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2017.12.03

【連載】『伝説のアイスレーサー』特別企画 第3回 高瀬明彦氏

 『伝説のアイスレーサー』の訳者であり、日本のモノボブ(1人乗りボブスレー)の先駆者である高瀬明彦氏(昭54法卒=高知・土佐)。ボブスレー好きとして、平昌五輪の注目すべきところ、今後ボブスレーが普及するための考えなどを伺った。

※この取材は11月14日に行われたものです。

ジェットコースターは卒業

ボブスレーについて笑顔で語る高瀬

――早大生だったころの思い出をひとつ

高田馬場から大学まで徒歩0円、バス25円、地下鉄40円だったような記憶があります。

――そり競技の世界に入る前にやっていた競技はありますか、またそり競技について知っていたことは

中高は文芸部でスポーツ経験なし。成人してから自転車ロードレースやトライアスロン、マラソンなどを練習して、時々草レースに出たりしていました。またそり競技についてはドイツ語圏のアルプスで盛んなことは知っていました。ワールドカップの結果を英字新聞で読んだりしていました。

――そり競技を始めたきっかけは

2000年代になってモノボブ(一人乗りボブスレー)がヨーロッパではじまったことです。一般人にとっては見るスポーツだったのがモノボブの導入により“参入障壁”が取れました。スイスで体験レッスンの様子を見て、これなら自分でも参入できると思いました。モノボブは現在ユース五輪やパラでは公式競技にも使われています。

――はじめてコースを滑った時の印象は

サンモリッツをはじめてモノボブで滑って、これで富士急ハイランドは卒業したと思いました。ドドンパや高飛車に並ぶことももうないかなと。面白さが際立っていたので。

――そり競技全般に要求される体力や適性とは

本格的に競技に取り組む場合とスポーツとして楽しむ場合で自ずと程度の差が出てきますが、スポーツとして楽しむ場合でも普段から体を鍛えて、けがをしにくい体にしておくことが必要だと思います。適性については、スポーツとして楽しむ場合に限って言えば、好きであることだけで十分だと思います。それと向上心。 うまくなりたいという気持ちが強くないと心が折れるかもです。

――(他の業界ないし他の競技からの)中途からの参入により苦労したことややりがいを感じたことは何か

有酸素運動は以前からぼちぼちそこそこでしたが、無酸素運動は全く未体験でした。一人乗りはともかく、四人乗りは最初の頃は後ろにじっと座っているだけでもGが強烈でゴールしてもすぐには立ち上がれないほどでした。毎週1回はウェイト・トレーニングに取り組み、数年かけて体を強くしました。本格的な競技選手とはまだまだ比較になりませんが、筋力が自分なりについてきて嬉しいです。

――そり競技を始めていないが興味をもつ現役大学生へのアドバイスは

スキーやスノボなら競技人口はトップからボトムまでいて誰でも気軽に始められるのにそり競技はほんの一握りの人しかやっていないのが現状です。でも、スキー・スノボとそり競技は基本的には同じはずなので、最初はほんの遊びのつもりで試してみてもらいたいです。そこから先は上を目指して競技志向になるか、あくまでスポーツとして楽しむ方向かを選べばいいと思います。

――オリンピックの魅力、北米やヨーロッパを回る年間ツアーの魅力、他国の人々との交流のエピソードなどあれば

選手目線の話は佐藤さん(真太郎、平15人卒=埼玉・松山)、中山さん(英子、平6社卒=長野・松本県が丘)にお任せしますが、オリンピックやワールドカップには大勢の人が関わっていて、その中にはそりを職業として専門に作る人々もいるわけで、「たかがそり、されどそり」の世界です。たまたまヨーロッパの関係者の方々の様子を垣間見させてもらって驚きの連続でした。そり関係の人から他業種のビジネス案件を紹介されたこともあります。

――そり競技によって得たものは

いろいろあると思いますが、確実に得たと言えるのは体力です。

――そり競技の魅力は? また、そり競技をやってみてもっとも楽しかったことは

スポーツが本来持っているはずの遊びの要素がふんだんに残っていることです。一番目にあげられるかどうかはわかりませんが、たとえばスイスのモノボブの草レースで自分の滑走の様子を現地の名物ディレクターにドイツ語で実況放送されたりすると、あたかも自分が国際的な選手になったような錯覚を起こして『変身願望』が満たされたりします。

――夏季五輪競技と冬季五輪競技の交流や夏と冬の「二刀流」について

なんでもそうですが日本の組織は縦割りで横のつながりに乏しいですね。欧米ではボブスレーと他の競技の掛け持ちが増えています。日本も是非そうなってほしいです。

――世界のコースそれぞれの特徴は

アルテンベルク、レークプラシッド、五輪当時のウィスラーなどは難コースと言われています。ぐるりと円を描くカーブのあるトラックもあります。エレベーターでトップまで上がり、施設の構造的にも遊園地のように見えるトラックもあります。

――平昌五輪ボブスレーのみどころは

、4人乗りでは前回100分の9秒差で優勝を逃したラトビアの初優勝なるかに注目しています。エースのホルコムを自死で失った米国の弔い合戦も見ものです。世代交代とマテリアルの不具合からか前回不振だった強豪ドイツの巻き返し、前回優勝後にエースが引退したものの昨季の平昌ワールドカップで手堅く優勝したロシアからも目が離せません。(後にロシアはドーピングによりメダルを剥奪されていて、平昌大会出場も危ぶまれている。)個人的なことですが、私は先年ラトビアのリガにある小さな製作所からランナー(そりの刃の部分)を購入しました。このランナーが大変良く滑り、サンモリッツのモノボブでも好結果が出ました。二人乗りと一人乗りのランナーは実は共通して使えることが多く、そのランナーを昨シーズンに日本代表チームにお貸ししたところワールドカップでも目覚ましい成績を残してくれました。今シーズンも引き続きお貸ししています。試合当日には複数のランナーが用意されていて、どのランナーが使われるかはわかりませんが、もし平昌五輪で自分のランナーが使われて好成績が出たら、オーナーとして嬉しいです。

タクシーボブから始まった

――高瀬さんの現在されているお仕事というのは

1993年に興した会社を20数年やっています。分類としては製造業になります。問屋に卸したり、海外に出したりしています。

――お仕事とボブスレーの両立はどのようにされてきましたか

というほどこっち(ボブスレー)の方をやっているわけではないのですが(笑)。確かに会社を興した最初の5年10年は大変なわけです。1993年から始めて10年間はボブスレーにかけられる時間がどれくらいだったかは分からないですね。でもいったん軌道に乗ってしまえば経営者としては時間を自由に配分できるようになるので、この10年くらいは確かにボブスレーに時間を割いています。そのくらいの時間は持てるかなといった感じです。

――ボブスレーというのは続けるのに経費が必要な競技とおうかがいしました。ボブスレーにかかるお金はご自身でやりくりをされているのでしょうか

そうですね、そこはやはり問題というか、一般の人に勧めるにあたりネックではありますね。自分で「どんどん入ってください」とは言っていますが、確かに金銭面でどうするんだということになると、難しいですね。二人乗りのほうで競技をすれば、お金はかかりますが普通の範囲で済むんです。海外遠征も強化指定選手であれば一定の自己負担金を出せば、あとは日本連盟の方から(補助が)出ます。でも自分がやっている一人乗りの方は全くそういう制度がないので、ものを購入することからなにもかも自費になります。確かにそう簡単にできないのかなとは思います。

――去年高瀬氏が出された『伝説のアイスレーサー』は翻訳作品ということですが、この作品を翻訳するのに選んだ理由ですとか、そのときの反響を教えてください

先に反響の方を申しますと、反響は極めて厳しいものがありました。自分の会社で出版部というものを持ったのは会社を興して4、5年目でした。反響を起こすためには投資が必要なんですね。いい本を出したら必ず反響があるわけではないですから。その宣伝費用がかなりかかるのですが、それをしないとまず反響はないんですね。こちらの早稲田スポーツの紙面には載せさせてもらったんですが、一般の広告宣伝媒体は使わなかったので、全国の公共図書館はそこそこ購入してくれましたが、他はほとんど反響はなかったですね。翻訳の動機ですが、自分にはずっと前から文学志向があって文学表現をしたいんだけれども自分には創作は無理だと分かっていました。ずいぶん昔に全く違う分野で、ドイツの戦闘機の話でいい本を見つけて、「(この本の翻訳は)日本で自分にしかできない」ということでやりました。それでこの10年くらいかなりボブスレーには打ち込んできていますので気持ちとしてもピンピンとアンテナを張っていました。欧米でも実際ボブスレーの本はあまりないんです。欧米社会のなかでもかなりユニークなボブスレー本でなんだか感じるものがあって、「やるんだったら自分だな」と思いました。

――ボブスレーをされてついた体力が、普段の生活に生かされることはありますか

多分自分の同年代だったらこれくらいの体力はないだろうな、というのは感じています。だんだん年を取ると体力も落ちますが、自分はこの10年間でだんだん上がってきています。確かに違いはすごく感じます。

――競技シーズンが始まってからの生活リズムはどうなるのでしょうか

基本的にボブスレーが始まってからは、東京ではなく長野のホテルに滞在します。ですので東京にいるときは普段と変わらないですね。競技をする前の日に長野に入って、一日中競技に合わせて行動します。

――高瀬さんの奥さまもボブスレーをされているということをお伺いしたのですが、二人で始めることになった経緯というのは

もともと私がボブスレーを好きで、でもエリートスポーツで特別なものだったので見ているだけでした。でも『タクシーボブ』というお客さんを乗せてやるボブスレーの体験会で、タクシーボブに乗る機会がありました。「すごいな」って。そのうち『モノボブ』という一人乗りのボブスレーが始まって、少しやったらできたんです。それでだんだんとエスカレートしていきました。妻の方は、私がもともとスポーツ万能には程遠いことを知っていて、その夫ができているということは多分自分も大丈夫、みたいな感じで始めたんだと思います(笑)。

――ボブスレーの女性の競技者というのはまだ珍しいということもお伺いしました

女性のボブスレーの、本当の選手というのは日本でトップからボトムまで合わせても10人もいないですね。選抜されてワールドカップに出るようなメンバーは、本当に数えるくらいしかいないです。結局トップレベルの競技者以外で、自分のようにやっているのは男女ともに本当に少ないです。

――ボブスレーを趣味として楽しまれているのは現在の日本だと高瀬さんご夫婦くらいだとお伺いしましたが、一般の人に浸透する可能性としてはどれくらいのものがあると思いますか

まずはスイスのサンモリッツには結構人が集まってきたんですね。シーズンになれば毎週人が来ます。日本でも、長野スパイラルは今シーズンで終わってしまいますが、再開すればチャンスはあると思います。多分一回体験すれば、相当な数の人が入ってくれると思います。

――一回体験してもらうために必要なことはなんだと思いますか

実際の話はなかなか難しいですよね。サンモリッツの場合、あそこは観光地ですから観光に行くついでにボブスレーを見ることもありますが、こちらはそのためにわざわざ行かなければいけませんから。

ボブスレーについて真剣に語る場面も見受けられた

◆高瀬明彦(たかせ・あきひこ)(※写真)

大好きなボブスレーについて笑顔で語ることも多かった高瀬氏。平昌五輪を機に、ボブスレーがテレビ画面に映る機会も増えるでしょう。