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漕艇部

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2018.02.08

【連載】『平成29年度卒業記念特集』第6回 内田達大/漕艇

強さを求め続けて

 内田達大(スポ=山梨・吉田)はストイックな男だ。「他人が1練習したら、自分は10やる」という言葉からもその厳格さがうかがい知れる。ストローク、バウ両サイドをこなす高い漕ぎのスキルを持ちながら、それでも力を求め続けた内田。主将になってからもその態度は変わらず、常に実力でトップに立ち、背中で引っ張ることを心掛けた。誰よりも強くなることに熱心だった男の、漕艇人生を振り返る。

 中学の時に漕艇部の外部コーチに誘われ、オールを手に取った。漕ぐ環境も整っており、鍛錬を怠らない内田は見る見るうちに力を付けていく。高校2年の冬に出場した全国高校選抜では決勝進出を果たし、3年の夏には世界ジュニアにも出場。身長差30センチの相手を破るなどその活躍は目覚ましかった。そんなとき、内田の進路を決める出来事が起きる。国民体育大会(国体)2連覇という偉業を達成し、内田のかねてからの憧れであった長田敦(平28スポ卒=現日本紙パルプ商事)の早大進学だ。ワセダに行けばこの人と漕げる――。期待を胸に早大艇庫に足を踏み入れた。

人一倍ストイックで真面目な内田。同期からは「ストイックすぎる」との声もあった

 他人と同じことはしない。高校時代から心掛けている信条だ。大学進学後も周りと同じことをしていては差をつけられないと、メニュー後は自主練に励んだ。着実に力を付け、1年の全日本大学選手権(インカレ)から対校エイトのシートを獲得。内田が2年になると、憧れだった長田が主将となり早大はさらに活気づく。この年の早慶レガッタは無念の失格となったが、万全を期して挑んだインカレでは日大の10連覇を阻止し、悲願の対校エイト優勝を果たした。しかし優勝したクルーの一員でありながら、内田の心には葛藤が渦巻いていた。果たして自分はこのクルーを引っ張る側の人間だったのか。結果に自分の実力が追い付いていないのではないか。そう思い始めてから納得のいく結果が出せなくなってしまった。

 悩む内田に声をかけたのは、父にあたる内田大介監督(昭54年教卒=長野・岡谷南)だった。「迷ったら王道を行け」。普段は学生と監督以上の接触を避けている二人だが、それだけにこの言葉は内田の胸に染み込んだという。自分を見失った時こそ、初心に戻って自分の決めた『王道』を歩け。強くなるために誰よりも修練を積む、自身の『王道』を思い出した内田にもう迷いはなかった。3年で出場した国体では予選タイムでは9位だったものの、格上相手に挑戦者の気持ちで挑み結果は全体4位と大健闘。「成長している実感が出てきた」。確かな自信と共に、主将としてのラストイヤーに突入した。

 主将に就任してからも、内田のすることは変わらない。「実力でトップに行って、背中で引っ張る主将を目指していました」と、ストイックに練習に取り組む姿を部員たちに示し続けた。そのかいあって、この年の早慶レガッタでは対校エイトは6年ぶりの勝利を果たし、第二、女子エイトも慶大を下して完全勝利を達成。チームとして強くなっていることを実感した。それだけに最後のインカレで結果を残せなかったことが悔やまれるが、妥協を許さない内田の精神は後輩たちに受け継がれたはずだ。

 一度立てた目標に向けて、逃げずに努力し続ける。早大で得た自己実現力を携え、内田は実業団という次のステージに進む。さらなる強敵が待ち受ける舞台で、まずは日本一、そしてゆくゆくは世界にその名を轟かせる漕手を目指して――。すでにその目は、偉業達成への道筋を捉えている。

(記事 坂巻晃乃介、写真 喜田村廉人氏)

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