新たな成長を遂げるつもりだ。

(記事 森迫雄介、写真 吉田優)

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