その他

2018.02.06

平成29年度卒業記念特集

 
第30回 片柳陽加/ホッケー(2月23日)
上田
 

積み上げた証

 ホッケーは様々な音が行き交う。スティックでボールを弾く甲高い音。白球を追いフィールドを駆け抜ける音。そして、主将がチームを鼓舞する声音。積み上げた音の数だけチームは成長できる。「誰よりも声を出す」。ホッケーをプレーする上で片柳陽加(スポ=栃木・今市)が心得とした言葉だ。数々の逆境を乗り越え、チームのために力を尽くした闘将の目には何が映っていたのだろうか。

 

 

 
第29回 宮口和樹/ホッケー(2月23日)
上田
 

ホッケーを続けてきて良かった

 輝かしい実績をひきさげてワセダに入学してきた宮口和樹(スポ=滋賀・伊吹)。決して、楽しいことばかりではなく苦しんだ時期もあった。それでも大学4年間をホッケーに捧げた彼の勇姿を振り返りたい。

 

 

 
第28回 安藤万衣子/女子ハンドボール(2月22日)
 

ハンドボール人生一楽しかった一年

 「勝ち上がっていく楽しさを知った一年間でした」。昨年、全日本学生選手権(インカレ)で史上初のベスト8進出を果たした女子ハンドボール部。安藤万衣子(教=東京・文化学園大杉並)は、主将としての一年間をそう振り返った。

 

 

 
第27回 西山尚希/男子ハンドボール(2月22日)
 

ワセダの誇り胸に、新たな舞台へ

 『ワセダ』でハンドボールをプレーする。このことの特別さを、西山尚希(社=香川中央)は語ってくれた。このチームで過ごしたからこそ見出せる意味とは。自覚と成長を追い求めた4年間をひも解く。

 

 

 
第26回 永松礼/ヨット(2月21日)
 

負けたままでは終われない

 「負けたのは自分のせいだと思っています」。永松礼(スポ=大分・別府青山)は、昨年11月の全日本学生選手権(全日本インカレ)を振り返って、こうつぶやいた。創部史上初の4年連続日本一を目指した昨季の早大。そのスナイプチームをリーダーとして率いた永松は、集大成の舞台でまさかのミスを犯した。悔やんでも悔やみ切れないレース――しかし、永松はここで終わる男ではなかった。

 

 

 
第25回 岡田奎樹/ヨット(2月21日)
 

結果は通過点

 早大のエースとしてはもちろん、国内のみならず、世界を舞台に活躍したセーラー岡田奎樹(スポ=佐賀・唐津西)。大学ヨット部での競技を通して、人と感情を共有することによって喜びや悔しさが倍増することを知ったという。そんな岡田奎の早大での4年間を振り返る。

 

 

 
第24回 田島広大/米式蹴球(2月20日)
上田
 

勝負へのこだわり

 「器用貧乏なプレイヤーで終わりたくない」。内なる闘志を燃やし、ブロックやキャッチの専門職であるスキル陣、ラインズと切磋琢磨しながら日本一のTEを目指した田島広大(法=東京・早大学院)。年々規模を増すBIG BEARSの副将としてチームを支え、まだ見ぬ頂へ挑み続けた男の軌跡をたどる。

 

 
第23回 坂梨陽木/米式蹴球(2月20日)
上田
 

妥協せず突き進む

 「覚悟を持ってプレーする、感謝の気持ちを忘れない」。オフェンスの司令塔であるQBとして坂梨陽木(政経=東京・早大学院)が心得としていたことだ。パフォーマンス次第で試合が決まると言っても過言ではないポジションでありながら、200を超える部員を主将としてまとめ上げた男。その目には、何が映っていたのだろうか。

 

 
第22回 齋藤周太/自動車(2月19日)
 

『常勝ワセダ』の継承

 「自動車レースは奥が深く、一生の思い出です」。齋藤周太主将(人4=東京・日野台)はこう語る。日本において自動車レースは、世界と比べてあまり身近なものではない。しかし、齋藤はこの競技に大学生活の全てをささげ、チームに尽くしてきた。そして昨年、優勝こそ逃したものの、自動車部は見事全日本学生自動車連盟年間総合杯(全日本総合杯)で2位に輝く。この結果には自動車部に通ずる『常勝ワセダ』の意志が関係していた。彼の自動車部での4年間を振り返る。

 

 
第21回 喜入祥充/男子バレーボール(2月19日)
 

描いたビジョン、視線は2020へ

 バレーボールは高さがものをいうスポーツだ。特にスパイカーは高さがあることそれ自体がアドバンテージとなる。そんな中で、身長174センチと小柄ながらも入学直後からスパイカーとしてスタメンで活躍したのが喜入祥充(スポ=大阪・大塚)だ。「高さは必要。でも、だからこそ高さが全てではない」。並外れた跳躍力を持ち、自身よりも何センチも背の高い相手とも対等に戦うその姿は多くに人に勇気を与えてきた。4年間常に早大の中心であり続け、誰よりも早大のバレーを知り尽くした喜入。その4年間はどのようなものだったのだろうか。

 

 
第20回 芹澤友希/女子バレーボール(2月18日)
 

破顔一笑

 その選手はいつもコートの中央にいた。誰よりも声を出し、誰よりも笑顔で。その選手は、天真らんまんな姿に加え、仲間に対しての気配りを欠かさない。その姿から全幅の信頼を置かれ、早大女子バレーボール部の主将となった。その人物こそ芹澤友希(スポ=茨城・土浦日大)だ。高校時代の淡青色のユニフォームから打って変わり、エンジを身にまとった司令塔が見た大学バレーの景色は、一体どんな色合いだったのか。

 

 
第19回 加賀優太/男子バレーボール(2月18日)
 

自分らしく貪欲に

 秋季関東大学リーグ戦(秋季リーグ戦)完全優勝、全日本大学選手権(インカレ)優勝。華々しい戦績で早大バレー部は今季を終えることとなった。その全試合で、唯一の4年生スタメンとしてコートに立ち続けたのは、加賀優太(商=東京・早実)。MIP賞を始め数々の賞を受賞した。「めちゃくちゃプレッシャーがあった」と笑顔で語る彼は、早大で誰よりも色濃い4年間を過ごした。

 

 
第18回 末廣祥彦/空手(2月17日)
 

道しるべになる

 大学を代表する、東京都を代表する、道場を代表とする。今まで数々の期待を背負ってきた末廣祥彦主将(スポ=東京・世田谷学園)。しかし、それをプレッシャーと捉えずに「責任として捉える」ことによってマイナスに考えなかった。どんなときも手を抜かず、常にチームのことを考え、チームを引っ張り続けた末廣の思いとは。

 

 
第17回 竹中貴一/体操(2月16日)
 

いつもマイワールド全開で

 昨年11月、全日本団体選手権8位入賞。竹中喜一(スポ=福井・鯖江)は最高の形で長い競技人生の最後を終えた。「僕、頑張ることしか取り柄無いんで(笑)」と語る竹中は、どんな時もとにかく笑顔で明るい印象の持ち主だ。そんな彼は一体どのような競技人生を送ってきたのだろう。今回は彼の体操人生を振り返る。

 

 
第16回 井上稜介/ボクシング(2月15日)
 

主将としての強さ

 今シーズン主将として早大ボクシング部を率いていた井上稜介主将(スポ=東京・八王子東)。「ボクシング=痛み、99%は辛い」と柔らかい表情で答える井上。決して楽なことなどなかった4年間の道のりとは。

 

 
第15回 三川莉奈/馬術(2月14日)
 

仲間の支えと共に

 「(馬術には)人と馬の掛け合わせみたいな部分がある」。そう三川莉奈(基理=東京・東農大一)は語った。たとえ選手の技術が高くても、馬の調子が悪いと結果は残せない。その一方、三川は自身の調子が悪いとき、担当馬のカプチーノAに助けられたこともあった。馬術は個人競技ではあるが、決して『1人』では成り立たない。そしてそれは馬術部主将として部を1年間けん引してきた三川にもいえることだ。

 

 
第14回 石原卓/男子バスケットボール (2月13日)
 

楽しめた場所

 「バスケを楽しむ」、ムードメーカーとしてどんなときもチームを盛り上げてきた石原卓(社=東京・京北)がよく口にしていた言葉だ。自分だけではなく周りの人にも楽しんでもらえるようなプレイを常に心掛けてきた。早大バスケットボール部を『楽しめた場所』と表現した彼の競技人生を振り返りたい。

 

 
第13回 小島由希子/女子バスケットボール (2月13日)
 

チームのために

 「ベンチから良い流れをつくる」。その言葉通り笑顔とチームを大切に思う気持ちでチームを引っ張ってきた小島由希子(教=岩手・一関学院)。ケガやチームづくりに苦戦しながらも、チームのために駆け抜けたバスケットボール生活を振り返った。

 

 
第12回 内門沙綾/ウエイトリフティング(2月12日)
 

不屈の女王

 2017年12月に開催された第63回全日本大学対抗選手権。早大ウエイトリフティング部の四年生にとって、引退前最後となる重要な大会だ。この大会でワセダは男子団体4位・女子団体1位という輝かしい成績を収めた。その女子選手陣の中心に立ち、部をけん引してきた選手がいる。その名は内門沙綾(スポ=宮崎・小林秀峰)。早大ウエイトリフティング部女子主将だ。

 

 

 
第11回 森川芳樹/ウエイトリフティング(2月12日)
 

その男、史上最強

 地面に置かれたバーベルを勢いよく引き上げ、その挙上重量を競い合う競技、ウエイトリフティング。一見単調に見えるこの競技だが、フォームやテクニック、そして裏での駆け引きに至るまで、その実は奥深い。そのウエイトリフティングに、大学生活のすべてをかけてきた男がいる。その名は森川芳樹(スポ=兵庫・明石南)。この一年間、主将として早大ウエイトリフティング部をけん引してきた。

 

 

 
第10回 鬼谷智之/相撲(2月11日)
 

仲間と戦い抜いた土俵

 「とても濃い4年間でした」。鬼谷智之(スポ=愛知・愛工大名電)はワセダでの相撲生活をそう振り返る。彼が早大の門を叩いたとき、先輩部員はわずかに3人。2部リーグでの団体戦出場もままならなかった。そんな相撲部も今では1部リーグで強豪校相手に善戦するまでになった。この躍進の中心にいたのは、創部100周年という記念すべき代の主将を務め上げた鬼谷である。決して大きな体ではなかった彼が第一線で活躍し続けられた、その土俵にかけた半生に迫る。

 

 

 
第9回 倉持洵/弓道(2月10日)
 

不屈の4年間

 体育各部の中で最も長い歴史を有する弓道部。倉持洵(スポ=東京・国学院久我山)は4年前、全国制覇を目指し弓道部に入部を決めた。しかし、そこには激しい競争と、時に逃げ出したくなるほどのプレッシャーのかかる日々が待っていた。選手として、主将として弓に誰よりも真っすぐに向き合った倉持の4年間とは。

 

 

 
第8回 下田将大/柔道(2月9日)
 

「負けない柔道」でチームを勝利へ

 「負けない柔道」。今年度の早大柔道部を表す一言だ。「負けない」というと消極的な印象を受けるが、団体戦においては1つの失点が試合の勝敗を分けることになる。「負けない」ことは勝利への最低条件なのだ。昨年よりも人数も少なくなり、最初は戦力が落ちることを心配された柔道部。そんなチームを勝利へと導くために、「負けない柔道」を定着させ、部を支え続けた男がいる。今年度主将・下田将大(スポ=三重・四日市中央工)だ。

 

 

 

 
第7回 木野田沙帆子/漕艇(2月8日)
 

苦しい一年間から得たもの

 実力者揃いと言われながらも、全日本大学選手権(インカレ)総合9連覇が途絶えた2017年。木野田沙帆子(スポ=青森)は、主将を務めたラストイヤーで初めてインカレでの敗北を味わった。「戻れるなら戻りたい過去」――。喜びと悲しみの入り混じった一年間を終え、木野田は今、何を思うのか。

 

 

 
第6回 内田達大/漕艇(2月8日)
 

強さを求め続けて

 内田達大(スポ=山梨・吉田)はストイックな男だ。「他人が1練習したら、自分は10やる」という言葉からもその厳格さがうかがい知れる。ストローク、バウ両サイドをこなす高い漕ぎのスキルを持ちながら、それでも力を求め続けた内田。主将になってからもその態度は変わらず、常に実力でトップに立ち、背中で引っ張ることを心掛けた。誰よりも強くなることに熱心だった男の、漕艇人生を振り返る。

 

 

 
第5回 細沼千紗/庭球(2月7日)
 

楽しむ気持ちを原動力に

 「楽しいって気持ちが原動力になるんです」。細沼千紗(スポ=東京・富士見丘)の4年間はこの一言に集約されている。団体戦で無類の強さを誇り、早大に数々の勝利をもたらした細沼。常に試合を楽しみ、伸び伸びとプレーができていた3年目までとは裏腹に、主将のプレッシャーに押しつぶされそうになり、楽しさを見失った時期もあった。それでも苦しんだ末、待っていたのは全日本大学対抗王座決定試合(王座)での12連覇。どん底を経験した細沼が最後に強くあれたのは、笑顔で楽しくプレーできたこと、そして信頼できる大好きな仲間の存在があったからだ。

 

 

 
第4回 小倉孝介/庭球(2月7日)
 

誰からも愛される主将に

 名門・早大庭球部の主将・小倉孝介(スポ4=神奈川・湘南工大付)。部室でも、テニスコートでも、インタビューをしようと彼を探すと、彼の周りにはいつも人の輪ができていた。これまでの主将とは違い、団体戦ではいわゆる『ベンチ主将』だった小倉。それでも部員からの信頼は厚く、「日本一の主将」と誰もが口をそろえてたたえるほど。そんな「誰からも愛される主将」は、どのようにして生まれたのだろうか。

 

 

 
第3回 柳澤一輝/野球(2月6日)
 

己を信じて突き進め!

「自分のピッチングをすれば勝てる」――威力のある直球と、マウンド度胸が持ち味の柳澤一輝(スポ=広島・広陵)はこの4年間、度々この言葉を口にした。柳澤の大学野球生活は、決して順風満帆なものではなく、2年生のときにはけがに見舞われ全く活躍することができなかった。しかし柳澤はこの挫折を「大きな転機だった」と言う。けがを機に自身のスタイルを見直し始め、その後の3年秋や4年時は好調に。プロに行くかともうわさされたが、悩んだ末に柳澤が選んだ道は社会人野球で経験を積むことだった。

 

 

 
第2回 大竹耕太郎/野球(2月6日)
 

悩み抜いた末に

冷たい雨が降りしきる秋の早慶戦。1人の男の名がアナウンスされると、神宮球場は拍手と歓声に包まれた。「ピッチャー、大竹君。背番号13」―――。ワセダの黄金期を支えた大竹耕太郎(スポ=熊本・済々黌)の雄姿に観客の視線が集まった。球場の注目を一身に浴び、彼は長く伸びたリーチから淡々と白球を投げ込む。ひょうひょうとしたマウンドさばきに見えるが、ここにたどり着くまでには苦難の道のりがあった。

 

 

 
第1回 佐藤晋甫/野球(2月6日)
 

主将として

 70年ぶりの最下位。昨季の早大の結果である。前年無冠に終わり、王座奪還を目指した昨年のチーム。その主将こそ、他ならぬ佐藤晋甫(教=広島・瀬戸内)であった。プレーヤーとしても、伝統あるチームをまとめる主将としても高いレベルを求められ、多くの葛藤があったこの一年。人の前に立ち、積極的に発言するタイプではないことから、「自分は(主将をするような)タイプではない」と話す一方で、チームをまとめる良き主将であろうと努力してきた。憧れ続けた早大で担った大役は、佐藤晋にとってどのようなものだったのだろうか。