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ハンドボール部

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2018.02.22

【連載】『平成29年度卒業記念特集』第27回 西山尚希/男子ハンドボール

ワセダの誇り胸に、新たな舞台へ

 『ワセダ』でハンドボールをプレーする。このことの特別さを、西山尚希(社=香川中央)は語ってくれた。このチームで過ごしたからこそ見出せる意味とは。自覚と成長を追い求めた4年間をひも解く。

 直属の先輩にあたる久保龍太郎(平25スポ卒=現大同特殊鋼フェニックス)の言葉をきっかけに、ワセダでの競技継続を決めた西山。初めて部を訪れた時点で、部員全員が勝利のために尽力する姿勢に、集団としての質の高さを目の当たりにしたという。自身も入部後、1年時から試合に出場し、早い段階で大学のハンドボールを肌で感じ取った。上級生に交ざり、緊張感のある公式戦でプレーすることが、意義ある経験だったことは間違いない。だがそれは同時に、技術や体格の差をありありと見せつけられることでもあった。そんな時、当時の大城章コーチ(平18人卒=沖縄・那覇西)からのアドバイスで、海外のプロの試合を動画で頻繁に見るように。世界最高峰の選手の動きを観察し吸収しようとしたのだ。高校時代にはなかった分析という発想で自身に技術を還元し、より一層プレーに磨きをかけた。

引退試合となる早慶定期戦で躍動する西山

  西山は、上級生になるにつれ、選手としてのレベルを着実に上げていった。しかし、主将という責務が、彼にハンドボールそのもの以外で意識の変化をもたらす。「岳さん(岩本岳、平29スポ卒=東京・早実)たちが負けるまでは、何も考えていなかった」と、主将を務める決意したのは4年生になってから。『日本一奪還』を目指し戦ってきた先輩たちが涙をのむ姿を見て、西山が感じる悔しさはとてつもなく大きかった。そして、「自分が主将をやって勝ちたい」という思いから、4年生の前で自ら立候補。厳しさを理解しつつも、「ワセダである以上、これでなければならない」と、『日本一奪還』を迷うことなく目標に掲げた。先輩の思いを引き継ぎ、『ワセダ』の主将をとしての覚悟を決めた瞬間だった。

 仲は良いが、干渉し過ぎず自立しているという西山の代の部員たち。しかし、彼の役割は、自立した上で、チームをまとめあげることだ。試合以外でもしかるべき振る舞いが求められた。もともとはっきりとものを言うタイプの西山は、3年時までは、思い通りにならないと、強く言い放ってしまうこともあったという。そんな自分の言動を、主将になって見つめなおすようになる。「嫌われるのはいいとして、相手がちゃんと考えているのかを確認してから意見する。怒るのではなく、注意して考えさせることを心掛けた」。闇雲に主張をぶつけるのではなく、全員が勝つためできることを考えるチームを目指す。それはまさに、自身が入部当初に見た、組織としての完成されたワセダの姿そのものであった。プレイヤーである前に、一人の人間がとるべき行動は何か。彼が主将になってから意識し始めたことだ。西山は、「ハンドボールを続けない部員にとっても得たものは大きい」と振り返る。選手としてだけでなく、人として成長できる環境が、ワセダにはあることを示しているのだ。

 ワセダには応援されるチームをつくるという、実績とは別の目標がある。実業団でハンドボールを続ける西山は、「個人としても応援される選手に」という新たな目標を語った。そんな彼は4年間を振り返り、「きっかけをつくってくれた久保さん、進学を許してくれた両親、高校の恩師、そしてワセダで関わってくれた人たちにお礼を言いたい」と感謝の気持ちを忘れなかった。ワセダだからこそ芽生えた自覚、ワセダだからこそ果たせた成長。唯一無二の経験を胸に、西山の誇り高き挑戦はこれからも続いていく。

(記事 小松純也、写真 佐藤慎太郎)

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