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2017.03.22

【連載】『平成28年度卒業記念特集』第65回 田村美紅/競泳

団体競技としての水泳とは

 「いま思うと、夢を見ていたんですよね」。田村美紅(スポ、埼玉栄)はこう切り出して水泳部での日々を振り返り始めた。自信を持って飛び込んだ大学のステージで経験した挫折と苦悩、そして成長。憧れのエンジと黒の水着をまとい、泳ぎ抜いた4年間に迫る。

  ワセダから勧誘を受けたのは高校3年のとき。団体戦で戦える大学に行きたいと考えていた田村は、「同じスイミングスクールに所属していた4歳上の星奈津美さん(平25スポ卒)が卒業して抜けたバタフライのポジションを私が引き継ぎたい」と進学を決めた。憧れのワセダに入学し順風満帆な水泳人生を送っていたが、転機はすぐに訪れる。1年生で出場した日本学生選手権(インカレ)だ。「いままでは自分一人でやっていた水泳が、団体競技になっているのに気づかされた」。3日間という長期戦においてワセダの代表として泳ぐ。その責任の重さに苦しみ、思うようなタイムを出すことができない。そんな自分とは対照的にインカレに懸ける先輩たちの強い思いを目の当たりにし、自らの弱さを思い知らされた。

インカレでは献身的な泳ぎでチームに貢献した

  初めて大きな挫折を味わった田村だったが、がむしゃらに努力を続けた。2年時は前年よりも成績が伸び、同期との仲も深まった。このまま順調にいくと思われたが、またしてもカベにぶち当たる。3年時の日本選手権。出場した3種目すべてで決勝進出を逃した。「何か変えなければならない」。考えた末、練習拠点をスイミングスクールから大学に移した。この環境の変化によって、集団の一員として生きる点での自分の甘さを痛感した。団体競技としての水泳をやる上で大切なことを学んだ田村は、主将としてラストイヤーを迎えることとなる。

 「いままでで一番頭をフル回転させた毎日で、辛いことの方が多かった」。インカレなど団体戦ではチームで戦う水泳部だが、団体とはいえど問われるのは個々の泳ぎである。一概に団体競技とは言えないところが水泳の難しさだと感じていた。加えて女子部は男子部と違って寮で生活をしておらず、大学を練習拠点にしている選手も多くはないため、結束力が生まれにくい。その中で全員が同じモチベーションを持ち続けるにはどうしたらいいのだろうか。そう考えた田村を助けたのは、同期の仲間たちだった。部員たちは種目や競技、性格など一人一人が違う特徴を持つ。田村一人が全員をカバーするのではなく、たくさんの同期とともに個性豊かな後輩全員を見守る態勢を整えた。迎えた最後のインカレ。人数の少ない女子部は一人当たりの競技数が非常に多くなり苦しい戦いを強いられたが、見事『シード権死守』という目標を達成した。「個人の力ではなくて、チーム皆が頑張ってくれたからうれしい」。田村は満足そうにこう語った。

 最後のインカレでの女子100メートルバタフライの成績は5位。個人の成績を振り返ると悔しさも残るというが、それでも田村の表情は晴れやかだった。なぜならチームの目標達成という、主将として何よりも喜ばしい結果を収めることができたからである。団体戦を戦える場所を望み挑んだワセダの舞台で、団体戦ならではの苦しみと、だからこそ得られる喜びを味わった。「みんなにはありがとうの思いしかない」。辛く苦しい4年間ではあったが、大きな充実感と仲間への感謝を胸に、田村はいま卒業を迎えようとしている。

(記事 吉田優、写真 井口裕太氏)

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