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2017.12.16

【連載】箱根事前特集『それが早稲田のプライドだ』 第7回 太田智樹

 今季、コンスタントに結果を残している太田智樹(スポ2=静岡・浜松日体)。日本学生対校選手権(全カレ)では1万メートルで自己ベストを更新し、7位で入賞。その後の駅伝シーズンでは出雲全日本大学選抜駅伝(出雲)に出場、そして全日本大学選抜駅伝(全日本)の1区で果敢に攻めた走りを見せたことは記憶に新しい。順風満帆に見える一年だが、この活躍の裏には常に自らが『失敗』と評す東京箱根間大学往復駅伝(箱根)の悔しさがあった。去年のリベンジを果たす舞台を直前に控え、何を思うのか。今の胸の内を伺った。

※この取材は11月29日に行われたものです。

「ことしの夏が一番変わったポイント」

朗らかな笑顔で話してくれた太田

――最近はどのような練習をされていますか

 集中練習が先週の日曜日から始まっていて、距離とともに質の高い練習が増えています。

――調子はいかがでしょうか

 上尾ハーフ(上尾シティマラソン)があった日にオランダに遠征に行かせてもらい、移動も遠い部分があったのでその疲れがまだ抜け切れていないこともあって調子自体はあまり良くはないんですけど、ケガとかはしなさそうなのでうまくやりながらという感じですかね。

――治療に行かれたりしていますか

 そうですね。全カレからずっと休まずに試合も続けてきたので合間をうまく縫って治療に行っています。

――どのような点に焦点を当てて練習に臨んでいらっしゃいますか

 去年に比べて同じ練習メニューでも自分のレベルが上がっているのでだいぶ余裕が持てるようになりました。そのためどちらかというとポイントとかに焦点を合わせるのではなく、間のジョグなどを自分の中で意識しながら練習しています。

――息抜きにしていることはありますか

 基本的に部屋にこもって寝るかゲームをしています(笑)。

――去年は井戸浩貴OB(平29商卒=兵庫・竜野)の部屋に行って一緒にゲームをされていると伺ったのですが、ことしは一緒にゲームをされる方はいらっしゃいますか

 ことしは一人ぼっちです(笑)。最近は一緒にやる相手はあまりいなくて、たまに康幸さん(石田康幸、商4=静岡・浜松日体)とか同期とかとやります。

――入部して2年が経ちましたが、数々のレースを経た中で自身のターニングポイントとなったレースはありますか

 レースとかっていうよりはことしの夏が一番変わったポイントかなと思います。1年目はやっぱり慣れることに精一杯だったのですが、ことしの夏からは慣れたから自分なりに距離を踏もうとかレースでも積極的に前に出ようと思っていました。積極的にできたことが夏を経て全カレや全日本という結果につながったのかなと思います。

――夏が変わったポイントとおっしゃいましたが、夏合宿ではどのような練習をされましたか

 内容としては去年と変わらずポイントを踏んだんですけど、そのポイント以外のジョグの時間や距離を自分なりに何分以上や何キロ以上と決めて去年より多く走ったし、休み方とかも0キロにするのではなく、ちょっとゆっくり走ったりウォークしたりというかたちに変えたことで、ちょっとうまくいったのかなと思います。

――走りに対しての考え方は変わりましたか

 そうですね。考え方が変わったというより自分がこうすると良くなるとか逆に駄目になるというのが、遅いのですが1年半かけて分かりつつあるかなというのはすごく感じました。

――具体的にはどのような点が良い、または駄目だと思われますか

 自分ではどんなレースであろうとある程度距離を踏んでおかないと走れないかなと思っていて、(力を)抜きすぎず、かといってレース直前にたくさん走っても駄目なので、そこらへんのバランスがうまくできるようになってきたかなと思います。

――この一年間はコンスタントに結果を残している印象がありますが、スランプなどはありましたか

 ことしはそんなにですかね。でもホクレン(ホクレン・ディスタンスチャレンジ)とかを見るとやっぱりうまくいかなかったところはあるんですけど、ことしを全体的に見てある程度(結果が)まとまってはいるかなと思います。ですがそれも1年生のときに良くなかったことがあったからこそ、その反省を生かしてわりとうまくいったのかなと思います。

――その良くなかったことは箱根ということでしょうか

 そうです。

――1年生の箱根がジャンプ台となってその後につながったということですね

 そうですね。

――太田選手のコメントを見ると、タイムより順位や勝負にこだわっている印象ですが、そのように考えるようになったきっかけはあるのでしょうか

 いつからというのはよく分からないのですが、高校のときから記録会に出るタイミングとかがありませんでした。ですが記録では負けているけど勝てる場合が多かったので、記録はあくまでも参考で、いざ勝負となったときに勝てなかったら意味がないなとすごく感じました。だからこそ速いタイムとかを求めるよりは勝負強さを求めてはいますね。

――やはりそれが今でも響いているということでしょうか

 そうですね。

「行く気しかなかった」

――それでは今までのレースを振り返っていただきたいと思います。関東学生対校選手権(関カレ)では9位と惜しくも入賞はなりませんでしたが「去年より確実にステップアップしている」とおっしゃっていました

 去年も1万メートルを走らせてもらいましたが、そのときに比べて内容的にもタイム的にもことしの方が良かったなと思うまでで、ある程度一年経って少しは力がついたかなと思ったんですけど、それでもやはり入賞はできなかったのでまだまだだなと思いました。

――具体的な反省点は

 ついていかなきゃいけないところでついていけなかったという部分が反省点だったので去年よりかはという感じですね。

――「レースプラン通りに走れたがそれだけじゃ駄目だ」とコメントしていらっしゃいましたが、そこでご自身の走り方に関する考え方が変わったということでしょうか

 そうですね。関カレのときに「このままついて行ったら」と思ってしまった部分があったからこそついて行かなきゃいけないところでついていけなかったというのは自分の中でも思っている部分があります。全日本のときも相楽さん(相楽豊駅伝監督、平15人卒=福島・安積)が「行っても良い」みたいな言い方をしたんですけど、自分の中では行く気しかなかったです。それは関カレのときみたいに行かずにダメだったじゃ良くないなと。だったら行ってダメだった方がマシかなと思って、だからこそそれを経てから後半はどうなっても良いから行こうというのは結構心掛けるようになりました。

――駒野亮太長距離コーチ(平20教卒=東京・早実)が「2次合宿の消化率がほぼ完璧」とおっしゃっていたのですが、質の高いAチームの2次合宿について太田選手はどのように見ていましたか

 何回も去年と比べてしまうのですが、去年と比べて余裕持ってできる部分が多かったし、ジョグも増やせたので質は高かったと思います。ポイントの質が高い中でもジョグを増やしたところや、あとは生活の面での食事とか睡眠とかの部分で去年以上に質の高いものにできたかなと思います。

――食事の面で気をつけていることは何でしょうか

 食べるとすぐに太ってしまうタイプなので晩ごはんでは炭水化物を減らしたり、昼はサラダをちゃんと食べたりなど当たり前ですがそういうところを気にしています。

――全カレでは7位入賞や自己ベスト更新、さらに中盤までは1キロ2分50秒ペースで行けたことなど自分の自信になる部分が多かったのではないでしょうか

 反省点は多々あったんですけど、全カレという舞台で入賞できたというのが一つ自分の中でも自信になったし、戦えるなと思えたのでそれなりに自信にはなったかなと思います。

――全カレでの反省点を挙げるとすればどのような点でしょうか

 他の選手が我慢しているところで我慢できなかったり、競り合いで負けてしまったりと、駅伝になるとその1秒が大切になってくるのでそこがいけないなと思いました。

――1秒というのは本番のレースで意識されていますか

 そうですね。「競ったら負けない」というのを相楽さんがよく言うのでそれを言われているからには負けてはいけないなと思います。

――28分台というのは目標にされていましたか

 ああいう勝負のレースなのでタイムは全然見ないで行けるところまで行こうとしました。途中で(ペースが)速いというのは分かって、28分台にいけるかなと思ったんですけどちょっと(力を)出しすぎてしまいました。28分台は出なかったけど、一つ28分台というのはある程度自分の頭の中では出したいなと思っていました。それでもさっき言ったみたいに28分台が出せなくても試合で勝てれば良いかなと思っています。

――その後の3次合宿ではどのようなことを意識されていましたか

 3次合宿は全カレと2次合宿の疲労があって前半うまくいかないことがあったんですけど、それでも自分で練習量を調節するとか、来てくださるトレーナーさんの治療とかとかでうまく疲労をコントロールできたので、中盤からはうまくポイントも質の高いものがこなせたし、ある程度距離も踏めたのかなと思います。

――距離を踏むことに意識を置かれたと言う感じですね

 そうですね、はい。

――出雲では大学入学時から念願の1区を任されました

 選ばれたときは、行きたいと言ったからにはそれなりに走らないといけないなと思ったんですけど、それが逆にプレッシャーを感じた部分があったので緊張する部分もありました。

――意気込んだというよりはプレッシャーの方が大きかったということでしたが、それが当日影響した部分というのはありましたか

 それもあったし、あとは夏の終わりに走った韓国でのハーフ(仁川ハーフマラソン)の疲労をうまく自分でコントロールできなかったのが、ああいう結果につながってしまったのかなと思っています。

――その時期は全カレに韓国・仁川ハーフマラソンと試合続きで疲労が抜けなかったとコメントしていらっしゃいましたが、今振り返ってもきつかったと思われますか

 バカやってるなと思いましたね(笑)。直近でもオランダ遠征が終わって集中練習も休んだのですが、一回気を抜くと結構体がきつくなってしまうと感じました。そのときは気を張っていたからいけたけど、今思えばきついなとは思います。

――出雲で流れを作ることの重要性を受け止められたと思います

 1区がダメだとチームの結果がダメになってしまうというのは去年を見て感じたし、ことしも自分が走って感じたので1区の流れは大事だなと思いました。

――全日本に話を移します。課題にされていた『粘るレース』ができたと思うのですが、ご自身ではいかがでしょうか

 途中で相手が飛び出す場面があって離れてしまったのですが、それでも後ろから来た集団でずっと粘れたというのは自分の持ち味が出せたかなとは思います。

――ご自身でも持ち味は『粘り』だと思われますか

 強いて言えばですね(笑)。

――相楽監督から「ロードの15キロなら、お前なら日本人トップを取れる」とレース前に言われたことについては

 自分の中ではそんなに思っていなくて、ある程度先頭に近い位置で渡せれば良いかなくらいの気持ちでいたので、相楽さんの言うことは特に考えていなかったですね。結果的にそれに近いくらいで走れたのは良かったかなと思います。

――相楽監督から声をかけられる前から積極的に走ろうという意識はあったのでしょうか

 もともともうある程度、東海大の鬼塚翔太選手や外国人選手が積極的に走っていたので前半のうちにこの選手にマークすると決めて、ある程度積極的に攻めようと思っていて、まあそれができたかなと思います。

――集団の中で様子をうかがうという自身のスタイルも全日本前に変えようと思っていらしたのでしょうか

 そうですね。やっぱり選手の調子というのはいざ走ってみないと分からないのである程度(目標の選手の)目星はつけていますが、そううまくいくこともないので、走っている中でのまく自分の中で対応するというのを心掛けています。

――練習をしっかり積めたとコメントしていましたが、それはやはり自信になりましたか

 出雲のときよりかは調子が良かったのかなと思います。

――区間賞は狙っていましたか

 区間賞はあまり。狙いすぎると気を負う部分とか絶対そうしなきゃいけないというプレッシャーが自分にかかっちゃって。そっちの方がいいのかもしれないですけど、僕自身は気楽に走りたいので区間賞を狙うというよりは3番以内とか先頭と距離を縮めるといったちょっと低めの目標にして、気持ち的にリラックスして走りたいと思っていますね。

――太田選手の好走から一転し、シード権落ちとチームは奮わない結果となりました。レース中はどのような思いで見ていましたか

 走るのは選手自身だし、自分がどうこうして変わるわけでもないので見守るしかなかったです。

――チームの結果はどのように受け止められましたか

 本当に出雲より悔しい部分があったし、自分があそこで区間賞取っていればとかいう部分は多少はありました。

――自分がもっとやらなきゃという気持ちだったのですね

 そうですね。

「自分の走りを」

――「失敗した」とご自身でおっしゃった去年の箱根でしたが、今改めてご自身で振り返っていかがでしょうか

 振り返るのが嫌なくらい本当に嫌な結果になってしまったんですけど、ああいう悔しさがあったからこそことし一年その悔しさをもって多少成長できたのかなと思っています。

――去年の原因はどこにあったと振り返りますか

 去年の集中練習のときに一回離脱する場面があって練習を継続できなかったことと、あとは箱根という大舞台に飲み込まれて自分を見失っていたというか、本当にめちゃめちゃ緊張して「どうしよう」みたいな部分があったので、それが良くなかったのかなと思います。

――ことしはどのように走るかイメージはされていますか

 あんまりイメージはしていないですけど、あまり気負わず気楽に行こうかなとは思っています。

――やはり2年目で少し余裕が出てきた部分があるのでしょうか

 去年よりかはって感じですけど(笑)。やはりああいう大きい舞台でたくさん声援がある中でいざ立つと、リラックスして行こうと思っていてもそうなかなかできない部分もあるので、そこはうまく対応したいなと思います。

――オランダのレースに出場するなど日本を出て経験を積まれていますが、海外のレースで収穫になったことはありますか

 特別日本のレースで生かせる部分というのはあまり少なかったのですが、いざ将来海外のレースに出たときにこうする方がいいとかああした方がいいというのはその二つのレ―スに出て分かったし、高いレベルで戦うことができてそのレベルでもう一回やりたいなという気持ちになりました。

――そこで感じられた日本のレースとの違いは何でしょうか

 一番は言語が分からなかったことです。オランダは多少英語が分かる部分があったんですけど、韓国では英語は分からないし、何を言っているか分からないのでいつどこに行けばいいかとかもあまり分からない状態だったので、そういうところで語学は大切だなと思いました。

――太田選手から見た今のチームの雰囲気は

 全日本でシードを落としてから上尾(上尾シティマラソン)もあまり良くなかったので全員危機感は持ち始めたのかなと思います。それでもやはり多くの場面では仲良くと言ったらおかしいですが、学年のカベを超えてコミュニケーションが取れていると思います。

――競技の話をする方はいらっしゃいますか

 競技の話はあまりしないですね。基本的に康幸さんといることが多いのでそういう話をしたり、くだらない話をしたりしています。

――石田選手とはやはり高校の先輩ということで仲が良いのでしょうか

 そうですね。仲良くさせてもらっています。

――石田選手に対しての思いは

 ただのイケメンです。頭が良くてイケメンで…すごい人です。文武両道ができていて尊敬する部分が多いと思います。

――石田選手を始めとした4年生はラストランになりますが、4年生に対しての思いはありますか

 康幸さんがいるというのもあるのですが、去年の4年生よりは今の4年生にお世話になる場面がすごく多くて、だからこそ最後は結果で恩返ししないといけないなと思います。本当は滋記さん(藤原滋記、スポ4=兵庫・西脇工)も光延さん(光延誠、スポ4=佐賀・鳥栖工)も安井さん(安井雄一駅伝主将、スポ4=千葉・市船橋)もタスキをつないだことがあるんですけど、康幸さんだけタスキをつなげていないので、一回はつなぎたいなと思っているんですけど…。あと一回しかないので、どうなるかって感じですね。

――チームに対して思うことは何でしょうか

 やるしかないな、とにかく頑張りましょう。

――去年はご自身のポジションを伺ったときに『縁の下の力持ち』とおっしゃっていました。1区を走ったこともあり、ことしは改めてご自身のポジションをどのように表されますか

 影です。目立つのはやっぱり永山さん(永山博基、スポ3=鹿児島実)とか安井さんとかああいう方で良くて、僕はいい場面をつくるサポートができればいいです。

――1区で流れをつくる重要な役割を担っていると思うのですが

 後ろの方でチョコチョコして、良いところは他の方に渡します(笑)。

――ラストスパートを課題に挙げられていると思いますが、そこで勝ち切るためには何が必要と考えますか

 スピードというよりは最後は勝つという気持ちが一番だと思うので、勝つという気持ちを箱根では全面的に出せるようにしたいと思います。

――部員日記で鈴木皐平主務(教4=愛知・時習館)からこれからの早大を引っ張っていってほしいと言われていましたが、それについてどのように思いますか

 まあ多少するようになりましたけど、まだ2年目であまり意識はしていないです。それは皐平さんから言われていましたが、入学したときからずっと相楽さんからも言われていたことなので、学年が上がるにつれ自分たちでやっていかないとなという部分がすごくあります。

――箱根では1区を走ると思いますか

 いや、チームのためならどの区間でも行けるように準備はしています。だけど1区に行きたいかなとは思います。

――他大で意識する選手や大学はありますか

 1区なら全大学がいるのでその中でどこというよりは全部意識して走りたいなと思います。

――箱根での目標は何でしょうか

 1区かどうかは分かりませんが、自分の走りをしてチームの目標に少しでも近づけるような結果を出せればと思います。

――区間順位は気にせず、あくまでも周りの選手に勝つことが目標だということですね

 そうですね、はい。

――それでは箱根への意気込みを教えて下さい

 出雲、全日本と悔しい思いをしてこのままでは終われないというのがあるので、箱根ではしっかり自分が良いところをつくって、早稲田がもっと前に出てテレビに映るような走りをしたいなと思います。

――ありがとうございました!

(取材・編集 茂呂紗英香)

 色紙の言葉は「借りを返す」でした!

◆太田智樹(おおた・ともき)

1997(平9)10月17日生まれのO型。175センチ、57キロ。浜松日体高出身。スポーツ科学部2年。自己記録:5000メートル14分05秒92。1万メートル29分09秒06。ハーフマラソン1時間2分48秒。今シーズンは海外遠征に行くことも多かった太田選手。現地のおしゃれな街並みに惹かれ、自分もいつか住みたいと思ったそうです。太田選手が世界へ羽ばたく日は遠くないのかも。今シーズン培った経験を糧に、去年の借りを返します!

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