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バレーボール部

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2018.02.19

【連載】『平成29年度卒業記念特集』第21回 喜入祥充/男子バレーボール

描き続けたビジョン、視線は2020へ

 バレーボールは高さがものをいうスポーツだ。特にスパイカーは高さがあることそれ自体がアドバンテージとなる。そんな中で、身長174センチと小柄ながらも入学直後からスパイカーとしてスタメンで活躍したのが喜入祥充(スポ=大阪・大塚)だ。「高さは必要。でも、だからこそ高さが全てではない」。並外れた跳躍力を持ち、自身よりも何センチも背の高い相手とも対等に戦うその姿は多くに人に勇気を与えてきた。4年間常に早大の中心であり続け、誰よりも早大のバレーを知り尽くした喜入。その4年間はどのようなものだったのだろうか。

 親や兄弟がバレーをやっているというバレー一家に生まれた喜入がバレーを始めたのは自然な流れだった。高校は地元の学校である大塚高校に進学。高校六冠を達成し「奇跡の世代」と呼ばれた強豪校である星城高校と毎週のように練習試合を行い、切磋琢磨する中で実力をつけていった。そして監督の誘いを受け、早大へと進学する。入学直後から試合に出場する機会を得ると、1年生とは思えない活躍で何度もチームを救った。

 喜入の強みはプレーだけではない。持ち前の明るい性格でチームの雰囲気を変えることのできる選手だ。苦境に立たされた時は率先してチームの盛り上げ役を買って出る。そしてそれはコートに立っている時だけではない。並外れた跳躍力をもち、それを武器としている分、体にかかる負担も大きく何度も故障を繰り返した。3年の春季大学リーグ戦(春季リーグ戦)では、初めて全く試合に出れない日々が続く。落とせない試合を落とすなど、チーム状況が苦しい中で常に自分にできることは何か考え、自分の得点のように1点1点に喜びチームを鼓舞した。また、常に自分の理想のビジョンを思い描き続けた。その時その時に全力を尽くすことはもちろんだが、4年後に日本一を獲ることができるように、1年目からそこまでの道のりを意識して練習に取り組んだという。下級生の頃から将来は主将になることを定められ、トップレベルの選手が集まりそれぞれにプライドがある中で、どうまとめるかを考え続けた。

黒鷲旗で格上相手にも果敢にスパイクを打つ喜入

 迎えたラストイヤー。主将として過ごした一年間は「1番濃い時間だった」という。春季リーグ戦では途中でレフトからライトにポジションを変更。東日本大学選手権では、主将としてのあり方に葛藤していた。そして、夏に足をケガすると秋季大学リーグ戦では代わりに入った1年生が活躍。これまで、小・中・高とスタメン出場が当たり前だった喜入にとって、練習から結果を残さないと試合に出られないという状況は初めてのことだった。その優しい性格故に、甘いと言われることもあった。その優しさが邪魔をすることもあった。それでも、1年生が伸び伸びとプレーできる環境をつくりたいという姿勢を変えることはなかった。ラストイヤーで試合に出場できないことに葛藤がないわけがない。それでも、代わりに出場する1年生を声で鼓舞し続けた。そして、チームは秋季リーグ戦全勝優勝、悲願の全日本大学選手権(全日本インカレ)優勝を果たす。全日本インカレの優勝インタビューで喜入の視線の先は、テレビカメラではなく、チームメイトの方を向いていた。1年目に思い描いたかたちではなかったかもしれない。それでも、それは紛れもなく喜入がつくったチームであり、早大バレーを知り尽くした喜入だからこそつくることのできたチームの快挙だった。

 喜入は全日本インカレを最後にスパイカーからリベロへの転向が決まっている。上の舞台で活躍するためにはどうしたらいいかと、高校卒業時から考えていたことだった。すでにこの先のバレー人生へのビジョンは描いてある。「こいつなら何かやってくれるんじゃないかと思ってもらえるように努力するのみ。五輪を目指せる場所にいるからには目指さなくてはいけない」。描いたビジョンへ向けての歩みは始まったばかりだ。

 

(記事・写真 杉山睦美)

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