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2017.03.22

【連載】『平成28年度卒業記念特集』第66回 瀬戸大也/競泳

世界で戦う4年間

 今や日本を代表するトップアスリートまで駆け上った瀬戸大也(スポ=埼玉栄)。日本人初の世界選手権二連覇、リオデジャネイロ五輪銅メダル、数々の成績を残してきた瀬戸は、大学生活を「本当にたくさんのことがあって、あっという間だった。充実していた」と振り返る。入学前から多くの期待を背負い、常に一線で活躍し続けた瀬戸にとっての4年間は目まぐるしく、輝かしいものであったにちがいない。

 2013年夏にスペイン・バルセロナで行われた世界選手権。男子400メートル個人メドレーを予選2位で決勝に進出すると、決勝では当時の自己ベストを大幅に更新する4分08秒69で優勝。電光掲示板には“1”の文字が光った。「今でもすごく鮮明に覚えている」というその光景は、瀬戸に大きな自信を与えた。着実に進化を続けていたようにみえた瀬戸だったが、二年後のロシア・カザンで行われた世界選手権でカベにぶつかる。男子200メートルバタフライでは6位、男子200メートル個人メドレーでは準決勝敗退。どちらも優勝が狙える位置にいたぶん、悔しさは大きかった。しかし、迎えた最終日、連覇のかかった男子400メートル個人メドレーで、瀬戸は強気なレースを魅せる。前半から攻めたレース展開で、バルセロナで出した自己ベストを0秒19上回る4分08秒50でフィニッシュ。二年前の自分を超えた。「カザンの二連覇は、すごく嬉しかったけど、すごいきつい試合だった」。悔しさを味わったからこそ、二連覇という喜びが際立った。

 カザンでつかんだリオ五輪の切符。五輪にかける思いは人一倍強かった。2012年ロンドン五輪代表選考会で、直前にかかったインフルエンザの影響で調子を合わせられずに選考漏れ。その悔しさをひとときも忘れることなく、「五輪に向けてしっかりと集中できる環境を作りたかった」と3年次までに卒業論文以外の単位を取得。学業もおろそかにすることなく、五輪に向けて練習に励んだ。そのおかげで4年次は競技に専念し、初めての五輪で男子400メートル個人メドレー銅メダルを獲得。金メダルを獲得した萩野公介(東洋大)とのダブル表彰台は、競泳男子では1956年のメルボルン五輪以来の快挙となった。

東京での活躍に期待がかかる

 大学4年間でもライバル萩野との関係性は変わることがなかった。抜きつ抜かれつの4年間。「お互いが次に向けていろいろなものを吸収しているような気がした」と互いに尊敬しあった。同年代に最高のライバルがいることを、「本当に恵まれた環境だ」と捉える。瀬戸に刺激を与えた選手はワセダにもいた。「克くん(中村、平28スポ卒=現イトマン東進)とか先輩が抜けた中で、自分らが一番上で引っ張っていかなくてはいけない」と意気込み、迎えた最後の日本学生選手権(インカレ)。男子400メートルメドレーリレーを、「みんなで優勝できたのは大学生の生活の中で、すごく嬉しい思い出だし、楽しかった」と振り返った。さらに、渡辺一平(スポ2=大分・佐伯鶴城)が、1月に行われた東京都選手権で男子200メートル平泳ぎの世界新記録を更新したことは、「すごく刺激を受けた」と瀬戸を鼓舞した。互いに刺激を受ける仲間との出会いは、瀬戸をさらに成長させる糧となった。

 瀬戸にとってワセダでの4年間は通過点にすぎない。「ことしの目標は、ハンガリー・ブタペストの世界選手権で三連覇。他の種目でもメダルを目指していきたい」。そう語る瀬戸は常に東京五輪を見据えている。卒業後は競技に集中し、東京五輪に向け鍛錬を積む。「ワセダのOBでも、五輪メダリストはたくさんいるので、やっぱり金メダリストになりたい」。目指すは、早大水泳部初の五輪金メダリスト。世界への果てなき挑戦は、まだ始まったばかりだ。

(記事 大谷望桜、写真 大森葵氏)

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