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自動車部

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2018.02.19

【連載】『平成29年度卒業記念特集』第22回 齋藤周太/自動車

『常勝ワセダ』の継承

 「自動車レースは奥が深く、一生の思い出です」。齋藤周太主将(人4=東京・日野台)はこう語る。日本において自動車レースは、世界と比べてあまり身近なものではない。しかし、齋藤はこの競技に大学生活の全てをささげ、チームに尽くしてきた。そして昨年、優勝こそ逃したものの、自動車部は見事全日本学生自動車連盟年間総合杯(全日本総合杯)で2位に輝く。この結果には自動車部に通ずる『常勝ワセダ』の意志が関係していた。彼の自動車部での4年間を振り返る。

 早大自動車部の存在を知ったのは高校生の時。もともと自動車が好きであった齋藤にとって、自動車レースは憧れのスポーツであり、自動車部の存在が受験勉強を後押ししてくれた。そして早大に入学後、「大学では自分のやりたいことを思い切りやりたい」とすぐに自動車部への入部を決意する。しかし、待っていたのは自分が思い描く理想とはかけ離れた生活であった。車には全く乗ることができず、ひたすらタイヤ押しや車の整備に明け暮れた。目標のために部員全員がせわしなく行動している環境に、当初楽しさを見いだすことができず、1年生の夏には退部することすら考えたという。しかし、1年生の秋頃に行われた関東学生対抗軽自動車6時間レース(耐久レース)によって、気持ちは大きく変化した。2年生が主体となって戦うこのレースには1年生も出場することができ、齋藤は見事メンバー入り。結果は決して満足できるものではなかったが、「同期や先輩たちとともにどうしたら勝てるのか自分たちで全て考えたことが楽しく、今後も部活を続けていこうと思った」と振り返る。この耐久レースをきっかけに齋藤は本気で自動車部に取り組むことを決意し、自動車部員としての真の一歩を踏み出した。その後関東学生運転競技大会の男子新人の部(小型乗用西コース)に出場し、4位入賞。しかし「入賞はワセダの地力のおかげ」と悔しさが残り、これを糧に齋藤はより一層練習に励んだ。

主将としてチームをけん引した齋藤

 「事務においては自分が、メカニックにおいては森田(真副将、政経4=米国・レイブンウッド)が先頭に立てば、部が上手くまわる」と主将に立候補し、迎えた4年生。目標である全日本総合杯優勝への挑戦が始まった。全関東学生ジムカーナ選手権で団体優勝を果たした自動車部は、勢いそのままに全関東学生ダートトライアル選手権に挑む。齋藤は安定した走りを見せ、個人優勝。また他大学を圧倒し団体優勝も果たした。その後の全日本学生ダートトライアル選手権においても、団体優勝に輝く。齋藤にとって、選手としての集大成であったこの大会。「お世話になった先輩たちの前で優勝できたので、うれしかった」と彼の目からは涙が溢れた。好調を維持してきた自動車部であったが、徐々に調子を落とし、最後の全日本フィギュア学生選手権でもミスが出てしまった。結果は宿敵慶大に次ぐ、全日本総合杯2位。あと一歩のところで、悲願達成とはならなかった。「これが2017年の自動車部の実力」と齋藤は唇を噛んだ。

 主将としてこの1年間一番意識したことは、部員一人ひとりが主体的に部活に取り組むことができる環境作りだ。「部員一人ひとりが持つとりえを活かすことができれば、強いチームを作ることができる。そして何より、部員みんなが楽しく活動できる」と考えた。この考えは『常勝ワセダ』という言葉に起因している。齋藤の2つ上の先輩たちが「『常勝ワセダ』を作るには下級生も車に乗って練習しないといけない」と考え、その結果下級生がより主体的に活動できるようになったという。「先輩たちのおかげで、自動車部は変わった。楽しんで活動することによって総合的に強くなった」(齋藤)。この1年間、自動車部は先輩たちの『常勝ワセダ』の意志を胸に、成長を続けてきた。だからこそ、先輩たちの意志を受け継ぎ、部員全員で戦い、チーム力で勝ち取った全日本学生ダートトライアル選手権での団体優勝は齋藤にとって特別なものであった。この意志はきっと後輩たちにも受け継がれていることであろう。

 「満足度は100点以上」と齋藤は自動車部での4年間をこう評価する。目標であった全日本総合杯優勝は惜しくも達成できなかったが、自分の好きなことに打ち込み勝ちに向かって努力することを通じて、大きく成長を遂げた。「楽しく自分の長所を活かすことができるから」と春からは自動車メーカーに就職する。全日本総合杯優勝の夢は後輩たちに託し、齋藤は新たなステージで再び走り出す。

(記事 永池隼人、写真 松本一葉)

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