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2017.12.15

【連載】箱根事前特集『それが早稲田のプライドだ』 第5回 宍倉健浩

 高校時代に好記録を出し、鳴り物入りで早大に入学したルーキー宍倉健浩(スポ1=東京・早実)。しかし入学後はケガもあり、思うような結果を出せなかった。それでもー全日本大学駅伝対抗選手権(全日本)のメンバー入りを果たす。記録は5区区間20位――。味わった悔しさを忘れることはない。箱根でのリベンジを目指すべく練習に励む宍倉の心境に迫った。

※この取材は11月29日に行われたものです。

「実力通りの結果だった」

今季のレースを振り返る宍倉

――これまで8カ月間、早大で過ごしていますが生活には慣れましたか

当初に比べたら今はもう慣れました。充実した学生生活を送れています。

――朝練や朝当番は負担も大きいかと思います

朝当番はまだきつい部分があるのですが、今は大分当番にも慣れてきています。朝練も最初入ってきたときは距離も増えていたので、練習も辛い部分がありました。でも、今はかなり練習にも慣れていい感じで走れるようになってきています。

――現在はどのような練習をされていますか

今週から集中練習に入っていますが、自分は1万メートルを土曜日に走っているので集中練習には1週間遅れて参加することになります。他の選手は五千メートル3本という練習負荷の高い練習ですが、自分はゆっくり長い距離を走る練習をしています。

――順調にはこなせているということでしょうか

全日本の前に足の違和感があってうまく走れなくて、そこから良くなって1週間走りこんだのですがまだ完全に足の状態は良くなっていないです。ただ、今週1週間様子見ながらという感じで、だんだん良くはなってきています。来週から集中練習に合流しようかなと思っています。

――高校から大学への移行に苦しんでいた印象があります

自分は記録を出しだのが冬の走りやすい記録会の結果だったので、それに比べたら同じ程度のタイムで春シーズンを走れました。うまくいかなかったというよりは自分の実力通りの結果だったのかなと思ってて、そのレベルだったのかなと感じです。

――関カレ(関東学生対校選手権)の五千メートルを振り返ってはいかがでしょう

関カレの五千メートルは大学の生活リズムだったり、練習にも慣れていなかったこともあります。また夏の暑いタフなレースで速いペースで突っ込んだレースに経験がなく、やっぱり大学の洗礼といいますかこういうレースなんだなと経験した形になりました。

――春先に課題は見つかりましたか

課題は色々あって1番はスタミナという面もそうですし、元々走りこむと高校時代ケガをしていたので体ができていなかったこともあります。そのあたりを大学1年間の間に改善しようと思っていましたが春シーズンの自分の課題の克服の仕方は自分の中で、自分のものさしでしかありませんでした。本当に自分の克服をするのは全日本で失敗をして、周りがどういうことをしてるのかということを気にしてからやっと克服できる段階にきたのかなという感じです。

――独自の調整法でレースを走ってきたということですか

高校時代、指導者があまりいなかったというのもあって自分の考えでずっとやってきていました。大学もその流れでタイムは出せていましたが、自分のやり方では限界がきたと全カレ(日本学生対校選手権)あたりから考え、色々やり始めて全日本で大きな失敗をしてそこでやっと気付いたという感じです。

――大学では競技力の高い先輩達と走ることもあると思いますが、練習に対する姿勢など得られるものはありますか

やはり生活面は人それぞれだと思っているので気にしてはいませんが、競技面に関してはみんなしっかり考えでやってるなというのがあります。特に競技力のある選手であればあるほど、自分の考えがしっかりしてて計画性を持って練習してるなという印象です。

――夏合宿はどのような目標を持ってのぞみましたか

大学の夏合宿は初めてということもあって、練習量が多いこともずっと聞いていたのでまずこなすことを中心に考えていました。出されたメニューを消化すること、あとはケガしないことを念頭に置きながら練習をしていました。

――1次、2次、3次合宿それぞれ振り返っていかがでしょう

1次合宿は正直かなりしんどくてただやるだけで精一杯という感じでかなりきつかったという印象で、2次合宿は全カレもあったのでみんなとはメニューが変わったりして距離を踏んで追いこむよりかは半分全カレに向けた練習も含めてっていう感じでやっていました。3次合宿でやっとまでみんなと同じメニューをしっかりやるようになってそこで実践に近いメニューが入ってきました。そこではしっかり先輩方と勝負することだけを考えてやってきて、しっかりそこで先輩と勝負できたっていうのは自信になりました。ただ、3次合宿の最後にケガをしてしまってそこから自信もなくなったりして出雲も出れず、全日本も自信がない状態で参加したことが失敗につながったのかと思います。

――距離走もスピード練習も全て消化しきれたわけではないということでしょうか

合宿のメニューはほとんどこなせてはいたんですけど、3次合宿の10マイルの時に足を痛めてしまってそこだけできず、流れがどんどん悪くなっていきました。

――夏合宿を振り返って1番成長した点、反省点はありますか

成長した点は長い距離に関して苦手意識が元々ありましたが、そこに対して練習をしたので自信が持てるようになって苦手意識はなくなったことは成長した点であります、反省点は3次合宿は駅伝の直前ということもあってかなり気合いが入った分、自分の中でセーブできずにケガしてしまったというのが自分のコントロールができなかったということで反省点です。

――練習から全力で走ってしまったということでしょうか

そうですね。

――全カレを振り返ってはいかがでしょうか

全カレは結果を求めるというよりも自分のやってきた力を出すことをメインにのぞみました。その時はフォームを改善していたり、ある程度長い距離を経てスピード練習だけでなく距離を踏んだ上で5000メートルのレースに出るなど色々やっていました。自分の中では良いイメージでレースできたのかなという感じで、今までは突っ込んだレースをするとどうしても後半動かなくなるというのがありましたが、あまり良くない中でもしっかり粘ることができたのでそこは良かったかなと思います。

――積極的な走りができたということですか

前半からしっかり入賞ラインで走っていて、3000までつけはしませんでしたが初めから入賞だけを考えて、積極的にいこうと思っていたのでそこはしっかりできてよかったです。

――同走の光延選手誠(スポ4=佐賀・鳥栖工)が入賞をしましたがどう感じましたか

さすが4年生かなという感じでレース前などは表には出していないんですけど、多分不安そうな感じで、レースが終わってからも不安だったという話をしていたので、そういうところで結果を出すあたりさすが4年生だなと感じです。

――チームとしても長距離種目全員入賞の目標を掲げていましたがレース前にプレッシャーはありましたか

全員入賞というのはずっと言われていたので、自分も入賞しなきゃという気持ちはありました。ただ、それよりも自分の力をしっかり出し切ろうという思いだったのであまりプレッシャーとかはありませんでした。

――全カレが終わり駅伝シーズンに入りましたがロードに対しての苦手意識はありましたか

そんなにありませんでした。ただ、長い距離の10キロを超えるレースを今まで走ったことがなかったのでそこはやっぱり多少不安がありました。ただ、3次合宿の最中は距離も踏めたし自信は持っていました。1回ケガをして練習を中断してしまって2週間近く練習できない期間があって、そこからは不安があるまま全日本を迎えてしまったということです。

――足のどの部分をケガされたのでしょうか

足の甲の部分を1回痛めて合宿中だったので最後まで乗り切ろうと思って無理やり走ってましたが、そしたら右足にも痛みが出てきてしまいました。そのあと連鎖的に3、4箇所痛みが出てきてしまって、結果的に疲労骨折まではいきませんでしたが1歩手前の骨膜炎になり、練習を中断せざるをえないことになりました。

――今考えるとやめた方が良かったのでしょうか

出雲に出たかったという部分もあるので合宿の最後の10マイルがかなり大事なポイント練習という認識があってそこをやろうと思っていましたが、あの時に勇気を出してやめると言っていればケガが悪化せずに出雲にもどうなるかわかりませんが、出雲を走るか、全日本も良い形で迎えられたかなと思います。

――ケガがなければ出雲の出場もありえたということですか

出雲は監督が決めることなのでなんとも言えませんが、自分の中では出雲は出れただろうなとはあります。

――出雲から全日本にかけてはどのように切り替えましたか

多分全日本も元々出る予定はなくてどちらかというと箱根に向けた練習っていう形になる予定でした。ポイント練習を再開したのですが、その時に光延さんがケガしたりしてメンバーがいなかったので、出る可能性があるって形で2週間で無理やり持っていった全日本はそれ相応の結果なのかなと思います。

――全日本を振り返って

完全には良くはなっていませんでしたが走る状態にはなっていたのですが2週間だとその前に3週間ポイント練習をあけているので、その分単発的にポイント練習をこなすだけになってしまってジョグなどがうまくできなかったのでそれで後半全く動きませんでした。また練習をあけてしまって2週間しか練習できなかったので、そこで自信を完全に無くした状態でスタートラインに立ってしまったので初めから気持ちの面で負けていたレースだったのかなと思います。

――エントリーされたときの心境は

自分は光延さんが走るかどうかで自分が走るかが決まっていたのでその二択でした。光延さんが結構2、3日前に多分無理そうという話をしていたので出るんだと思いながらも、そこで思ったのは怖いなと感じたのが1番の印象で、走れなかったらどうしよう気持ちでずっといました。

――エンジのタスキをもらったときはいかがでしたか

スタートの時は全力でやるしかないという感じで前日などもかなり緊張していて、普段の自分通りの行動ができていなかったです。でまわりからも緊張するなといった声はかけていただいていたのですが、なかなか不安は取れず緊張を抱えたままいて、アップの段階でもうやるしかないなと思ってスタート前は本当に自分の出せる力を出し切ろうといった感じでした。

――順位もシード権ギリギリでした

順位は意識する余裕もなく、自分の力を出すことしか考えられないそれぐらい一杯、一杯だったというか舞い上がっていました。

――大事な試合で緊張はしやすいのですか

そうですね。割と緊張します。高校時代は特に練習量も少なかったですし、練習をしたっていう自信が自分の中でなかったので走れるのかなという気持ちで試合にのぞむことが多かったので緊張はしていました。

――緊張には強い方ですか

良い緊張感の時はすごい自分でも走れるのですが、大きい試合になればなるほど不安と緊張の両方があるので自分の中でこれは悪い緊張だなと気持ちで負けることが多いですね。

――レース後チームとしてはどのようなことを話し合いましたか

残りは箱根しかないという話をして、本当に自分のせいでシードを落としたっていうのがあったので、すごい申し訳ない気持ちでいたのですが、先輩方にお前だけのせいじゃないと声をかけていただいて箱根があるし、来年もあるわけだから自分で駅伝の借りは駅伝で返せという話をしていただきました。自分は本当にもうその気持ちで後1ヶ月しか4年生と練習できないので、残りの期間を全力で頑張ろうと思ったのと、チームとしては一番の目標が箱根で優勝だったのでそこに向けてもう1回気持ち入れ直してやっていこうって話になりました。

――高校時代に都道府県駅伝にも出場されていますが大学になっての駅伝はまた違った緊張感はあるものですか

高校時代は早実として出る駅伝はトップで、自分がどんな走りをしても自分以上に走る人はいないという状態でしたが、今は替えの選手がいるわけですし自分が少しでも足が痛ければ別の選手が出た方が良いっていう話にもなるので、そこらへんは自分1人の責任というのがすごい大きな駅伝になっているのかなと思います。

――上尾ハーフは欠場されました

全日本が終わってから走りこみを初めて1週間程度走りこみましたが足の状態があまり良くなくて、上尾を走ってもあまり良い走りができずに終わると思ったので、それなら欠場して次の週の1万メートルでしっかり走った方が良いんじゃないかと思い、相楽(豊駅伝監督、平15年人卒=福島・安積)さんと相談して決めました。

――1万メートル記録挑戦会を振り返って

全日本で失敗をしてあまり自信がない状態でいましたがトラックは走らなきゃという気持ちもありましたし、ここの1本、1万メートルを走れなければ箱根駅伝走ることはないはずと感じていたのでやれることをやろうという気持ちでのぞみました。

――緊張していたのですか

不安ってよりかは半分楽しみという気持ちもありました。自信はそんなにはありませんでしたが、箱根に出るためには走るしかないという気持ちではいたのでその面では良い緊張感だったのかなと思います。

――初の1万メートルでしたが

初めてだったのでどれくらいタイムが出るかは分からなかったのですが、タイムが出たら良いなぐらいの気持ちで、また「1万のタイムにこだわるというよりも20キロのための1万にしてこい」と相楽さんから言われていて、あまりタイムだけにこだわるのではなくて20キロをイメージした走りができれば良いかなと思っていました。

――同世代の1年生も活躍していますが、刺激などはもらえますか

1年生でも28分台で走っている選手もいますし全カレで優勝した西山(東洋大)もいたり、まだまだこんなところで満足してはいけないなという気持ちになります。

――今までで印象に残った試合はありますか

全日本です。あの失敗したレースは自分の中の転機になりました。

「1年生が上級生に食ってかかる」

――現在の課題は

今取り組んでいることとしてはジョグで基礎体力をつけることが一番だと思っていて、ある程度5000は走れるかなというのはありますが、10キロ20キロになるとスタミナの面で不安要素があったり、大きな試合で結果を出す安定感もまだありません。そのあたりは基礎体力が大事かなと思うのでそこを重点的にやっているのと、体幹の弱さだったり大きな筋肉を使うっていう面で使えてなかったのでそこはしっかり補強で補っでいきたいと思います。

――それではチームに関してうかがいます、安井雄一駅伝主将(スポ4=千葉・市船橋)はどんな存在ですか

安井さんは自分の中では今までで一番良いキャプテンなのかなと思っています。安井さんはやることはしっかりやりますし、あまりガツガツくるタイプではないのですが、行動でしっかり引っ張っていく面があって、駅伝の時自分が失敗した時でも安井さんに謝りにいったら笑顔でお前だけのせいじゃないからと言ってくださって、その時は、安井さんと残り1カ月自分のできることを精一杯やろうという気持ちにはなりました。

――他の先輩がたはいかがでしょう

今まで自分はチームの中でトップという立場でずっとやってきて強い先輩方がいるというのは自分のモチベーションだったり、練習相手にもなってくださったり、目標というかライバルという人がチーム内にいるってことが自分の中ですごい刺激になりますね。

――同期の存在はいかがでしょう

今はAチームでやっているのが吉田しかいないので吉田ぐらいしか意識することはないのですが吉田は安定感もあってスタミナもあって、スピードは自分が勝っているのかなとそこは自負しているのですが、ただ自分にはないものを持っているのでそこは見習わなきゃいけないのかなと思います。

――ライバル視しているのですか

そうですね。負けたくないとだけいう気持ちはあるのですが、負けちゃいけないなと思っているので、チーム内だけで争うのではなくて他大のエースと戦わなければいけないと思うので負けてはいけないなと思います。

――相楽監督はどのような指導者ですか

優しいです。しっかり自分の考えを取り入れてくれて、自分の考えと相楽さんの考えをうまく照らし合わせながら相談してメニューだったりどの試合に出るとかと、どの試合でどういう結果を出すとか計画性も相談しながらできるので自分にはすごい合っている指導者です。

――高校時代と変わったことは

高校はほぼ自分だけで考えてやってきたので自分に足りない面というのを客観的にみてくれる人がいなかったので、その面で自分に足りない面を試合後だったり普段の練習をみたりで指摘してくれるっていうのはすごい自分の中ではありがたいです。

――1年間Aチームでやりましたが、ケガに苦しんでいた印象があります。要因などはありますか

高校時代に距離を踏んでなかったというのもあるのですが、体ができていなかったというのと、やっぱり練習量も増えたので、その練習量に耐えられる身体になっていなかったのが一番の要因なのかなと思っています。それは、普段のジョグであったり補強で使えていない筋肉を使うなど色々な足りてない部分があってケガにつながっているのかなと思います。

――ケアに関しては周りの監督コーチからアドバイスなどはもらいますか

ケガに関しては自分で考えてやるしかないので身体作りをしろって言われるのですが、具体的な身体作りはアドバイスはもらいますが、何をするかは自分で考えなければいけないので先輩方にアドバイスをもらったり人に聞いたりなど考えながらやっています。

――最近なにかはまっていることはありますか

まだはまってはいないのですが、冬の時期になるとスノボードをやりたいなと考えています。小学生の頃からやっていたので趣味の1つです。

――オフの日は何をされていますか

 高校時代の友達に会うことが多いです。ずっと寮にいて、精神的にきつくなる部分もあるのでそういう時に高校時代のメンバーとあってご飯食べたり、遊んだりすると大分リフレッシュできるのでそこは大事にしています。

――仲の良い先輩はいますか

先輩方はみんな優しいので、みんなと仲は良いのですが、藤原滋紀(スポ4=兵庫・西脇工)さんや康幸さん(石田、商4・静岡=浜松日体)や4年生は仲良くさせていただいています。食事も頻繁にはいきませんがたまに連れていってもらいます。

――箱根駅伝とはどんな存在ですか

自分は3冠を取った早大が1番印象にあって。早実に進路先を決めたのが中2、中3のあたりで、その時早大が強かったので、その時の早大が活躍しているのをみて決めました。その時のエンジのWが箱根で活躍するのに憧れたので、箱根は憧れの舞台です。

――全日本を走られて出走も現実味をおびています

 20キロの距離だと監督も自分には不安を抱いてると思うので、残り1カ月集中練習に入ったここから、20キロ走るタフさをアピールできるかが大事かなと思います。

――箱根に向けて心境の変化はありますか

1番出たいって気持ちがあったのが箱根駅伝なので特に気持ちの変化はないのですが、全日本で失敗をしてからは情けない走りはできないな思ってるので練習で自信をつけてっていう感じで 1回1回の練習を大事にしています。 

――チームの雰囲気はどうでしょう

今まではまだ本当の危機感がなかったのですが、全日本が終わって箱根しかなくなった状態ではそれぞれ危機感を持って練習時の雰囲気もピリピリとした感じになっています。 

――希望する区間はありますか

ことしはやっぱりチームとしては1番現実味があるのが7区としてあるので7区を走ることを意識しながら練習をしています。 

――チーム内での役割はなんでしょう

1年生なので1年生が上級生に食ってかかるというか自分が良い走りをすればそれが上級生に刺激になるのかなと思うので、そういうのがチームへの相乗効果になるので少しでも練習から先輩と積極的に勝負していくことを1番大事にしています。 

――他大のことは意識されますか

 そうですね。今は他大の同学年には負けたくないという気持ちがあるのでそこは意識しながらやっています。

――最後に箱根への意気込みをお願いします

 区間上位、いや3番以内で走る準備をします。

――ありがとうございました!

(取材・編集 喜柳純平)

箱根への意気込みを書いていただきました!

◆宍倉健浩(ししくら・たけひろ)

1998(平10)年6月19日生まれ。170センチ、52キロ。東京・早実出身。スポーツ科学部1年。自己記録:5000メートル14分04秒54。1万メートル29分17秒12。1年生とは思えない堂々とした口調で質問に答える姿はとても頼もしく見えました。箱根駅伝には良い緊張感を持ち、自分の走りをしてくれることでしょう!

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