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庭球部

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2018.02.07

【連載】『平成29年度卒業記念特集』第4回 小倉孝介/庭球

誰からも愛される主将に

 名門・早大庭球部の主将・小倉孝介(スポ=神奈川・湘南工大付)。部室でも、テニスコートでも、インタビューをしようと彼を探すと、彼の周りにはいつも人の輪ができていた。これまでの主将とは違い、団体戦ではいわゆる『ベンチ主将』だった小倉。それでも部員からの信頼は厚く、「日本一の主将」と誰もが口をそろえてたたえるほどだった。そんな「誰からも愛される主将」は、どのようにして生まれたのだろうか。

 湘南工大付高―早大とエリートコースを進んできた小倉。しかし、入部当初は慣れない団体行動、仕事などに戸惑いばかりだったという。同期が下級生ながら団体戦で活躍を見せている一方で、なかなか結果が出ない自分に焦りを感じる毎日。それでも小倉は、「頑張っていれば必ず結果は出る」と信じ、日々の練習に打ち込んだ。その努力が実ったのは2年の冬、関東学生新進選手権。シングルスで優勝を果たし、大学入学後初のタイトルを獲得した。「これまでやってきたことは間違ってなかった」と自信を深めた小倉。全日本大学対抗王座決定試合(王座)に向けてレギュラー獲得に意気込んでいた。しかし、その後の個人戦では結果を残せず。また、下級生の台頭もあり、小倉が団体戦で起用されることはなかった。「どうして自分が」――。試合に出れないもどかしさ、情けなさが募る。同期や後輩が試合に出て活躍している姿を見て、チームの勝利を素直に喜べない自分がいた。そんな小倉に転機が訪れたのは2016年10月、王座を終え、新体制がスタートしようという頃のこと。監督・コーチ陣から、小倉は主将に任命された。自分が主将になると思ってもおらず、初めは驚きが大きかったというが、「自分が試合に出ることではなく、チームを勝たせることにうまく気持ちを切り替えられた」と当時を振り返る。小倉はサポートに回ることを受け入れ、チームのために尽力すると決意した。

 「もともと引っ張っていくタイプでもないので」――。小倉が主将に就任するにあたって目指したのが、「誰からも愛される主将」になること。歴代の主将と違い、自分は試合に出てチームを引っ張ることはできない。それでも、チームを勝たせるために、小倉は小倉らしく新しい主将像を追い求めた。まず意識したのが、1年から4年まで風通しのよい組織作りだ。上級生の方から下級生に積極的に声を掛け、一緒に過ごす時間を増やす。コミュニケーションの機会を増やすことで自然とチームとしての意識が高まり、そして皆が言いたいことを言い合える、学年の垣根を超えた信頼関係が築かれた。また、「テニスの妨げになっては意味がないから」と従来の伝統に縛られたルールを緩和するなど、さまざまな試みで庭球部の改革を推進。小倉が進めた部内改革によって、次第に庭球部は、部員全員がテニスを楽しみ、かつ技術を上達させることができる環境へと変わっていった。持ち前の明るさと親しみやすいキャラクターで、部員からイジられることも多かった小倉だが、「気軽に話しかけてくれるのはうれしかった。こんな主将これまでいなかったですもんね」と振り返る。この一言に、小倉が『誰からも愛される』ゆえんが詰まっているような気がする。

 そんな小倉が、この1年で唯一声を荒げたことがあった。それは、関東大学リーグ(リーグ)最終戦、明大戦後のことだ。試合前に早大は1位でのリーグ優勝が決まっていた状況。雨の影響で試合が中断していた際、選手たちには明らかに気の緩みが見られたという。「自分の立場に満足している選手が多かった。ここは自分が言わないと」。1年間個人戦で圧倒的な力を示してきた選手たちだったが、チームとして動いているということ、団体戦にはサポート、応援の力が必要不可欠であることを決して忘れてはいけない。主将の一喝でチームは改めて気を引き締め直し、王座に向けて士気を高めていった。

王座の表彰式後、チームメイトに胴上げされる小倉

 迎えた王座でも苦しい戦いが待っていた。レギュラーに上級生が少なかった昨季の早大。準決勝の関大戦では独特の緊張感からか本来の実力を発揮できない選手が多く、敗北まであと一歩というところまで追い込まれた。ライバル慶大の待つ決勝を目前に、課題が浮き彫りに。そんな若いチームの原動力となったのが、下級生たちの、「小倉さんを日本一の主将に」という思いだった。決勝の慶大戦のオーダーに4年生の名前はゼロ。それでも、小倉をはじめ4年生は後輩たちに思いを託し、サポートに徹した。その思いに応えようと、選手たちは気迫のこもったプレーを見せる。全員が準決勝以上のパフォーマンスを披露し、リーグでは苦戦を強いられた慶大に8-1と大差をつけての快勝。サポート、応援、監督・コーチ陣、そして選手が一体となって、最後は王座13連覇の栄光をつかみ取った。

 「これまで人のために動いたことなんてなかった。でも、みんなが日本一になって喜んでくれて、全てが報われた気がした。こんなにうれしいことって、あるんですね」。表彰式後、いつものようにチームメイトに囲まれる小倉の表情は、いつにも増して晴れやかなものだった。「人生で一番濃い時間だった」と振り返る早大庭球部での4年間。酸いも甘いも味わった4年間の経験を糧に、小倉は卒業後も選手活動を続ける。『誰からも愛された』主将は、これからは『誰からも愛されるテニスプレーヤー』に。小倉は小倉らしく、自分の道を切り開いていく。

(記事 松澤勇人、写真 熊木玲佳氏)

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