バレーボール部

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2017.11.26

【連載】全日本大学選手権直前特集『LAST POINT』第3回 芹澤友希主将×中川知香副将×岡野由莉子主務×浅野泉里

 「全カレは4年生の大会だから」。毎年女子バレーボール部の選手たちからこの時期に聞かれる言葉だ。しかしことしは4年生が「後輩含めて全員でつくってきたチーム」だと声をそろえた。秋の悔しさの中に、泥臭い粘りのバレーを自分たちのスタイルとして見出したワセダ。主将としてチームを率いてきた芹沢友希女子主将(スポ4=茨城・土浦日大)、本職ではないポジションにつきながらもチームの得点源となった中川知香女子副将(スポ4=神奈川・川崎橘)と浅野泉里(文4=岐阜)、コートの外から献身的なサポートをした岡野由莉子主務(人4=東京・三輪田学園)に全カレを直前に控えた今のお気持ちを伺った。

※この取材は11月11日に行われたものです。

4年生がつくるチームではなく、全員でつくるチーム

ハキハキと質問に答える浅野

――まずはリーグ戦について振り返っていただきたいです。4年生になって今までのリーグと取り組み方に差はありましたか

浅野 4年生になるまではとにかく先輩やレギュラーメンバーを支えるような気持ちばかりでやっていましたが、4年生になった今、最上級生だし最後のリーグ戦ということで、ちょっと自分のやってきたバレーを表現しなくてはという気持ちが出てきてしまいました。その中で自分のことばっかりになってしまって周りを見れなかったりして葛藤などももちろんありましたが、責任感も増してきたのだと思います。もう後がないという気持ちもありました。

岡野 今までは引っ張ってくれる人がいつも上にいたから、自分から率先していくということは少なかったです。私はやはりサポートメンバーの中で一番上ということになるので、今までは任せていた部分もありましたが、その子たちを引っ張っていかなくてはならないなという気持ちになりました。

中川 やはり今までは上に先輩がいて、その先輩方のバレースタイルやチームの雰囲気があったので、それに寄り添い、合わせていくという感じでした。でもことしは自分たちのカラーを出そうとしながらやってきましたし、私自身ポジションも変わってやることもまるっきり変わったので、そういった面でも違った1年でした。今までは得点を決める側ではなかったのに、自分から点を取らなくちゃいけなくなって、大きく変化がありましたね。

芹沢 皆今言ってくれたようなことと同じなのですが・・・(笑)。3年生まではセッターとしても一生懸命上げてとりあえず打たせようという気持ちでしたが、ことしは最高学年になってみんなで一緒に勝ちたいという気持ちがより強くなりました。いろいろと技術面でもチーム面でもいろいろな角度から考えることが多くなりました。

――ことしと昨年の雰囲気はどのように違うと感じられますか

中川 去年はすごくスマートなイメージがあります。やることなすことかっこよく、みたいな。でも対して今の私たちは全然スマートじゃないし、しつこく粘りっ気があるというか(笑)。かっこよくはないけど。

浅野 そうだね、かっこよくないかもしれないけど、火が付いたら一気に!というイメージで自分たちはやっていますね。そういうスタイルにしていこうというのは話し合いました。

――後輩たちの頑張りも光ったリーグ戦でしたが、特に頑張っていたなと思う選手はいらっしゃいますか

中川 私は裕利恵(井上、スポ1=岡山・就実)だな。自分とはリベロからアタッカーになったという境遇も似ていますし。でも何も文句などを言わずに着実にプレーしてくれてすごくかっこいいです。秋もスパイクたくさん打ってくれましたし、すごいと思っています。

岡野 自分は結花(富澤、スポ2=文京学院女)ですね。秋に1部で戦う上ですごく苦しい戦いも多かったのですが、一般的にエースと言われるレフトのポジションで、試合中に下級生ながらすごく存在感を示していて。2年生だけれど率先してチームを引っ張っていこうという気持ちがすごく感じられて、私としては本当に感謝の気持ちでした。

浅野 私は村山(果菜、教1=東京・国際)ですね。まだまだ試合に出ているような選手ではないんですが、ベンチからいつも本当に頑張って声が枯れるくらいに応援してくれます。まあ、彼女の声はそれでも枯れないから本当に強いんですけど(笑)。中にいる人よりも一生懸命声を出して、相手を応援で倒してしまうんじゃないかと思うくらいの気概でやってくれていたので、心の支えになっていました。自分もベンチに戻るポジションなので、リーグ中は助けられました。

中川 練習中もすごく頑張って声出してるよね。

浅野 うん、いつも声出してる(笑)。

芹沢 絞れないんですが・・・今岡野が結花と言ったので、私は佳央理(森、スポ3=群馬・高崎女)で。入れ替え戦の時とかもそうだったのですが、やはり試合中にチームが切羽詰まった時にいつも「全部打つので自分に持ってきてください」と力強い声をかけてくれました。後輩ながらもそんなことをいってくれる存在がいることが自分の支えになっていましたし、上げようという気持ちにさせてもらえました。とても頼りがいのある後輩です。

――本業ではないポジションに就くことが多いチーム状況でしたが、実際にやってみていかがでしたか

浅野 センターに最初に入ることが決まった時には、まず全然やったこともないし、ブロックに自信がないからブロックが得意な選手が就くことの多いポジションのはずなのに自分なんかが入って大丈夫なんやろか、という気持ちしかなかったです。春はとにかくがむしゃらにやっていたのですが、秋に1部に上がることになって、身長も全然違うし、強豪で戦ってきた経験のある選手ばかりだろうから、何も勝てるところがないなと思った部分は正直ありました。それでもやはり4年生でバレーの締めくくりの1年なんだから、そんなことばかり言っていられないなと思うようになって。コーチが教えてくれるブロックの方法も絶対に言われた通りにやろうと思い、初心者のような気持ちでやっていましたね。

――秋は浅野選手のその練習の成果が出ていたように感じられました

浅野 秋はもう気持ちだけで何とかなっていたのかなと思います。とにかくボールを触ろうという気持ちや、上げてくれたボールを無駄にしないという気持ちが前に出て必死にできた結果なのかなと。

――中川選手は2年目になりますが、この1年振り返っていかがでしたか

中川 今までずっとアタッカーをやっていた訳ではないですし、点も決まらないから最初は正直つまらないなという気持ちでしたね(笑)。本当にどうしようかなと思っていたのですが、だんだんやっていくうちに、自分の中でできるようになったことが少しずつ増えていって。今まではバレーをやる上でアタッカーならではの楽しみを知らなかったのですが、点を決めることの楽しさを知りました。今まではリベロとセッターをやってきて、点を決めるまでのサポート側での楽しさがあったのですが、自分で点を決めるアタッカーなりの楽しさもあるんだな、と。

――そういった本業ではないポジションの選手が多い中でセッターとしては何を考えてトスを上げられていましたか

芹沢 最初の頃は慣れないこともあり、森や富澤にトスが偏りがちではあったのですが、中川と浅野もすごく一生懸命練習していて、色々なことに挑戦していこうという気持ちをすごく感じていました。秋は特にここぞという時に決めてくれる場面も多かったので、もしかしたら前からやっていたんじゃないか?と思うくらいに今では感じられます(笑)

――春秋リーグ戦全体を総括して、今の気持ちはいかがですか

芹沢 春に2部で戦っていた時はたくさん勝っていて、これは1部でも上位にいけるんじゃないかと思っていました。練習も相当していましたし、その分の自信があったんです。でもいざ1部で戦ってみると、スピードも高さも相当違いましたし、1部で結果は残せませんでした。その違いを強く感じましたね。

浅野 秋に関しては心残りなこともありましたし、全然上手くいかないことも多かったのですが、全員諦めることは本当に無くて。負けても次の週はもっと盛り上げて頑張っていこう!という気持ちで一人一人ができていたと思います。もちろん辛いことや大変なことは多くありましたが、いつもより楽しく終われたのかなと個人としては思いますね。そういった辛いことをみんなで何とかしようと試行錯誤した過程が、密度が濃くて充実していたなと感じています。

中川 春は2部で準優勝という結果でギリギリ1部に上がることができました。秋も最初はベスト4を目標にしていたにも関わらず、終わってみれば入れ替え戦もギリギリで勝ってなんとか1部残留というかたちでした。1部残留が決まって、結果を見た周りからは良かったねと言葉をかけられることが多いのですが、全体としては、私は悔しいです。今まで決めた目標全部を達成しないでここまで来てしまったことが本当に悔しいです。

岡野 1部では勝てないことが本当に多くて、練習に活気や締まりを出すということがとても難しいなと感じた1年でした。やはり最高学年としてチームへ大きな影響を与えますし、重いものがあるなと思いました。

――最高学年としての重みは大きいのですね

4人 はい。

――今お話にもありましたが、秋は苦しい場面も多くあったと思います。そのような場面でどのように気持ちを保たれましたか、後輩などに声掛けなどはしたのでしょうか

中川 気持ちを保つのはとても難しかったですね。逆にそういう場面で後輩が力を与えてくれたのかなと思います。

浅野 どんどん意見を言ってくれますね。

中川 例年より絶対に多いと思います。

浅野 どっちかというと私たちのお尻を叩いてくれるような子たちです。それに対して私たちも意見を返したりして。

――ではことしのチームは後輩含め全員でつくってきたチームということになるのでしょうか

浅野 そうですね、本当に。

悔しさ、その中で見出した自分たちの粘りのバレー

リーグ戦を振り返った中川

――春秋リーグ戦、入れ替え戦も2回経験した今季で最も印象に残っている試合を教えていただきたいです

浅野 ネガティブなのとポジティブなの2つで迷っているんですけど・・・私はネガティブな方でいきたいと思います。1部での国士館戦です。あれがこたえましたね。2部では勝って終われたし、みんな絶対に今回も勝ってやろうという気持ちで臨んだんですけど、箱を開けてみればボロ負けで。夜中に悔しくてずっとベッドを叩いてましたね(笑)。

3人 えー!

浅野 いやほんまにほんまに!お母さんとその時一緒にいたんですけど、もううるさい!って怒られるくらいに(笑)。壁も殴るくらいの勢いだったんですけどさすがにそれは隣人がいるので(笑)。それくらい悔しかったんです。最終戦だったので、次から4年生中心になって必死にボールを絶対に落とさないという気持ちでできたので、そういったきっかけになったという面では良かったのかなと思います。でももっと健闘したかったなという悔しさが一番ですね。

岡野 私はこの間の大東文化との入れ替え戦です。試合自体もそうですが、その前の練習から印象深いですね。泉里も今言っていた国士館戦でボロボロに負けて、4年生で「このままじゃだめだ」と話し合って、次の入れ替え戦までの4日間を死ぬ気でやろうと。そしてそれを自分たちで共有できたことも良かったのですが、それを下の子たちにも伝えたことで、すごくみんな頑張ってくれたなと思います。私も今までと同じようにただサポートしていればいいという訳ではないと思わされた1週間でした。下の子たちの頑張りも印象的で、3-2というギリギリの勝利ではありましたが、勝つことができて本当に良かったです。

中川 私はみんなとちょっと違うかもしれませんが、春の初戦の白鵬大戦。新チーム初めての試合です。春休みの間に練習試合もした相手でした。言い訳になるかもしれませんが、メンバーがその時そろっていなかったというのもあって。負けたりもしていました。その時はケガ人が多くて入れるのが6人ちょうどしかいなかったんです。裕利恵がまだ入ったばかりでしたが、裕利恵入れて6人で試合ずっと回したりしていて(笑)。

芹沢 あったあった(笑)。私がスパイク打ってたもん。

中川 そうそう、そんなことがあって(笑)。このチームどうなっちゃうんだろうという不安な気持ちでスタートした春だったんですけど、徐々に練習試合を重ねて「楽しみじゃない?いけるんじゃない?」という気持ちになってきました。いざ戦ってみて、私は楽しかったなという印象があります。3カ月くらいですが、自分たちのやってきたことがチームとしていい形で勝てたという結果で示された試合だったなと思います。

岡野 そういえばそんなこともあったね(笑)。

浅野 その時プレーヤーがそもそも8人とかしかいなかったもんな。

中川 上の学年でプレーヤーそもそも8人とかだからね、ギリギリだよね(笑)。

浅野 そうそう、1年生のおかげで何とかね(笑)。

芹沢 私は秋の開幕の筑波戦ですね。夏にすごいみんな練習を頑張っていて、スパイカーもたくさん打ち込みをしていました。いざ秋の初戦が筑波戦で、その時は本当に無我夢中でした。絶対ボールを落とさないという気持ちが本当にみんなから感じられて。プレーしている間も本当に夢の中にいる感じというか、ただただがむしゃらで。その後続く試合では全敗という結果だったのですが、希望が見えた試合だったのかなと思います。

――今お話にもありましたが、入れ替え戦は先ほどから何度も繰り返しおっしゃっている『粘り』や『がむしゃらさ』が表れていた試合だったと思いますが、改めて振り返っていかがですか

中川 秋リーグはずっと出だしが悪くて、セットを獲れた試合でも1、2セット取られてからという試合が多かったです。でも入れ替え戦では1セット取って、2、3セット取られて4、5セットを取って勝ちました。出だしは良かったので本当はストレートで勝つべき試合だったのですが、自分たちのミスがずるずると出てしまいもつれてしまいました。結果としては残留でもちろん良かったのですが、もっと勝ち切りたかったなと。そこを改善しなければ全カレでは勝てないというのは分かっているので、残留で良かったという安心感と、もっとできることがあったなという気持ちと半々です。

――来季、後輩たちに1部の舞台を残せたということには大きな意味があるのではないでしょうか

浅野 いや、本当にそうだよね。それだけはやらなきゃいけない、やりたいと思っていました。後輩に1部の舞台を残すというと、すごく綺麗な感じですけど、それができなければ自分たちが降格させた代になるという気持ちもあったので、自分たちのエゴみたいなものもあって余計に必死になった面はあるのかなと思います。

4年生だけじゃなく、チームの集大成

――ではみなさんが4年生になり、役職に就かれた経緯を教えてください

浅野 あのさ、ベンチで決めたよね!(笑)全カレの八王子エスフォルタアリーナで!

中川 駅のホームで決めました(笑)

浅野 そうそう、『主将芹澤説』が前々からあって、「お前がやるって言え!」って言ってました。そしたら「やります」って(笑)

芹澤 (主将に関して)多分なるんだろうな、と思っていました。

中川 全員そう思っていました(笑)

――中川選手の副将もそのとき決まったのでしょうか

浅野 そうそう、私と中川が残ってて、どっちがやるかってなりました。毎年トレーニングの担当があって、一応中川はスポーツ科学部にいるし、専門性があるのは中川だなとか考えていたらここ二人が余っちゃって(笑)。でもゲームの時に副将は大事ですし、芹澤さんをいかにサポートするかというのを考えた結果、という感じです。とにかく一人一つ役割を持った方が責任感も出るし強いから、その原則のもとに決めました。

――では岡野さんが主務になられた際の意気込みはありましたか

岡野 マネジャーになるときに主務はやろうと思っていました。去年副務のときは主務の方がプレーヤーだったので、結構仕事を任せてくれていたところがあって。その中で一緒にやらせてもらったので、1年間の流れを知れたところがありました。だからそれなりに大丈夫と思って始められたかなとは思います。

――主務のお仕事はことしも後輩の方と分業されているのでしょうか

岡野 そうですね、夏までは全部ひとりでやってたんですが、秋から少し引き継いでやっていっています。

主務としての責任感について語った岡野

――では、みなさんが役職に就いたときの理想像を教えてください

中川 去年の先輩からの引き継ぎのときに、「副将として何か言ったわけでもない」と言われました。確かに主将はチームを見てくれていて、主務も仕事をしてくれていて、トレーニング係もトレーニングを見てくれていて。私この中で一番なにもやっていない気がするんですが。私の理想像は、いろいろな視点で考えられる副将です。ポジションもいろいろやっていたんで、そういうプレー系でいろいろな立場で考えられたらいいなと思っていました。

芹澤 自分が率先して、一番上に立って「頑張るぞ」みたいなタイプではないので、みんなに寄り添ってチームを見て、一緒に頑張ろうと言える主将になりたいと思っていました。

岡野 一番大事にしたかったのは『責任感』です。主務はチームの練習とかとは違ったところに立つイメージがあったのですが、OBさんとかの連絡や交渉だったり、あとはお金のことも管理しなきゃいけなくて。あとは試合のエントリーもあったので、チームの行く先をある意味私が握っている部分もありました。絶対そういう責任の所在をはっきりさせなきゃいけない、そこで自分が責任を負わなきゃいけないと思っていました。さっきから責任責任って何回も言っているんですが、そこは大事にしなきゃと思っていました。

浅野 トレーニング長というのは、ことしからスポーツ科学部の専門的な教授とコンタクトをとるという。トレーニングに関しては自分が素人なので、そういう連絡は仕事としてやらせてもらっていたのですが、本当にこの3人に比べて特に忙しいものではないので。4年生として「ああなりたいな」と思ってもらえたらいいなと思って、ことしから始めました。

――みなさんのお互いの最初と現在の印象を教えてください

中川 (芹澤とは)最初、小手指の駅で会った。

岡野 最初友希と初めて会ったとき、いまでも覚えてるけど、ニッコニコで「入る?」って聞かれて、何も言えなくて、「うん…」って言った(笑)。それが入るきっかけにもなった。

浅野 なんかほんわかしてて、最初は何でも適当にやる子なのかなとか思ってたんです、最初はね。でもどんどん付き合っていくうちに、すごい生活力があるというか、きっちりしてるんですよね。物とか忘れたくないからきっちり数えたり。

中川 チームの荷物で10個くらいあるものを、「いち、に、さん」って10個数えるんですよ。みんなの前でやらなきゃ気が済まないらしくて(笑)。

岡野 自分のシューズも「ねえ見て、あるよね」って聞いてくる(笑)。

浅野  時間もしっかり遅れずくるよね。まあ私が遅れるだけなんだけど(笑)。そういうところも尊敬できるなあと思います。

中川  初対面のときは「友希ちゃんだ」って思いました。駅で制服を着て、頭がモンチッチみたいで…(笑)。なんかこのモンチッチみたいな子見たことあるなって思って、もしかしてバレー部かと思い話しかけました。「もしかして土浦の子?」って。

浅野 いまも昔もニコニコしているよね、4年間。それは変わらない。

――中川選手の印象はいかがでしょうか

浅野 中川は…ただ大人しい子なのかなと思っていました。きれいな子だなって。

中川 よく「休み時間に本読んでそう」って言われる。「バレーやってる」って言っても「バレエ?」って聞かれることも多い。

浅野 だけど、結構活発だよね。めっちゃしゃべる。この4年間で一番しゃべったのは知香だよね。一番口が動いている。性格は、厳しさがある(笑)。

岡野 負けず嫌いなとこがあるよね。

浅野ちょっと完ぺき主義なところがあるのかなとも思う。こだわりが強い。2年生のときから『戦う女』って呼んでますからね(笑)。

――では岡野さんはいかがでしょうか

中川 なんか…温泉ぬくぬく入ってそう。

浅野 そうだよね、こたつでみかん食べてそうだもんね。最初ひよこっぽいって思ってた、今より小さく見えたんだよね。でも今は、さっきも言っていたけど責任感が強い。はっきりものも言うし、誠実に相手にぶつかっていく姿勢を4年間見ていて、そこには感銘を受けました。

中川 最初から今まで一生懸命な子だなって思っていました。

浅野 そう考えると、あんまり印象は変わってないかもしれないね。ずっと真面目だから。

――では浅野さんの印象をお願いします

中川  すごいんです、髪型が!多分いまより体型も絞れてなくて、今と全然違いました。

浅野 言い訳すると、勉強してたからね(笑)?勉強して毎日3人前くらい食べてたから、それで。言い訳だよ、これは(笑)。

中川 なんか、前髪がすごく分厚かった(笑)。しかも名前が『泉里』で、今は普通に定着しているけど、忘れられなかったです。

芹澤 初対面でこんなに印象深い子はいないと思ってた。名前も顔もすぐ覚えられた。

中川 性格は…なんだかすごい不思議ちゃんが来たなと思ってた。合宿キャリーバックで来るし、変わってるなあって。でもすごい一生懸命で、どんなボールでも思いっきりで、自分がやるって思いが強いから、あんまり人に要求しない。

岡野 すごい謙虚です。

中川 そう、それが言いたかった(笑)。謙虚にやろうとしているところが、好きですよ。

浅野 ありがとう、言われたことなかった(笑)。

岡野 たまにビビるというか、気後れしちゃうときもあるけど、「頑張れ!」って言ったら「よし!」ってなるタイプだから、好き(笑)。

――女子バレー部の公式Facebookにオフの日のイベントの写真が上げられていました。プライベートも仲がよろしいのでしょうか

浅野 あれも今年初の試みだよね。

芹澤 担当の学年が主宰をする決まりです。

――ではみなさん後輩のみなさんとの関係はいかがですか

浅野 ちょいちょい会う後輩はいます。それでも「ご飯食べるんで来てください」みたいな(笑)。そういう人はいますけど、全体だと…体育館ですごく戯れていますね。

中川 私、一緒にバイトしてた。えみり(河治、社1=北海道・旭川実)と華(池田、社1=Yongsan International School of Seoul)。バナナジュース専門店で、夏の短期お店を手伝ってくれたんです。

芹澤 うちらその二人とたこ焼きパーティしたよね。

浅野 した!個人的に出かけたりしてますね。

――バレー部の4年間を振り返って、自分が成長できたと思う部分はありますか

浅野 私が一番変わったところは、人や友達、仲間を信じられるようになりました。中学や高校って、仲間と一緒に何かをやるということが気持ちとして全然なくって。でも週6日も一緒にバレーを一緒にするようになって、自分もバレーに対して本気だったというのもあると思うのですが、「この人たちだから頑張ろう」と思えるようになったのが自分の強くなったところかなと思います。いつも感慨深い気持ちで振り返ります。

岡野 マネジャーとしてやってきた年数の方が長いんですが、やはりプレーヤーと違う立場で悩むこともありました。でもその中で自分の役割は何なんだろうと考えることがあって。監督やコーチなどスタッフに近い立場でもあるので、その間の調整をするために、自分の気持ちが入りすぎていたら見えないので、一歩引いたところから部の全体を見渡すというか。見渡して気になるところを把握する、そういう目線はバレー部で人間として成長させてもらったなと思っています。

中川 最初はリベロで入って、途中でいろいろなポジションをやりました。最初は自分としては絶対リベロで出たくて、「何のために自分がこのポジションをやらなきゃいけないんだろう」とかいう思考でした。前は自分の事しか考えられなかったというか「自分が何でこのポジションじゃないんだろう」としか考えられなかったんですが、この4年目になって、「このポジションで自分ができることを最大限やろう」と考えられるようになりました。

芹澤 高校の時は監督からいろいろ言われて指導を受けてプレーを向上させていくというスタイルだったんですが、ここに来て監督に言われずに自分でしっかり考えなければいけなくて、まったくスタイルが違いました。入学したときは全然うまくならないし「何したらいいんだろう」って。上手くなる感じもしないしあやふやな感じで進んでいたんですが、3年の後半くらいから自分でちゃんと考えるようになって、4年になって主将になって、自分以外の周りのことも考えるようになりました。責任も感じましたし、成長したなとは思います。

4年間を振り返る芹澤

――もうすぐ大学での競技が終わりを迎えますが、みなさん大学後バレーは続けられますか

芹澤 いまやっているバレーは6人制なんですが、自分は9人制のバレーの方に行って、バレーはバレーなんですが少し違う世界に飛び立ちます(笑)。9人制の監督さんがお声を掛けてくださって、難しいとは思うのですが「やってみたい」という気持ちが強くて、挑戦することにしました。

中川 私はそのまま6人制に行きます。私は自分ですぐ決めて、そこでできるように就職活動をしました。そこだけに絞っていましたね。

――集大成の全カレが直前に控えています。毎年全カレは「4年生のための舞台」と言われていますが、みなさんの意気込みを教えてください

中川 4年生だけじゃなくてこのチームの集大成にしたいよね。

岡野 4年生だけ、って感じはしないよね。

浅野 あんまり先輩も後輩も関係ないよな。やらなきゃいけないことはあるけど気持ちは変わらないと思う。

岡野 個人的に「本当に最後の試合なんだな」とは思う。ラストだなっていう。

浅野 それぞれが必死に食らいつくしかないですね。

芹澤 やっぱり4年生とか関係ないよね。このチームで戦う集体制で、そのためにいま最後に向けて頑張ってるって感じです。

――チームの現在の調子はいかがでしょうか

芹澤 ミーティングで「全カレに向けて何かやらないか」ってなった時に、結花が「練習前に円陣を組んで気合を入れよう」と言ってくれました。それをいまやっているんですが、「ファイト、オー」みたいなやつじゃなくて「ウオー!」って試合前にやるやつです。それを練習前にやろうと(笑)。それで緊張感とかをつくっています。

――それでは全カレに向けて、お互いに一言お願いします

浅野 本当に一番長い時間一緒にやってきたから、ここだけが最後まで崩れなければ勝てる。絶対最後いいところで終われると思うから、みんなで頑張ろう!

岡野 泉里が言っていたみたいに、こんなに長い時間を過ごした人たちが今までいなかったから、本当に感謝しています。私も「4年生がというより下の後輩と」っていうのがこのチームの好きなところだから、チーム一丸となって頑張りましょう!

中川 全カレまであと17日くらいで、日数は少ないけど、入れ替え戦の前以上にチームも個人的にも4年生的にもいい練習をつくって、いいかたちで自信を持って入れるようにしましょう!

芹澤 すごい長い時間を過ごしたけど、やっぱり今年1年が私たちにとって4年間で一番つらい練習もしたし、いろいろなことがあった。でも最後は気持ちよく、全てを出し切った状態で終わりたいから、あと17日このチーム全員で頑張るんだけど、まずは私たちがその姿を見せて、いい思いをできるように頑張りましょう!

――ありがとうございました!

(取材・編集 吉澤奈生、鎌田理沙)

全カレでの活躍を誓って笑顔の4年生

◆芹澤友希(せりざわ・ゆき)(※写真右)

茨城・土浦日大高出身。スポーツ科学部4年。いつもニコニコ笑顔を絶やさない芹沢選手ですが、今回しっかり者という新たな一面を見せてくださいました!3年間レギュラーとして早大の攻撃を組み立ててきた芹沢選手の集大成となる全カレ。その舞台で、笑顔でプレーする芹沢選手が見たいです!

◆中川知香(なかがわ・ちか)(※写真中央右)

神奈川・川崎橘高出身。スポーツ科学部4年。今までのバレー人生でセッター、リベロ、アタッカーを経験してきた中川選手。今回の対談では負けず嫌いな一面をのぞかせましたが、同時にとても努力家であることが、一つ一つの言葉から感じられました。全カレでもスパイク、レシーブと大活躍してくれることでしょう!

◆岡野由莉子(おかの・ゆりこ)(※写真中央左)

東京・三輪田学園高出身。おっとりとしているように見えて、自分の意見をしっかりと持っている岡野主務。その言葉の節々から岡野主務が大切にしてきた『責任感』がにじみ出ていました。最後の舞台・全カレでも、チームを影ながら支える敏腕主務の活躍に期待です!

◆浅野泉里(あさの・せんり)(※写真左)

岐阜高出身。文学部4年。対談中トークをまとめてくださったしっかり者の浅野選手。また自ら率先して面白いことを言い、周りを和ませるムードメーカーでもありました。全カレでも持ち前の明るさと機転で、チームを支えてくれることでしょう!

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